人事でバーチャル社員(AIに仕事を渡す形)に任されているのは、社内からの問い合わせ対応、求人票や書類の下書き、日程調整といった周辺の仕事です。公開事例を見るかぎり、採否と評価の決定は、どの会社も人が持っています。
では、その線はどこに、どう引かれているのでしょうか。
同じ質問に、何度も答えている
「有給はいつから使えますか」「この申請書はどこにありますか」。総務や人事の担当者が、同じ質問に何度も答えている。社長が一人で人事も見ている会社なら、その時間は丸ごと社長の時間です。
採用が始まれば、求人票を書き、日程を調整し、書類に目を通す。こちらも時間を食います。
ただ、人事には触れてはいけない部分があります。誰を採るか、誰をどう評価するか。ここを間違えると、会社の信用にも、働く人の人生にも響きます。
だから人事こそ、任せる仕事と、任せない仕事の線がはっきり分かれます。
公開事例に見る、任せている範囲
図1:人事で任せているのは左側。採否と評価の決定は人が持っています。
SmartHR(国内・人事労務サービス):社内の問い合わせを、約1割減らす。同社は自社の社内で、就業規則や制度のマニュアルを参照して社員の質問に答えるAIアシスタントを1か月間試しました。対象は約1,500名。結果、問い合わせは全体で約10%減、総務・情シス関連では約20%減。AIが答えられた割合は82%で、参照する文書を86件から200件以上に増やしても精度は落ちなかったと報告しています。答えられないときは、適切な問い合わせ先を表示する形です。(同社発表、2025年11月19日、実証は2025年8月から1か月、確認日:2026年9月21日)
82%という数字は、「18%は人が答える」と同じ意味です。そして削減幅は約1割。派手ではありませんが、続けられる数字です。
ソフトバンク:AIは落とさない。落とすのは人。同社は2017年5月からエントリーシートの選考にAIを使い、選考にかかる時間を約75%削減したと公表しています。2020年には動画面接の評価にも広げました。ここで明記されているのが選考の設計です。AIが不合格と判定した動画は、人事担当者が動画を確認して合否を最終判断する。合格の基準を満たしたものは次の選考へ進みます。(同社発表、2020年5月25日、動画面接の約70%削減は見込み値、確認日:2026年9月21日)
6年前の発表ですが、いま読んでも線の引き方は古びていません。AIの判定で人を落とさない。中小企業がそのまま借りられる考え方です。
LINEヤフー:最終的な判断は、必ず人が行う。同社は人事総務の主要業務に生成AIを広げました。人材育成、労務管理、採用支援、各種申請・問い合わせ対応などです。月間約1,600時間以上の工数削減を見込むと発表しています。そのうえで、出力は参考情報の一つとして扱い、最終的な判断・対応は必ず人が行っていると明記しています。(同社発表、2026年2月10日、削減は見込み値、確認日:2026年9月21日)
パーソルキャリア:求人票の下書きを自動で作り、人が磨く。同社は社内の採用管理システムから情報を集め、AIが求人票を自動作成する仕組みを導入しました。求人票が公開されるまでの時間は平均0.85日短縮される傾向が確認されたとしています。作られた求人票は、担当者の磨き込みと、部署の審査基準に基づく確認を経てから公開されます。(同社発表、2026年5月22日、確認日:2026年9月21日)
並べると、任せているのは問い合わせ、下書き、段取りでした。決めることは人に残っています。
採用でAIを使うときに、知っておきたいこと
採用は、ほかの業務と少し違います。人の人生に関わるため、公正さが問われるからです。
日本には、AIに特化した採用のルールはまだありません。その代わり、厚生労働省が示す公正な採用選考の2原則がそのまま当てはまります。応募者の基本的人権を尊重すること。そして、応募者の適性・能力に基づいた基準で選考すること。AIを使っても、この2つは変わりません。(厚生労働省「公正な採用選考の基本」、確認日:2026年9月21日)
海外では、規制が具体的になっています。米国ニューヨーク市では2023年7月から、採用や昇進の判断を自動化する道具に義務が課されています。1年以内のバイアス監査と、その結果の公開。そして候補者への10営業日前の通知です。(ニューヨーク市消費者・労働者保護局の公式ページ、確認日:2026年9月21日)
