この記事でわかること
- 説得せず、否定できない一点を残す「楔」という言葉の力
- 答えを渡さないほうが、人は考え続けるという指導のかたち
- 続けさせるのは先達の言葉と、外をよく見ている手応えだという話
前回は、趙州が師のもとで悟りを開いたときの問答を読みました。
では、老師自身はどう始まったのか。同じ対談に、その話が出てきます。
読んで驚いたのは、老師が一度、坐禅をやめて家に帰っていることでした。それでも老師は戻ってきて、坐禅を続けます。
では、何が老師を戻したのか。
二度と来るものかと、家に帰った
老師が抱えていたのは、生死の問題でした。
師匠は、その質問をじーっと聞いておられて、こう答えたそうです。坐禅をして見性すれば解決する。
見性とは、自分の本当の性質を体験として見ることです。悟りの入口とされる言葉です。
では、どうしたら見性できるのか。さらに尋ねると、師匠は足を組んで、姿勢を整えて、息を整えて——と坐禅の方法を教えてくれた。
ところが、早速やってみた老師はこう思います。
こんなことをやって自分の重大な生死問題が解決するはずがない。
全く馬鹿らしくなり、二度と坐禅に来るものかと家に帰った——誌面には、そう書かれています。
聞き手は、こう受けています。坐禅に意義を見出せなかった、と。
楔は、たった一語だった
ところが、老師は戻ってきます。
戻した力は、説得ではなく、師匠の言葉の中のたった一語でした。
坐禅をして”見性すれば”解決する
老師は、この「すれば」に楔があったと言っています。お師匠の策略じゃないかと思うんですけど、とも。
理屈はこうです。
見性もしていない自分が、長い歴史を持つ禅を早々に批判するのは間違いだ。
だから、見性するまでは頑張ろうと考えて、再び坐禅会に参加するようになった。
図1 楔は、否定できない一点を残しておく——批判は成り立つが、批判する資格のほうが先に問われる
それでも、足は痛いし、辞めたいという時が何度もあったそうです。そのたびに、見性していないのだからと思い直して続けた。
そして老師は、こう振り返っています。
この時に参禅を完全に見限っていれば、今日の私はなかったことでしょう。
八年、答えは教えてくれない
その後、老師は接心を知ります。一週間ほど泊まり込みで修行する会のことです。
行われたのは山奥のお寺で、参加者は六人ほど。そこで師匠から、趙州の「無字の公案」を与えられました。
あるお坊さんが、犬に仏性が有るのか無いのかと問うた。趙州は、あるともないとも言わず、ただ「無」とだけ答えた——これが「無字の公案」です。
師匠は、その「無」を見てこいと言う。どうやって見るのですかと聞いたら、姿勢を正し、吸って、吐いてぐーっとやれば「無」とおっしゃる。
老師は、もうシャカリキだったと言います。
何か感じたことがあれば、独参に行く。独参とは、師のところへ自分の考えを示しに行くことです。ところが、いくらやっても答えは教えてくれない。
それが何度も続き、さすがの師匠も、独参は一日二回に留めなさい、と言ったそうです。誌面には、ここに(笑)が入っています。
図2 答えを教えない、という指導——老師は「師匠もよく我慢して付き合ってくれた」と振り返っている
老師は、自分もよく続けたと思うが、師匠もよく我慢して付き合ってくれたと言っています。昔の師匠だから我慢できたのではないか、いまの人は弟子が可哀想になってそこまではできないかもしれない、とも。
実際、途中で辞めていく人は多かった。師匠は、来る者は拒まず、去る者は追わずという感じだったそうです。
老師は、勤めを持ちながら修行を続け、接心には二十回以上参加しただろうと語っています。
そして八年くらい経った頃。ある接心で、師匠がいつものように提唱——禅の古典の講義です——をされた。その最初のひと言を聴いた途端、ぱっと分かった。
一九五七年、二十五歳のことでした。
ただし、老師はこう続けます。見性すれば全部分かると思ったら、そうではなかった。
誌面の老師の写真には、こんな言葉が添えられています。
覚悟を持って真剣に坐禅を続ければ誰もが悟りを得ることができる。お釈迦様はその見本を示すために人間界に現れたのだと思います
私を踏みとどまらせたのも、言葉だった
私にも、やめようと思ったことが何度もあります。踏みとどまったとき、そこにあったのはやはり言葉でした。
一つは、稲盛和夫さんの、もうだめだと思ったところが仕事の始まりだという趣旨の言葉。
もう一つは、岡本吏郎先生の、逃げなければ意味が流れ込んでくるという趣旨の言葉です。
どちらも私の記憶による要約で、逐語ではありません。
それでも、この二つを思い出すと踏みとどまれました。信頼している先達の言葉だからです。
自分で考えて出した結論ではありません。あの人がそう言うのなら、まだ早いのだろうと思って、もう少しだけ続ける。老師の「見性していないのだから」と、形が同じだと思いました。
続けさせていたのは、二つだった
成果が出ないまま続けている時期に、何が自分を続けさせていたのか。振り返ると、二つでした。
一つは、自分を信じること。
もう一つは、外部をよく観察しているという自信です。
私には、二つ目のほうが現実的でした。根拠のない自信では、成果の出ない時期はもちません。支えになるのは、外をよく見ているという手応えのほうです。
