経理でバーチャル社員(AIに仕事を渡す形)に渡されているのは、読み取り、仕訳の下書き、照合までです。公開されている事例を見るかぎり、締めと例外の判断は人が持っています。
やり方そのものはAIで経理は変わるに書きました。では、他社は実際にどこに線を引いたのでしょうか。企業の公開情報で確かめられた実例で見ると、答えは数字で出ています。
「AIで経理を」と言われても、どこまで任せるかが分からない
月末、請求書の山を前に、経理の担当者が一枚ずつ内容を確かめている。経営からは「AIでなんとかならないか」と言われる。
ただ、任せた先で数字が間違っていたら、責任は自社に残ります。だから慎重になる。この慎重さは、正しいものです。
中小企業の経理担当者515名への調査でも、同じ空気が出ています。AIを入れている会社は約2割。そして導入をためらう理由の上位が「最終確認は人が必要で信用しきれない」(33.4%)、「結局、人が全件チェックしており手間が減らない」(25.4%)でした。(弥生株式会社の調査、2026年3月30日発表、対象は従業員100名未満の経理担当者515名、確認日:2026年9月21日)
つまり、多くの会社が引っかかっているのは性能ではありません。どこまでを任せ、どこから人が見るかという線です。実例を見ると、その線は思ったよりはっきりしています。
経理の仕事を、4つの工程に分ける
図1:経理の4工程。左から順に任せ、締めと例外は人に残す形が共通しています。
①受け取りと読み取り、②仕訳の下書き、③照合・消込、④締めと例外の判断。公開事例を読むと、任せている範囲は①から順に広がっていました。
公開事例に見る、任せている範囲
取り上げるのは、企業名と数値が明記された公開事例だけです。数値はいずれも自社またはサービス提供元の発表で、第三者の検証を経たものではありません。
幸袋テクノ(機械製造・従業員76名):3分の1を自動化し、迷った所を人が見る。同社はAIに請求書の明細を読み取らせ、取引内容や金額、取引先名、過去の仕訳データから勘定科目を判定して入力させています。月120件以上の請求書のうち、単一明細のものは約3分の1が自動化できている段階です。複数行の明細では、体感で作業時間が10分の1程度になり、年間80時間以上の削減を見込むとしています。目指している形は、AIが迷った箇所だけを人がチェックする体制です。(TOKIUM公式の導入事例、2026年5月29日、確認日:2026年9月21日)
中小企業にいちばん近い規模の事例が、いちばん正直な数字を出しています。「全部が自動になった」ではなく「3分の1」。ここが実際の現在地です。
ホーライ(製造業):入金の約90%を自動照合し、残り10%を人が見る。同社は入金消込にAIを使い、約90%の入金が自動で照合される状態になりました。100件ほどの入金確認が1日足らずで終わるといいます。一方で、約10%は人の確認が必要だと同じ発表の中で明言しています。(LayerX発表、2026年6月23日、確認日:2026年9月21日)
自動化率と残りの割合が、同じ文書の中に並んでいる事例です。線はここにあります。
ADKホールディングス:月5,000件のうち約4,000件が目視不要。請求書処理で、月間約5,000件のうち約4,000件で目視確認が不要になり、年間約1万時間の削減になったと報告されています。読み取り精度は8割以上とされます。裏返せば、残りの約1,000件は人が見ています。(ファーストアカウンティング公式のインタビュー、2026年7月15日、確認日:2026年9月21日)
Ramp(米国・経費と支払いのサービス):一発で正解は85%、推奨の10%は人が覆す。同社は自社のAIが、勘定科目の付与を一度で正しく行える割合を85%と公表しました。承認の推奨は9万件出し、そのうち90%が受け入れられたとしています。つまり、10%は人が覆しています。(同社公式ブログ、2025年10月7日、確認日:2026年9月21日。サービス提供元の自社発表)
4件を並べると、任せている範囲の形が見えます。どの会社も「全件」を任せていません。そして、どこまでを自動にしたかを数字で公開し、残りを人が見ると明言しています。
なぜ、締めは人が持つのか
「残りを人が見る」のは、慎重さだけが理由ではありません。数字の誤りを見つける仕事は、いまのAIがまだ苦手だからです。
