「若い子は、すぐ覚えるね」——そう言ったとき
AIの使い方を、若手に学ばせている。そんな会社は増えました。
研修を受けた若手が、議事録の要約や資料の下書きを、さらりとこなす。その様子を見て、こう思う。「若い子は、すぐ覚えるね」。
悪くない光景です。けれど、その言葉には、小さな前提が隠れています。学ぶのは若手で、自分は“教える側”“すでに分かっている側”だ、という前提です。
人材育成、と聞くと、多くの人は「これから伸びる人に、新しい道具の使い方を教えること」を思い浮かべます。いつのまにか、その対象は若手や現場に絞られていく。
でも、本当にそうでしょうか。AIの時代に、いちばん学び直しが必要なのは、若手なのでしょうか。
なぜ「人材育成=若手」になりがちなのか
人材育成という言葉は、便利です。だからこそ、中身がすり替わりやすい。
「育成」と言った瞬間、頭に浮かぶのは、たいてい自分より下の世代です。新人研修、若手のスキルアップ、現場の底上げ。どれも大事な取り組みですが、そこに経営者や管理職の姿は、あまり入ってきません。
上の層は、長い経験があります。実績もあります。だから「学ぶ側」ではなく「導く側」に、自然と置かれる。
けれど、その経験や実績は、これまでのやり方で積み上げたものです。AIが仕事の前提を変えつつある今、過去の勝ちパターンが、そのまま通用するとは限りません。
問いは、ここで反転します。学び直しが要らないのは、本当に上の層のほうなのか、と。
いちばん学び直しがむずかしいのは、成功体験を持つ人
ここで、一つの言葉を置きます。「アンラーン」です。
アンラーンとは、一度身につけた知識ややり方を、意図的に手放して学び直すこと。日本語では「学びほぐし」とも言われます。
若手の学びは、基本的に「足し算」です。まだ持っていないスキルを、新しく身につける。まっさらなぶん、覚えるのも早い。
一方、経営者や管理職の学びには、その前に「引き算」が要ります。長年うまくいってきたやり方を、いったん手放す。この引き算が、実はいちばんむずかしい。成功体験があるほど、それを疑うのは、痛みを伴うからです。
しかも、AIが得意とする領域は、少しずつ上の層にも近づいています。
これまで自動化の話は、現場の定型作業が中心でした。けれど近年は、事務や調整、情報のとりまとめといった仕事にも影響が及ぶと指摘されています。東京大学の松尾豊教授は、ホワイトカラーの仕事のほぼすべてに、何らかの影響がありうると指摘しています。
もっとも、「仕事がまるごと消える」という話ではありません。今のところ、大規模に職が失われている証拠は乏しく、変わっているのは職そのものより「仕事の中身の組み合わせ」だ、という冷静な見方もあります。
だとすれば、AIに移っていくのは、仕事のうち“作業”や“とりまとめ”の部分です。部下の報告を、そのまま上に通すだけの「追認」も、そこに含まれます。
では、何が残るのか。残って、むしろ価値が増すのは、「なぜそれを選ぶのか」を決める判断です。AIは道具であり、最後に責任を持って決めるのは、これまでどおり人です。
ここに、経営者が学び直す本当の理由があります。追認するだけの人ではなく、責任を持って決める人であり続けるために、上の層こそ、自分の前提を学び直す必要があるのです。
図:AIが担うのは作業・とりまとめ・“追認”の部分で、判断と意思はむしろ価値を増します。だから若手が新しいスキルを“足す”一方、経営者・管理職には成功体験を“手放す”アンラーンが要る——学び直しがいちばんむずかしいのは、成功体験を握る上の層です。
人材育成を「組織全体の再学習」として組み直す
ここまで来ると、人材育成の絵が変わります。
若手に道具の使い方を教えることは、もちろん必要です。でも、それは全体の一部にすぎません。経営者・管理職を含めた全員が学び直す——人材育成を「組織全体の再学習」として組み直す。これが、AI時代の育成の姿です。
とはいえ、全部を一度にやろうとすると、続きません。だから、役割を分けて考えます。ベンチャーネットは、次のように整理しています。
- 現場・若手のAIリテラシーを底上げする → 「AIを使える人」を社内に増やす
- 経営者個人が、専門の外へ知の幅を広げる → 経営者が「知の幅」を取り戻す
- AIから「答え」ではなく「判断軸」を学ぶ → 守破離で考える、経営者の新しい学び方
- 学びを個人で終わらせず、会社の仕組みにする → 自社の「学習ループ」を経営のIPにする
それぞれは、別の記事で正面から扱っています。この記事でお伝えしたいのは、その手前にある構えです。育成の対象から、経営者・管理職を外さないこと。
そして、その最初の一歩は、社長自身が踏み出すのがいちばん早い。
やり方は、大げさでなくていい。自分がずっと正しいと思ってきたやり方を、一つ選んで、AIに反論させてみる。「本当にこれでいいのか」と、あえて自分の外から問いを立ててみる。
決めるのは、最後まで人です。けれど、良い判断は、自分の枠の外にある異質なものを、あえて取り込んだところから生まれます。学び直しとは、その異質を、自分から迎えにいくことです。
正直に言うと、これは若手の研修より、しんどい
きれいごとに聞こえないよう、正直にお伝えします。
経営者の学び直しは、若手の研修より、しんどいです。新しいことを覚えるだけでなく、うまくいってきた過去を、いったん疑わなければならないからです。長く経営をしてきた人ほど、その痛みは大きい。
「学び直せば、必ず勝てる」とも言えません。経営に、そんな保証はどこにもありません。
それでも、一つだけ確かなことがあります。前提を手放せる経営者だけが、次のやり方をつかめる、ということです。手放せなければ、古い勝ちパターンのまま、変わっていく市場に取り残されます。
見方を変えれば、これは出番が減る話ではありません。学ぶ層が、若手から会社全体へと広がる話です。そして、その輪の真ん中に、経営者がいる。
あなたの会社の「学び直し」は、若手だけのものになっていないでしょうか。
まとめ:再学習のスタートラインに、まず社長が立つ
AIの人材育成を、若手の研修に矮小化しない。
いちばん学び直しが要るのは、過去の成功体験を持つ、経営者・管理職自身です。人材育成とは本来、若手だけの話ではなく、経営者を含めた「組織全体の再学習」でした。その最初の一歩は、社長が自分の前提を一つ疑うところから始まります。
ここで、最初にお伝えした「しんどさ」に戻ります。成功体験を自分で疑うのは、痛みを伴います。そして厄介なことに、長くうまくいってきたやり方ほど、当の本人には“疑う対象”にすら見えません。一人だと、手放すべき前提の手前で止まりやすいのは、そのためです。
だからこそ、外から問いを投げる相手がいると、学び直しは動き出します。AIに反論させるのも一つの手ですが、AIもまた、あなたが「当たり前」と信じている枠の外までは、なかなか連れ出してくれません。
ベンチャーネット自身も、この学び直しの途中にいます。お客様に「学び直しましょう」と申し上げる以上、自分たちも同じ問いの前に立っているつもりです。だからこそ、どこで手が止まりやすいかも含めて、一緒に考えられます。もし、自分の成功体験を一緒に問い直す相手が必要になったら、声をかけてみてください。
学び直しは、若手に任せるものではなく、社長が先頭で見せるもの——ベンチャーネットは、そう考えています。
- 会社の業務を、AIにどう任せ、どの判断を握るか → AIに任せる仕事、手放してはいけない仕事
- そもそも、なぜ今、経営を見直すのか → なぜ今、経営を見直すのか


