税金のための決算書から、外に説明できる決算書へ——会社が大きくなる前に整えること

税金のための決算書と、外に説明するための決算書は、別物です。前者は納税額を計算するために作られ、後者は銀行や取引先、買い手に会社の状態を伝えるために作られます。目的が違えば、求められる作り方も変わります。

この記事では、その違いがどこにあるのか、外に説明する場面が増えてきたときに何を整えればよいのかを整理します。上場を目指す会社だけの話ではありません。

なお、会計基準や税務の個別の判断は、税理士・公認会計士・監査法人の領域です。ここでは一般論として、経営者が押さえておくべき考え方に絞ります。

目次

「この数字の根拠は?」と、聞かれる回数が増えていませんか

会社が少し大きくなると、決算書を見せる相手が増えます。

融資の相談で銀行から。新規の取引で相手先から。事業承継やM&Aの話が出れば、買い手やその顧問から。補助金の申請でも、決算書の提出を求められます。

そして、そこで聞かれることが変わってきます。

以前は「黒字ですか」で済んでいたのが、「この売上はいつ計上したものですか」「この在庫の評価はどう出しましたか」「前期と基準は同じですか」になる。数字そのものより、その数字がどう作られたかを問われるようになります。

このとき、答えに詰まる会社が少なくありません。決算書はきちんと作っている。税務申告も問題ない。それでも、根拠をたどって説明することができない。

理由は単純です。その決算書は、説明するために作られていないからです。

2つの物差しは、逆を向いている

日本の会計には、目的の違う複数の物差しがあります。

税金を計算するための会計は、課税所得を出すためのものです。税法のルールに沿って、益金と損金を計算します。

一方、外の相手に会社の状態を伝えるための会計には、別の考え方があります。1949年に公表され、いまも日本の企業会計の基本に置かれている「企業会計原則」には、7つの一般原則が定められています(真実性・正規の簿記・資本取引と損益取引の区分・明瞭性・継続性・保守主義・単一性)。会社法でも、株式会社の会計は一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとされています(会社法431条)。

このうち、保守主義の原則が効いてきます。健全な会計処理として、収益は遅めに少なめに、費用は早めに多めに見積もる、という考え方です。将来のリスクは先に取り込んでおく、という発想です。

同じ1年でも、物差しで利益は変わる 税金を計算するための会計 目的=納める税額を決める 収益(益金)は、計上されやすい 費用(損金)は、認められる範囲で 結果として 利益は、大きく出やすい 外に説明するための会計 目的=会社の状態を正しく伝える 収益は、遅めに・少なめに 費用は、早めに・多めに 結果として 利益は、小さく出やすい 「利益が減った」のではなく、測り方を持ち替えただけ、ということが起きる

図:目的が違えば、利益の出方も逆を向く。持ち替えたときに驚かないよう、先に知っておく。

つまり、同じ会社の同じ1年でも、どちらの物差しで作るかで利益は変わります。そして外向きの物差しに持ち替えると、利益は小さくなる方向に動くのが普通です。

このことを知らずに準備を始めると、「なぜ利益が減るのか」というところで話が止まります。減ったのではなく、測り方を持ち替えただけなのですが、事前に聞いていないと納得しにくい。

差が出やすいのは、固定資産の価値が下がったときの処理、原状回復のような将来の支出、各種の引当金、株式報酬といった項目です。どれも「将来の負担を先に見込む」という発想から生まれます。個別の要件は基準の改定もあり、自社にどう当てはまるかは専門家の判断が要る領域なので、ここでは「こういう項目でズレる」という程度に留めます。

何が変わるのか——3つ

物差しの話は前提です。実務として整えることになるのは、次の3つです。

求められるようになる3つのこと 1 締めの速さ 遅い数字は、相手の判断に間に合わない。「正確だが遅い」は評価されにくい 2 根拠の残し方 数字から伝票へ、伝票から現物へ。たどれることが問われる 3 数字の粒度 全社合計では答えられない。事業別・商品別に分かれているか

図:整えるのは、この3つ。どれも決算書の見た目ではなく、作り方の話。

1. 締めの速さ。決算が確定するのが数か月後だと、相手の判断に間に合いません。融資の審査も、取引の可否も、待ってはくれない。「正確だが遅い数字」は、外向きにはあまり評価されません。この論点は月次決算が「15日後」から「翌日」になるで扱っています。

2. 根拠の残し方。「この売上の内訳は」と問われて、決算の数字から伝票へ、伝票から契約書や納品の記録へとたどれるか。集計の途中がExcelの手作業になっていると、ここで止まります。説明できないのは、記録がないからではなく、つながっていないからです。

3. 数字の粒度。全社の合計しか出せないと、「どの事業が稼いでいるのか」に答えられません。事業別、商品別、拠点別に分けて出せる状態が要ります。ここは経営判断そのものにも効いてくる部分です(限界利益と貢献利益の違いとは?)。

早く締められない会社に、共通すること

3つのうち、いちばん最初に壁になるのが締めの速さです。そして、早く締められない会社には共通点があります。

締めが遅い会社の、3つの共通点 人手に頼っている ・特定の人しかできない ・休むと止まる ・手順が頭の中にある 増員では解決しない (教える側も忙しい) Excelの継ぎ足し ・毎期、少しずつ足した ・作った人しか直せない ・式の根拠が残っていない 動いてはいるが 説明ができない 台帳がつながっていない ・販売は販売ソフト ・在庫は別の表 ・会計はまた別 締めのたびに 突き合わせが要る 3つとも、経理の努力では解決しない 記録の入り方そのものを変える必要がある

