「採用の前にAIで試す」と宣言した海外企業たち——AIファースト宣言の中身と、中小企業への翻訳

AIファースト宣言とは、経営者が「仕事が増えたら人を増やす」という前提をやめ、AIが同僚にいることを前提に会社を設計し直すと、社内外に表明することです。2025年以降、海外の企業でこうした宣言が相次ぎました。

言葉の定義はAIファースト経営とはにまとめました。宣言した会社の公開メモを読むと、3社とも「人を減らす」とは書いていません。それでも、そう受け取られました。では、社員数十人の会社は、同じ考え方をどう取り入れればよいのでしょうか。

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「うちもAIファーストで行く」と言ってみたものの

経営者の集まりで、海外の話を聞いた。「あの会社は、人を採る前にAIで試せと言ったらしい」。帰って、朝礼で同じことを言ってみる。社員の反応は、二つに分かれます。

  • 「人を減らすつもりですか」と身構える人
  • 「で、何をすればいいんですか」と困る人

宣言は、言うだけなら一言で済みます。ただ、海外の会社が公開したメモを読むと、一言では済んでいません。宣言の中身には、共通する部品がありました。部品を知らずに言葉だけ借りると、身構える人と困る人だけが残ります。

宣言の原文を、3社分読む

以下は、会社または経営者本人が公開した文書だけです。報道の要約ではなく、原文に近いものを確かめられる範囲に限りました。人名は出さず、役職で書きます。

Shopify(カナダ・eコマース基盤)、2025年4月7日。CEOが社内メモをX(旧Twitter)で自ら公開しました。要点は5つです。AIを使うことを社員の基本的な前提とする。増員や予算を求める前に、その仕事がAIではできない理由を示す。AI活用を人事評価に含める。試作段階からAIを使う。学んだことを社内で共有する。メモには「この領域は、自律的なAIエージェントがすでにチームの一員だったらどう見えるか」という問いも置かれていました。(同社CEOの公開メモ、2025年4月、確認日:2026年9月16日)

Duolingo(米国・語学学習アプリ)、2025年4月28日。会社の公式アカウントでCEOの社内メモが公開されました。「AIファースト」を掲げ、次の3つを示しています。AIで扱える仕事は外部委託を段階的にやめる。チームの自動化が進まない限り増員しない。AI活用を採用と人事評価で見る。そして約1か月後、CEOは補足の投稿で「AIが社員の仕事を置き換えるとは考えていない。採用はこれまでと同じ速さで続けている」と述べました。最初のメモの伝え方が良くなかったとも認めています。(同社公式投稿およびCEOの公開投稿、2025年4月〜5月、確認日:2026年9月16日)

Box(米国・クラウドコンテンツ管理)、2025年5月。CEOが「AIファーストの会社であること」について社内に共有した内容を、Xで公開しました。より速く動き、繰り返しを速くし、雑務から抜け出し、顧客への対応を良くするためにAIで働き方を変える、という趣旨です。(同社CEOの公開投稿、2025年5月、確認日:2026年9月16日)

同じCEOは2026年5月、別の投稿をしています。経営者は現場の最後の一歩から距離があるため、AIの「うまくいく道筋」しか見えなくなりがちだ、という趣旨です。人員削減を急ぐ動きに疑問を投げた形です。(同社CEOの公開投稿、2026年5月、確認日:2026年9月16日)

AIファースト宣言に共通する4つの部品 1 前提にする AIを使うことを社員 の基本的な前提に置く 2 関門を置く 増員や予算の前に、A Iでできない理由を示 す 3 評価に組み込む AI活用を採用や人事 評価で見る 4 学びを共有する うまくいった使い方を 社内で回す

図:AIファースト宣言に共通する4つの部品。前提にする/関門を置く/評価に組み込む/学びを共有する。

3社の文書を並べると、宣言の部品は4つに整理できます。①AIを使うことを前提にする、②増員の前に関門を置く、③評価に組み込む、④学びを共有する。そして、3社とも「人を減らす」とは書いていません。書いていないのに、そう受け取られました。

宣言の「その後」に起きたこと

宣言は出発点で、評価は後から決まります。「その後」は3つありました。

伝え方の修正(Duolingo)。外部委託の話が「人を減らす」と受け取られ、利用者や社員から反発が出ました。CEOは補足で、社員を置き換える意図はなく、AIは「同じか、より良い品質で、やることを速くする道具」だと言い直しています。宣言の中身よりも、何を守るかを先に言わなかったことが問題になった例です。

任せすぎの修正(Klarna)。宣言というより実績の公表ですが、同じ流れの中にあります。スウェーデンの決済企業Klarnaは2024年2月、AIアシスタントが顧客対応の相当量を処理していると公表しました。その後2025年5月、CEOは品質の低下を認め、人の担当者の採用を再開する考えを示したと報じられています。(同社発表2024年2月、CEO発言は各社報道2025年5月、確認日:2026年9月16日)

詳しくは国内外の実例に書きました。ほかの縮小・撤回の事例はうまくいかなかった実例にまとめています。

経営者側の自省(Box)。宣言した本人が1年後に、経営者はAIの良い面だけを見やすい、と公に述べています。持続する成果までには「次の10や20の作業」が要る、という趣旨です。宣言した会社の経営者自身が、宣言の熱に注意を促した形です。

宣言そのものは、間違っていません。修正されたのは、伝え方と、任せる範囲でした。

宣言は、人を減らす話ではない

3社の文書は、いずれも「人を減らす」とは書いていません。書かれているのは、増員の前に問いを1つ挟むこと、AIを使うことを前提にすることです。

ただし、事実として押さえておくことがあります。Shopifyは宣言の前後で人員削減も行っており、Duolingoは外部委託の縮小を明言しました。増員の抑制とAI活用が同じ時期に語られている以上、「減らす話ではない」と言うだけでは、社員は安心しません。

