どこを標準に合わせ、どこを自社流で残すか——AIで変わった、ERP実装の線の引き方

基幹システムを入れるとき、業務を標準機能に合わせるか、自社のやり方に合わせて作り込むか。この線の引き方には、基準があります。

固定すべきなのは、データの持ち方、数字の定義、承認の線。変えてよいのは、画面、手順、報告の形です。そして近年、AIが吸収できる範囲が広がったことで、この線の位置が動きました。

この記事では、その線をどう引くかを整理します。

目次

「うちのやり方は特殊だから」で、全部作り込むと

基幹システムの導入では、長らく次のやり方が取られてきました。

自社の業務要件と、システムの標準機能を突き合わせる。合っている部分はそのまま使い、ズレている部分は追加開発で埋める。Fit and Gap(フィット・アンド・ギャップ=適合と乖離を洗い出す手法)と呼ばれるやり方です。

考え方としては自然です。業務は変えず、システムのほうを合わせる。現場の抵抗も少なくて済みます。

ただ、この方式には代償があります。

更新できなくなります。追加開発の数が積み上がると、システムを新しい版に上げるたびに、その全部が動くかを確かめる作業が発生します。確認が重いので、更新を先送りする。先送りするほど、次の更新はもっと重くなります。

つながらなくなります。独自に作り込んだ部分は、他の仕組みと素直につながりません。あとから何かを連携させようとすると、そのたびに個別の作業が要ります。

人が変わると、分からなくなります。「なぜこの処理が入っているのか」を知っている人が辞めると、誰も触れなくなります。動いてはいるが、変えられない。

この状態を避けるために、近年は逆の考え方が主流になりました。Fit to Standard(フィット・トゥ・スタンダード=業務をシステムの標準機能に合わせること)です。標準機能を基準にして、業務のほうを寄せていく。作り込みを減らせば、更新も連携も楽になります。

ここまでは、多くの会社が知っている話だと思います。問題は、その次です。

全部を標準に合わせると、勝ち筋を捨てる

標準機能とは何か。多くの会社にとって、うまくいったやり方の集まりです。

だから標準に合わせることには、はっきりした利点があります。実績のある手順が手に入り、作り込みが減り、更新できる状態を保てる。

ただ、ここで一つ考えてほしいことがあります。自社の強みは、その「多くの会社にとっての最適」の中に入っているでしょうか。

はみ出す部分に、2種類が混ざっている 標準機能に収まる部分 受注・請求・入金・在庫の基本の流れ 会計の締めと帳票 承認の基本的な流れ =多くの会社にとっての最適 標準からはみ出す部分 単なる慣習 昔からそうしているだけ。捨ててよい 自社の強み これがあるから選ばれている。残す この2つが、混ざったまま置かれている 全部を標準に合わせるのも、全部を作り込むのも、仕分けをしていない点では同じ

図:標準からはみ出す部分には、捨ててよい慣習と、残すべき強みが混ざっている。

標準からはみ出す部分には、2種類が混ざっています。

一つは、単なる慣習です。昔からそうしているだけで、理由を聞いても「前からこうなので」としか出てこない。これは捨ててかまいません。むしろ捨てるべきです。

もう一つは、自社の強みです。その手順があるからお客様に選ばれている、という部分。これを標準に合わせると、選ばれる理由が消えます。

問題は、この2つが混ざったまま置かれていることです。だから「全部を標準に合わせる」も「全部を作り込む」も、どちらも仕分けをしていないという点では同じです。

必要なのは、線を引くことです。

固定すべきものは、3つ

では、どこに線を引くか。固定すべきものは3つです。ここは標準に合わせる、あるいは自社で決めた形を最後まで動かさない、という部分にあたります。

固定すべき3つ 1 データの持ち方 顧客・商品・案件を、どの単位で登録するか。どこを一意の鍵にするか ここがズレると、あとから集計も連携もできない 2 数字の定義 何をもって売上とするか。いつ計上するか。原価に何を含めるか 部署ごとに違う定義を持つと、会議で数字が合わなくなる 3 承認の線 誰が、どこまで決めてよいか。いくらから上に上げるか 曖昧なまま自動化すると、責任の所在が消える

図:この3つがブレると、その上に何を載せても崩れる。

データの持ち方。顧客をどの単位で登録するか。同じ会社の別部署を分けるのか、まとめるのか。商品の型番はどこまでを一つとするか。ここがズレると、あとから集計も連携もできません。直すには、過去のデータを全部作り直すことになります。

数字の定義。何をもって売上とするか。出荷した時点か、検収された時点か。原価に何を含めるか。部署ごとに違う定義を持っていると、会議で数字が合いません。この論点は限界利益と貢献利益の違いとは?にもつながります。

承認の線。誰が、どこまで決めてよいか。いくらから上に上げるか。ここが曖昧なまま自動化すると、間違いが起きたときに責任の所在が消えます。

この3つは、業務の地図でいう名詞・動詞・判断基準の3層とちょうど重なります。地図の骨格にあたる部分が、そのまま固定すべき部分になると考えていただいて構いません。

そして3つとも、あとから直すのが極端に高くつきます。だから先に決めます。

変えてよいもの、そして線が動いたこと

固定すべき3つ以外は、変えてよい領域です。

画面。入力の並び順、項目の見た目、どの画面から入るか。これは業務のやりやすさの問題で、会社の芯ではありません。

手順。どの順番で処理するか。誰が最初に触るか。これも変えられます。

報告の形。どんな帳票で、どんな粒度で出すか。相手や場面によって変わって当然です。

従来、この領域を自社に合わせようとすると、基幹システムに作り込むか、別の道具を用意して連携させるしかありませんでした。どちらも手間がかかるので、「そこまでやるほどでもない」と諦める部分が出ます。