見ていれば、変化の兆しに先に気づけます。気づけているなら、いま結果が出ていなくても、置かれている場所が間違っているとまでは言えない。
老師の八年も、ただ耐えていたのではないと思います。独参に通い続けたのは、持っていくものが毎回あったからです。
去る者を追わなかったのは、誰のためか
もう一つ、誌面を読んで手が止まったところがあります。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
私も、引き止めたことと、追わなかったことの両方があります。
振り返れば、どちらも自分のためでした。時間をつくるためだけの判断だったこともあります。引き継ぎさえ済めば、すぐ辞めてもらってかまわない、と思っていた時期もあります。
師匠の「去る者は追わず」は、ここが違うのだと思いました。
弟子のために追わなかったのか、自分のために追わなかったのか。私は後者でした。
形だけ見れば、どちらも同じ「追わない」です。違いは、残っている人に何が伝わるかのほうに出ると思います。
追わない理由が自分の都合なら、残った人はそれを見ています。そのうえで、次に出ていくかどうかを決めている。
老師の師匠が八年付き合えたのは、追わなかったからではなく、扉を開けたままにしていたからでした。答えは渡さないが、独参には毎回付き合う。追わないことと、閉めることは別だったのだと思います。
まとめ——続けられるように、しておく
この対談から私が受け取ったのは、三つです。
- 楔は一語で足りる。師匠は説得していません。否定できない一点を残しただけでした
- 答えを渡さないほうが、考え続ける。八年の往復を成り立たせたのは、教えなかった側の我慢でもありました
- 続けさせるのは、外の言葉と内の手応え。先達の言葉と、よく見ているという自信の両方が要ります
心を高める、経営を伸ばす。
高めるには、まず続いていなければなりません。続けられるようにしておくこと自体が、高める仕事の一部なのだと読みました。
自分が続けられるようにしておくこと。そして、人が続けられる場所を、自分の都合で閉めないこと。この二つだと思います。
あらゆる出逢い、出来事が人生の原点であり転機とは、どういうことなのか。次回は、同じ対談の後半に入ります。
明日、一つだけやってみる
成果が出ずに足踏みしている部下を、一人思い浮かべてください。答えを渡す代わりに、相談にはいつでも付き合える扉を開けておいてみてください。
よくある質問
Q. 「楔を打つ」というのは、相手を言いくるめることですか。
違うと読みました。
師匠が残したのは、事実です。まだ見性していない、というのは本当のことでした。嘘や誇張で引き止めたわけではありません。
言いくるめは後で崩れます。事実は崩れません。だから八年もったのだと思います。
Q. 答えを教えないのは、ただの放置ではありませんか。
放置との違いは、受け取り続けたかどうかだと思います。
師匠は、答えは渡さないけれど、独参には毎回付き合っています。一日二回に留めなさい、という言葉が出るくらいには受けている。扉は開けたまま、答えは渡さないという形です。
Q. 八年も成果が出ないのは、さすがに長すぎませんか。
長いと思います。そして、辞めた人のほうが多かったと誌面にも書かれています。
ですから、続いたことを美談にはできません。私が読み取ったのは、続いた人には続けられる仕掛けが残されていた、ということのほうです。
出典
- 『致知』2021年8月号「修養の道、限りなし」(特集「積み重ね 積み重ねても また積み重ね」)本文13ページ。対談形式
- 「坐禅をして見性すれば解決する」「ここに楔があった」「お師匠の策略じゃないかと思うんですけど」「この時に参禅を完全に見限っていれば今日の私はなかったことでしょう」は、老師の発言として同誌に載っているもの
- 「無字の公案」の内容、接心の様子、独参を一日二回に留めるよう言われたこと、途中で辞めていく人が多かったこと、「来る者は拒まず、去る者は追わず」、接心二十回以上、八年、一九五七年・二十五歳での見性は、いずれも同誌の記述による
- 引用ブロックの「覚悟を持って真剣に坐禅を続ければ誰もが悟りを得ることができる。お釈迦様はその見本を示すために人間界に現れたのだと思います」は、同誌に掲載された老師の写真に添えられたキャプション
- 「見性」「独参」「接心」の語釈は、一般的な意味をもとにした筆者の補足です。「提唱」は同誌に(禅録の講義)と添えられています
- 老師の実名、老師の師匠のお名前、聞き手のお名前は、本記事では記載していません。寺名も同誌に記載がありません
- 稲盛和夫さん・岡本吏郎先生の言葉として紹介した二つは、筆者の記憶による趣旨の要約であり、逐語引用ではありません。出典は特定していません
- 踏みとどまった経験、続けさせていたもの、人を引き止めた/追わなかった経験についての記述は、いずれも筆者自身のものです。個人名・社名・時期は記載していません
- 引用はすべて、同誌のスキャン原本を400dpiで展開して字句を確認した(本文13ページ)
- 本記事は『致知』の対談のみを素材としており、坐禅会の録音および『禅の正門』は使用していません
- 本記事は特定の宗教/宗派を評価するものではありません。記述はすべて同誌に載った発言によります
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