だから宣言には、もう1つの部品が要ります。「何を人に残すか」を、先に言うことです。判断と責任は経営者に残る。お客様に謝りに行くのは人。この線を最初に引いた会社では、宣言は前提の切り替えとして受け取られます。引かなかった会社では、削減の予告として受け取られます(→バーチャル社員に決めさせないことを、先に決める)。

4つの部品を、社員30人の会社向けに翻訳する

海外の大企業の宣言を、そのまま社員30人の会社に持ち込む必要はありません。部品ごとに、小さい会社向けに翻訳します。

4つの部品を、社員30人の会社に翻訳する 1 道具を1つ、全員に 社長の道具を同じ形で 渡すだけで前提になる 2 求人票の前に紙1枚 「渡せる形にできるか 」を書いてから採用を 決める 3 評価でなく週の振り 返り 手直し不要だった仕事 を1つ共有し、直しは 手順へ 4 手順を1か所に うまくいった頼み方を 書き溜める。人に残す ものも添える

図:4つの部品を中小企業向けに翻訳する。道具を1つ/求人票の前に紙1枚/週の振り返り/手順を1か所に。

①「前提にする」→ 道具を1つ決めて、全員に渡す。大企業は評価制度で前提を作りましたが、小さい会社では、社長が使っている道具を全員に同じ形で渡すだけで前提になります。使い方の型は一度で伝わる頼み方にまとめています。

②「増員の前に関門」→ 求人票を書く前に、1枚の紙を挟む。「この仕事は、渡せる形にできるか」を書く紙です。採用・外注・AIのどれで埋めるかの決め方は採用か、外注か、AIかに書きました。関門は、採用をやめるためではなく、採用する仕事を選ぶためにあります。

③「評価に組み込む」→ 評価ではなく、週の振り返りに入れる。小さい会社で人事評価にAI活用を入れると、身構える人が増えます。代わりに、週に一度「AIに任せて手直しが要らなかった仕事」を1つ共有します。直しは手順に戻します(→同じ手直しを、二度させない)。

④「学びを共有する」→ 手順を1か所に貯める。大企業は社内の仕組みで学びを回しますが、小さい会社では、うまくいった頼み方を1か所に書き溜めるだけで足ります。

そして、翻訳の最後に「何を人に残すか」を書き添えます。ここが抜けた宣言は、海外でも国内でも同じ受け取られ方をします。

よくある失敗は、3つに決まっている

  • 言葉だけ借りる:「AIファーストで行く」と言い、部品を渡さない。→ 道具1つと紙1枚を、宣言と同じ日に配る
  • 人に残すものを言わない:削減の予告として受け取られる。→ 判断・責任・謝りに行く役は人、と先に言う
  • 件数だけを見る:処理件数が増えて満足し、品質の低下に気づかない。→ 人にたどり着ける経路を残し、週の振り返りで手直しの量を見る

3つとも、AIの性能ではなく、宣言の設計の問題です。

よくある質問

Q. 社員数十人の会社で、宣言する意味はありますか?
A. あります。ただ、朝礼で宣言するより、求人票を書く前の紙1枚を決めるほうが効きます。小さい会社では、社長が手続きを1つ変えれば、それがそのまま宣言になります。

Q. 海外の事例は、日本の会社に当てはまりますか?
A. 雇用の慣行が違うので、外部委託の縮小や人員削減の部分はそのまま当てはまりません。当てはまるのは、増員の前に問いを挟むという手続きと、伝え方の失敗のほうです。部品に分けて読むのは、そのためです。

Q. 宣言の後、成果はいつ見えますか?
A. 3社の文書にも、成果の時期は書かれていません。ベンチャーネットの経験では、最初に見えるのは売上ではなく「増員せずに済んだ仕事が1つあった」という事実です。それが積み上がる前に宣言を評価すると、たいてい早すぎます。

まとめ:宣言は、前提の切り替えを社内に見せる手続き

海外のAIファースト宣言は、人を減らす話ではなく、増員の前に問いを1つ挟む手続きの話でした。部品は4つ。前提にする、関門を置く、評価に組み込む、学びを共有する。そこに「何を人に残すか」を添えると、宣言は削減の予告ではなく、前提の切り替えとして受け取られます。伝え方を直した会社も、任せる範囲を戻した会社も、宣言そのものは取り下げていません。

難しいのは、自社の仕事のどれが「渡せる形にできる」のかを、社内の人だけで見分けることです。毎日その仕事をしている人ほど、渡せないと感じます。ベンチャーネットは、自社でこの手続きを回しながら、FDE型の伴走としてお客様の会社の宣言を設計まで落としています。1年後には、求人票を書く前の紙が当たり前になり、増員した仕事と渡した仕事の両方が説明できている。それが、宣言が根づいた状態です。次に増員を考える仕事を1つ持ち寄って、まず壁打ちから。

次に読むなら

「AIファースト経営の定義から確かめたい」
→ AIファースト経営とは——DX・AXとの違いと、「人が足りない前提」をやめる3つの切り替え

「実際に何が任せられているか知りたい」
→ ここまでできるバーチャル社員——国内外の実例から見る「AIに任せられる仕事」の現在地

「採用・外注・AIの決め方を知りたい」
→ 採用か、外注か、AIか——中小企業の人手不足、どれで埋めるかの決め方

「何を人に残すか、線を引きたい」
→ バーチャル社員に決めさせないことを、先に決める——社長が引く3本の線

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この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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