月末の会議で、営業部と経理の資料で売上の数字が違う。聞けば、営業は自分たちで作った案件管理アプリから数字を出していた。
一方で、そのアプリがなければ現場は回らない。ERPの検討が始まると、「基幹システムを入れたら、現場のアプリは捨てるんですか」とよく聞かれます。
捨てる必要はありません。片方だけで会社が回ることは、あまりないからです。お金と在庫が動く記録はOdoo(オドゥー:オープンソース由来のERP)に、部署固有の手順は現場のアプリに。問われているのは「どちらを選ぶか」より、「どこに線を引くか」です。
ローコードツールとは、プログラムをほとんど書かずに業務アプリを作れる仕組みです。一方のERP側は、1つの項目が会計や在庫の締めに影響するため、安易に変えない設計です(ERPとローコードツールの性質の違い)。
線を引いて併用すると、たとえば次のことが変わります。
- 営業と経理が、月末会議で同じ売上の数字を見る
- 現場は、思いついた変更をすぐアプリに反映し続けられる
- 受注の理由になっている自社の型を、平らにせずに残せる
- 正のマスタが決まり、数字の突き合わせの手間が減る
ただし、ローコード側の作り込みが膨らみ、手に負えなくなることもあります。その場合はAIスクラッチ開発も選択肢です(開発費と保守費は別途かかります)。
では、その線はどう引けばよいのか。ベンチャーネットは、それを「Fit to Company Standard」と呼ぶ考え方で決めています。良い点と気をつけることは、併用の良い点と、気をつけることに並べました。
どちらか一方を選ぶ比較は、両者の違いを選択の観点で整理した記事にあります。
CommunityとEnterpriseの区別について
本記事で触れるOdoo Studio(ノーコードで画面や項目を調整する機能)は、Enterprise版の中でもカスタムプランが前提です。スタンダードプランには含まれません。Community版では同じ調整に開発が必要で、線の引き方も変わります。
「ERPかローコードか」は二択ではない
ローコードツールとは、プログラムをほとんど書かずに業務アプリを作れる仕組みです。申請書や台帳を、現場の担当者が自分で形にできます。
こうしたアプリは、正式な検討を経ないまま増えていく。気づけば数十個が日々の業務を支えている会社もあります。
その状態でERPを検討すると、話が極端に振れがちです。すべてをERPに寄せれば、現場の細かい手順まで標準機能に押し込むことになります。逆にすべてを現場のアプリに残せば、全社の数字を突き合わせる作業が毎月残る。
現実的な答えは併用です。そのうえで、どこまでをどちらに任せるかを先に決めます。
ERPとローコードツールの性質の違い
記録の性質が違う
ERPは、会社共通の記録を正しく保つ仕組みです。受注、在庫、請求、仕訳がつながり、経緯をたどれます。
ローコードツールは、現場が自分の手順を素早く形にする仕組み。今月始まった運用にも、即日で対応できます。
変更の速さが違う
ローコード側は、思いついた変更をすぐ反映できます。ERP側は、そう簡単には変えません。1つの項目が、会計や在庫の締めに影響するからです。
変更してよい範囲が違う
いちばん大きい違いは、ここにあります。ローコード側は、壊しても影響が部署の中に収まる。ERP側は、壊すと決算や監査にまで影響が及びます。
ERP側は変えにくいのではなく、安易に変えない設計だと捉えるほうが正確です。
Odooとローコードツールの線をどこに引くか
線引きは、感覚ではなく性質で決めます。ベンチャーネットが出発点として使う判断軸は、次のとおりです。
| 判断軸 | ERP(Odoo)側に置く | ローコード側に置く |
|---|---|---|
| お金と在庫が動く記録 | 受注、仕入、在庫、請求、仕訳 | ー |
| 監査や税務で追われる記録 | 取引の経緯、承認の履歴 | ー |
| 全社で同じ定義が必要なもの | 顧客・商品などのマスタ | ー |
| 一時的・期間限定の業務 | ー | キャンペーン、臨時の調査 |
| 部署固有の手順 | ー | 現場の申し送り、点検記録 |
| 頻繁に変わる申請 | ー | 社内の細かい届け出 |
迷ったら、「間違ったとき誰が困るか」を考えます。経理と経営が困るならERP側、部署の中で収まるならローコード側です。
自社のアプリを仕分けるチェックリスト
いま動いている現場のアプリを、1つずつ当てはめてみてください。1つでも当てはまれば、Odoo側へ移す候補です。
- □ 金額・数量・在庫の数字を入力している
