任せる仕事は決まった。実際に頼んでみた。それなのに、返ってきたものが思っていたのと違う。
「もう少しこうしてほしい」と伝え直す。また違う。三度目でようやく形になる。その頃には、自分で書いたほうが早かったのでは、という気持ちが顔を出します。中堅・中小企業の経営者から、ベンチャーネットはこの話をよく聞きます。
この記事で扱うのは、依頼1件の頼み方です。凝ったプロンプト(AIへの指示文)の技術の話ではありません。人に仕事を頼むときと同じ、たった4つの要素の話です。
「思っていたのと違う」が起きるとき、何が抜けているのか
返ってきたものが違うとき、多くの方はAIの能力を疑います。もっと賢いモデルなら、と考えます。
けれど、原因はたいてい別のところにあります。渡した依頼文に、判断の材料が入っていないのです。
たとえば、こう頼んだとします。
先週の商談のメモをまとめておいて。
この一文には、書かれていないことが四つあります。何のためにまとめるのか。何を見てまとめてよいのか。どうなったら完成なのか。判断に迷ったら、どうすればよいのか。
同じ依頼を、入社したばかりの社員に渡す場面を想像してください。その人は困ります。上司に見せる報告用なのか、次回の商談準備用なのか。録音を聞いてよいのか、メモだけか。A4一枚か、箇条書き五行か。分からないまま、推測で作ります。そして、たいてい外します。
AIも同じです。曖昧な依頼を投げられると、空白を推測で埋めて進みます。返ってきたものが違うのは、能力の問題ではなく、渡した情報の問題です。
ベンチャーネットは、雇用契約によらず会社の仕事を担ってくれる存在を「バーチャル社員」と呼んでいます。業務委託のプロもそうですし、いまはAIエージェント(指示を受けると自分で段取りを考えて作業を進めるAI)も、その一員です。相手が人であれAIであれ、渡す情報が足りなければ、返ってくるものは同じように外れます。
なお、そもそもどの仕事を任せるかを選ぶ段階でつまずいている場合は、最初に任せる仕事を選ぶを先にご覧ください。この記事は、任せる仕事が決まった後の話です。
頼み方の型——目的・材料・仕上がり・迷ったら
ベンチャーネットが自社で依頼を重ねる中でたどり着いたのは、四つの要素を必ず書く、というシンプルな型でした。
1. 目的:何のためにやるのか
その仕事の結果を、誰が、何に使うのか。「来週の商談で使う準備メモにする」と書いてあれば、まとめ方の粒度が決まります。目的が書かれていない依頼は、方向が定まりません。
2. 材料:何を見てよいのか
判断のよりどころになる資料を、名指しで渡します。商談の録音、過去の議事録、先方の会社概要。渡していない資料は、存在しないのと同じです。手元にある情報を「察してくれる」ことはありません。
3. 仕上がり:どうなったら終わりか
完成の条件を一文で書きます。「決定事項と次回までの宿題が、それぞれ箇条書きで並んでいれば完了」。分量や形式も、ここで指定します。「いい感じにまとめて」では、任された側は終われません。
4. 迷ったら:誰に何を聞くか
材料に書かれていないことが出てきたとき、どうするか。「分からない箇所は推測せず、質問として書き出す」と一行入れておくだけで、勝手に埋めて進むことがなくなります。
先ほどの依頼を、この型で書き直すと、こうなります。
【目的】来週の商談の準備に使うメモを作る
【材料】商談の録音の書き起こし、前回の議事録、先方の会社概要
【仕上がり】決定事項と、次回までの宿題を、それぞれ箇条書きで。A4一枚に収める
【迷ったら】録音から読み取れない点は、推測せず質問として最後に列挙する
長くなったように見えますが、書くのは四行です。そして、三度のやり直しよりは短く済みます。
図:一度で伝わる依頼文の4点と、書き換えの例。四つの要素が揃っていれば、特別な工夫がなくても、だいたいのものは返ってくる。
特別な技術は要らない、という話
ここで一つ、お伝えしておきたいことがあります。この型に、専門的なテクニックは含まれていません。
生成AIの世界には、指示文を工夫する手法が数多くあります。役割を与える、段階的に考えさせる、例を示す。それらは有効ですが、経営者が最初に覚えるべきことではありません。
四つの要素が抜けている依頼は、どんな技術を足しても直りません。逆に、四つが揃っていれば、特別な工夫がなくても、だいたいのものは返ってきます。まず型から入る。技術は、必要になってから足せば十分です。
答えられないときは、依頼文ではなく業務の側に理由がある
