「今度は何を覚えればいいのか」
AIの話が出るたび、少し身構えてしまう。そういう経営者は多いはずです。
この十数年を振り返れば、次々と新しい言葉が来ました。クラウド、ビッグデータ、IoT、DX。そのたびに勉強会に出て、資料を読み、何かを始めようとした。うまくいったものもあれば、いつの間にか話題に上らなくなったものもあります。
そして今度はAIです。「今度は何を覚えればいいのか」。正直、疲れます。
この記事は、新しい技術の解説ではありません。新しく見えるものを、どう眺めるかという話です。眺め方が変わると、身構える必要が減ります。
新しく見えるものは、戻ってきたものかもしれない
物事の変わり方には、形があります。
まっすぐ進むように見えて、実はぐるりと回っている。しかも、元の場所には戻らない。少しだけ高いところに戻ってくる。らせん階段を上るときの動きです。
上から見下ろせば、同じ場所に戻っています。横から眺めれば、一段上がっています。 どちらも本当です。
この形を、ここでは「らせん的な発展」と呼びます。新しいものが生まれるとき、それはまったくの無から現れるのではなく、一度は捨てられた古いものが、条件を変えて戻ってくる。そういう見方です。
ひとつ、はっきりさせておきます。これは「昔は良かった」という話ではありません。 昔に戻れ、とも言っていません。戻るのは形であって、中身は変わっています。
復古ではなく、復活です。
戻るのは形であって、中身は変わっています。
自社にも起きている、3つのらせん
抽象的な話に聞こえるかもしれません。具体的に見ていきます。
御用聞きが、戻ってくる
かつて、商売は顔なじみを相手にするものでした。酒屋も米屋も、得意先を回り、その家が何を切らしているかを覚えていた。注文を聞く前に、持っていく。それが御用聞きです。
やがて、この形は姿を消していきました。1953年、東京・青山に日本で最初のセルフサービスの店が開きます。お客様が自分で選び、レジで払う。売り手は誰が何を買ったかを覚えていません。その代わり、たくさんの人に、安く届けられるようになりました。
覚えることをやめた代わりに、規模を手に入れた。これが真ん中の段階です。
そして今、一人ひとりに合わせた対応が、また現実的になりつつあります。誰が何をいつ買ったかを記録し、次に必要になりそうなものを見当づける。人が覚えているわけではありません。仕組みが覚えています。
かつては人手がかかりすぎて割に合わなかった個別対応が、採算に乗るようになった。儲かる化とは、損益分岐点を「動かす」ことであるで書いた、費用の構造が変わるという話とも重なります。
御用聞きが、一段上がって戻ってきた。 そう見ることができます。
番頭が、戻ってくる
もう一つ。かつての商家には番頭がいました。仕入れも、売上も、誰にいくら貸しているかも、頭の中に入っている人です。会社の全体が、一人の中で見えていました。
会社が大きくなると、この形は無理になります。営業、製造、経理と分かれ、それぞれが自分の担当を持つ。効率は上がりましたが、代わりに全体が誰にも見えなくなりました。数字は部門ごとのファイルに散らばり、突き合わせるだけで何日もかかる。
いま、そこが変わりつつあります。会社の数字を一つの場所に集めれば、全体をもう一度、一続きで見ることができます。この考え方は単一DBが、見える化・わかる化・儲かる化を貫くに整理しました。
番頭の頭の中にあったものが、仕組みとして戻ってきた。ただし、番頭一人ではなく、全員が見られる形で。 ここが一段上がった部分です。
勘が、戻ってくる
三つめ。昔の経営は、勘で決めていました。景気の匂い、取引先の顔色、現場の空気。数字にならないものを読んで、決めていた。
そこに「数字で決める」という考え方が入ってきました。勘は当てにならない、根拠を出せ、と。実際、これで避けられた失敗はたくさんあります。
けれど、数字だけで決められることばかりでもありませんでした。数字は過去のものですし、数字にならない変化は数字に出ません。