ここが、変わりました。

線の位置が、動いた これまで 標準機能で回る部分 作り込むか、別の道具 =手間がかかる そこまでやるほどでもない =諦めていた部分 いま 標準機能で回る部分 AIが差を吸収できる範囲 画面・手順・報告の形は、作り込まなくても自社流にできる 残る領域 ただし、固定すべき3つは動かない データの持ち方・数字の定義・承認の線。ここはAIでも埋められない

図:AIが吸収できる範囲が広がり、作り込まずに自社流を残せる領域が増えた。ただし芯は動かない。

AIは、形式の違いを埋めるのが得意です。標準の形で入っているデータを、自社の言い方に直して出す。手順の違いを補って案内する。報告の形を相手に合わせて変える。

以前なら追加開発が必要だった部分の一部が、作り込まずに済むようになりました。つまり、標準に合わせながら、自社流も残せる範囲が広がったということです。

これは、「標準か、自社流か」という二択そのものが変わったことを意味します。かつては、どちらかを諦める話でした。いまは、芯は標準に寄せて、表面は自社に合わせるという組み合わせが、現実的な選択肢になっています。

それでも、AIで埋まらないもの

ここで、はっきりさせておきたいことがあります。

固定すべき3つは、AIでは埋まりません。

データの持ち方が部署ごとにバラバラなら、AIが読んでも正しく集計できません。売上の定義が揃っていなければ、AIが出す数字も揃いません。承認の線が決まっていなければ、AIが下書きを作っても、誰が決めるのかが分からないままです。

むしろ、芯が定まっていない会社ほど、AIを入れても効きません。渡す材料が揃っていないからです。

「AIで何とかなる」という話と、「標準に合わせろ」という話は、どちらも半分だけ正しい。芯は決める。表面はAIで吸収する。この組み合わせが実態に近いと考えています。

そして、何を芯とするかを決めるのは人です。AIは形式を揃えられますが、「何をもって売上とするか」を決めてはくれません。それは経営の判断です。

よくある質問

Q. Fit to Standardは、結局やめたほうがいいのですか?
A. いいえ。標準に合わせられる部分は、合わせたほうが確実に楽です。この記事で言っているのは、はみ出す部分を全部捨てるのはやめましょう、ということです。

Q. 自社の強みかどうか、どう見分けますか?
A. 一つの目安は「その手順があるから選ばれているか」です。お客様に説明したときに、価値として伝わるかどうか。伝わらないなら、慣習の可能性が高いところです。

Q. 追加開発は、まったくしないほうがいいですか?
A. そうとも限りません。芯に関わる部分で、標準では表現できないものがあれば、作る判断もあり得ます。避けたいのは、表面の使い勝手のために芯を作り込むことです。

Q. どの製品を選べば、この線を引きやすいですか?
A. 製品より、線を引く順番のほうが効きます。器の選び方はクラウド会計・ERP・基幹システムの選び方を参照してください。

Q. すでに作り込んでしまった場合は?
A. 全部を戻す必要はありません。まず、固定すべき3つが揃っているかを確認してください。そこが揃っていれば、表面の作り込みは順に整理できます。

Q. 線を引くのは、いつやるのですか?
A. 導入の初期です。動き始めてからでは、変える判断そのものが重くなります。進め方はFDE型伴走の進め方に書いた、最初の30日にあたる部分です。

まとめ:線は引けるが、仕分けは社内では決めにくい

標準に合わせるか、自社流を残すか。この二択で考えると、どちらを選んでも損をします。

固定すべきなのは、データの持ち方、数字の定義、承認の線の3つ。変えてよいのは、画面、手順、報告の形。そして近年、AIが吸収できる範囲が広がったことで、芯は標準に寄せながら、表面は自社に合わせるという組み合わせが取りやすくなりました。

ベンチャーネットは、中小・中堅企業向けにFDE型の伴走支援を行う会社です。SAP・NetSuite・Odoo・AIによる個別開発を扱い、どれか1つに誘導しない立場を取っています。数字の基盤と言葉の基盤を整え、その上でAIを動かして業務と経営を組み替える。これをAX(AIトランスフォーメーション=AIを前提に業務と経営を組み替えること)と呼んでいます。

基幹システムを売る側は「標準に合わせてください」と言い、AIを売る側は「AIで何とかなります」と言いがちです。どちらも半分は正しく、半分は足りません。両方を扱っているからこそ、線の位置を具体的に示せると考えています。

ただ、この記事で書いた基準を読んでも、実際の仕分けは社内だけでは決めにくいというのが実感です。

理由は単純で、「これは自社の強みだ」と思っている業務の多くが、実際には単なる慣習だからです。しかも、その業務を長く担ってきた人ほど、強みだと信じています。信じている人の前で「それは慣習では」とは言いにくい。だから仕分けが進まず、結局「全部残す」に落ち着きます。

外の人間が並べると、この仕分けは驚くほど早く進みます。感情が入らないからで、能力の差ではありません。

「どこまで標準に合わせるべきか分からない」という段階で構いません。業務を並べて、慣習と強みを分けるところから一緒にやれます。売り込みではなく、まず壁打ちから。

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この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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