型を使ってみると、埋められない欄が出てくることがあります。とくに「材料」と「仕上がり」です。
判断のよりどころが社内のどこにも文書として無い。何をもって完了とするか、決まっていない。このとき問題があるのは、依頼文ではなく業務の側です。
そして、その仕事は新しく入った社員にも渡せません。四つの欄は、依頼文の書式であると同時に、自社の業務がどこまで言葉になっているかを映す鏡でもあります。
一度書いた依頼文は、二度目から資産になる
四つを書く手間は、一度きりです。
同じ種類の仕事が次に来たとき、前回の依頼文を開いて、日付と材料を差し替えるだけで済みます。三度目には、ほとんど直すところがなくなります。頼むたびに一から考える状態から、抜け出せます。
さらに、この依頼文は人にも渡せます。担当者が変わっても、何を見て何を作る仕事なのかが、四行で伝わります。頼み方が個人の勘から、会社の共有物へ移っていきます。
依頼文が溜まってくると、次の段階が見えてきます。毎回同じ材料を渡しているなら、その材料をあらかじめ置いておけばよいのではないか、という発想です。自社の資料や判断基準を、仕組みとしてAIの前提に据える考え方は、コンテキストエンジニアリングで扱っています。この記事の型が「今日の1件」の話なら、そちらは「常に効かせる土台」の話です。
図:依頼文は、二度目から差し替えるだけで済み、人にも渡せる。頼み方が個人の勘から会社の共有物へ移っていく。
もう一つ、型を使い始めると気づくことがあります。四つのうち、目的と仕上がりを決めているのは、いつも人の側だという事実です。
何のためにやるのかを決める。どうなったら良しとするかを決める。この二つは、依頼文をどれだけ工夫しても、AIの側には移りません。判断と責任が経営者に残るというのは、抽象的な原則ではなく、四行の依頼文の中に具体的に現れています。
よくある質問と、つまずきやすいところ
Q. 長く詳しく書くほど、よく伝わりますか?
必ずしもそうではありません。関係のない情報が増えると、かえって焦点がぼやけます。長さではなく、四つの要素が揃っているかどうかで判断してください。
Q. 毎回四行書くのは、正直めんどうです
一度きりです。二度目からは前回の依頼文を開いて差し替えるだけになります。むしろ、三度やり直すほうが時間を使います。
Q. 「迷ったら」の欄に、何を書けばよいか分かりません
まずは「分からない点は推測せず、質問として書き出す」の一文で十分です。そのうえで、そもそも何を任せて何を任せないかという線引きが曖昧だと感じたら、社長が引く3本の線をご覧ください。
Q. 相手が人でなくAIなら、丁寧に書く必要はないのでは?
丁寧さの問題ではありません。判断の材料が足りているかどうかの問題です。人に渡せない依頼文は、AIにも渡せません。
つまずきやすいのは、次のパターンです。
- 「仕上がり」を書かず、返ってきたものを見てから条件を後出しする
- 材料を渡さないまま「うちのやり方に合わせて」と頼む
- うまくいかない原因をAIの性能に置き、依頼文を見直さない
まとめ——頼み方は、人に頼むときと変わらない
一度で伝わる依頼には、四つの要素が入っています。目的、材料、仕上がり、迷ったら。この四行を書くだけで、やり直しの往復は目に見えて減ります。
そして、この四つは、人に仕事を頼むときに必要なものと変わりません。新しく覚える技術ではなく、日々の仕事の中で無意識にやっていることを、書き出すだけです。
一本の依頼が伝わるようになったら、次はひとつの業務そのものを移していく段取りへ進みます。その全体像は、ひとつの業務が移るまで——最初の1か月の段取りにまとめました。また、雇用によらず会社を支える「バーチャル社員」という考え方そのものは、こちらの記事でお読みいただけます。
この型そのものは、今日から自社だけで使えます。四行を書くのに、外の力は要りません。
難しさが出るのは、その先です。書こうとして手が止まるのは、たいてい「材料」と「仕上がり」の欄でした。自社の判断のよりどころは、日々使っている人ほど当たり前になっていて、言葉にしにくい。ベンチャーネット自身も、うまく任せられなかった仕事をふり返ると、渡すべき材料を渡していなかったことが原因でした。
そして、その「当たり前」は、中にいる人ほど見えません。何を材料として渡すべきか。どこまでを仕上がりの条件にするか。空欄の前で止まったときは、外からの問いが入ると、言葉になり始めます。
自社の依頼文を一緒に書いてみるところから、ベンチャーネットはお手伝いできます。


