カスタマーサポートをバーチャル社員に——顧客対応をAIに任せた会社と、人に戻した会社

カスタマーサポートでバーチャル社員(AIに仕事を渡す形)に渡されているのは、定型の一次対応までです。公開事例を読むと、うまくいっている会社ほどAIに触らせない領域を先に決め、人に戻る経路を残しています。

では、どこまで任せ、どこで人に返せばよいのでしょうか。進め方そのものは中小企業のAIカスタマーサポート入門に書きました。

目次

電話は鳴り止まず、夜の問い合わせは翌朝に回る

問い合わせの電話が、日中ずっと鳴っている。メールの返信は夕方にまとめて。夜に届いた相談は、翌朝いちばんの仕事になる。

AIに任せたい。ただ、お客様に直接届く対応です。間違えた案内をしたら、謝りに行くのは自分たちです。

その慎重さは、お客様の側の感覚とも合っています。調査会社のガートナーは2026年2〜3月、顧客3,566人に尋ねています。87%が「AIを使う企業には、人の担当者に行ける手段が欠かせない」と答えました。担当アナリストも、すべての問題でAIを最初の必須の一歩にするべきではないと述べています。(ガートナー プレスリリース、2026年8月4日、確認日:2026年9月21日)

同じ調査で、悪い体験のあとにもう一度チャットボットを使うと答えた人は27%でした。一度失敗すると、取り返しがつきにくい。(ガートナー プレスリリース、2026年9月2日、確認日:2026年9月21日)

国内でも同じ傾向が出ています。消費者4,000人への調査では、約7割がAIと有人を組み合わせた対応を望んでいました。そしてAIが誤った回答をした場合、25%が問題解決をあきらめて離れるという結果です。(トランスコスモス「消費者と企業のコミュニケーション実態調査2025-2026」、調査は2025年7月31日〜8月5日、確認日:2026年9月21日)

つまり、この仕事で問われるのは「何を任せるか」より先に、「何を任せないか」と「どこで人に戻すか」です。

公開事例に見る、任せている範囲と戻し方

任せる範囲と、人に戻る経路 AIが受け持つ ・定型の問い合わせ ・よくある質問への回答 ・夜間、休日の一次対応 人が受け持つ ・事情が重い相談、苦情 ・本人確認が要る手続き ・弱い立場の相手への対応 人に戻る 戻すときは、お客様が入力した内容も一緒に渡す 同じ説明を二度させないことが、設計の要

図1:任せる範囲と、人に戻る経路。戻すときに会話を引き継げるかが分かれ目です。

Octopus Energy(英国・エネルギー):任せたのは全体の4%。同社はメールの一次対応にAIを使っています。扱うのは料金の更新、支払日、口座情報といった定型の質問だけ。週に約8,000通、同社が英国で受け取るメール全体の4%にあたります。顧客満足度は76%で、同種の問い合わせに人が答えた場合の72%を上回りました。そして同社は、弱い立場のお客様、事情が重い案件、複雑な苦情はAIには一切扱わせず、経験のある担当者へ直接回すと明記しています。(同社公式プレスリリース、2026年7月7日、確認日:2026年9月21日)

満足度が人を上回った理由は、性能というより範囲の決め方にあります。4%に絞ったからこそ出た数字と読むのが自然です。

ネクイノ(国内・オンライン診療、従業員83名):軽い相談はAI、重いものは有人へ。同社は医療相談の一次対応にチャットボットを置いています。軽い副作用に関してはチャットボットで対応し、解決しない重いものは有人チャットへ誘導する設計です。結果、医療相談室の有人対応の件数が約15%減り、FAQページの閲覧数も前月比で約12%減りました。そして、チャットボットが対応した件数の約6割は、夜間の問い合わせでした。(カラクリ公式の導入事例、掲載日の記載なし、確認日:2026年9月21日)

AIが埋めたのは、人が寝ている時間でした。人を減らした話ではありません。

ファンケル(国内・化粧品):引き継ぐときに、会話ごと渡す。同社はFAQサイトとLINEでチャットサポートを運用し、利用者の自己解決率が約30%向上したと発表しています。あわせて、有人対応へ引き継ぐ際に、担当者が利用者の入力した質問内容を事前に把握できる形にしました。(モビルス発表、2026年9月17日、確認日:2026年9月21日)

お客様の立場で言えば、同じ説明を二度しなくて済むということです。ここを設計していない会社では、AIを挟んだせいで体験が悪くなります。

三井住友銀行(国内・金融):本人確認は、はじめから有人。同行は2026年2月に24時間対応のAI窓口を始めると発表しました。そのリリースには、本人確認が必要な手続きは従来どおり有人のオペレーターが対応すると明記されています。複雑な相談は有人へ引き継ぐ形です。(同行ほか3社の発表、2026年2月18日、確認日:2026年9月21日)

