「評価制度を、そろそろきちんと作らないと」。そう思いながら何年も先送りになっている。中小企業の経営者から、よく聞く話です。この記事は、評価制度がない会社と、作ったものの使われていない会社に向けて書いています。人事の専門知識は要りません。必要なのは、自社の仕事を知っていることだけです。
これから、評価の基準を言葉にしていく手順を整理します。途中でAIも使いますが、先に一つだけ断っておきます。AIに評価をさせる話ではありません。手伝ってもらうのは、基準を言葉にするところまで。決めるのも、評価するのも、人が行います。
「評価制度がない」のではなく、社長の腹の中にある
制度がない会社でも、評価そのものは毎年行われています。賞与の額は決まっているし、誰を主任に上げるかも決まっている。つまり、基準は存在しています。社長の中に。
そしてその感覚は、多くの場合それほど外れていません。誰が現場を支えているか、誰が手を抜いているか。何年も同じ職場を見てきた人の目は、かなり正確です。
問題は精度ではありません。その基準が、社員に伝わっていないことです。
社長の頭の中にある基準は、口に出されないまま賞与の金額だけが本人に届きます。金額は結果です。結果だけを渡されても、そこに至った理由は分かりません。
社員の不満は「評価が低いこと」ではない
評価に不満が出るとき、その正体はたいてい金額ではありません。何をすれば上がるのかが分からないことです。
分からないと、次の3つが起きます。
- 努力の向け先が決まらない。頑張ろうにも、どこを頑張ればいいのか見当がつかない
- 同僚との差が「好き嫌い」に見える。実力差だと納得する材料がないため
- 相談する言葉がない。面談で何を聞けばいいのかも分からない
困るのは、評価する側も同じです。基準が言葉になっていないと、毎回ゼロから考えることになります。忙しい時期は雑になり、印象の強い出来事に引っ張られる。結果として、時期によって、評価者によってブレます。
そしてブレは、社員から見れば「やっぱり基準なんてないんだ」という確信に変わります。ここが悪循環の入口です。
人が辞めていく理由を掘っていくと、待遇そのものより、こうした納得のなさに行き着くことがあります。人手不足の本質については、こちらの記事で扱っています。
基準を言葉にする、三つの段階
やることは、社長の頭の中にあるものを外に出す作業です。順番があります。
図:基準を言葉にする三つの段階。ものさしの種類を決め、自社の仕事に引きつけて項目を出し、各項目を1〜5点の行動で書き分ける。
段階1 ものさしの種類を決める
いきなり項目を考え始めると、思いついた順に並んで収拾がつかなくなります。先に大きな箱を6つ用意します。
- 責任感……任された仕事を最後までやり遂げる意志と行動。期限を守る、困難な場面で粘る
- 協調性……周囲と協力し、円滑な関係をつくる力。情報共有、異なる意見の尊重
- 積極性……自ら問題を見つけ、主体的に動く姿勢。提案、自己研鑽、難しい仕事への挑戦
- 規律性……ルールや指示を理解し、守って行動する姿勢。勤怠、情報の取り扱い
- 仕事の量……期間内に処理できた量。目標への達成度、段取りの効率
- 仕事の質……正確さ、完成度、顧客や組織にもたらした価値
この6分類は古くから使われている枠組みです。自社に合わせて足し引きしてかまいませんが、最初はここから始めるほうが早く進みます。
段階2 自社の仕事に引きつけて、項目を出す
6つの箱それぞれに、自社の仕事に即した項目を3つずつ入れます。合計18項目。ここが、他社のひな形をそのまま使えない部分です。
材料になるのは3つです。
- 経営理念や行動指針。会社として大事にしていること
- その部門で、特に優先度の高い業務。日々の仕事のうち、外せない中心の仕事
- 誰が誰を評価するのか。一般社員向けなのか、リーダー向けなのか
項目は「行動が浮かぶ表現」で書きます。〈報告ができる〉では曖昧です。〈判断が必要な場面で、事実と自分の見立てを分けて上司に伝えられる〉のように、場面まで書き込みます。
段階3 各項目を、1〜5点の行動で書き分ける
ここが制度の心臓部です。18項目それぞれについて、5段階の行動を書きます。
- 5点……表彰したいレベル。周囲に展開され、仕組みとして残るところまで到達している
- 4点……普通よりかなり上。安心して任せられ、貢献が目に見える
- 3点……普通に良い。求める水準を満たしている
- 2点……物足りない。指摘すれば直るが、定着していない
- 1点……相当な指導が必要。放置すると事故や信頼低下につながる
書くときのコツは一つです。態度ではなく、行動で書く。〈積極的である〉は評価できません。〈月に1件の改善を試し、効果を確かめて班内に共有している〉なら、上司が見て判断できます。
