「話す時間がない」まま、辞められた
朝は現場に出て、日中は顧客対応、夕方は見積もりと請求書。気づけば一日が終わっている。
社員とは毎日顔を合わせています。挨拶もするし、指示も出す。だから、話せているつもりでいました。
ところがある日、封筒を渡されます。
「実は、前から考えていまして」
前から。いつからだろう、と記憶をたどる。思い当たる場面が出てきません。あのとき表情が硬かった気もしますが、確かめないまま流してしまった。
社員が10人、20人という会社では、1人抜けるだけで仕事の回り方が変わります。代わりはすぐに見つかりません。その人しか知らない手順もあります。空いた穴は、結局のところ経営者自身が埋めることになります。
「もっと話す時間を取っておけばよかった」
後になって、そう振り返る経営者は少なくありません。ただ、時間がなかったから話せなかったのかというと、それだけではないように思います。
なぜ、話す時間は後回しになるのか
理由は3つあると、ベンチャーネットは考えています。
1つめは、話す時間が「手が止まる時間」に見えることです。
少人数の会社では、全員が現場に立っています。1時間の面談は、2人分で2時間の稼働が消える計算になります。売上に直結しない時間は、どうしても後ろに回されます。
2つめは、毎日顔を合わせていることが、かえって錯覚を生むことです。
「今日の納品、どうなってる」「あの件、先方から返事きた?」——たしかに会話ではあります。ただ、これは業務連絡です。仕事を前に進めるための情報のやり取りであって、その人自身についての話ではありません。
回数が多いぶん、「よく話している」と感じてしまう。ここに落とし穴があります。
2つは、こう並べると違いがはっきりします。
| 業務連絡 | 1on1 | |
|---|---|---|
| 話題を決めるのは | 経営者 | 相手 |
| 話す中身 | 案件・納期 | 状態・詰まり・これから |
| 終わり方 | 指示が出る | 次の一歩を一緒に決める |
どちらが大事という話ではありません。業務連絡は必要です。ただ、業務連絡をいくら重ねても、右側は埋まらない、ということです。
3つめは、予定に入っていないことは起きない、という単純な事実です。
「何かあったら言ってくれ」と伝えている経営者は多いはずです。しかし、これはたいてい機能しません。言う側は「今は忙しそうだ」「この程度で時間を取らせるのは悪い」と考え、タイミングを待ちます。
待っているうちに、話す必要があったことは、話さなくてもいいことに変わっていきます。そして、次に口を開くときには結論が出ている。
1on1とは何か
ここで出てくるのが1on1です。
1on1(ワンオンワン)とは、上司と部下が1対1で、定期的に行う対話の時間を指します。人事評価の面談とは別物です。目的は評価を伝えることではなく、相手の状況を知り、次の一歩を一緒に決めることにあります。
1on1は大企業の制度、という印象を持つ方もいるかもしれません。日本で広まったきっかけは、たしかに大手企業の導入事例でした。
ただ、必要性という点で見ると、話はむしろ逆になります。
代わりがいない会社ほど、兆しを早く掴む必要がある
100人の部署で1人が不調になっても、周囲がしばらく支えられます。10人の会社で1人が抜ければ、その業務は止まります。
代わりがいない会社ほど、1人ひとりの状態を早く知る価値が大きい。制度が整っているから1on1をやるのではありません。余力がないからこそ、兆しを早く掴む必要があるのです。
そして少人数の会社は、始めやすい立場でもあります。対象は数人です。制度設計も、評価シートも、専用のシステムも要りません。経営者が月に数時間を空けられれば、来月から始められます。
月1回30分から始める、最小の型
とはいえ、いきなり「週1回、1人30分」という形で始めると、まず続きません。3人いれば週に90分。繁忙期に入った時点で、真っ先に消える予定になります。
月1回、30分。まずはここから始めることを、ベンチャーネットはお勧めしています。決めることも、次の3つだけで十分です。
聞く7、話す3
時間の配分を、あらかじめ決めておきます。目安は、相手が話す時間が7割、こちらが話す時間が3割です。
経営者は、日ごろ指示を出す側にいます。放っておくと、説明と指示で30分が埋まります。それでは業務連絡と変わりません。
比率を先に決めておくと、「まだ自分が話しすぎている」と途中で気づけます。