図:締めが遅いのは、担当者の能力の問題ではなく、記録の入り方の問題。

人手に頼っている。手順が特定の人の頭の中にあり、その人が休むと止まる。人を増やしても、教える時間が取れないので解決しません。

Excelが継ぎ足されている。毎期少しずつ手を加えてきた表が、いつの間にか誰も全体を把握できないものになっている。動いてはいますが、「この式は何を根拠にしていますか」に答えられません。

台帳がつながっていない。販売は販売ソフト、在庫は別の表、会計はまた別。締めのたびに突き合わせが発生します。合わないと原因探しが始まり、そこで日数が溶けます。

3つとも、経理担当者の努力では解決しません。記録の入り方そのものを変える必要があります。

整えるのは、決算書ではなく記録の側

ここで、企業会計原則のもう一つの原則が効いてきます。単一性の原則です。

株主総会に出すため、信用のため、税金のため。目的が違えば、財務諸表の形式が違ってもかまわない。ただし、もとになる会計記録は、信頼できる一つのものでなければならない——おおよそ、そういう趣旨の原則です。

これは、この記事の結論そのものです。

外に説明できる決算書を作るために、決算書を作り直す必要はありません。整えるべきは、その手前にある記録のほうです。記録が一つにつながっていれば、目的に応じた形で出し分けられます。つながっていなければ、どの形式で出しても根拠をたどれません。

だから打ち手は、会計の話というより、記録の置き方の話になります。

なお、いまの規模で無理に基幹システムを入れる必要はありません。器を変える境目については、ベンチャーネットのNetSuiteは、実験室であるに、判断のための4つの兆候を挙げています。

上場しなくても、効く

ここまで読んで「うちは上場しないから関係ない」と思われたかもしれません。

そうではありません。外に説明できる決算書が効く場面は、上場以外にもあります。

銀行の与信。説明できる数字を持っている会社は、融資の交渉で有利になります。数字の裏づけを求められたときに即答できるかどうかは、信頼の差になります。

事業承継。次の代に渡すとき、数字の根拠が前の経営者の頭の中にしかないと、渡した側も受け取った側も苦労します。

M&A。売る側になっても、買う側になっても、相手の数字を検証する場面が来ます。自社の数字が説明できない状態では、交渉のテーブルで不利になります。

そして中小企業には、簡便な会計のルールも用意されています。2012年2月に公表された「中小企業の会計に関する基本要領」(中小会計要領)は、中小企業の実態に配慮し、税制との調和と事務負担の軽減を図る観点から、実務で必要と考えられる項目に絞って会計処理を示したものです。利用が強制されるものではありませんが、こうした指針があること自体、外に説明できる会計が中小企業にとっても意味を持つ、と考えられている証拠だと言えます。

IPOは、この道の先にある選択肢の一つにすぎません。上場を決めていなくても、整えておいて損はない、というのがベンチャーネットの立場です。

よくある質問

Q. 顧問税理士がいれば、それで足りませんか?
A. 税務申告は税理士の領域です。ここで書いているのは、その手前にある記録の整え方の話です。税理士が正確な申告をしていても、締めが遅い、根拠がたどれない、という状態は起こり得ます。

Q. いつから準備すべきですか?
A. 「外に説明を求められる場面が増えてきた」と感じたときです。実際に求められてから整え始めると、間に合いません。

Q. 費用はどのくらいかかりますか?
A. 何をどこまで整えるかによります。記録の置き方を変えるだけなら小さく始められますし、基幹システムを入れるなら相応の投資になります。器の選び方と費用感は関連記事へ送ります。

Q. 会計基準はどれを使えばいいですか?
A. 会社の状況によります。ここは税理士・公認会計士に確認してください。基準の改定もあるため、この記事では個別の判断には踏み込みません。

Q. 利益が減るのは困るのですが。
A. 外向きの物差しに持ち替えると、利益は小さく出やすくなります。ただ、それは実態が悪くなったわけではありません。むしろ、将来の負担を先に見込んだ数字のほうが、外の相手からは信頼されます。

Q. 何から手をつければいいですか?
A. まず、月次が何日で締まっているかを測ってください。その日数が、いまの状態を一番よく表しています。

まとめ:説明できる会社になる、ということ

税金のための決算書と、外に説明するための決算書は、目的が違います。目的が違うので、利益の出方まで逆を向きます。

外に説明する場面が増えてきたら、整えるのは3つ。締めの速さ、根拠の残し方、数字の粒度です。そして、そのどれもが決算書の見た目ではなく、その手前にある記録の作り方の問題です。

ベンチャーネットは、中小・中堅企業向けにFDE型の伴走支援を行う会社です。数字の基盤(NetSuiteまたはOdoo)と言葉の基盤(Notion)を整え、その上でAIを動かして、業務と経営を組み替える。これをAX(AIトランスフォーメーション=AIを前提に業務と経営を組み替えること)と呼んでいます。この記事で書いた「記録を一つにつなぐ」という話は、その数字の基盤にあたる部分です。

ただ、実際に取りかかるときに難しいのは、会計の知識ではありません。いまの自社が、どこまで整える必要があるのかの見極めです。

早すぎる投資は無駄になりますし、遅れれば実際に説明を求められた場面で困ります。そして厄介なことに、その境目は社内からは見えにくい。毎月なんとか締まっている状態が続いていると、それが遅いのかどうか、比べる相手がいないからです。

「そろそろ整えたほうがいいのか、まだ早いのか分からない」という段階で構いません。いまの締めの日数と、記録のつながり方を見るところから始められます。売り込みではなく、まず壁打ちから。

なお、会計基準の適用や税務の判断については、必ず顧問の税理士・公認会計士にご確認ください。ベンチャーネットが担うのは、その判断を支える記録と仕組みの側です。

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この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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