Excelとその人が辞めたら、止まる——全部作り直さずに、少しずつシステムにする進め方

目次

その仕組み、動かせる人が一人しかいない

給与の集計は、経理のベテランが組んだExcelで回っている。

受注の台帳は、20年前に作られたAccessで動いている。Accessは、マイクロソフトのデータベース作成ソフトです。かつて多くの会社で、業務の記録を貯める仕組みづくりに使われました。

そして、そのAccessが動くパソコンは、社内に1台しか残っていない。

似た風景に、心当たりはないでしょうか。

仕組みそのものは、今日も動いています。ただ、中身を知っているのは作った本人だけです。関数がどうつながっているのか、どこを直せば何が変わるのか。引き継ごうにも、説明できる形になっていません。

その人が辞めたら、止まる。休んだだけでも、月末の処理が滞る。

しかも、土台のほうも古くなっています。Office 2016と2019のサポートは、2025年10月14日に終了しました。アプリは動き続けますが、セキュリティの更新はもう届きません。「動いてはいるが、守られていない」状態です。

多くの経営者は、この危うさに気づいています。気づいたうえで、こう思っているはずです。

「わかっている。でも、全部を作り直す体力は、うちにはない」

その感覚は、正しいと考えます。この記事は「全部作り直しましょう」という話ではありません。全部作り直さずに、少しずつシステムに移していく。その進め方の話です。

なぜ「全部作り直し」は失敗するのか

「どうせやるなら一気に」と考えたくなるのは、自然なことです。ただ、現場の小さな仕組みの一括刷新は、失敗しやすい進め方です。理由は3つあります。

1つめは、現場が止まることです。 古い仕組みは危うくても、今日の業務を現に支えています。切り替えの瞬間、新しい仕組みが完璧に動く保証はありません。移行のつまずきは、そのまま業務の停止になります。

2つめは、費用が跳ねることです。 全部を一度に作り直すには、すべての業務を最初に洗い出し、すべての要件を最初に決める必要があります。決めることが多いほど、見積もりは膨らみ、期間は延びます。

3つめは、完成しても使われないことです。 現場のExcelやAccessには、その部署の「仕事の癖」が染み込んでいます。例外処理、独自の並び順、担当者だけが知る補正。一括刷新は、この癖を設計段階で拾いきれません。結果、立派な新システムの脇で、元のExcelが生き残ります。

つまり、失敗の原因は道具の性能ではありません。「全部を一度に」という進め方そのものにあります。

なお、会計や販売管理といった基幹システムをどう選ぶかは、これとは別の論点です。基幹側の選び方は「クラウド会計・ERP・基幹システムの選び方」で整理しています。本記事が扱うのは、その手前にある、現場の小さな仕組みの移し方です。

少しずつ移す順番——「止まると困る順」からではない

では、どこから移すか。

直感的には「いちばん困っているもの」、つまり止まると被害が大きい仕組みから手をつけたくなります。ここが、最初の分かれ道です。

順番は逆にします。影響が小さく、効果が見える順から移します。

止まると困る仕組みは、失敗したときの被害も大きい仕組みです。移行に慣れていない段階で、いちばん重いものを動かすのは、いちばん危ない橋を最初に渡ることになります。

先に小さな仕組みで、移行の型を作ります。うまくいけば、成功の形が社内に見えます。つまずいても、被害はその範囲で止まります。型ができてから、重い仕組みに向かう。この順番です。

移す前に、2つだけ決めておきます。

  • 止める基準:どんな問題が出たら、切り替えを中断するか
  • 戻せる状態:新旧を並行して動かす期間を置き、いつでも元に戻れるようにしておくか

「進める判断」より「止める判断」のほうが、始まってからでは難しくなります。先に決めておくのは、そのためです。

「止まると困る順」から いちばん重いものを、最初に動かす 基幹に近い重い仕組み 失敗すると業務が止まる 中くらいの仕組み 小さな仕組み 「影響小×効果が見える順」から 小さく移して、型を作ってから進む 小さな仕組みから移す つまずいても被害は小さい 型ができたら、次へ 戻せる状態を残したまま広げる 重い仕組みは、最後に 成功の型を持って向かう

図:移す順番の考え方。「止まると困る順」から始めると、いちばん重い仕組みでいきなり危ない橋を渡ることになる。「影響が小さく効果が見える順」なら、小さく型を作ってから重い仕組みに向かえる。

