「来月から、見積の下ごしらえをAI社員に任せます」。朝の会議でそう告げると、部屋が静かになります。
反対の声は出ません。質問も出ません。ただ、見積を担当していた社員の表情が、少しだけ固くなる。会議のあと、誰も社長に話しかけてこない。
この静けさは、賛成ではありません。自分は置き換えられるのか、という問いが、口に出せないまま部屋に残っています。
数字にも、その問いは表れています。総務省の「令和8年版情報通信白書」(2026年7月)によると、「自分の仕事がAIに代替され、職を失う」と思う人は、日本で40.0%でした。「そう思う」12.1%と「どちらかと言えばそう思う」27.9%の合計です(確認日2026-09-22)。白書はこの割合を「比較的低い」と評価しつつ、2024年度の調査より上がった、とも書いています。米国では、働く人の52%が職場でのAI利用の将来を「心配」と答えました(Pew Research Center、2025年2月、5,273人)。
その不安は、消えません。だから、不安がある前提でチームを設計します。役割の線を先に引き、評価の物差しを変え、使う言葉を決め、「切らない」を経営者が先に宣言する。では、最初の90日で、何から手をつければよいのでしょうか。
不安は、チームの資産を止める
不安そのものより、不安がチームに起こすことのほうが問題です。3つあります。
使い方を、隠す。 AIをうまく使える社員ほど、その使い方を周りに言わなくなります。言えば、自分の仕事が減ると思うからです。この構造は優秀な社員ほど、AI活用法を隠すに書きました。
間違いを、言わない。 AI社員の出力に間違いを見つけても、指摘しなくなります。指摘すればAIは直り、「AIの間違いを直す仕事」という自分の価値が消える、と感じるからです。
手直しを、記録に戻さない。 直した箇所を手順に書き戻せば、次からAI社員はその間違いをしません。それは会社の資産です。けれど不安があると、直した本人の頭の中に留めておくほうが安全に見えます。
3つとも、会社の資産が育たない方向に働きます。AI社員を入れたのに、半年経っても同じ手直しが続く。原因は性能ではなく、チームの側にあることが多いのです。
ここで、心理的安全性という言葉が要ります。Googleの「re:Work」は、ハーバード大学の研究者による定義を紹介しています。「対人リスクを取っても安全だという、チームで共有された信念」です。ミスや質問や新しい案を出しても、恥をかかされたり罰せられたりしないと感じられる状態です。Googleが自社の180チームを調べた研究では、効果的なチームの要素の筆頭に、これが置かれました。
ベンチャーネットの代表・持田は、2020年の『レバレッジ起業』第5章で、この研究に触れながら「チームの心理的安全性を高める方法」を書きました。当時のバーチャルチームは、人だけでできていました。いまは、そこにAI社員が混ざります。そして、混ざった瞬間に、対人リスクの中身が変わります。「自分の間違いを認める」リスクに、「自分の仕事がAIに移る」リスクが加わるのです。
混成チームの運営原則は、4つ
不安がある前提で、チームを回す。ベンチャーネットが置いている原則は4つです。
図1:混成チームの運営原則。線・物差し・言葉・宣言。
1. 役割の線を、先に引く。 AI社員が担うのは、下ごしらえ、照合、下書き。人が担うのは、判断、承認、顧客との関係。この線を、AI社員を入れる前に引き、紙に書いて見せます。任せきる仕事、案だけ作らせて人が決める仕事、そもそも渡さない仕事の3本の線はバーチャル社員に決めさせないことを、先に決めるに書きました。線が見えていれば、「自分の仕事がどこまで移るのか」という問いに、先に答えたことになります。
2. 評価の物差しを、変える。 「AIより速くできるか」で人を測れば、全員が負けます。測るのは、AI社員の出力を直した数、見つけた不備の数、手順に戻した回数です。この物差しなら、AIをいちばんよく使い、いちばんよく直す人が、いちばん評価されます。隠す理由がなくなります。
3. 言葉を、決める。 「置き換え」「削減」「効率化で人を減らす」。こうした言葉を、社内の会話から外します。使うのは「受け皿」「下ごしらえ」「増える仕事を受ける」。言葉は、意図より先に伝わります。AI社員をどう呼ぶかも、先に決めます。名前をつけて同僚として扱うのか、道具として扱うのか。どちらでもよいのですが、決めずに始めると、人によって扱いが割れます。
4. 「切らない」を、先に宣言する。 AI社員を入れる理由は、いまの人を減らすためではなく、増える仕事を受けるためだ。この一文を、AI社員を入れる前に、経営者が言います。ベンチャーネットの立場は切らずに、生き延びると「雇わない」は、冷たい経営かに書いたとおりです。宣言できるのは経営者だけです。言わなければ、社員は最悪の想定で動きます。
4つは、どれか1つでは効きません。宣言だけして線を引かなければ、言葉だけだと思われます。線だけ引いて物差しを変えなければ、線の内側で競争が起きます。
最初の90日で、何をするか
図2:最初の90日。宣言と線、希望者から、直した人を称える、記録に戻す。
