バーチャル社員(AIに仕事を渡す形)を何人まで増やせるかは、AIの性能では決まりません。決めるのは、引き継ぎと監督です。公開されている実測と実践記録を読むと、増やして伸びる仕事と、増やすほど噛み合わなくなる仕事がはっきり分かれています。
1体目の作り方はバーチャル社員の作り方に、次の仕事の選び方は1つ回ったら、次はどの仕事かに書きました。同時に何体も動かすなら、まず1体を強くし、重ならない役割で分けます。では、増やして伸びる仕事と噛み合わなくなる仕事は、何が違うのでしょうか。
1体うまくいったら、2体目を増やしたくなる
最初のバーチャル社員が回り始めると、次を考えたくなります。調べる役と、書く役と、確かめる役。人を採るより速く、採用の手間も要らない。
ただ、増やした会社の記録を読むと、素直に倍になってはいません。良くなった部分と、余計に手がかかるようになった部分が、両方出ています。
増やすと良くなること、高くつくこと
図1:増やすと良くなることと、高くつくこと。
AI開発企業のAnthropicは、調査の仕事を複数のAIで分担させた結果を公開しています。統括役1体と補助役を組み合わせた構成は、1体だけの構成より90.2%良い成績を出しました。ただし、同じ記事に費用の話も書かれています。使ったトークン(AIが読み書きする文字の量)は、ふつうの対話の約15倍。1体だけでも約4倍です。さらに、成績のばらつきの80%はトークン量だけで説明でき、道具の呼び出し回数とモデルの選択を加えると95%になる、とも報告されています。
そして、向かない仕事も明記されています。全員が同じ文脈を共有する必要がある仕事や、作業どうしの依存が多い仕事です。(Anthropic、2025年6月13日、確認日:2026年9月21日。自社製品の事例である点に留意)
「増やすな」という主張も、同じ時期に出ている
興味深いのは、その1日前に、別のAI開発企業が逆の主張を公開していることです。
Cognitionは「複数のエージェントを作るな」と題した記事で、2つの原則を挙げました。文脈は、個々のメッセージではなく全体の記録ごと共有すること。そして、行動には暗黙の判断が含まれており、判断が食い違えば結果も食い違うこと。
例として挙げられているのが、ゲームを2体で分担して作らせた話です。1体は別のゲーム風の背景を作り、もう1体は噛み合わない部品を作った。最後に統合する役は、その食い違いを直せませんでした。同社は、多くの場合は文脈がひとつづきになる単線の1体を推奨しています。(Cognition、2025年6月12日、確認日:2026年9月21日。自社製品の設計思想である点に留意)
業界の中でも、答えは割れています。だから「増やせば強くなる」も「増やすな」も、そのまま真に受けないほうが安全です。判断の軸は、次の実例が教えてくれます。
国内の実践記録:統括役は、結局まだ人間
LayerXの技術ブログには、3体を分担させて開発を進めている記録が公開されています。構成は、設計の文書を作る役(planner)、それをもとに実装する役(worker)、設計とコードを見る役(reviewer)の3体です。
読みどころは、うまくいった話ではありません。詰まっている場所です。
- 渡し役は人間。どの役に渡すかを人が判断して、出力を運んでいる
- 長い出力が途中で切れることがあり、しかも切れたことが分かりにくい
- レビューの指摘をそのまま渡すと、指示として受け取られる。命令形の文が混じっていれば、そのまま実行しにいく
- 人が止めるべき場面は3つ。指摘が過去の決定と矛盾するとき、同じ論点で2往復以上収束しないとき、外部の事実確認が要るとき
(LayerX 技術ブログ、2026年8月19日、確認日:2026年9月21日)
3体に増やすと、人の仕事は「作る」から「渡す・見る・止める」に移ります。ここを人が担える範囲が、実質的な上限になります。
中小企業の増やし方:1体を強くしてから、役割で分ける
図2:1体を強くし、重ならない役割で分け、引き継ぎの様式を決め、監督の時間を確保する。
1. まず1体を強くする。記憶(判断基準と手順)を足し、手直しが減るまで1体で回します。1体で手直しが多い状態のまま増やすと、手直しの量も倍になります(→記憶を持たせる)。
2. 重ならない役割で分ける。同じ成果物を2体で作らせないことです。調べる、書く、確かめる。この3つなら、作るものが違うので噛み合わせの事故が起きにくくなります。
3. 引き継ぎの様式を決める。決定と、その理由と、制約。この3つを文章で残し、次の役に渡します。口頭で渡すのと同じで、要約しすぎると抜けます。
4. 監督の時間を先に確保する。増やすほど、渡す仕事と確かめる仕事が人に積み上がります。その時間が取れないなら、増やす時期ではありません。振り返りの型は印象で評価しないにあります。
分担させると使う量が大きく増えるため、月額は人数分の掛け算では済みません。内訳の考え方はバーチャル社員1人あたり、月いくらかかるかにまとめました。
よくある質問
Q. 何体までなら現実的ですか?
A. 人が渡して確かめられる数が上限です。国内の実践記録でも3体で、統括は人が担っていました。まず2体、慣れてから3体という順番が安全です。
Q. 増やすと費用はどれくらい変わりますか?
A. 公開されている実測では、分担させた構成は通常の対話の約15倍のトークンを使っていました。仕事の内容によりますが、人数分では済まないという前提で見積もってください。
Q. AIどうしで確認させれば、人の監督は減りませんか?
A. 減りません。確認役が指摘しても、その指摘が指示として実行されてしまう例が報告されています。止める判断は、人に残しておくのが確実です。
まとめ:上限を決めるのは、人の側
複数のバーチャル社員を動かすと、調べものは広く速くなります。一方で、使う量は大きく増え、噛み合わない成果物も生まれます。業界の中でも、増やすべきか単線で行くべきかは割れています。国内の実践記録が示しているのは、渡し役と止め役が人のままであるということです。だから上限は、AIの性能ではなく、人が監督できる範囲で決まります。
自社でどこまで増やせるかは、いまの1体の手直しの量と、確かめる時間がどれだけ取れるかで見えてきます。ベンチャーネットはFDE型の伴走として、2体目を足すかどうかの判断からご一緒しています。いま動いている1体の手直しの記録を持ち寄って、まず壁打ちから。
次に読むなら
「次に任せる仕事の選び方を知りたい」
→ 1つ回ったら、次はどの仕事か——バーチャル社員の増やし方
「複数のAIを束ねる考え方は?」
→ AIを”束ねて”業務を回す:マルチエージェントとAIオーケストレーション入門
「引き継ぐ記憶の作り方を知りたい」
→ 記憶を持たせる——Notionを「言葉の基盤」にして、バーチャル社員に読ませる
「他社が何体でどう組んでいるか見たい」
→ 公開事例に見るPC社員の構成——各社は「席・記憶・手・安全装置・稼働記録」をどう組んでいるか
この記事で参照した公開情報
- Anthropic 公式エンジニアリングブログ(2025年6月13日)
- Cognition 公式ブログ(2025年6月12日)
- LayerX 技術ブログ(2026年8月19日)
いずれも発信元の立場(自社製品・自社実践)を踏まえてお読みください。


