「この取引先の、この商品の単価はいくらだったか」。その答えを知っているのが、ベテラン営業の1人だけになっていないでしょうか。
同じ商品でも、A社とB社では掛け率が違います。締め日も支払サイトも違います。こうした条件が担当者の頭の中や個人のExcelにあると、担当者が休んだ日に見積が止まります。
Odoo(オドゥー:オープンソース由来の統合業務アプリ群)を使うと、この条件を「人」から「仕組み」へ移せます。掛け率や締め日は、取引先マスタと価格表に持たせます。担当者が代わっても、受注に入る単価は同じです(価格表で取引条件を持つ方法)。
Odooで取引をつなぐと、たとえば次のことが変わります。
- 受注入力で、その取引先の単価が自動で入る
- 例外的な単価を使っても、変更した記録が残る
- 預け在庫や輸送中の在庫を、保管場所ごとに分けて持てる
- 取引先別の売上と粗利が見えてくる
Odooには無料のCommunity版と有償のEnterprise版があり、使える機能と公式サポートの有無が異なります。
ただし、海外との取引が中心で、多通貨や連結決算が要る商社にはNetSuiteやSAPが合うこともあります。良い点と注意点は、卸売・商社でOdooを使うメリットとデメリットにまとめました。
もう1つ、資料だけでは判断できない論点が残ります。日本の月締め請求です。20日締めや15日締めの合計請求書を、海外製のOdooでどう出すのか。確かめる4点は月締め請求の確認事項にあります。
卸売・商社の業務に固有の3つの難しさ
取引条件が多層になっている
小売業なら、店頭価格は基本的に一つです。卸売では、次の条件が重なります。
- 取引先ごとの基本の掛け率
- 商品カテゴリごとの例外
- 数量による単価の変動
- キャンペーン期間中の特別価格
- 長年の関係で決まっている個別条件
条件が重なるほど、「この取引先の、この商品の単価はいくらか」にすぐ答えられなくなります。
在庫の場所が複雑
在庫は自社倉庫だけにあるわけではありません。次のような形態が混ざります。
- 外部倉庫に預けている在庫
- 取引先に預けている在庫
- 仕入先から直接出荷する取引(直送)
- 輸送中で、まだ届いていない在庫
「在庫がある」の意味が、場所によって変わります。単純な数量管理では足りません。
月締めの請求が中心
多くの取引先と月に何度も取引し、締め日にまとめて1通の請求書を出します。
締め日は取引先ごとに違います。月末締め・20日締め・15日締めが混在することも珍しくありません。
Odooの価格表で、掛け率などの取引条件をマスタとして持つ
卸売業がERP(統合基幹業務システム)を入れる最大の意味は、取引条件を仕組みに持たせられることです。
Odooには価格表(プライスリスト)という仕組みがあり、取引先ごとに適用する価格の体系を設定できます。入れたあとの変化は、次の3つです。
| 場面 | 価格表を入れたあと |
|---|---|
| 受注入力 | その取引先の単価が自動で入る |
| 数量で単価が変わる取引 | 設定した条件で計算される |
| 例外的な単価を使うとき | 変更した記録が残る |
属人化をなくすうえで、ここに大きな意味があります。担当者が休んでも、退職しても、条件は仕組みに残るからです。
事業承継やM&A(合併・買収)を視野に入れるなら、買い手が取引の実態を評価しやすくなります。考え方はM&A売却(EXIT)を見据えた基幹システムの整え方にまとめました。社長の頭の中にある判断を後継者へ渡す進め方は、事業承継を見える化・仕組み化で進めるで扱っています。
預け在庫・直送も含めて、在庫の場所を正しく持つ
Odooの在庫管理は、ロケーション(保管場所)という考え方で組み立てられています。これを使うと、次のように分けて持てます。
| 管理したい状態 | 持ち方の例 |
|---|---|
| 自社倉庫の在庫 | 倉庫ごとのロケーション |
| 外部倉庫に預けた在庫 | 外部倉庫用のロケーション |
| 取引先に預けた在庫 | 預け先ごとのロケーション |
| 輸送中の在庫 | 輸送中を示すロケーション |
| 直送(仕入先から取引先へ) | 自社倉庫を経由しない出荷の設定 |
合計数だけでは、いま出荷できる在庫がいくつあるのか分かりません。在庫は「どこにあるか」を分けて持つことが肝心です。
在庫機能の詳細はOdooの在庫管理でできることで取り上げています。
Odooの月締め請求は必ず実機で確認する