効果の数値はまだ出ていません。それでも参考になるのは、始める前に「渡さない業務」を公表している点です。

任せた結果、会社が責任を負った例

人に戻る経路がないと何が起きるか。エア・カナダの事例が知られています。サイトのチャットボットが誤った案内をし、会社は「ボットは別の存在だ」と主張しましたが、審判所はこれを退けました。詳しくはうまくいかなかった実例にまとめています。

この判断が示すのは、AIの回答は会社の回答だということです。だから、間違えたときに人へ戻れるかどうかが、そのまま会社の守りになります。

中小企業の始め方:夜から、狭く

始めるときの4つの手順 1 渡さない領域 苦情・重い相談・ 本人確認は、先に 外しておく 2 夜と休日から いま誰も出られない 時間帯なら、比べる 相手がいない 3 戻る経路は1手で 人に代わる導線を 常に出し、会話も 一緒に渡す 4 誤りを数える 件数だけでなく、 誤答と途中離脱を 毎週見る

図2:渡さない領域を決め、夜から始め、戻る経路を1手で用意し、誤りを数える。

1. 渡さない領域を先に決める。苦情、事情の重い相談、本人確認が要る手続き。Octopus Energyも三井住友銀行も、ここを最初に外していました。線の引き方はバーチャル社員に決めさせないことを、先に決めるにあります。

2. 夜と休日の一次対応から始める。いま誰も出られない時間帯なら、人の対応と比べられることがありません。ネクイノの事例でも、AIが受けた6割は夜間でした。

3. 人に戻る経路を、1手で用意する。「担当者につなぐ」導線を常に出しておきます。そして、戻すときにお客様の入力内容も一緒に渡します。ファンケルの事例が押さえていたのはここです。小さい会社なら、戻る先が社長の携帯でも構いません。

4. 誤りと途中離脱を数える。対応件数だけを見ると、静かに離れていくお客様に気づけません。誤った回答が何件あったか、会話の途中でやめた人が何人いたかを、毎週15分で見ます(→印象で評価しない)。

よくある質問

Q. AIが答えられる質問が、そもそも少ないのでは?
A. 最初は少なくて構いません。よくある質問の上位10件だけを任せ、残りは人に回す形でも、夜の一次対応は成立します。答えられなかった質問は、そのままFAQを足す材料になります。

Q. 「AIが対応しています」と言うべきですか?
A. 伝えたほうが安全です。あとから知られるほうが印象を損ねます。あわせて、人に代わる方法も同じ画面に置いておきます。

Q. 小さい会社では、有人に戻す人手がありません。
A. だからこそ、AIに渡す範囲を狭く決めます。全部を受けようとせず、夜間は「翌営業日に人から連絡します」と約束して、連絡先だけ確実に預かる形でも、いまより取りこぼしは減ります。

まとめ:任せる範囲より先に、戻す経路を決める

公開事例に共通しているのは、AIに扱わせない領域を先に決め、人に戻る経路を残していることでした。Octopus Energyは全体の4%に絞り、ネクイノは重い相談を有人へ回し、ファンケルは会話ごと引き継ぎ、三井住友銀行は本人確認を有人に残しています。そして顧客側の調査では、87%が人に行ける手段を必須と答え、一度の失敗で多くの人が戻ってこないことも分かっています。

難しいのは、自社の問い合わせのどれが「渡してよいもの」かを分けることです。毎日対応している人ほど、どれも事情が違って見えます。ベンチャーネットはFDE型の伴走として、1か月分の問い合わせを読み、渡せるものと渡さないものに分けるところからご一緒しています。直近1か月の問い合わせ履歴を手元に置いて、まず壁打ちから。

次に読むなら

「AIサポートの進め方そのものを知りたい」
→ 問い合わせ対応をAIで:中小企業のAIカスタマーサポート入門

「うまくいかなかった例を知りたい」
→ うまくいかなかった実例——バーチャル社員を縮小・撤回した会社から、中小企業が学ぶこと

「ほかの職種の実例も見たい」
→ ここまでできるバーチャル社員——国内外の実例から見る「AIに任せられる仕事」の現在地

「止める仕組みまで作りたい」
→ 安全装置——権限・承認・ログ・線引きを、バーチャル社員に実装する

この記事で参照した公開情報

  • ガートナー プレスリリース(2026年8月4日・2026年9月2日、顧客3,566人への調査)
  • トランスコスモス「消費者と企業のコミュニケーション実態調査2025-2026」(調査2025年7月31日〜8月5日、n=4,000)
  • Octopus Energy 公式プレスリリース(2026年7月7日)
  • カラクリ 公式導入事例「ネクイノ」(掲載日の記載なし)
  • モビルス 発表「ファンケル」(2026年9月17日)
  • 三井住友銀行ほか3社の発表(2026年2月18日)

数値はいずれも各社・各調査の発表に基づきます。最新の状況は公式発表をご確認ください。

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この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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