実際に問題になった例もあります。米国の雇用機会均等委員会は2023年、ある事業者の採用ソフトを問題にしました。一定年齢以上の応募者を自動的に不採用にしていたという内容です。和解金は36万5,000ドルでした。(同委員会の発表、2023年9月11日、確認日:2026年9月21日)
中小企業がここから学べることは、規制の細部ではありません。AIに落とさせない。落とした理由を人が説明できる状態にしておく。この2つです。
中小企業の始め方:社内から始め、採用の判断には触れない
図2:社内の問い合わせから始め、下書きと段取りへ。決定には触れません。
① 社内からの問い合わせから始める。就業規則、申請の手順、休暇の制度。社内向けなので、間違えても社外に迷惑がかかりません。答えられなかった質問は、そのまま社内マニュアルに足す材料になります。SmartHRの事例のように、答えられない分の受け皿(誰に聞けばよいか)を必ず用意しておきます。
② 文章の下書きを任せる。求人票、応募者への案内文、面接で聞くことの候補。人が直してから出します。パーソルキャリアの事例も、公開前に人の確認を置いていました。
③ 段取りと要約に広げる。日程調整、応募書類の要約、入社後の案内。ここでも、書類の要約は「読む手がかり」であって、判断の根拠にはしません。
そして、評価そのものは任せません。評価の基準を言葉にする作業は、AIと一緒に進められます。その進め方は人事評価制度がない会社の作り方に書きました。決めるのは、あくまで経営者です。
よくある質問
Q. 応募書類の要約をAIに読ませるのは問題ありませんか?
A. 要約を「読む手がかり」として使うのは実務的です。ただし、要約だけを見て落とすと、判断の根拠が説明できなくなります。書類そのものを人が見る前提で使ってください。
Q. 社内問い合わせのAIは、何件くらいの文書が必要ですか?
A. SmartHRの事例では86件から始めています。就業規則と、よくある申請の手順をまとめた数十ページ分があれば始められます。足りない部分は、答えられなかった質問が教えてくれるはずです。
Q. 評価のコメントをAIに書かせてもよいですか?
A. 下書きまでなら使えます。ただし、評価の中身を決めてから書かせる順番を守ってください。文章から先に作ると、事実と違う評価が言葉だけ整った形で残ります。
まとめ:任せるのは周辺、決めるのは人
公開事例で人事のバーチャル社員に渡されているのは、社内の問い合わせ対応、文章の下書き、段取りと要約でした。SmartHRは82%に答えて、残りを人へ回しました。ソフトバンクは、AIが不合格と判定したものを人が確認します。LINEヤフーは、最終判断を必ず人が行うと明記しています。採用に特化したルールは日本にはまだありませんが、公正な選考の原則はAIを使っても変わりません。
難しいのは、自社のどの質問が「何度も来ている質問」なのかを把握することです。答えている本人ほど、数えていないものです。ベンチャーネットはFDE型の伴走として、1か月分の問い合わせを分類し、AIに渡せるものを選ぶところからご一緒しています。直近1か月で社内から来た質問を思い出せる範囲で書き出して、まず壁打ちから。
次に読むなら
「評価の基準を言葉にしたい」
→ 人事評価制度がない会社の作り方——AIと一緒に、納得される基準を言葉にする
「ベテランの技能を引き継ぎたい」
→ ベテランの「感覚」を、言葉にして残す——AIと進める技能継承
「ほかの職種の実例も見たい」
→ ここまでできるバーチャル社員——国内外の実例から見る「AIに任せられる仕事」の現在地
「線の引き方を知りたい」
→ バーチャル社員に決めさせないことを、先に決める——社長が引く3本の線
この記事で参照した公開情報
- SmartHR 発表(2025年11月19日、社内実証は2025年8月から1か月、対象約1,500名)
- ソフトバンク 発表(2020年5月25日)
- LINEヤフー 発表(2026年2月10日)
- パーソルキャリア 発表(2026年5月22日)
- 厚生労働省「公正な採用選考の基本」
- ニューヨーク市消費者・労働者保護局 自動雇用判断ツール(2023年7月5日施行)
- 米国雇用機会均等委員会 発表(2023年9月11日)
数値はいずれも各社・各機関の発表に基づきます。最新の状況は公式発表をご確認ください。


