利益を増やそう、という会議を思い出してください。
出てくる打ち手は、たいてい去年と同じです。値上げは取引先が渋るから無理。だから経費を削る。残業を減らす。仕入れ先に一声かける。会議は1時間で終わり、翌月の数字は去年と大差ありません。
中小企業庁の「価格交渉促進月間(2026年3月)」のフォローアップ調査があります。コストの上昇分のうち価格に乗せられた割合は、54.2%でした(2026年6月発表、確認日2026-09-22)。半分は乗せられていない。それでも会議では「値上げは無理」が最初に決まります。
変えるべきは、会議の順番です。打ち手を出す作業と、選ぶ作業を分ける。出すのはAI、選ぶのは社長。この分担にすると、去年と同じ打ち手しか出てこない状態から抜け出せます。
なぜ、打ち手はいつも同じになるのか
打ち手は、頭の中のリストから出てきます。そのリストの中身は、業界の慣習と、過去にやってみた経験。だから自然に、偏ります。
偏り方には、型があります。
「検討済み」の顔をして消える。 値上げ、取引先の入れ替え、不採算の商品をやめる。効きそうな打ち手ほど、過去に一度は話に出ています。そして「うちの業界では無理」「あの取引先は切れない」という結論で終わっている。二度目に話に出たときは、検討済みの顔をして、最初から候補に入りません。
痛い打ち手が、先に外れる。 経費削減は誰も傷つけません。値上げは取引先が渋り、商品をやめれば担当者の仕事が消えます。だから会議では、痛くない打ち手だけが残ります。儲かる化の地図で書いたとおり、いちばん効くレバーほど、社内では最初に除外されがちです。
部門ごとに見える範囲が違う。 営業には値付けと客層が見え、製造には稼働と歩留まりが見え、経理には固定費が見えます。全員が自分の範囲で打ち手を出すので、境目にある打ち手は誰からも出ません。
つまり、打ち手が同じになるのは、考える力の問題ではありません。リストを作る人が、リストの中にいるからです。除外していることに、除外している本人は気づけません。
列挙は、AIに任せる
ここで、AIの出番です。ただし、AIに「利益を増やす方法を教えて」と聞くのではありません。それでは、世の中の平均的な答えが返ってくるだけです。
渡すのは、自社の利益の木です。
図1:利益の木。枝ごとにAIに打ち手を列挙させる。ここでは除外しない。
利益は、売上から変動費を引いた限界利益から、固定費を引いたものです。売上は数量と単価に分かれます。この木の枝ごとに、「この枝を動かす打ち手を、自社の数字を前提に、できるだけ多く出して」と頼みます。限界利益という物差しの意味は5つの利益の使い分けにまとめました。
渡す材料は、自社の数字です。商品別の売上と粗利、主要な取引先の構成、固定費の内訳。数字を先にAIに読ませてから問いを出させる考え方は、数字はAIに先に読ませるに書きました。
そして、列挙の段階では除外しない。これが、この作業の要です。「業界では無理」な打ち手も、候補に残す。AIは、社内の空気を読みません。過去に一度却下された打ち手も、担当者の顔も知りません。だから、リストの外にいられます。
列挙がAIの得意な仕事であることには、根拠があります。米国ペンシルベニア大学ウォートン校の研究者らは2023年、新製品のアイデア400案を評価しました。上位40案のうち35案が、生成AIの案だったと報告しています(確認日2026-09-22)。論文は、今後の重心が「案を出すこと」から「案を評価し、選ぶこと」へ移ると示唆しています。
一方で、MITの研究者らは2024年、106の実験を集めて分析しました。判断や予測の仕事では、人とAIの組み合わせがAI単独に劣ることが多い。要約や案を作る仕事では、組み合わせが強い。そういう結果でした(Nature Human Behaviour、2024年10月)。
出すのはAI、選ぶのは人。少なくとも「出す」をAIに任せる分担は、感覚ではなく、研究の側からも支持されています。選ぶ側を人に残す理由は、予測の精度ではなく、責任と会社の事情にあります。
選ぶのは、社長
AIが出した打ち手は、たいてい30から50になります。全部はできません。ここからが、社長の仕事です。
図2:列挙から選択へ。物差しは3つ、選ぶのは3つ、試すのは1つ。
物差しは3つです。
① 限界利益に、いくら効くか。 ここは数字です。AIに、各打ち手が限界利益をいくら動かすかの試算を添えさせます。粗い試算で構いません。桁が分かれば、並べ替えられます。
② 外れたとき、戻せるか。 値付けを試して反応が悪ければ、戻せます。取引先を切れば、戻せません。効きが同じなら、戻せる打ち手を先に試します。
③ 痛みを、誰が負うか。 値上げは取引先が、事業をやめれば担当者が、外注の範囲を変えれば現場が痛みます。誰が痛むかを、選ぶ前に言葉にしておく。ここは数字にならない、社長にしか見えない部分です。