卸売業でOdooを検討するとき、ここが最も重い確認事項です。
日本では、月に何度も納品したうえで、締め日にまとめて1通の請求書を出す慣行が広く残っています。一方、海外製のシステムは「取引ごとに1通の請求書」を基本とする設計が多くなっています。
そのため、次の4点を必ず確認してください。
- 締め日ごとに、期間内の取引をまとめた請求書を出せるか
- 取引先ごとに異なる締め日を設定できるか
- その請求書が、適格請求書の要件を満たす形になるか
- 消費税の端数処理が、請求書単位で税率ごとに1回になるか
標準機能だけでは足りず、追加の対応が必要になる場合があります。
「できない」という意味ではありません。ただ、対応の重さは導入の見積もりに響きます。だから早い段階で確認してください。
インボイス制度に関わる論点はOdooのインボイス制度(適格請求書)対応で詳しく扱っています。
取引先別の粗利が見えるようになる
卸売業で意外と把握できていないのが、取引先ごとの利益です。
売上は分かります。しかし、仕入原価・物流費・値引きを差し引いた実質の利益は見えにくいものです。
取引が一つの仕組みに記録されていれば、見える切り口は次のとおりです。
- 取引先別の売上と粗利
- 商品カテゴリ別の利益率
- 特別価格の適用が、どの程度利益を圧迫しているか
- 配送頻度が高い取引先の実質コスト
この数字が出ると、価格交渉の材料になります。「長い付き合いだから」で続けてきた条件も、数字をもとに見直せます。
ただし、これは第2段階以降の話です。まずは取引が正しく記録される状態を作ってください。
卸売・商社でOdooを使うメリットとデメリット
卸売・商社から見ると、Odooの良い点と注意点は次のとおりです。版による違いは、障害時の対応に関わる項目に添えました。
メリット
- 取引条件が仕組みに残る:掛け率・締め日・支払サイトを、取引先マスタと価格表に持たせる。担当者が休んでも退職しても、受注には同じ単価が入る
- 数量条件や例外の単価も扱える:数量で単価が変わる取引は、設定した条件で計算される。例外的な単価を使えば、変更した記録が残る
- 在庫を場所ごとに分けて持てる:自社倉庫・外部倉庫・預け先・輸送中をロケーションで分ける。直送は、自社倉庫を経由しない出荷として設定する
- 取引先別の粗利が見えてくる:取引が一つの仕組みに記録されれば、取引先別の粗利や特別価格の影響が分かる。記録が溜まってからの段階で、価格交渉の材料になる
- 事業承継やM&Aの備えになる:取引条件が仕組みにあれば、買い手が取引の実態を評価しやすくなる
デメリット・注意点
- 月締め請求は実機での確認が要る:締め日ごとの合計請求書は、標準機能だけでは足りない場合がある。追加の対応の重さは、導入の見積もりに響く
- 取引条件の棚卸しに手間がかかる:多くの会社で条件が文書になっておらず、担当者に聞いて回る作業が要る
- FAXや電話の受注入力は残る:自動化できるのは、入力した後の在庫の引き当て・出荷指示・請求
- Community版の保守は自社の責任:無料のCommunity版は、公式サポートの対象外。公式サポートを含むのは有償のEnterprise版
両方を並べると、次の図のとおりです。
注意点の多くは、進める順番で負担が変わります。避け方は取引条件の棚卸しから始める進め方とつまずきやすい3つの点で説明しています。
取引条件の棚卸しから始める、ベンチャーネットの進め方
ERP導入支援を手がけるベンチャーネットは、NetSuite・Odoo・AIスクラッチ開発を扱い、SAPからのリプレイスにも対応しています。卸売・商社の相談では、製品を決める前に次の順で確かめます。
ステップ1:3〜5年後の取引の姿から逆算する
最初に聞くのは、機能ではなく数年後の姿です。海外取引は増えるか。拠点や取引先は広がるか。事業承継やM&Aの予定はあるか。
国内中心なら、候補はOdooです。海外比率や連結の要件が大きくなるなら、NetSuiteも並べて比べます。合わないと判断したら、その場でそう伝えます。
ステップ2:取引条件を棚卸しし、価格表に乗る形か見る
始めるのは、主要な取引先の掛け率・例外・数量条件・締め日・支払サイトの一覧づくりです。そのうえで、Odooの価格表で表せるかを見ます。
表しにくい条件は、「仕組みを足す」前に「条件を整理できないか」を考えます。Fit to Standard(標準機能に業務を合わせる考え方)の出番です。
