月初の3日間、経理が各部署のExcelを待ち、数字を突き合わせて残業している。
社長が先月の粗利を知りたくても、資料ができるのは翌週。営業からは「あの見積の条件、どうなっていましたか」と今日も質問が来る。
基幹システムを入れれば、これは変わるのか。変わるとしたら、1年後にどうなっているのか。
Odoo(オドゥー:オープンソース由来の統合業務アプリ群)を入れて1年たった会社で起きているのは、作業が「なくなる」変化です。導入の効果は、できるようになったことより、やらなくてよくなったことに表れます。Odooには無料のCommunity版と有償のEnterprise版があり、使えるアプリの範囲が違います。
たとえば月初の集計は、速く処理できるようになるのではありません。入力された時点で数字が積み上がるため、集める対象がなくなります(1年後になくなっているもの)。
1年後には、たとえば次のことが起きなくなります。
- 各部署のExcelを待って、月次の数字を集計する
- 「あれ、どこですか」と担当者に聞いて、返事を待つ
- 同じ受注を、別の管理表にも書き写す
- 担当が代わるたびに、記憶に頼って引き継ぐ
そして経営会議は、報告の場から決める場に変わります。
ただし、90日後の時点では、まだ効果を実感できません(導入効果の良い点と、気をつけること)。1年たっても何も変わらない会社もあります。
その分かれ目はどこにあるのか。答えは分かれ目は「運用を直し続けられたか」にあります。
Odooの導入効果は、増えるものではなく減るもの
導入の効果を語るとき、多くの記事は「できるようになったこと」を並べます。
けれど1年後に効果として残るのは、なくなったもののほうです。
なぜ数値を書かないのか
効果の数値は、ここにはひとつも出てきません。ベンチャーネットは支援先の情報を公開していません。数値を挙げるには、他社の事例を借りることになります。
そして借りた数値は、その会社の事情から出てきたものです。業種も規模も体制も違えば、同じ数字にはなりません。
「作業時間が半分になった」と読んでも、自社がどうなるかは分かりません。「判断材料にならない数字は並べない」と決めています。
なお、Odooの公式サイトでは導入企業の事例を読めます。読み方には注意が必要で、その点は Odooの導入事例の読み方 が詳しいです。
代わりに使う物差し
効果は、「1年後に何が起きなくなっているか」で描きます。
これなら自社に当てはめて確かめられます。「うちの月初は3日つぶれているな」と思った方は、その3日がどうなるかを読んでください。
変化が起きる3つの層
1年かけて起きる変化は、3つの層に分けられます。
層1:数字が出る速さ
導入前は、月次の数字が出るまでに時間がかかります。
各部署からExcelが集まり、経理が突き合わせ、差異を追いかける。この工程があるかぎり、速さには上限があります。
1年後、この工程そのものがなくなります。入力された時点で数字が積み上がっているためです。
層2:探す時間
「あの見積、いくらで出しましたか」
この質問に答えるまでの時間が、導入前と後でいちばん変わります。
- 導入前:担当者に聞く。担当者が探す。不在なら翌日
- 1年後:聞いた人が自分で開く
質問そのものが減ります。聞かなくても分かるからです。
層3:決められる範囲
3つの層のうち、最も大きな変化です。
数字が遅れて出てくる会社では判断も遅れ、先月の実績を見て今月の手を打つのでは間に合わないことがあります。
1年後、判断の材料がその場にある状態になります。会議の前に資料を作らなくても、画面を開けば議論を始められるということです。
経営会議の性質が変わります。報告の場から、決める場になります。見えるようになった数字を判断に変える考え方は、「わかる化」——見える化した数字を、意思決定に変えるで扱っています。
導入前・90日後・1年後で何が違うか
時間の経過による違いは、次の表のとおりです。
| 観点 | 導入前 | 90日後 | 1年後 |
|---|---|---|---|
| 月次の数字 | 集計に日数がかかる | 出るようになったが、確認に手間 | 締めた時点で見える |
| 現場の操作 | 従来のやり方 | 慣れないため戸惑いがある | 迷わず使っている |
| Excel | 業務の中心 | 並行して残っている | 補助的な用途に減っている |
| 質問の量 | 担当者に聞くしかない | システムと人の両方に聞く | 自分で調べて済む |
| 経営の判断 | 数字を待って決める | 数字は出るが使いこなせない | 数字を見ながら決める |
| 設定の変更 | ―― | 導入時のまま | 運用に合わせて直している |
目を向けてほしいのは、90日後の列です。この時点では、まだ効果を実感できません。