3点を先に書くと、全体が安定します。3点は「うちの普通」だからです。普通が決まれば、その上下は書きやすくなります。
こうして書き上がった5段階は、査定の道具であると同時に、社員が自分で使う地図にもなります。目標を上から配るのではなく、本人が自分で管理できる形にしていく。この考え方は「目標による管理」として整理されています。
AIの使いどころと、使わないところ
三つの段階を見て、気が重くなった方も多いと思います。無理もありません。18項目 × 5段階で、90通りの行動を書くことになります。
この「たたき台を大量に出す」作業は、AIが得意とするところです。ゼロから90通りを書き起こす負担は、大きく減らせます。
ただし、線ははっきりしています。
図:AIが担うのは下書きまで。自社に合うかの判断、基準の確定、実際の評価と本人への伝達は人が行う。
AIに渡すべき前提
AIに「人事評価の基準を作って」とだけ頼むと、どの会社にも当てはまる一般論が返ってきます。使えません。先に渡すものがあります。
- 経営理念・行動指針。会社が大事にしていることを、そのまま貼る
- 優先度の高い業務。その部門で外せない中心の仕事を、5つほど挙げる
- 誰の評価か。一般社員か、リーダーか。評価するのは誰か
- 出力の形。表形式で、1項目あたり何文字程度か
このうち、いちばん効くのは2番目です。自社の仕事が具体的に入っているかどうかで、返ってくる案の質がはっきり変わります。
たたき台の材料としては、公的な資料も使えます。厚生労働省は業種・職種別に職業能力評価基準を公開しており、無料で入手できます。自社の言葉に置き換える前提であれば、出発点として役立ちます。
決めるのは、経営者の仕事
AIが返してくるのは、あくまで下書きです。形は整っていても、肝心なところに自社の勘所が入っていません。読んで、削って、書き換える。この作業は代わってもらえません。
そして評価そのものは、当然ながら人が行います。誰が何点かをAIに決めさせることはしません。評価は、その社員のこれからに関わる判断です。判断と責任は、社長の手元に残ります。
なお、この作業を社長一人で抱える必要はありません。項目案を出す段階から管理職に触ってもらうと、制度への納得も同時に進みます。社内でAIを使える人を増やす方法は、こちらで扱っています。
動き出したあとの姿と、つまずきやすいところ
基準が言葉になると、いちばん変わるのは面談です。
これまでは、社長が結果を伝える場でした。基準があると、社員のほうから話し始めます。「この項目は3点だと思うが、4点にするには何が足りないか」。査定の場が、相談の場に変わります。
とはいえ、運用でつまずく箇所もあります。よくある3つを挙げます。
Q. 作った基準を、すぐ賞与の金額に結びつけていいですか?
急がないほうが安全です。初回からいきなり金額に結びつけず、まずは評価だけを何度か回してみます。点数が想定と大きくずれる項目、誰も5点を取れない項目が出てきます。そこを直してから金額とつなぐと、荒れにくくなります。
Q. 評価者によって点数がばらつきます
ばらつくのが普通です。防ぐには、すり合わせの場を作ります。同じ社員を複数の管理職が採点し、差が出た項目について「なぜその点にしたか」を話す。短い時間でも定期的に持てば、目線は揃っていきます。
Q. 18項目は多すぎませんか?
減らしてかまいません。ただし、カテゴリーごと丸ごと落とすのは避けます。「仕事の質」を落とすと、量だけを追う空気が生まれます。項目を2つずつに減らして12項目にする、といった調整のほうが安全です。
まとめ——人の働きぶりも、言葉にして初めて共有できる
経営の見える化というと、売上や原価の数字を思い浮かべます。しかし見えていないものは、数字だけではありません。
誰がどう働いているか。何をよしとしている会社なのか。これらは社長の中には確かにあるのに、外に出ていないことが多い。言葉にして初めて、社員と共有できるものになります。
基準を書く作業そのものは、自社でできます。難しい理屈は要りません。
ただ、実際に始めると、たいてい段階2で手が止まります。「うちの部門で、優先度の高い業務は何か」を並べるところです。毎日やっている仕事ほど、当たり前すぎて言葉になりません。中にいる人には見えにくい部分です。
だから、一度外から仕事を並べてもらうと、そこから先は驚くほど速く進みます。
自社の評価基準を言葉にしてみたい、けれどどこから手をつけるか迷う。そんなときは、ベンチャーネットにご相談ください。御社の仕事を一緒に並べるところから、お手伝いします。