ステップ3:月締め請求を実機で確かめる
月締め請求の確認事項で挙げた4点を、自社の実際の締め日と取引で試します。追加の対応が要るなら、その重さをこの時点ではっきりさせます。導入の見積もりが大きく動くのは、たいていここです。
ステップ4:業務が止まる領域から段階的に載せる
載せる順番は次のとおりです。見える化→わかる化→儲かる化の順に、効果を積み上げます。
- 受注・在庫・出荷:日々の業務が止まる領域。取引先マスタと価格表の整備が、実質的に最大の作業になる
- 購買・請求・会計:仕入側と、請求・入金の流れをつなぐ。月締め請求の設計はここで確定させる
- 分析:取引先別・商品別の利益分析は、データが溜まってから意味を持つ
- 営業支援:案件管理や見積の履歴管理は、余力ができてから広げる
ERP導入は、ITの入れ替えではなく経営のプロジェクトです。だから最初の判断は、経営者と一緒に行います。進め方の考え方はOdoo導入の要件定義の進め方にまとめました。
卸売業のOdoo導入でつまずきやすい3つの点
取引条件の棚卸しが終わらない
多くの会社で、条件が文書になっていません。担当者に聞いて回る作業が必要です。聞いてみると、次のようなことが分かります。
- 誰も理由を説明できない条件がある
- 同じ取引先に、担当者によって違う条件が適用されている
- 何年も前のキャンペーン価格が続いている
この棚卸しそのものに価値があります。システム導入を機に、条件を整理し直す会社は少なくありません。
FAXや電話の受注が残る
取引先の都合で、電子的な受注に切り替えられない場合があります。そのときは、受注入力の作業そのものはなくなりません。
ただし、入力した後の処理(在庫の引き当て、出荷指示、請求)は自動化できます。どこまでが自動化の範囲かを、期待値としてそろえておいてください。
現場が「今のやり方」を前提に要件を出す
長年の運用があるほど、現状の再現を求める声が強くなります。
しかし、手順の多くは、過去のシステムが抱えていた制約の名残です。標準に寄せられる部分は寄せたほうが、費用も将来の負担も小さく済みます。
判断の考え方はOdooとFit to Standardで扱いました。
Community版とEnterprise版で何が変わるか
| 版 | 中身 |
|---|---|
| Community版 | 無料のオープンソース版。ホスティングと保守は自社の責任で、公式サポートの対象外。一部の機能は含まれない |
| Enterprise版 | 有償のサブスクリプション。公式サポートと全アプリを含む |
卸売業では、受注から出荷までが止まると、取引先に直接影響が出ます。障害時の対応をどう確保するかは、事業の規模に合わせて判断してください。
詳しくはOdoo Community版とEnterprise版の違いをご覧ください。
Odooが合う卸売・合わない卸売
経営会議で使えるチェックリスト
次の項目に多く当てはまるほど、Odooが候補になります。
- □ 取引の中心は国内で、通貨は円がほとんど
- □ 取引条件は多いが、棚卸しすれば整理できそうだ
- □ 受注・在庫・請求・会計を1つの仕組みでつなぎたい
- □ 標準の機能に、業務を合わせる覚悟がある
- □ 月締め請求を、導入前に実機で確かめる時間を取れる
状況別の選択肢
| 自社の状況 | 検討したい選択肢 |
|---|---|
| 国内中心で、取引条件の属人化を解消したい | Odoo |
| 海外拠点があり、多通貨・連結決算が必要 | NetSuite、要件によってはSAP |
| 独自の商流や三国間取引が中心で、既製の仕組みに乗りにくい | AIスクラッチ開発(開発費・保守費は別途) |
商社には、海外との取引が中心という会社も少なくありません。連結決算や高度な内部統制が必要な規模なら、NetSuiteやSAPが選択肢になります。規模が合う場合の比較はOdooとNetSuiteの違いにまとめました。多通貨や三国間貿易、海外子会社の管理まで視野に入るなら、商社・専門商社のNetSuite活用が参考になります。
独自の商流や、複雑な三国間取引が中心の場合は、AIスクラッチ開発という選択肢もあります。必要な機能だけを自社資産として作るやり方です。ただし開発費と保守費が別途かかるため、「ライセンス不要=安い」ではありません。
よくある質問
取引先ごとの掛け率は、何段階まで設定できますか?
