あの人が明日、来なくなったら——AIに「控え」を持たせて、止まらない会社にする

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朝、あの人が来ないまま始業時間が過ぎる

月曜の朝。経理を一人で回してきた社員が、出社してきません。

理由は、いろいろありえます。急な病気。家族の介護。あるいは、机の上の退職届。どれも、前触れなく起きます。

その日から、何が止まるでしょうか。請求書の発行。給与の計算。あの取引先とのやりとり。「あの人に聞けば分かる」で回っていたことの、すべてです。

これは、脅かすための作り話ではありません。帝国データバンクの調査によると、従業員や経営幹部の退職が要因となった倒産は、2026年1〜7月で83件にのぼりました。前年の同じ時期より約12%多く、5年連続で増えています。前年は初めて年間100件を超えましたが、今年はそれを上回るペースです。多いのは、サービス業・建設業・運輸業。人に仕事が乗っている業種ほど、退職がそのまま経営の危機になっています。

この記事は、防災と同じ発想で書きます。地震が「起きるかどうか」は誰にも分かりません。分かるのは「起きたら何が止まるか」と「何を備えておくか」です。人についても、同じ備え方ができます。

一言でいえば、人的なBCPの話です。BCPとは事業継続計画のこと。災害が起きても事業を止めないための備えを指しますが、ここでは「人が突然いなくなっても、提供を止めない備え」を考えます。

決算書に載らない「負債」——一人の頭の中に、何が集まっているか

なぜ、一人の退職が倒産にまでつながるのか。

その人の頭の中に、会社の資産が集まっているからです。

顧客との関係。あの担当者だから、発注が続いている。見積もりの勘。図面を見た瞬間に、危ない案件を見分けている。例外処理の知識。この取引先だけは、締め日が違う。業務に必要な資格。そして、システムのパスワードまで。

どれも、決算書には載りません。載らないまま、一人に集まっていきます。集まっていること自体は、日常では問題になりません。本人がやれば済むからです。

問題は、いなくなった瞬間に起きます。売上、納期、品質、信用。別々に見えていたものが、同時に消えます。

一人に集まった資産は、裏返せば、いつ一括返済を迫られるか分からない簿外の借金でもあります。その日が、返済日になります。

なお、ExcelやAccessといった「仕組み」が特定の人に依存している話は、「Excelとその人が辞めたら、止まる」で扱いました。この記事が扱うのは、仕組みではなく「人」そのものの側です。

なぜ「採用で埋める」では間に合わないのか

いなくなったら、採用すればいい。そう考えたくなります。

けれど、この備え方は間に合いません。理由は、時間の構造にあります。

後任を採用できたとして、仕事を覚えるまでに数か月。顧客の信頼を得るまでには、さらに時間がかかります。信頼は、肩書と一緒には引き継がれません。その間、会社は売上の穴を抱えたまま走ることになります。中小企業の体力で、この期間を持ちこたえるのは簡単ではありません。

そもそも、採用自体が難しくなっています。帝国データバンクの調査では、正社員の人手不足を感じている企業は2社に1社。同社の分析によると、価格転嫁が進まず賃上げの原資を確保できないことで、中核人材の流出を止められない例が目立ちます。募集をかけても、来ない。来ても、定着するとは限らない。

つまり、「いなくなってから動く」は、備えとして成立しなくなっています。防災と同じで、起きる前に備えるしかありません。

自己点検の3つの問い

では、自社の備えは、いまどの程度でしょうか。

次の3つの問いに、数字で答えてみてください。

  • 一人辞めると、売上の何%が止まるか——その人が関わる受注・請求・納品を、金額でたどる
  • 代われる人は、何人いるか——「手伝える人」ではなく「代われる人」で数える
  • 何日で、元の水準に戻せるか——引き継ぎ書を読んで動ける日数を、現実的に見積もる
自己点検の3つの問い——数字で答えられるか 1 一人辞めると 売上の何%が止まるか 受注・請求・納品を 金額でたどる 2 代われる人は 何人いるか 「手伝える人」ではなく 「代われる人」で数える 3 何日で 元の水準に戻せるか 引き継ぎ書で動ける 日数を現実的に見積もる 3つとも数字で答えられなければ、備えはまだ始まっていない 答えられない問いが、そのまま備えの優先順位になる

図:自己点検の3つの問い。数字で答えられない問いが、そのまま備えの優先順位になる。

大事なのは、正確に答えることではありません。答えられない問いを見つけることです。答えに詰まった箇所が、自社のいちばん弱い場所であり、備えの起点になります。

もうひとつ、この点検には守るべき向きがあります。「誰が辞めそうか」を当てる点検にしないことです。人を疑う道具にした瞬間、備えは職場の信頼を壊し始めます。見るのは人ではなく、業務。「誰かが辞めたら、何が止まるか」だけを見ます。