もうひとつ、移す過程でAIに社内のデータを触らせる場面が出てきます。どの範囲まで渡すかは、それ自体がひとつの経営判断です。渡す範囲の決め方は「AIに会社のデータを、どこまで渡すか」で書きました。本記事では、範囲は先に決めてある前提で進めます。

AIで変わったこと、変わらないこと

「少しずつ移す」という進め方自体は、昔からある考え方です。それでも今この話をするのは、実行のハードルが大きく下がったからです。

変わったのは、作る手段です。専門の技術者でなくても、言葉で伝えて小さな仕組みを形にできる流れが広がっています。この変化そのものは「バイブコーディングとは何か」で整理したとおりです。かつては外注するしかなかった規模の移行を、社内で試せる余地が生まれています。

一方で、変わらないことがあります。業務の整理が先、という順番です。

Excelの中の関数を新しい道具に写す前に、問うべきことがあります。この集計は、そもそも何のためにあるのか。同じ数字を、別の部署が別の表で集めていないか。

作れるようになったからといって、整理せずに作れば、仕組みの数だけが増えます。同じデータが何か所にも散らばれば、数字の土台が割れていきます。データをひとつの土台に集めるからこそ経営がつながる、という考え方は「単一データベースが経営を貫く」で書いたとおりです。移行は、散らばったものを増やす機会ではなく、集め直す機会です。

だから、移す前のひと手間として、その業務の手順と判断を書き出しておきます。書き出した手順は、移行の設計図になると同時に、属人化そのものへの備えにもなります。日々の業務の記録をどう貯めるかは「経験情報は、Notionから貯め始める」も参考になります。

ただし、書き出してみると、たいてい「例外」が出てきます。この取引先のときだけ手作業で直している。この数字だけ、別の表から拾ってきている。書き出しが難しいのは、こうした例外が、本人にとっては当たり前になっているからです。当たり前になったものは、思い出せません。

ここで、ひとつ釘を刺しておきます。AIで作れるようになったことは、追い風です。ただし、何を移し、何を残し、どこで止めるか。この判断は、道具の側にはありません。判断と責任は、経営者の手元に残ります。

どこまで自社で、どこから伴走か

ここまでの進め方は、特別な技術を前提にしていません。小さな仕組みを選び、手順を書き出し、戻せる状態を残して移す。社内だけで始められる会社も、確かにあります。

ただ、実際にやってみると、いちばん難しいのは移行の作業ではありません。「どれが、影響の小さい仕組みなのか」の見極めです。

毎日その仕事の中にいると、仕組み同士のつながりは、かえって見えなくなります。小さな集計表に見えたものが、実は請求の元データだった。独立して見えたAccessが、実は別部署のExcelに数字を渡していた。切り出してみて初めて、つながりが姿を現します。

影響の大小は、外から業務の流れを一緒に眺める目があると、見えやすくなります。

ベンチャーネットは、この「どこから移すか」の見極めから、中小企業と一緒に進めています。外の知見を借りながら、進め方そのものを社内に残していく。この伴走という関わり方については「AIは内製か、外注か——伴走という第三の道」で書いています。

よくある質問

サポートが終了したAccessは、すぐに使えなくなりますか

すぐには使えなくなりません。アプリ自体は動き続けます。ただ、セキュリティの更新が届かないため、使い続けるほど危険は積み上がります。「動くかどうか」ではなく「守られているかどうか」で判断することをおすすめします。

移行先には、何を選べばいいですか

先に決めるべきは、製品ではなく順番です。どの業務から移すかが決まれば、その業務に必要な条件が見え、選択肢は自然に絞られます。会計や販売管理など基幹側の選び方は「クラウド会計・ERP・基幹システムの選び方」で整理しています。

仕組みを作った本人が、すでに辞めてしまっている場合は

まず、その仕組みが「何を入れると、何が出てくるか」を外側から記録します。中身の解読は後回しで構いません。入出力さえ分かれば、中身を写すのではなく、同じ役割の小さな仕組みを新しく作って置き換える道が取れます。解読より作り直しのほうが早い場合は、珍しくありません。

まとめ——「作り直す」ではなく「移していく」

Excelとその人に依存した仕組みは、確かに危うい。けれど、答えは一斉の作り直しではありません。

影響が小さく、効果が見える順に。止める基準と、戻せる状態を持って。業務を整理しながら、ひとつずつ移していく。

この進め方なら、現場を止めずに、属人化を少しずつほどいていけます。

最初のひとつを、どれにするか。そこで手が止まったときは、外の目を入れてみてください。ベンチャーネットは、その見極めから一緒に進める伴走を大切にしています。

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この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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