作れるようになった会社が、次にぶつかる壁——増えたツールを「動かし続ける」コストの話

目次

半年後に、何が起きているか

現場の担当者が、自分で小さな仕組みを作れるようになりました。専門の技術者でなくても、言葉で伝えれば形になる。この変化については「バイブコーディングとは何か」で書いたとおりです。

手が動き始めた会社では、実際にものが増えていきます。日報の集計、見積の下書き、在庫の一覧。それぞれは小さく、それぞれは役に立っています。

問題は、半年後です。

似た集計表が3つある。どれも少しずつ違う数字を出す。どれが正しいのか、誰も断言できない。作った本人に聞こうにも、その人は別の部署に異動している。

一つ直そうとすると、別のどこかがおかしくなる。原因を探すのに半日かかる。

そして、経営者はこう感じ始めます。

「便利になったはずなのに、なぜか手が回らない」

この感覚には、理由があります。作る話ばかりが語られて、その後の話が語られてこなかったからです。

なお、既存のExcelやAccessをどう移していくかは「Excelとその人が辞めたら、止まる」で扱いました。この記事は、その先の話です。作れるようになった会社が、次にぶつかる壁の話をします。

見落とされていた非対称

起きていることは、実はシンプルです。

作るコストは、大きく下がりました。けれど、動かし続けるコストは、下がっていません。

この非対称が、起点です。

動かし続けるコストとは、作り終えた後にかかり続ける手間のことです。中身は、だいたい4つに分かれます。

  • 更新:使っている道具やサービスの仕様が変われば、こちらも直す必要がある
  • 不具合対応:動かなくなったとき、原因を探して直す
  • 担当者の交代:作った人が異動・退職したとき、誰かが引き受ける
  • つながりの管理:あるツールを直すと、そこから数字を受け取っている別のツールに影響が出る

このどれも、AIで速くなる部分は限られています。仕様の変更は向こうの都合で起きます。不具合の原因を探すには、業務の中身を知っている必要があります。

下がったコストと、下がらなかったコスト これまで いま 作る コスト 動かし続ける コスト ほぼ横ばい 大きく下がった 作る数が増えるほど、下がらなかったコストの総量だけが積み上がる

図:作るコストは大きく下がったが、動かし続けるコストはほぼ横ばいのまま。作った数が増えるほど、後者の総量だけが積み上がっていく。

なぜ、この非対称は見落とされるのか。

作る場面は、目に見えるからです。「半日でできた」「外注していたら1か月かかった」。成果がはっきり分かります。

一方、動かし続ける手間は、日常に溶けます。誰かが月に一度、こっそり直している。担当者が「まあ、自分がやればいいか」と引き受けている。どこにも計上されないまま、その人の時間だけが減っていきます。

放置すると、どこが詰まるか

この非対称を放っておくと、詰まる場所は決まっています。

一つめは、変更が怖くなることです。

数が増えると、どれとどれがつながっているのかを、誰も全体としては把握できなくなります。一つ直すと、思わぬところが止まる。そうなると、直すこと自体が避けられ始めます。おかしいと分かっていても、触らない。

二つめは、新しく作る時間が食われることです。

すでにあるものの手当てに時間が取られると、次に作りたいものへ手が回りません。作れるようになったはずなのに、作れなくなる。皮肉ですが、よく起きます。

三つめは、削減できた時間が相殺されることです。

一つひとつは小さな手間です。ただ、それが10個、20個と積み上がると、最初に削減できた時間を超えます。数字の上では効率化したのに、現場の実感としては忙しい。冒頭の違和感の正体は、たいていここにあります。

受け皿を、作る前に決める

では、どうするか。答えは、作った後の対処ではありません。作る前に、受け皿を決めておくことです。

決めるのは、2つだけです。

  • 誰が面倒を見るか:作った本人でなくてもかまいません。異動や退職があったとき、誰に引き継ぐのかまで決めておきます
  • いつやめるか:期限を切ります。「半年後に使われていなければ止める」で十分です

この2つを、簡単な一覧に書いておきます。表計算ソフト1枚で足ります。何のために作ったか、誰が見ているか、いつ見直すか。この3列があれば、半年後の混乱はかなり防げます。

AIに何をどこまで触らせるかを記録しておく話は「AIに会社のデータを、どこまで渡すか」で書きました。あちらで作る台帳と、ここでの一覧は、同じものにしてかまいません。むしろ、分けないほうが続きます。

