「うちには縁がない」と感じていないか
新しい商品やサービスの話題を聞いても、「面白いけれど、うちみたいな会社には縁がない」。そう感じて、遠い世界の話として片づけてしまう。中小企業の経営の現場では、よくあることだと思います。
イノベーションという言葉には、どこか特別な響きがあります。才能ある人の、突然のひらめき。大企業の研究所が生み出す何か。自分たちとは違う場所で起きること。そんなイメージが、最初の一歩を遠ざけます。
ベンチャーネット自身にも、似た時期がありました。海外で評価されているツールを日本に広めようとしても、なかなか浸透しない。「いい製品のはずなのに、なぜ広がらないのか」。流行るのを待つしかないのか。独りよがりになっていないか。そんな不安を抱えていた時期です。
その迷いから抜け出すきっかけになったのが、「機会は、ひらめきを待つものではなく、探すものだ」という見方でした。
なぜ、機会を逃してしまうのか
機会を逃す理由の多くは、能力ではありません。「ひらめきが降りてくるのを待っている」ことにあります。
イノベーションを特別な才能の産物だと考えると、自分たちには関係のないものになります。すると、目の前を通り過ぎていく小さな変化に、気づけなくなります。
経営学者のドラッカーは、こう言いました。イノベーションとは、世の中を少しでも良くする取り組みであり、変化を機会として使うことだ、と。天から降ってくる発想ではなく、すでにある変化の中から見つけ出すもの。そう捉え直すと、景色が変わります。
もうひとつ、見落としやすい点があります。新しい挑戦は、業績が落ち込んでから慌てて始めても遅い、ということです。事業が伸びている最中こそ、次の種をまく時期です。ピークを過ぎたかどうかは、過ぎてからしか分かりません。だからこそ、調子のいいときに動く必要があります。
ひらめきを待つ姿勢から、視点を持って探す姿勢へ。機会は、探す人のところに現れます。
機会は「探す」もの——ドラッカーの視点
では、どう探せばいいのか。
ドラッカーは、イノベーションの機会を「7つの視点」として整理しました。センス頼みではなく、誰でも順番に見ていける、いわばチェックリストです。その中でドラッカーが最も成功しやすいと置いたのが、「予期せざるもの」です。
予期せざるものとは、こちらが想定していなかった出来事のことです。たとえば、次のようなものです。
- 予期せぬ成功:思いがけず売れた商品。「なぜ売れたのか」を掘ると、本当の強みが見える
- 予期せぬ失敗:うまくいかなかった理由の裏に、市場の変化が隠れている
- 予期せぬ要望:顧客からの「こんなこともできないか」という一言
特に最後の「予期せぬ要望」は、見過ごされがちです。日々の問い合わせの中に、次の事業の芽が混じっていることがあります。しかもそれは、いまの顧客だけとは限りません。これまで顧客でなかった相手、たとえば行政や思いがけない立場の人からの働きかけが、機会になることもあります。「これは、予期せぬ顧客ではないか?」と問い続ける姿勢が、入口になります。
「予期せざるもの」には4つの形があります。とくに予期せぬ要望と非顧客の声は、見落とされやすい入口です。
大切なのは、こうした出来事を「たまたま」で片づけないことです。機会は、特別な才能ではなく、探す視点を持つ人のところに現れます。
日常の仕事に組み込み、小さく試す
機会を探す視点が分かっても、それを気が向いたときに任せると続きません。仕組みにする必要があります。
ベンチャーネットが学んだ進め方は、おおよそ次の順序です。
- まず、やめるべき仕事を決める(新しいことのための時間と人を空ける)
- 7つの視点で、機会を意識的に探す(経営者の思いつき任せにしない)
- 見つけた変化を、立場の違う人たちと話し合う
- 必ず外に出て、見て、聞く(ここまでは、まだ仮説にすぎません)
- 数少ない大きな機会に絞る
- 小さく始めて、市場で試す。ただし、小さく終わらせない
仕組みの工夫も、難しいものではありません。たとえば「会議の半分は、問題ではなく機会の話だけをする」と決める。「同じ要望を3回受けたら記録する」とルールにする。それだけでも、見える景色が変わります。
注意したいのは、話し合いだけで作り始めないことです。机の上で見つけた機会は、まだ確かめていない仮説です。外に出て、顧客の現実にあてて初めて、進む価値が分かります。ベンチャーネットでは、この確かめる感覚を磨くために、立ち止まって考える時間も意識的に取るようにしています。
ここで、AIにも少し触れておきます。AIは、変化のスピードを上げ、情報を集める強い味方です。ただ、機会を見極め、やるかどうかを決めるのは、最後まで人の仕事です。AIは答えを出す機械ではなく、考えを深める相棒。判断と責任は、人に残ります。これは、人手不足に悩む中小企業にとって、AIをこわがるのではなく味方にするための、大切な線引きだと考えています。
自社では、何が変わったか
冒頭の「ツールが広まらない」という悩みに戻ります。
そのとき、導入してくれた顧客に話を聞きに行きました。返ってきたのは、想定していなかった言葉でした。「製品はいい。でも、使いこなせる人がいない。人ごと、貸してくれないか」。
これは、こちらが売ろうとしていたものとは違う要望でした。けれど、まさに予期せぬ声です。ベンチャーネットは、この一言をきっかけに、人を送り出す事業を新たに立ち上げることになりました。最初の悩みの中に、次の事業の種が隠れていた。そう振り返っています。
成果のとらえ方も変わりました。以前は、自社の売上や利益だけを成果と見ていました。いまは「お客様が、どれだけ良くなったか」を成果の中心に置いています。顧客の声に耳を澄ますことが、結果として新しい価値を生む。ドラッカーの言う「顧客の創造」とは、こういうことだったのかと、後から腑に落ちました。
正直に言えば、機会の見極めに、いつも正解があるわけではありません。どこまで追いかけ、どこで引くか。その判断は、今も難しさが残ります。ひとつだけ、自分たちに言い聞かせていることがあります。「広げること」そのものを目的にしない、ということです。規模を追い始めた瞬間に、道を見失う。価値を届けることに集中していれば、広がりは後からついてくる。そう考えています。
あなたの会社にも、きっと予期せぬ声が届いているはずです。クレームや、無理な相談や、場違いに見える問い合わせの中に。それを「面倒」で終わらせるか、「機会かもしれない」と立ち止まるか。その差が、数年後を分けるのかもしれません。
ひらめきを待つより、視点を持って探す
イノベーションは、特別な誰かの、突然のひらめきではありません。視点を持って探せば、普通の中小企業でも、機会は見つかり続けます。そして、それを仕組みにできます。
機会を見つけたあとに大事になるのが、いまの事業を磨きながら、新しい芽も育てるという両立です。この「探索と深化」の進め方については、別の記事で詳しくお話ししています。あわせて読んでいただくと、点と点がつながると思います。
最後に、ひとつだけ。機会を探す目は、自分たちだけで磨こうとすると、どうしても日々の景色に慣れてしまいます。やっかいなのは、自分の見落としは、自分では見えないことです。盲点は、もともと自分の視野の外にあるからです。だからこそ、ときどき外の目を入れる意味があります。一緒に「これは機会では?」と問い直してくれる相手がいると、見落としは確実に減ります。ベンチャーネットも、そうやって学びながら実践してきました。自社の予期せぬ声をどう扱うか迷ったとき、一緒に考える相手がいる——そのことだけ、頭の片隅に置いてもらえたらと思います。