財務・会計の文書に紛れ込んだ誤りをAIが見つけられるかを測った研究があります。973件の実際の財務文書に4,123件の誤りを仕込み、9つの場面で試したベンチマークです。結果は、最も成績の良いモデルでも総合F1値(正確さと見落としの少なさを合わせた指標)が48.34%。金融の教育を受けた人は63.63%で、人のほうが上回りました。さらに、文書が長くなるほど成績は落ち、2,500語で40.16%だったものが50,200語では16.66%まで下がっています。(arXivで公開された査読付き国際会議の採択論文、2026年6月3日公開、確認日:2026年9月21日)
ここから読めるのは、実務上の線と同じことです。短くて型のある書類は任せられる。長くて複雑な書類ほど、人が見る価値が上がる。幸袋テクノが「単一明細から」始めているのも、この線の上にあります。
中小企業の始め方:件数の多い1種類から
図2:狭く始めて広げる3段階。締めと例外は、どの段階でも人が持ちます。
① 件数の多い1種類から。同じ取引先から毎月届く、様式のそろった請求書を選びます。幸袋テクノのように、明細が1行のものから始めると、精度を見極めやすくなります。
② 全件確認をやめる日を決める。ここがいちばん効きます。弥生の調査で出ていた「結局、人が全件チェックしており手間が減らない」は、ここを越えられないと起きます。1か月分の手直しを数え、どの種類で間違いが出ないかを確かめてから、その種類だけ確認を抜き取りに変えます。手直しが多かった箇所は、AIへの指示や手順に書き戻します(→同じ手直しを、二度させない)。
③ 照合へ広げる。読み取りと下書きが落ち着いたら、入金消込のように突き合わせる仕事へ広げます。ホーライの事例のように、合わないものだけが人の手元に残る形が目標です。
そして、④の締めと例外は人が持ち続けます。間違えたときに取引先へ説明に行くのは人だからです。決めさせないことの線引きはバーチャル社員に決めさせないことを、先に決めるにまとめました。
よくある質問
Q. 何割くらい自動になりますか?
A. 公開事例では、単一明細の請求書で約3分の1、入金消込で約90%、請求書の目視確認で約8割という数字が出ています。どれも書類の型のそろい方で変わるので、自社の1か月分で測るのが確実です。
Q. 全件チェックをやめるのが怖いです。
A. 金額で線を引く方法があります。一定額を超えるものと、初めての取引先は人が見る。それ以外は抜き取りにする。全部か、ゼロかにしないことです。
Q. 会計の知識がないAIに、勘定科目を任せてよいのですか?
A. 任せているのは判定の下書きです。過去の仕訳をもとに推定しているので、自社の仕訳が整っているほど当たります。逆に言えば、過去の仕訳が乱れている会社では、そこを整える作業が先になります。
まとめ:線を引いた会社が、先に進んでいる
公開事例で任されているのは、読み取り、仕訳の下書き、照合までです。自動化の割合は3分の1から9割まで幅がありますが、共通しているのは、残りを人が見ると明言していることでした。締めと例外の判断は、どの会社も手放していません。
難しいのは、自社のどの書類から始めるかを決めることです。毎日その処理をしている人ほど、「うちの請求書は特殊だから」と感じます。ベンチャーネットはFDE型の伴走として、1か月分の書類を数えて、任せられる1種類を選ぶところからご一緒しています。請求書の束を1か月分そろえて、まず壁打ちから。
次に読むなら
「経理AIの進め方そのものを知りたい」
→ AIで経理は変わる:請求書・仕訳を「下書きAI+人が承認」にする
「ほかの職種の実例も見たい」
→ ここまでできるバーチャル社員——国内外の実例から見る「AIに任せられる仕事」の現在地
「うまくいかなかった例も知りたい」
→ うまくいかなかった実例——バーチャル社員を縮小・撤回した会社から、中小企業が学ぶこと
「線の引き方を知りたい」
→ バーチャル社員に決めさせないことを、先に決める——社長が引く3本の線
この記事で参照した公開情報
- 弥生株式会社の調査(2026年3月30日発表、従業員100名未満の経理担当者515名)
- TOKIUM 公式導入事例「幸袋テクノ」(2026年5月29日)
- LayerX 発表「ホーライ」(2026年6月23日)
- ファーストアカウンティング 公式インタビュー「ADKホールディングス」(2026年7月15日)
- Ramp 公式ブログ(2025年10月7日)
- 財務文書の誤り検出に関するベンチマーク研究(arXiv、2026年6月3日公開)
数値はいずれも各社・各研究の発表に基づきます。最新の状況は公式発表をご確認ください。