そのうえで、増えたものを3つに仕分けます。すべてを同じように面倒見ようとすると、続かないからです。

1. 理解し続けるもの

会社の要にあたる仕組みです。売上や原価に直結するもの、止まると業務が止まるもの。ここは中身を理解している人を、常に社内に置きます。担当者と、その後任まで決めておきます。

2. 仕組みで封じ込めるもの

中身を細かく理解しなくても、安心して使い続けられるものです。市販のソフトを、私たちは中身を知らずに使っています。それでも困らないのは、次の3つが揃っているからです。

  • 何のために使うかが、はっきりしている
  • 出てきた結果が正しいかを、その場で確かめられる
  • 外とのつなぎ目が、ころころ変わらない

この3つが揃っていれば、中身は理解しなくてかまいません。逆に、どれかが欠けたまま数だけ増えたものが、後で重荷になります。

3. 短命と割り切るもの

その場しのぎで作った、使い捨ての仕組みです。ここに手間をかけてはいけません。最初から期限を決め、来たら止めます。「一時的に作ったつもりが、3年動き続けている」を防ぐのが目的です。

大事なのは、この仕分けを作る前にすることです。作った後では、どれも「せっかく作ったのだから」で残ってしまいます。

ただ、仕分けの難しさは、線を引く場所そのものにあります。どれが会社の要で、どれは短命でよいのか。この判断は、次に述べる「やめる判断」と地続きです。

やめる判断も、経営者の仕事

ここで、以前書いた3つの箱を思い出していただきたいと思います。仕事を「捨てる」「AIに移す」「人が行う」に仕分ける、という話です(「その効率化、順番が逆かもしれない」)。

この仕分けは、一度やって終わりではありません。移した後に、もう一度必要になります。

移した先の仕組みが、半年後もまだ必要かどうか。業務そのものが変わって、もう要らなくなっていないか。作ったときの前提は、案外すぐに古くなります。

そして、動いているものを止める判断は、始める判断よりずっと難しいものです。動いている以上、誰かが使っている。止めれば文句が出るかもしれない。だから、先延ばしになります。

だからこそ、始める前に期限を決めておきます。判断が難しくなる前に、判断の基準だけ置いておく。これは技術の話ではなく、経営の話です。

もうひとつ、正直に書いておきます。「これは短命でよい」「これは理解し続けるべきだ」という線引きは、中にいると迷いやすいものです。毎日使っているものほど、重要に見えてしまいます。実際には、使用頻度と重要度は別のものです。

外から一緒に眺める目があると、この線は引きやすくなります。ベンチャーネットは、外の知見を借りながら判断の型を社内に残していく進め方を大切にしています。その考え方は「AIは内製か、外注か——伴走という第三の道」に書きました。

よくある質問

一覧には、何を書けばいいですか

最低限、3つで足ります。「何のために作ったか」「いま誰が面倒を見ているか」「いつ見直すか」です。作った日と、使っているデータの範囲を足せば十分です。項目を増やすと、更新されなくなります。続けられる軽さを優先してください。

作った本人が辞めたツールは、どう扱えばいいですか

まず、止めてよいかどうかを決めます。中身の解読は後回しです。誰も使っていなければ止める。使われているなら、何を入れると何が出てくるかだけを記録し、面倒を見る人を決め直します。中身を読み解くより、役割を引き継ぐほうが先です。

「作るな」ということでしょうか

いいえ、逆です。受け皿を先に決めておけば、安心して作れます。面倒を見る人と期限が決まっていないまま増やすことが問題であって、作ること自体が問題なのではありません。決めてから作れば、増やすことは会社の力になります。

まとめ——作る前に、面倒を見る人を決める

作れるようになったのは、確かな前進です。その前進を止める必要はありません。

ただ、作るコストが下がっても、動かし続けるコストは下がっていない。この非対称を知らないまま数を増やすと、削減したはずの時間が、半年後に静かに戻ってきます。

やることは、難しくありません。作る前に、誰が面倒を見るかと、いつやめるかを決める。増えたものを、理解し続けるもの・封じ込めるもの・短命と割り切るものに仕分ける。

道具は、これからも良くなり続けるでしょう。それでも、何を残し、何を止めるかを決めるのは、経営者の側です。この判断だけは、道具の側にはありません。

自社の場合、どこから手をつけるのが現実的か。迷われたときは、ベンチャーネットにご相談ください。いま動いているものを一緒に並べるところから、お手伝いしています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

目次