「とりあえずAIを入れてみよう」。
最近、経営者の方からこの言葉をよく聞きます。気持ちはよくわかります。同業他社の動きも気になりますし、何かしないと取り残される、そんな焦りもあるでしょう。
ですが、急いでAIや自動化のツールを導入したのに、現場がかえって混乱した。そんな話も、同じくらいよく聞きます。
なぜ、こうなるのか。ベンチャーネットは、その答えを「順番」に見ています。やることは間違っていない。けれど、やる順番が逆になっているのです。
この「順番」を、ある経営者の考え方から学び直してみたいと思います。
ある工場で消えた、ひとつの工程
電気自動車をつくるテスラの工場に、こんな話があります。
バッテリーに、ガラス繊維のマットを貼り付ける工程がありました。火災対策のための工程です。長い時間をかけて丁寧に設計され、機械で自動化までされていました。
そこに経営者であるイーロン・マスクが現れ、たったひとつ問いかけます。「なぜ、このマットが必要なのか」。答えは「要求仕様で決まっているから」。ところが実際に試すと、そのマットは火災対策にほとんど役立っていませんでした。
誰も疑わなかった「決まりごと」だっただけ。マスクは、その工程をまるごと消しました。時間も、お金も、複雑さも消えました。丁寧に自動化されていたその工程は、そもそも要らなかったのです。
ここに、私たちが見落としがちな落とし穴があります。要らない仕事を、上手に自動化してしまう——という落とし穴です。
「5つの段階」と、その順番
これは、巨大企業の特別な話に聞こえるかもしれません。けれど、逆です。中小企業ほど、「昔からの決まり」や「誰も理由を言えない工程」が、見直されないまま静かに残りがちです。規模が小さいぶん、ひとつの要らない工程が現場を重くする度合いは、むしろ大きい。だからこの「順番」は、中小企業にこそ効きます。
マスクが社内で繰り返し説いている進め方は、5つの段階にまとめられます。ベンチャーネットなりに言い換えると、こうなります。
- 要求仕様を疑う:「決まりだから」を、一度ぜんぶ疑う
- 削除する:減らせる工程・部品・ルールは、思い切って消す
- 単純にして、磨く:残ったものを、シンプルにして最適化する
- 速くする:一周にかかる時間を縮める
- 自動化する:最後に、機械やAIに任せる
大事なのは、5つの中身よりも順番です。
多くの人は、いきなり5番(自動化)から始めます。あるいは4番(高速化)や3番(最適化)に飛びつきます。けれど1番と2番を飛ばしていると、「そもそも要らないもの」を、一生懸命に速くしたり、自動化したりしているだけになります。
優秀な人ほど、この罠にはまります。なぜなら、要らない仕組みでも上手に磨けてしまうから。存在すべきでないものを最適化してしまう——それが、賢い人ほど陥りやすい間違いなのです。
図1:マスクが説く「5つの段階」は、中身よりも順番が肝心。順番を逆にして自動化(AI)や最適化から入ると、そもそも要らない仕事を速く・自動で回すだけになる。
なぜ「自動化(AI)」が最後なのか
ここがこの記事の核心です。自動化、つまりAIに任せるのは、いちばん最後。マスクの進め方は、そう教えています。
理由はシンプルです。自動化は、その工程を「固定」してしまうから。一度きれいに自動化すると、その形が当たり前になり、もう誰も「これ、そもそも要る?」と問わなくなります。要らない仕事が、消せない仕事に変わってしまうのです。
実際、テスラはある車種の生産で自動化をやりすぎて失敗し、多くの作業を人の手に戻しました。マスク自身が「人間は過小評価されていた」と認めたほどです。
これは、AIを否定する話ではありません。順番の話です。AIは、整理された仕事の上でこそ力を発揮する。逆に、ごちゃごちゃのまま任せれば、混乱もそのまま速く、大きくなります。だからこそ、任せる前に整える。整えるとは、まず見える化し、要らないものを削除することです(AIに任せること自体の考え方は「AIエージェントに仕事を任せる考え方」で整理しています)。