- □ そのアプリの数字が、会議資料や月次の報告に使われている
- □ 顧客名や商品名を、Odooとは別に手で登録している
- □ 税務調査や監査で、履歴を見せる可能性がある
- □ 作った人が異動・退職したら、誰も直せない
どれにも当てはまらないアプリは、ローコード側に残して構いません。全部を一度に作り直さず、少しずつ移す進め方は、Excelとその人が辞めたら、止まるにまとめています。
Fit to Company Standardという考え方
標準に寄せすぎると、強みまで削れる
パッケージ導入では、業務を標準機能に合わせるFit to Standardが基本です。詳しくは標準に合わせる進め方の記事をご覧ください。
ただ、全業務に徹底すると困ることがあります。他社と違うやり方こそが受注の理由になっている部分まで、平らにしてしまうからです。
「会社の標準」を2層に分ける
そこで、標準に合わせる部分と、自社の型を残す部分を意識的に分けます。ベンチャーネットでは、これをFit to Company Standardと呼んでいます。
会社の標準を、業界共通の型と自社固有の型に分ける考え方です。前者はOdooの標準機能に寄せ、後者はローコード側で形を保つ。
版によって、線の位置が動く
Odoo側で項目や画面をどこまで自分たちで調整できるかは、版によって違います。
| 調整したいこと | Community版 | Enterprise版 |
|---|---|---|
| 画面や項目のノーコード調整 | 対象外(開発が必要) | Odoo Studio |
| 申請と承認の流れ | 標準の基本機能の範囲 | 承認(Approvals)アプリ |
| 複数アプリ横断の集計画面 | 各アプリの一覧・ピボット・グラフ | スプレッドシート機能 |
| 社内の文書・ナレッジの管理 | 対象外 | ドキュメント/ナレッジ |
版ごとの対応範囲は改定されることがあります。導入を検討する段階で、Odoo公式のエディション比較ページで最新の内容をご確認ください。
Community版では、Odoo側の細かい調整に開発が必要です。そのぶん、ローコード側に寄せる業務が増える設計になります。
併用するときのつなぎ方を先に決める
どちらを正とするかを決める
併用で最初に決めるのは、マスタの所在です。マスタとは、顧客や商品など、各業務が共通で参照する基本情報のこと。どちらが正かを1つに定めます。原則は、全社で使う情報をOdoo側の正とすることです。
渡す向きを決める
次に、データを渡す向きを決めます。双方向にすると、不整合の原因を追いにくくなるからです。
連携の考え方は外部システムとの連携を扱った記事にまとめています。
固有業務が多すぎるとき
ローコード側の作り込みが膨らみ、手に負えなくなることもあります。その場合の選択肢が、固有業務をAIスクラッチ開発で作る方法です。開発費と保守費が別途かかる点は、先に見込みます。
規模が大きくなり、海外拠点や連結決算が視野に入るなら、NetSuiteなど上位のERPも検討対象です。
現場のアプリを残したまま線を引く、ベンチャーネットの4ステップ
ベンチャーネットは、併用の設計を次の順で進めます。ERPは、IT部門の話ではなく、数字の出どころを決める経営の話だと考えるからです。
- 現場のアプリを棚卸しする:誰が作り、どの数字を扱い、どの会議で使われているかを一覧にします。作った本人に話を聞くのが近道です。
- 「会議で使う数字」から逆にたどる:経営会議の資料にある数字が、どのアプリから来ているかを確かめます。ここがOdoo側に移す最優先の候補です。
- 業界共通の型と自社固有の型に分ける:業界共通の業務は、Odooの標準機能に合わせます。受注の理由になっている自社の型は、ローコード側に残す案を作ります。
- 正のマスタと渡す向きを決めてから作る:どちらを正とし、どの向きで渡すかを決めてから、Odooの設定と連携に入ります。
この順番を踏むと、Odooが合わない業務もはっきりします。その場合は無理に寄せず、合わないとお伝えします。3〜5年後に拠点や人員がどう増えているかも、線の位置を決める材料です。
Odooとローコードを併用する良い点と、気をつけること
線を引いて併用すると、ERPは記録の正しさを、ローコードは現場の速さを担います。得られることと、先に覚悟しておきたいことを並べます。
良い点は、次の5つです。
- 現場のアプリを捨てずに済む:すべてが作り直しになるわけではない。部署固有の手順は、現場のアプリに残せる