いま起きているのは、その両方を使えるようになる変化です。材料はいくらでも集まります。しかし最後に決めるのは人です。数字を使って考え、勘で決める。 判断と責任は、経営者の手元に残ります。
これも、勘が一段上がって戻ってきた形です。
ただし、同じものが戻るわけではない
ここは正直に書いておきます。
御用聞きが復活すると言っても、あの頃と同じではありません。顔を覚えているのは人ではなく、仕組みです。得意先の子どもの名前まで知っていた酒屋の主人と、購買履歴から次を見当づける仕組みは、別のものです。
失われるものは、失われます。その分を、経営者がどう補うのか。あるいは、補わないと決めるのか。それは考えなければならない問題として残ります。
らせんの見方は、便利な言い訳ではありません。「昔に戻るだけだから安心だ」ということでもない。 一段上がるとは、条件が変わるということです。変わった条件の下で、何を取り戻し、何を諦めるのかは、その会社が決めることです。
次の一手は、自社の過去にあるかもしれない
らせんの見方が役に立つのは、ここからです。
新しい技術が出てきたとき、多くの会社は「これで何ができるか」を考えます。悪くありませんが、たいてい他社と同じ答えになります。
もう一つの探し方があります。自社が昔できていて、いつの間にかやめたことを思い出すのです。
なぜやめたのか。たいていは「手間がかかりすぎるから」「人が足りないから」「採算が合わないから」でした。つまり、能力がなかったのではなく、条件が合わなかった。
その条件は、いま変わっているかもしれません。
昔はやっていた細かい報告。やめてしまった顧客への定期連絡。手間で諦めた小口の受注。創業期にはできていて、規模が大きくなる過程で落としてきたもの。そこに、次の一手が眠っている可能性があります。
機会というのは、ひらめきで降ってくるものではなく、探して見つけるものだという考え方があります。イノベーションで成功するにはで扱ったとおりです。自社の過去は、その探し場所の一つです。
なお、道具そのものの移り変わりは、らせんではなく直線で捉えたほうが分かりやすい面もあります。記録し、判断し、実行する。その役割分担についてはERPは記録し、人は判断し、AIは実行するで整理しました。昔から学ぶという構えについては孫子・五輪書に学ぶ、変化の時代の経営の「構え」を、学び方そのものについてはAIから「答え」ではなく「判断軸」を学ぶをご覧ください。
一段上がって、戻る
新しい言葉が出るたびに身構えるのは、それが未知のものに見えるからです。
しかし、よく見れば、かたち自体には見覚えがあることが少なくありません。御用聞きも、番頭も、勘も、一度は手放したものでした。手放した理由は、条件が合わなかったからです。条件が変われば、戻ってきます。同じ姿ではなく、一段上がった姿で。
だとすれば、次に何をするかを考えるとき、外ばかり見る必要はありません。自社の来た道を、一度たどってみる。
そして、たどり直した先で出会うのは、たいてい最初の問いです。うちは何のためにこの商売をしているのか。誰に、何を届けたかったのか。なぜ今、経営を見直すのか——終わりまで来ると、始まりに戻ります。これもまた、一段上がった場所での再会です。
ベンチャーネットは、中小企業の経営を「見える化」し、「わかる化」を経て「儲かる化」へつなぐ伴走を続けてきました。その道筋も、まっすぐな一本道ではなく、同じところを何度も通りながら少しずつ上がっていく形をしています。
ただ、たどり直すのは思ったより難しい作業です。やめたことは、記録に残らないからです。始めたことは議事録にも稟議書にも残りますが、やめたことは、いつの間にか話に出なくなるだけで終わります。やめると決めた場面は覚えていても、なぜやめたのかという理由は、たいてい忘れられています。
そして、忘れられた理由ほど、いま変わっている可能性が高いのです。
御社が昔やっていて、やめてしまったこと。それは何だったでしょうか。
一度、一緒に掘り起こしてみませんか。
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