価格表の仕組みで、複数の条件を組み合わせて設定できます。ただし、複雑にしすぎると運用が難しくなります。
まず現状の条件を棚卸しし、整理できる部分は整理してから設計してください。
預け在庫や直送は管理できますか?
ロケーションの設計で、対応できる範囲があります。ただし、商流と物流が一致しない取引は、設計が複雑になります。
自社の取引形態を具体的に示したうえで、実現方法を確認してください。
月締めの請求書は出せますか?
締め日ごとにまとめる仕組みが必要で、標準機能でどこまで出せるかは実機で確認してください。
追加の対応が必要になる場合があります。早い段階で確認すべき項目です。
既存の販売管理システムからの移行は大変ですか?
大変さは、データの状態で決まります。とくに時間がかかるのは、取引条件と商品マスタの整理です。
移行の進め方はOdooへのデータ移行の進め方で扱っています。
営業担当が使ってくれるか不安です。どうすればいいですか?
営業側に利点がある機能から入れると、使ってもらいやすくなります。
たとえば、外出先から在庫を確認できる、過去の取引履歴がすぐ出る、といった点です。入力の手間だけが増える設計では定着しません。
考え方はOdooを社内に定着させる方法で扱っています。
卸売・商社でOdooを使うメリットとデメリットは何ですか?
取引条件を仕組みに移せる利点と月締め請求の確認が要る点の両方があります。
掛け率や締め日を取引先マスタと価格表に持たせ、担当者が代わっても同じ単価で受注できます。在庫は保管場所ごとに分けて持てます。
一方、締め日ごとの合計請求書は、標準機能だけでは足りない場合があります。良い点と注意点はメリットとデメリットにまとめました。
まとめ
卸売・商社がOdooを使ういちばんの意味は、「取引条件を人から仕組みへ移す」ことです。掛け率・締め日・支払条件は、取引先マスタと価格表で管理します。在庫は「どこにあるか」を分けて持ちます。合計数だけでは足りません。
月締めの合計請求書は、必ず実機で確認してください。標準だけでは足りない場合があります。
取引が記録されれば、取引先別の粗利が見えるようになります。導入前の取引条件の棚卸しも、それ自体が価値のある作業です。一方で、FAX・電話の受注は残ります。自動化の範囲は、期待値としてそろえておいてください。
国内中心の卸売なら、Odooが候補になります。取引条件と在庫を、一つの仕組みにまとめられるからです。海外取引や連結決算が重くなるなら、NetSuiteやSAPも並べて比べてください。
1年後の20日締めの朝、ベテラン営業が休んでいても、請求書は取引先ごとの掛け率どおりに出来上がっている。月末に預け先へ電話して在庫を数え直す残業も、もう社内にはありません。
もう少し詳しく知りたい方へ
自社の掛け率や締め日が、Odooの標準でどこまで扱えるか。取引条件の一覧を手元に、一度お聞かせください。
卸売業でつまずくのは、たいてい機能の有無ではありません。「自社の取引条件を、どう仕組みに落とすか」という設計です。月締め請求のように、日本の商習慣で確認が必要な論点もあり、ここは資料だけでは判断できません。
ベンチャーネットは、ERP導入支援を手がける立場から、この確認と設計からご一緒しています。規模や取引形態によっては、OdooではなくNetSuiteやSAP、あるいはAIスクラッチ開発が適することもあります。製品ありきではなくご提案します。
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