「AIを入れる」と言ったとき、社内に流れる空気
会議で「これからAIを使っていこう」と話したとします。
そのとき、何人かの表情が少し変わったのに気づいたことはないでしょうか。誰も口には出しません。ただ、頭の中では別のことを考えています。自分の仕事は、どうなるのか。
経営者の側に、そんな意図はありません。人手が足りないから使うのであって、減らすために入れるわけではない。
けれど、言葉が足りていないと、そう受け取られます。世の中には「AIで人員削減」という話が流れていますから、結びつけて考えるのは自然なことです。
この記事は、その居心地の悪さから始めます。
中小企業の現実は、むしろ逆である
まず、事実の確認から入ります。
AI=人員削減という図式は、少なくとも多くの中小企業の実態とは合っていません。逆のことが起きているからです。
募集をかけても、人が来ない。
求人を出す。反応がない。条件を上げる。それでも来ない。この経験をしている会社は、少なくないはずです。なぜ採れないのかという構造については、人手不足の本質と向き合うで扱いました。
そして、もう一つ。
人は、自然に減っていきます。
定年で辞める。家族の転勤で引っ越す。介護が始まる。体調を崩す。誰のせいでもなく、会社に不満があるわけでもなく、人は減ります。数年単位で見れば、確実に起きることです。
この2つを並べると、経営者の目の前にある問いが変わります。
どうやって人を減らすか、ではありません。減った分を、どうやって埋めるか。
そして、その埋め方の一つがAIです。人を減らすための道具ではなく、減った分を埋めて、続けるための道具として。
それでも「切る」を選ばない理由
ここで、正直に書いておきたいことがあります。
理屈のうえでは、AIで作業が減った分だけ人を減らす、という選択もありえます。数字だけを見れば、そのほうが利益は出るように見えます。
ベンチャーネットは、その選択を採りません。優しいからではありません。計算が合わないからです。
理由は3つあります。
同じ人は、採り直せない
長く働いてきた人が持っているのは、作業をこなす能力ではありません。言葉になっていない判断です。
あの取引先は、納期より仕上がりを気にする。この工程で手を抜くと、3か月後に必ず戻ってくる。この材料は、季節によって扱いが変わる。あの担当者は、電話より訪問のほうが話が早い。
どれも、求人票には書けません。マニュアルにも載っていません。何年もその仕事をして、失敗して、覚えてきたものです。
同じ経歴の人を採用しても、これは付いてきません。ゼロから、また何年もかけることになります。
切れば、二度と戻らない
一度辞めてもらった人は、戻ってきません。
景気が持ち直したから、また来てほしい。そう言っても、その人はもう別の場所にいます。しかも、いま採用市場は求職者の側が選ぶ状況です。出ていった人が戻る前提で計画を立てるのは、現実的ではありません。
減らすのは一瞬で、増やすのは何年もかかる。 この非対称が、判断を難しくしています。
人にしかない部分の比重が、上がっていく
3つ目が、いちばん先の話です。
AIが広まると、文字にできる仕事は誰でも同じようにこなせるようになります。調べる、まとめる、書く。ここは差がつかなくなっていきます。
では何で差がつくのか。文字にできない側です。 現場の勘、取引先との間合い、なぜそう決めたのかという理由。つまり、長く働いた人が持っているもの、そのものです。
文字にできる仕事の価値が下がる時代に、文字にできないものを持つ人を先に手放す。これは、順序が逆になっています。
切らないのは優しさではなく、計算の結果です。
もちろん、この計算がどの会社でも同じ答えになるとは限りません。事業の中身によって、何が代えのきかないものかは違います。ただ、計算してみる価値はあります。
なお、これから新しく人を雇うかどうかは、別の問いになります。そちらは「雇わない」は、冷たい経営かで扱いました。この記事が扱っているのは、いま一緒に働いている人の話です。
それでも、AIで埋まらない部分は残る
ここで、都合の良いことだけを書くわけにはいきません。
AIを入れれば全部埋まる、という話ではありません。
人が減るペースと、AIが仕事を引き受けられるようになるペースは、揃いません。3人抜けた年に、AIで3人分が埋まる保証はどこにもない。苦しい年は来ます。
そのとき何を諦め、何を残すのか。ここには、この記事で答えを出せません。会社によって、残すべきものが違うからです。
ただ、一つだけ言えることがあります。
切らないと先に決めてあれば、その年に「まず人を減らす」という選択肢を検討せずに済みます。
選択肢が減ると、判断は速くなります。何を削るか、どの仕事をやめるか、どこに絞るか。考える範囲がはっきりしているからです。逆に、人を減らす案が常に机の上にあると、他の手を探す力が鈍ります。
決めておくというのは、そういうことです。
過渡期を設計するのが、経営者の仕事
切らないと決めたなら、やることは決まってきます。
一つ目。その人が持っているものを、会社に残す。
言葉になっていない判断を、少しずつ言葉にしていく作業です。本人に語ってもらい、記録する。この進め方はベテランの「感覚」を、言葉にして残すで扱っています。
大事なのは、これが本人を置き換えるための作業ではないことです。その人が休んでも仕事が止まらないようにするための備えであり、本人が安心して休めるようにするための準備でもあります。
二つ目。誰かが抜けても止まらない形にする。
自然減は、いつ起きるか選べません。備え方はあの人が明日、来なくなったらに整理しました。
三つ目。減った分をどう埋めるか、組織の形から考える。
人数が減っていく前提で、どう回すか。組織の型については人を雇う前に、まず”AI社員”を作るを、人の配置を動かす順序については人を先に動かすをご覧ください。
どれも地味な作業です。ただ、これをやっておくかどうかで、人が減ったときの揺れ方が変わります。
まとめ——道具の話だけを、伝えていないか
最初の場面に戻ります。
「AIを使っていこう」と伝えたとき、社内に流れた空気。あれは、道具の話だけが伝わったからです。
何のために使うのか。使った先で、自分たちはどうなるのか。そこが語られないと、人は身構えます。当然のことです。
だから、道具の話と一緒に伝えるべきことがあります。 これは減らすためではない。減っていく分を埋めて、いまのみんなで続けていくためだ、と。
これは美談ではありません。長く働いた人が持っているものは、採り直せず、切れば戻らず、そしてAIが広まるほど価値が上がっていく。だから手放さない。それだけの話です。
規模を追わず、続けることを選ぶという考え方は、成長より生存にも書きました。小さいまま続くことは、負けではありません。
ただ、ここに難しさがあります。
その人が持っているものが何なのか、本人も説明できません。 長年やってきたことほど、当たり前になっていて、言葉になっていないからです。そして経営者から見ても、何が失われるのかは、失ってから分かることが多い。
だから、まだ一緒に働いているうちに、外から聞き出しておく価値があります。
ベンチャーネットは、中小企業の経営を「見える化」し、「わかる化」を経て「儲かる化」へつなぐ伴走を続けてきました。人が持っているものを言葉にすることも、その見える化の一部です。
御社のあの人は、何を知っているのでしょうか。一度、一緒に聞き出してみませんか。
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