評価の場にしない
「この時間は評価には関係ない」と、最初に言葉にして伝えます。
評価と結びつくと、相手は身構えます。困っていることを言えば、能力が足りないと思われるかもしれない。そう考えれば、「特に問題ありません」と答えるのが安全な選択になります。
評価や処遇の話は、別の場で行います。人事評価の仕組みそのものについては、人事評価制度がない会社の作り方で扱っています。
次の一歩を1つ決める
話して終わりにしないための、最後の5分です。
「では、次までに何を1つやってみましょうか」と問い、決めたことを書き留めます。多くて2つ。1つで構いません。
これがあると、次回の入口ができます。「前回のあれ、どうなりました?」から始められるからです。決めごとがないと、毎回ゼロから話題を探すことになり、そこで力尽きます。
30分をどう配るか
配分の目安は、次のとおりです。
- 最初の5分:近況と体調。雑談で構いません
- 中の20分:本題。相手が話したいことを中心に
- 最後の5分:次の一歩を1つ決める
時間はきっちり守ります。延びると次回の予定が入れにくくなり、続かない原因になります。
「話すことがない」を防ぐ
1on1でよく起きるのが、沈黙です。「特にないです」で終わってしまう。
これを防ぐには、相手に事前準備をお願いするのが確実です。「話したいことを1つ、書いてきてください」と伝えておきます。
とはいえ、慣れないうちは何を書けばいいか分かりません。3つの箱を示すと、書きやすくなります。
- いまの仕事のこと:手応えがあったこと、うまく進んでいること
- 困っていること:詰まっていること、やりにくいこと
- これから先のこと:やってみたいこと、不安に感じていること
書いてきてもらった紙を一緒に見ながら話す。それだけで、沈黙はほとんど起きなくなります。
記録は、道具に任せる
聞くことに集中しようとすると、手が止まります。メモを取れば下を向く。取らなければ、翌週には忘れている。
ここは道具の出番です。録音して、文字起こしと要約をAIに任せる方法があります。近年は、この用途の道具が手に入りやすくなりました。
ただし、前提が2つあります。
1つは、録音することを本人に伝え、了解を得ること。黙って録るのは論外です。信頼を築くための時間で、信頼を壊すことになります。
もう1つは、記録の扱いを決めておくこと。誰が見られるのか、どこに保管するのか。決めていないまま溜めていくと、後で困ります。
そのうえで、道具にできることの範囲を確かめておきます。AIができるのは、話された言葉を残し、整理するところまでです。
その中のどれが見過ごせない兆しなのか。次に何をするのか。判断するのは経営者です。ここは手放せませんし、手放すべきでもありません。
会話を記録として残し、会社の資産にしていく考え方については、会話が消える会社から、会話が資産になる会社へで詳しく扱っています。
続かなくなる3つの典型と、その手当て
1on1が止まるとき、たいてい原因は次の3つのどれかです。
業務連絡になる
いつのまにか、案件の進捗確認になっている。「あの件どうなった」「これ、いつまでにできる?」——気づけば、いつもの打ち合わせと同じ内容です。
手当て:議題を相手側に持たせます。前述の「話したいことを1つ書いてくる」を徹底するだけで、かなり防げます。経営者が議題を持つと、必ず業務の話になります。
詰問になる
「なぜ間に合わなかったの?」「どうしてそう判断したの?」
理由を知りたいだけでも、受け取る側には追及に聞こえます。1度そうなると、次から本当のことを言わなくなります。
手当て:「なぜ」を「どう」に置き換えます。
- 「なぜ遅れたの?」→「どうすれば間に合いそうでした?」
- 「なぜ相談しなかったの?」→「どんな状態なら相談しやすかったですか?」
原因を探る問いは、過去を向いています。「どう」で始まる問いは、次を向いています。同じことを聞いていても、相手の身構え方が変わります。
記録が残らない
3回目くらいで、前に何を話したか思い出せなくなります。そうなると、毎回同じ話を繰り返すことになり、相手も「意味がない」と感じ始めます。
手当て:決めた「次の一歩」だけは、必ず残します。長い議事録は要りません。日付と、決めた1行。それだけで、次回の入口になります。
よくある質問
週1回でなく、月1回でも意味はありますか
あります。頻度より、続くかどうかのほうが効きます。