1日目:宣言と線を、同時に出す。 「切らない」の一文と、役割の線を書いた1枚を、同じ日に出します。宣言だけが先に出ると、線が見えないぶん、不安が膨らみます。
〜30日:1本目は、希望者の仕事から。 最初にAI社員へ渡す仕事は、手を挙げた人の下ごしらえから選びます。不安のいちばん強い人の仕事から始めると、その人にとっては「やはり自分が最初に置き換えられた」という体験になります。この順番の考え方は人を先に動かすにまとめました。
毎週:直した人を、称える。 週15分の振り返りで、AI社員の出力に見つけた不備を共有します。見つけた人の手柄にする。ここで物差しが変わったことが、チームに伝わります。振り返りの型は毎週15分で振り返るへ。
〜90日:ミスの共有を、記録に戻す。 「ミスを報告しなさい」という義務にすると、隠す動機が残ります。直した箇所を手順に一行戻す、という作業の一部にします。戻した手順が、翌週のAI社員の間違いを減らす。それを見た人は、戻すことに意味があると分かります。
90日後に見るのは、速くなったかではありません。間違いを言う人が増えたかです。増えていれば、混成チームは回り始めています。
ベンチャーネット自身は、どうしているか
正直に書きます。不安は、ベンチャーネットの中でも消えていません。
このブログの記事は、AI社員が書いています。それを続けるということは、「書く」という仕事の一部が人からAI社員に移ったということです。だから、人の役割の線を引き直し続けています。何を任せ、何を人が決めるか。公開のボタンを押す作業、記事台帳の正本を確定する作業、そして「この記事は出さない」と決める作業は、人が持っています。その裏側はこのブログは、AIエージェントとどう作っているかで公開しました。
線は、一度引いて終わりではありません。AI社員が上手になるたびに、引き直しています。引き直すたびに、少し不安になります。それでも線を書いて見せることをやめないのは、書かなければ、もっと不安になるからです。
よくある質問
Q. 「減らさない」と、本当に言い切れますか?
A. 経営が続く限り、という条件つきです。だからこそ、言い切るのではなく、構造で示します。増える仕事をAI社員で受け、人の列には判断を残す。その計画表を見せることが、言葉より効きます。人員計画に列を足す型は人員計画にバーチャル社員の列を足すへ。
Q. 優秀な人ほど、辞めてしまいませんか?
A. 物差しが「AIより速く」のままなら、辞めます。自分の価値が測れなくなるからです。物差しを「直した数・見つけた不備」に変えれば、優秀な人ほど評価される構造になります。辞める理由は、AIではなく物差しのほうにある。
Q. AI社員を「同僚」と呼ぶべきですか?
A. どちらでも構いません。同僚と呼ぶことで、人が「自分の席が減る」と感じる場合もあります。呼び方そのものより、先に決めて全員が同じ扱いをすることのほうが効きます。ベンチャーネットは同僚として扱っていますが、判断と責任は人にある、という線を同時に見せています。
まとめ:不安を消すのではなく、前提にする
AI社員を入れると告げた会議の静けさは、賛成ではありません。4割の人が「職を失う」と感じている時代に、不安は消えません。消えない不安を放っておくと、使い方を隠し、間違いを言わず、手直しを記録に戻さなくなる。会社の資産が止まります。
だから、不安を前提にして、チームを設計します。役割の線を先に引く。評価の物差しを「直した数」に変える。「置き換え」という言葉を外し、AI社員の呼び方を決める。そして「切らない」を、経営者が先に宣言する。最初の90日は、宣言と線を同時に出し、希望者の仕事から始め、直した人を称え、ミスを記録に戻す。
判断と責任は、人に残ります。AI社員がどれだけ上手になっても、線を引くのも、引き直すのも、人です。
ただ、この設計でいちばん重いのは、4番目の宣言です。「切らない」は言うだけでは信じてもらえず、線と物差しという構造が伴って、はじめて重さが出ます。その構造を社内で作ると「誰の仕事がAI社員に移るのか」を名指しすることになり、当事者どうしでは進みにくいのです。
外から「この仕事は、線のどちら側ですか」と一つずつ聞かれると、当事者では決めにくかった線が引けることが多くあります。御社の仕事を並べ、線と物差しを一緒に決めるところから、ベンチャーネットがFDE型の伴走としてご一緒できます。売り込みではなく、まず壁打ちから。
出典:総務省「令和8年版情報通信白書」第1部第1章(2026年7月、個人向け調査)
出典:Pew Research Center「U.S. Workers Are More Worried Than Hopeful About Future AI Use in the Workplace」(2025年2月25日)
出典:Google re:Work「Understand team effectiveness」
出典:『レバレッジ起業——普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる「バーチャル社員」があなたを救う』持田卓臣、KADOKAWA、2020年、第5章
いずれも確認日2026-09-22