むしろ「前のほうが速かった」という声が出る時期です。慣れない操作に加え、Excelとの二重運用が続いているためです。
ここで止めてしまうと、1年後は来ません。導入直後の90日間については Odoo導入 最初の90日プラン にまとめています。
なお、投資対効果を数値で試算したい場合は、規模の大きい企業向けの考え方が NetSuite導入のROI・投資対効果 にあります。試算の考え方自体は、製品を問わず参考になるものです。
Odooの導入効果の良い点と、気をつけること
1年かけて表れる効果には、得られることと、その手前で引き受けておきたい負担があります。
良い点は、次の5つです。
- 月次の数字が早く出る:入力された時点で数字が積み上がり、月初の集計がなくなる
- 探す時間が減る:「あれ、どこですか」と聞かなくても、自分で開ける
- 二重入力がなくなる:1回の入力が、販売にも在庫にも会計にも届く
- 引き継ぎが人に左右されにくい:判断の経緯が、案件の記録に残る
- 経営会議が決める場になる:資料を作らなくても、画面を開けば議論を始められる
気をつけることは、次の4つです。
- 90日後には実感しにくい:慣れない操作とExcelとの二重運用で、「前のほうが速かった」という声が出る時期がある
- 直し続ける人が要る:導入時に決めた設定は、半年もすれば現実とずれ始める
- カスタマイズで固めない:小さな要望でも積み上がると、更新のたびに検証と修正の費用が出る
- 2年目以降も費用がかかる:Enterprise版のライセンス費用に加え、設定変更やアプリを増やす分の費用が生じる
このうち、直し続ける人とカスタマイズについての手の打ち方は、1年たっても変わらなかった会社の「1年前にできたこと」にまとめました。
Odoo導入1年後になくなっているもの
① 月初の3日間
導入前、月初は経理にとって最も重い時期です。
Excelが届くのを待ち、突き合わせ、合わない箇所を追いかける。この3日間は、ほぼ全員が同じ作業に拘束されます。
1年後、この作業自体がなくなります。速く処理できるようになったのではありません。集める対象がなくなったのです。月初の集計が消えたあと、月次決算がどこまで早くなるかは、月次決算が「15日後」から「翌日」になるで扱っています。
②「あれ、どこですか」
社内でいちばん多い質問は、たいていこの形です。
- 先月のあの請求書はどこか
- あの顧客の前回の条件はどうだったか
- あの案件はいま誰が持っているか
1年後、この質問が減ります。聞かなくても開けるからです。
減るのは聞かれた側の時間だけではありません。聞いた側の待ち時間も消えます。こちらのほうが影響は大きいはずです。
③ 同じ情報の二重入力
受注をシステムに入れ、そのあと別の管理表にも書き写す。
この作業は、入力の手間よりも、ずれが問題です。片方だけ直したまま放置され、どちらが正しいか分からなくなります。
1年後、1回の入力が販売にも在庫にも会計にも届くようになります。書き写す作業そのものが、仕組みの上から消えるということです。
④ 記憶に頼る引き継ぎ
担当が代わるときに困るのは、書かれていない前提です。
「この客先は納期に厳しい」「この値引きは前回の遅延のお詫び」。こうした事情は、引き継ぎ資料には書ききれません。
1年後、判断の経緯が案件の記録に残っています。読めば分かる状態になっていれば、引き継ぎの質は人に左右されません。
規模によって違うのはどこか
変化の中身は、会社の規模によって少しずつ違います。
| 規模 | 最も大きく変わるところ |
|---|---|
| 数名規模 | 社長が自分で数字を見られるようになる。誰かに頼む工程が消える |
| 数十名規模 | 部門をまたぐ情報の受け渡しが減る。月次の締めが軽くなる |
| 100名前後 | 拠点や部門ごとの数字が同じ定義で並ぶ。比較できるようになる |
ただし、共通しているのは「なくなるもの」のほうです。規模が違っても、探す時間と二重入力は同じように減ります。
規模ごとの使い方は、従業員10名以下、11〜30名、31〜100名の会社のOdoo活用モデルとして、それぞれまとめています。
あわせて Odooが向いている企業・向いていない企業 もご覧ください。
1年たっても変わらなかった会社
1年たっても、何も変わらなかった会社があります。製品の問題ではありません。典型は4つのパターンです。
パターン1:入れただけで終わった
症状:1年後もExcelが業務の中心にある。システムには最低限の記録だけが入っている。
原因:稼働させたところで止まったためです。運用を直す担当が決まっておらず、現場が「元のやり方のほうが速い」と判断した時点で、並行運用が固定化します。
1年前にできたこと:稼働後3か月の時点で、Excelが残っている業務を洗い出すこと。残してよいものと、消すべきものを分けておけば違いました。