- 全社の数字がそろう:お金と在庫が動く記録をOdoo側に置き、営業と経理が同じ数字を見る
- 現場の速さを保てる:ローコード側は、思いついた変更をすぐ反映できる
- 強みの型を平らにしない:業界共通の型はOdooの標準機能に寄せ、自社固有の型はローコード側で保つ
- 決算・監査の記録を守れる:ERP側は安易に変えない設計で、受注から仕訳までの経緯をたどれる
気をつけることは、次の4つです。
- 同じデータが2か所にできる:片方だけ更新された時点で数字が合わなくなる。正を1つに決め、もう片方は参照に徹する
- 作った人しか直せないアプリが増える:担当者の異動とともに中身が分からなくなる。半年に一度、用途と管理者を確認する
- 版で線の位置が動く:Odoo Studioは、Enterprise版の中でもカスタムプランが前提。Community版では、Odoo側の細かい調整に開発が必要
- 固有業務が膨らむことがある:ローコード側が手に負えなくなれば、AIスクラッチ開発も選択肢。開発費と保守費は別途かかる
失敗の具体的な形はローコード併用でよくある2つの失敗、マスタと渡す向きの決め方はつなぎ方を先に決めるで扱っています。
ローコード併用でよくある2つの失敗
失敗1:同じデータが2か所にできる
ローコード側にも、顧客名や金額を持たせることがあります。最初は快適ですが、片方だけ更新された時点で数字が合わなくなる。対策は、正を1つに決め、もう片方は参照に徹することです。
失敗2:作った人しか直せないアプリが増える
現場のアプリは、担当者の異動とともに中身が分からなくなります。棚卸しのルールがないと、残るのは使われないアプリばかりです。半年に一度、用途と管理者を確認する場を設けます。
作れる人が増えたあとに来る「動かし続けるコスト」の話は、作れるようになった会社が、次にぶつかる壁にまとめています。
よくある質問
現場で作ったアプリは、Odooを入れたら作り直しになりますか?
すべてが作り直しになるわけではありません。お金と在庫が動く記録はOdoo側に移し、部署固有の手順は残す整理が現実的です。
Odoo Studioがあれば、ローコードツールは不要になりますか?
不要にはなりません。役割が重なる部分はありますが、同じものではないからです。Odoo Studioはカスタムプランが前提で、Odooの業務データを扱う範囲の調整に向きます。Odooの外の一時的な業務は、ローコード側に置いたままで構いません。
Community版でも同じ併用ができますか?
できますが、線の位置が変わります。Odoo側のノーコード調整が対象外のため、変更には開発が必要です。その前提で、どこまでローコード側に任せるかを決める流れです。
併用すると、管理の手間が増えませんか?
線引きとマスタの所在が曖昧なままだと、増えます。どちらを正とするかが決まれば、数字の突き合わせにかかる手間はむしろ減ります。
Odooとローコードツールを併用するメリットと注意点は何ですか?
記録の正しさはOdooで守り現場の速さはアプリで保てます。
お金と在庫が動く記録はOdoo側に置き、部署固有の手順はローコード側に残します。注意点は、同じデータが2か所にできることと、作った人しか直せないアプリが増えることです。正を1つに決め、用途と管理者を定期的に確認します。詳しくは併用の良い点と、気をつけることにまとめました。
まとめ
ローコードツールとOdooは、競合ではなく役割の違う道具です。
- 多くの会社は、結果として両方を持つことになる
- ERPは記録の正しさを、ローコードは現場の速さを担う
- お金・在庫・監査に関わる記録はOdoo側に置く
- 一時的な業務や部署固有の手順はローコード側に置く
- Odoo Studioでの調整は、Enterprise版のカスタムプランが前提になる
線引きを決めた会社では、1年後の月末会議で、営業と経理が同じ売上の数字を見ています。現場は新しいアプリを自由に作り続け、会社の記録はOdooの1か所にそろっている。前提となる考え方は、中小企業のERPをまとめた記事でも扱っています。
もう少し詳しく知りたい方へ
ベンチャーネットは、ERP導入支援を手がける会社です。NetSuite・Odoo・AIスクラッチ開発を扱い、SAPからのリプレイスにも対応しているため、特定の製品に偏らない立場でご提案できます。
「現場のアプリとERPの線引きを、どう決めればよいか分からない」という整理から、ご相談を承っています。
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