そして、最後まで人に残るものがあります。「これは要るのか、要らないのか」を決める判断です。マットを消すと決めたのも、自動化をやめて人に戻すと決めたのも、機械ではなく人でした。何を任せ、何を握り続けるか。その判断と責任は、社長の最後の仕事として残ります(このテーマは「AIに任せる仕事、手放してはいけない仕事」で詳しく書いています)。
「削除」には、勇気がいる
5つの段階のうち、いちばん効くのに、いちばん勇気がいるのが2番の「削除」です。
マスクのやり方は徹底しています。「明らかに要らないものを消す」のではありません。消せそうなものは、いったん全部消してみる。そして何が困るかを見る。本当に必要だったものだけを、後から足し戻す。しかも「消したうちの1割も足し戻していないなら、それは消し方が足りない」とまで言います。
ある車種では、「昔からあったから」という理由だけで残っていたセンサーがありました。たどってみると、それを必要としていた担当者はとっくに退職し、もう存在しない問題を解こうとしていた。外しても、何も壊れませんでした。
中小企業の現場にも、同じ「センサー」がいくつもあります。誰も理由を説明できない承認印。続けている理由が「前からやっているから」になっている報告書。これらを見つけて消すこと自体は、AIの仕事ではありません。まず人が、現場を見える化して、ひとつずつ問い直す作業です(その具体的な進め方は「業務を『捨てる』という発想」で扱っています)。
じつは、この「まず捨てる」という発想は、新しいものではありません。経営学者のドラッカーは半世紀も前から、「昨日を捨てなければ、明日はつくれない」という計画的廃棄の考え方を説いてきました。マスクが工場でやっているのは、その現代版とも言えます。削除は思いつきの節約術ではなく、経営の王道なのです(ドラッカーの計画的廃棄は「計画的廃棄という発想」で詳しく書いています)。
ベンチャーネットが大切にしている順番
私たちが中小企業の経営変革をご一緒するとき、いつも同じ順番を守っています。
まず、見える化する。数字と業務の流れを、関係者の共通の絵にします(「経営の見える化とは何か」)。次に、その絵を見ながら「これは要るのか」を問い、要らないものを削除します。残ったものを単純にし、磨く。速くする。そしていちばん最後に、AIや自動化を置きます。この順番を最後まで回した先に、私たちが見ている経営の姿があります(「バーチャル経営のビジョン・ミッション」)。
図2:ベンチャーネットが経営変革でいつも守る順番。まず見える化し、要らないものを削除してから磨き、速くし、最後にAI・自動化を置く。その先にバーチャル経営(VX)がある。
この順番は、マスクの5段階とぴたりと重なります。見える化と削除を飛ばして自動化から入れば、要らない仕事を高速で回すだけ。逆に、見える化と削除を先にやれば、AIは「整った仕事」の上で素直に働いてくれます。
「とりあえずAIを入れてみよう」が危ういのは、この順番を飛ばしているからです。入れるなとは言いません。入れる前に、見て、消す。それだけで、同じAIがまるで別物のように働きます。
自分の「当たり前」は、自分では疑いにくい
ここまで読んで、「では、さっそく自社の要求仕様を疑ってみよう」と思われたかもしれません。その一歩は、とても正しい。
ただ、ひとつだけ、正直にお伝えしておきたいことがあります。いちばん最初の「要求仕様を疑う」が、いちばん難しいのです。
なぜなら、社内の「当たり前」は、社内の人にはいちばん見えないから。長くその仕事をしている人ほど、「これは必要だ」という前提を、疑う対象ですらなく、空気のように感じています。マスクが「決めた人の名前を、要求の横に書け」とまで言ったのも、当たり前を当たり前のまま通さないための工夫でした。
だからこそ、ここには外からの目が効きます。利害のない第三者が「これは、なぜ要るのですか」と素朴に問うだけで、見えなかった「マット」や「センサー」が浮かび上がってくる。私たちベンチャーネットが伴走でお手伝いしているのは、まさにこの「一緒に疑い、一緒に消す」という部分です。
AIを入れる前に、見える化し、削除する。その順番を、外の視点と一緒に踏んでみたい——そう思われたら、いちど話を聞かせてください。あなたの会社の「消していい工程」を、一緒に探すところから始められます。