パターン2:カスタマイズで固めた
症状:標準の画面がほとんど残っていない。更新のたびに検証と修正の費用が出る。
原因:業務を変えずに、システムを業務に合わせたためです。一つひとつは小さな要望でも、積み上がると身動きが取れなくなります。
1年前にできたこと:要望を「業務を変えれば済むもの」と「本当に必要なもの」に仕分けること。考え方は OdooとFit to Standard にまとめています。
パターン3:一部門だけで使っている
症状:営業は使っているが、購買と在庫は従来のまま。結局、部門間で数字が合わない。
原因:導入範囲を広げる判断がされなかったためです。最初の部門で成果が出ても、次に進む計画がないと、そこで止まります。
1年前にできたこと:次にどの業務を載せるかを、稼働前に決めておくこと。全部を一度に入れる必要はありませんが、順番は決めておく必要があります。
パターン4:担当者が辞めて止まった
症状:設定を触れる人がいない。不具合が出ても直せず、運用が固まったまま。
原因:1人に集中させたまま1年が過ぎたためです。導入時に頑張った人ほど詳しくなり、そして抱え込みます。
1年前にできたこと:設定を変えた理由を記録に残す運用と、2人目を作ること。これは製品の機能ではなく、体制の話です。
経営会議で使える点検リスト
自社の導入計画が4つのパターンに近づいていないか、稼働前に確かめてください。□が埋まらない項目が、1年後に止まる場所です。
- □ 稼働後にExcelを残してよい業務と、消す業務を言える
- □ 現場の要望を「業務を変えるもの」と「システムで受けるもの」に分ける人が決まっている
- □ 最初の部門の次に、どの業務を載せるかの順番がある
- □ 設定を触れる人が2人以上いる。または育てる計画がある
- □ 90日後と半年後に、運用を見直す日が予定に入っている
さらに詳しい失敗の構造は Odoo導入の失敗パターンと回避策 にまとめています。
分かれ目は「運用を直し続けられたか」
4つのパターンには、共通点があります。どれも、稼働の後に手を入れることをやめている点です。
ベンチャーネットは、ERP導入はゴールではなくスタートだとお伝えしています。精神論ではなく、「業務が変わり続けるという事実」にもとづく話です。
- 取扱商品が増える
- 取引先の要求が変わる
- 人が入れ替わる
- 拠点が増える
導入時に決めた設定は、半年もすれば現実とずれ始めます。そのずれを直し続けた会社が、1年後に変わっている会社です。
中小企業では、ここが構造的に難しい
運用を直し続けるのに要るのは、担当者と時間です。大企業には情報システム部門があり、専任者がいます。
中小企業では、その役割を担うのは兼務の誰かです。通常業務が忙しくなれば、システムの手入れは後回しになります。
これは能力の問題ではありません。構造の問題です。
だからこそ、誰が直すのか、迷ったとき誰に聞くのかを先に決めておくことをおすすめします。これを決めずに稼働させると、入れただけで終わったパターンに近づくからです。
定着の進め方は Odooを社内に定着させる方法 に、成功する会社に共通する条件は 「Odooを入れてよかった」と言える会社の7つの共通点 にまとめています。
「1年後に消したい作業」から逆算する進め方
NetSuite・Odoo・AIスクラッチ開発を扱い、SAPからのリプレイスにも対応するベンチャーネットは、1年後の姿から逆算して、稼働前に次の順で確かめます。
- 1年後に消したい作業を名指しする:「月初の3日間」「見積の問い合わせ」など、現場の言葉で3つ程度に絞ります。3〜5年後の会社の姿とずれていないかも、ここで見ます
- 要望を標準機能と見比べる:Fit to Standard(標準機能に業務を合わせる考え方)で、業務を変えるものとシステムで受けるものを分けます
- 載せる順番を決める:まず数字を見える状態にし、次に原因が分かる状態へ進めます。最初の部門の次に何を載せるかも、この時点で決めます
- 直す人と見直す日を決める:設定を触れる人を2人決め、変更の理由を残すルールを作ります。90日後と半年後の見直し日も先に置きます
- 合わないと分かれば、そう伝える:Odooの標準に乗らない業務が多いときは、別の選択肢を率直にお伝えします
5つ目の別の選択肢は規模と要件で変わり、規模が大きくなってグループ管理が要るならNetSuiteが候補です。
固有の業務が中心なら、AIスクラッチ開発も候補です。ただしライセンス費用がない代わりに、開発費と保守費が別途かかります。
判断の考え方は OdooとNetSuiteの違い と パッケージERPかスクラッチ開発か にまとめています。
よくある質問
Q1. 1年で効果が出なかった場合、何を疑えばよいですか?