この3つで並べ替えて、3つ選びます。そして今月試すのは、そのうち1つです。同時に動かすと、どれが効いたのか分からなくなります。
AIが「この打ち手が最も効果的です」と言うことがあります。それは提案であって、決定ではありません。物差し①はAIが計算できますが、②と③は会社の事情と、社長の覚悟の話です。総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン」も、AIに単独で判断させず、適切なタイミングで人の判断を挟む利用を求めています。利益の打ち手は、まさにその「適切なタイミング」です。
月に一度、この順番で回す
1回やって終わりにせず、月に一度の型にします。順番は5つです。
1. 材料を渡す。 先月の商品別の売上と粗利、取引先別の構成、固定費の内訳。数字が基幹システムに揃っていれば、ここは短時間で済みます。揃っていなければ、まず受注した瞬間から採算が見える状態を作るほうが先です。
2. 枝ごとに列挙させる。 利益の木の枝ごとに、打ち手と粗い試算を出させます。先月の候補も残しておき、新しく出たものだけ印をつけます。
3. 社長が3つ選ぶ。 3つの物差しで並べ替えて、3つに絞ります。なぜその3つか、一言ずつ理由を書き残します。この理由が、翌月のAIへの材料になります。
4. 1つ試す。 主力商品の値付けを1割変えてみる。動かない在庫の発注を止めてみる。小さく、戻せる範囲で試します。
5. 翌月、効いたかを見る。 限界利益が動いたか。動いていなければ、試算のどこがずれていたかをAIに突き合わせさせます。ずれの理由が、次の列挙の精度を上げます。締めを待たずに効きを数字で確かめる仕組みは、AIファースト時代の管理会計に書きました。
この回し方で、リストが毎月更新されます。「検討済み」で消えていた打ち手が、翌月もリストに残り続ける。それだけで、会議の空気が変わります。
個別の打ち手は、それぞれ別の記事に書いています。値付けなら勘の値付けを卒業する、利益率が低い会社の打ち手なら利益率が低い会社ほど、AIで利益が伸びる、やめる基準なら損益分岐点を動かすへ。
よくある質問
Q. AIは、うちの業界の事情を知らないのでは?
A. 知りません。だから、リストの外にいられます。業界の事情は、選ぶ段階で社長が入れれば足ります。列挙の段階で事情を入れると、また同じリストに戻ってしまう。
Q. 打ち手が多すぎて、選べません。
A. 物差し①の試算で並べ替えれば、上位10ほどに絞れます。そこから②と③で3つにします。迷ったら、戻せる打ち手を先に。選べないのは、物差しが決まっていないときです。
Q. 原価が製品単位で分かっていません。
A. 珍しくありません。2026年版中小企業白書によると、製品・商品・サービスの単位で原価を把握している事業者は約4割です。分からないなら、まず「単価」と「固定費」の枝から始めてください。この2つは、製品別の原価がなくても列挙できます。並行して、原価を製品単位で見る仕組みを整えます(打ち手の前に、課題を明確にする)。
まとめ:リストの外に出るために、列挙を手放す
利益の打ち手が毎年同じになるのは、リストを作る人がリストの中にいるからです。効く打ち手ほど「検討済み」の顔をして消え、痛い打ち手ほど先に外れます。
だから、列挙をAIに渡します。自社の利益の木を枝ごとに渡し、除外せずに出させる。そのうえで、限界利益への効き、戻せるか、痛みを誰が負うか、の3つで社長が3つ選び、1つ試す。月に一度、これを回します。
決めるのは社長です。AIが提案しても、それは決定ではありません。この線は、儲かる化のどの段階でも同じです。
ただ、この型でいちばん難しいのは、AIの使い方ではありません。除外されている打ち手は、社内からは見えないという点です。AIが「取引先の入れ替え」を挙げても、会議では「それは前に検討した」で流れます。流れたこと自体が、誰の記憶にも残りません。外から「その検討は、いつ、どの数字で終わったのですか」と聞かれて、はじめて輪郭が出ることが多いのです。ベンチャーネットは、御社の利益の木を一緒に描き、列挙と選択の型を回すところから、FDE型の伴走としてご一緒できます。売り込みではなく、まず壁打ちから。
出典:
- 中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査結果」(2026年6月26日)
- 中小企業庁「2026年版中小企業白書」第2部第2章
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」(2025年3月28日)
- Girotra, Meincke, Terwiesch, Ulrich “Ideas are Dimes a Dozen”
(Wharton、2023年7月10日) - Vaccaro, Almaatouq, Malone, Nature Human Behaviour(2024年10月28日)