備えの実務——AIに「控え」を持たせる4つ

備えの中身に入ります。柱は、AIに「控え」を持たせることです。

ここでいう控えとは、その人の代わりを務めるものではありません。その人がいない日に、業務が完全に止まってしまうのを防ぐための備えです。AIをその位置に置きます。具体的には、次の4つです。

1. 判断の理由を、日々AIに残す

何をしたかの記録なら、日報にもあります。足りないのは「なぜそう決めたか」です。何を疑い、何を優先し、どの案を捨てたのか。この途中の思考こそ、辞めた瞬間に消える部分です。

日々の判断をAIに話して残していくと、その人の勘どころが少しずつ言葉になります。ベテランの感覚を言葉にする進め方は「ベテランの「感覚」を、言葉にして残す」で、貯める器の作り方は「経験情報は、Notionから貯め始める」で書きました。

ひとつ、条件があります。この記録は、本人の資産になる形で運用することです。自分の判断が形に残れば、引き継ぎにも、評価の材料にもなる。本人にそう実感してもらえる設計にします。会話を残す経営と、信頼を守るルールについては「会話が消える会社から、会話が資産になる会社へ」をご覧ください。

2. 手順を、AIが読める形で残す

紙のマニュアルは、読む人がいなければ止まります。手順をデータの形で残しておけば、AIが探し、答え、後任を支えられます。残し方の考え方は「「ためていない」が、いちばんの負債になる」で扱いました。

3. リスクの高い業務から、バーチャル社員へ移す

AIに一部の業務を任せる仕組みを、ベンチャーネットはバーチャル社員と呼んでいます。効率化のために任せる話は、これまでも書いてきました。ここでの動機は違います。「その人しかできない仕事」から先に移す。効率ではなく、リスク分散で選びます。

移しておけば、その業務には控えがいる状態になります。人が抜けても、業務は続く。どの仕事から任せるかの具体的な選び方は「バーチャル社員に、最初に任せる仕事を選ぶ」にまとめています。任せてはいけない線の引き方は「バーチャル社員に決めさせないことを、先に決める」をご覧ください。

4. アカウントと権限を、棚卸しする

パスワードを一人しか知らない。管理者権限が一人に集中している。これだけで、会社は止まります。誰が何にアクセスできるかを一覧にし、控えの管理者を決めておきます。AIに渡す権限の設計は「AIに会社のデータを、どこまで渡すか」で書いたとおり、最初はゼロから必要な分だけ、が原則です。

ここで、正直に書いておくべきことがあります。

控えに移せるのは、記録と手順までです。顧客との信頼と、最後の判断そのものは、AIには移りません。「AIがあれば、人が辞めても平気」という話ではないのです。AIが支えるのは、残された人が立て直すまでの時間。判断と責任は、変わらず経営者の手元にあります。

よくある質問

判断を記録させるのは、社員の監視になりませんか

目的と運用で決まります。「誰が辞めそうか」を探るために使えば、監視です。「誰かが辞めても業務が続く」ために使い、記録が本人の資産にもなる形で運用すれば、備えです。何を記録し、誰が見られるかのルールを先に決め、社員に開示してから始めてください。

社員数人の会社でも、ここまで必要ですか

人数が少ないほど、一人が止まったときの影響は大きくなります。ただし、全部を一度にやる必要はありません。まず3つの問いに答え、いちばん答えられなかった業務ひとつから始めてください。

本人が「自分がやるから大丈夫」と言う場合は

責める話ではないと伝えることです。長年任せてきた結果として、仕事が集まっただけで、本人に落ち度はありません。狙いはその人の負担を軽くすることと、安心して休める状態を作ること。仕事を取り上げる話ではなく、控えを用意する話だと伝われば、協力は得やすくなります。

まとめ——「誰も辞めない会社」を、目指さない

退職が原因の倒産は、5年連続で増えています。それでも、この記事の結論は「辞めさせない工夫をしよう」ではありません。

人を縛って引き留める会社は、結局選ばれなくなります。目指すのは逆です。人が出入りしても、知識と顧客と信用と売上が会社に残る。だから一人ひとりは、安心して休めるし、安心して次へ進める。そういう会社です。

やることは、防災と同じです。3つの問いで弱い場所を見つけ、判断の理由と手順を残し、リスクの高い業務から控えを作り、権限を棚卸しする。派手さはありませんが、明日からでも始められます。

ただ、実際にやってみると、最初の一歩でつまずきます。どの業務が「その人しかできない」のか。毎日その現場を見ている経営者ほど、かえって見えにくいものです。当たり前に回っているものは、意識に上らないからです。

外から一緒に業務を眺めると、この見極めは早くなります。ベンチャーネットは、生成AIを経営の備えに組み込む伴走を通じて、その最初の見極めからお手伝いしています。3つの問いに数字で答えるところから、一緒に始めてみませんか。

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この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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