まず、Excelがどれだけ残っているかを見てください。
業務の中心にExcelが残っているなら、システムが使われていないということです。製品の性能ではなく、運用の設計を疑ってください。
次に確認するのは、設定を稼働時から一度も変えていないかどうかです。変えていないなら、業務とのずれが放置されている可能性があります。
Q2. 社員数名の会社でも、1年後の変化はありますか?
数名の会社でも変化はありますが、中身は違います。
大きく変わるのは、社長が自分で数字を見られることです。誰かに集計を頼む工程が消えます。
一方で、部門間の連携といった効果は出ません。部門が分かれていないためです。自社に当てはまるかは Odooが向いている企業・向いていない企業 で確認してください。
Q3. 現場の抵抗は1年で収まりますか?
収まるかどうかを決めるのは、期間ではなく設計です。
抵抗の多くは、「前より手間が増えた」という実感から生まれるものです。ここを放置したまま時間だけが過ぎると、1年後も抵抗は残ります。
逆に、手間が増えた箇所を直していけば、比較的早く落ち着きます。直す人がいるかどうかが分かれ目です。
Q4. 2年目以降も費用はかかりますか?
かかります。金額は、利用形態と、その後の変更の量によって変わります。
Enterprise版の場合、継続的に発生するのはライセンス費用です。加えて、業務の変化に合わせた設定変更や、アプリを増やす判断があれば、その分の費用が生じます。
費用の構造については Odooの料金体系を解説 をご覧ください。
Q5. Community版でも同じ変化が起きますか?
業務が1つの場所につながる、という基本の変化は起きます。
ただしCommunity版は、サーバの用意・アップデート・障害対応が自社の責任になり、公式サポートの対象外です。
また、承認ワークフローや予約管理など、Enterprise版が対象のアプリがあります。どこまで使いたいかで判断してください。詳しくは Odoo Community版とEnterprise版の違い をご覧ください。
Q6. Odooの導入効果は、いつごろから実感できますか?
90日後の時点ではまだ実感しにくい時期です。慣れない操作に加え、Excelとの二重運用が続いているためです。表で「締めた時点で見える」「自分で調べて済む」となるのは、1年後の列です。違いは導入前・90日後・1年後で何が違うかの表に並べました。導入時の設定と現実のずれを直し続けた会社が、1年後に変わっている会社です。
まとめ:Odooの導入効果は「なくなったもの」で測る
Odooを導入した会社の1年後は、できることが増えた状態ではありません。「やらなくてよくなったことが増えた状態」です。
月初の3日間、「あれどこですか」という質問、二重入力、記憶に頼る引き継ぎ。この4つが消え、経営会議は報告の場から決める場に変わります。
ただし90日後の時点では、まだ実感できません。そして1年たっても変わらなかった会社は、4つとも稼働の後に手を入れることをやめています。
分かれ目は製品の性能差ではなく、運用を直し続けられたかどうかです。中小企業ではここが構造的に難しいからこそ、誰が直すのかを稼働前に決めておいてください。
1年後の月初、経理はいつもの時間に帰り、社長は誰にも頼まずに先月の粗利を開いています。その裏では、この1年で現場と一緒に直した設定の跡が、いくつも残っているはずです。
もう少し詳しく知りたい方へ
「1年後にどの作業を消したいか」がまだ言葉にならない段階でも、ご相談いただけます。いまの月初の様子を伺うところから始めます。
ベンチャーネットは、ERP導入支援を手がける会社です。NetSuite・Odoo・AIスクラッチ開発を扱い、SAPからのリプレイスにも対応しているため、特定の製品に偏らない立場でご提案できます。
「1年後にどうなっていたいか」から逆算して、必要な範囲を決める進め方でご相談を承っています。
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