月1回でも、半年で6回。6回分の「次の一歩」が積み上がれば、相手の変化は追えます。週1回で始めて2か月で止まるより、月1回を1年続けるほうが結果は出ます。
慣れて余裕が出てきたら、隔週に増やす。この順番のほうが無理がありません。
経営者ひとりで、何人まで回せますか
月1回30分なら、10人で月5時間です。時間だけを見れば回せる計算になります。
ただ、集中して聞く時間なので、1日に何本も入れると後半は雑になります。1日2〜3本を上限にして、月内に分散させるのが現実的です。
人数が増えて回らなくなったら、その時点で現場のリーダーに一部を任せます。任せる相手を決めるためにも、まず経営者自身が数回やっておくと、何を渡せばいいかが分かります。
年上の部下が相手のときは、どう進めればいいですか
指導する場ではない、と最初に伝えることが効きます。
年上の相手に「成長支援」の構えで臨むと、双方が気まずくなります。そうではなく、「長く見てきた立場から、いまの会社をどう見ているか教えてほしい」という向きにします。
経験のある人ほど、聞かれれば出てくるものを持っています。聞かれる機会がなかっただけ、という場合が少なくありません。
部下が「特にありません」しか言わないときは
多くの場合、話す気がないのではなく、何を話していいか分からない状態です。
前述の3つの箱(いまの仕事/困っていること/これから先)を渡して、事前に1つ書いてきてもらいます。それでも出てこないときは、経営者側から自分の話を先にします。
「最近、自分はこの判断で迷っていて」と一つ開示すると、相手も口を開きやすくなります。ここでの開示は、弱さを見せて信頼を得るための技術ではなく、単に順番の問題です。先に話した人がいると、次の人は話しやすい。
なお、3回続けても何も出てこない場合は、1on1の進め方ではなく、その前段に原因があるかもしれません。そのときは形を変えることを考えます。
続いた会社に起きること
半年、1年と続けた会社で、何が変わるのか。
辞意が、相談に変わります。 封筒を出される前に、「実は迷っていることがあって」という話が出るようになります。そこから先は、まだ手が打てます。
改善が、現場から上がってきます。 「この作業、順番を変えたほうが早いと思うんですが」——日々の業務連絡では出てこない話が、話す時間があると出てきます。
経営者自身の見え方が変わります。 数字では分からなかったことが見えてきます。なぜこの工程で毎回止まるのか。なぜあの案件だけ利益が薄いのか。理由は、たいてい現場の人が知っています。
ただし、正直に申し上げると、これらは1か月では起きません。最初の数回は、当たり障りのない会話で終わることのほうが多いはずです。
それでも予定表に入れ続けたかどうかで、半年後の景色が変わります。
まとめ——まず、来月の予定表に入れる
1on1は、大企業の制度ではありません。1人の離職や不調が経営に直接響く、少人数の会社でこそ効く仕組みです。
始め方は、これだけです。
- 月1回、30分
- 聞く7、話す3
- 評価の場にしない
- 次の一歩を1つ決める
道具は、記録を任せるところで使います。何を汲み取り、何を決めるかは、経営者の手元に残ります。
ここまで型を書いてきましたが、実際に続くかどうかは、会社ごとの事情で変わります。繁忙期の波、社員の年齢構成、経営者自身の性格。同じ型でも、合う会社と合わない会社があります。
3か月ほど続けると、どうもかみ合っていない、と感じることがあります。そのとき厄介なのは、何がかみ合っていないのかを、当事者は見つけにくいことです。
自分の問いかけが相手にどう聞こえているかは、自分では分かりません。会社の空気も同じで、内側にいる人ほど、それを空気として意識しなくなります。
ここは、外から見る人がいると早く動きます。頻度を変えるのか、問いを変えるのか、そもそも別の場をつくるのか。判断の材料が一つ増えるだけで、進み方が変わります。
ベンチャーネットは、中小企業の経営を仕組みから見直す支援をしています。一度の助言で終わる仕事ではなく、型が会社になじむまで一緒に見ていく形をとっています。「どこから手を付けるか」で迷われたときは、お声がけください。
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人と向き合う姿勢そのものを考えたい方は、リーダーシップとチームワーク——基準は「真摯さ」へどうぞ。


