売上が伸びていた頃は、費用のことを考えずに済んだ
受注が増える。人を採る。事務所を広げる。設備を入れる。
売上が伸びていた時期、多くの会社がこの順序で大きくなってきました。費用も一緒に増えていきましたが、売上の伸びがそれを上回っていたので、問題として浮かび上がりません。
このとき、費用の構造を問い直す機会は訪れません。増えた費用は「成長の証」に見えるからです。
ここで一つ、言葉を確認しておきます。損益分岐点とは、売上と費用がちょうどつり合う点のことです。この売上を超えれば黒字、下回れば赤字になります。計算の仕方は限界利益・貢献利益でわかる「儲かる化」の物差しで扱っていますので、そちらをご覧ください。
この記事で扱うのは、計算ではありません。この点は固定されたものではなく、動かせるという話です。そして、どこに動かすかを決めるのは、経営者の仕事です。
縮む市場では、固定費だけが残る
市場が縮み始めると、何が起きるか。
売上は、市場に合わせて下がります。取引先の発注量が減れば、こちらの売上も減る。これは自社の努力とは別のところで進みます。
問題は、費用のほうです。売上は市場に連動して下がるのに、固定費は同じようには下がりません。
正社員の給与は、受注が減ったからといって減りません。事務所の家賃も、設備のリース料も、契約期間が残っていれば払い続けます。この性質を、費用の下方硬直性と呼びます。上がるときは軽やかに上がるのに、下がるときは重い。
売上は市場に連動して下がりますが、固定費は待っていても下がりません。
数字で見ると、変化の大きさがわかります。かりに売上が2割落ちたとします。仕入や外注などの変動費は、売上に連れて減ります。しかし固定費はそのままです。すると、売上から変動費を引いた残り(限界利益)で固定費を賄いきれなくなります。売上が2割減ったのに、利益は消える。こういうことが起こります。
多くの会社が、ここで「売上を戻そう」とします。営業を強化し、新しい引き合いを探す。もちろん必要な努力です。
ただし、市場そのものが縮んでいるなら、以前の売上水準に戻すのは容易ではありません。戻らない売上を前提に、費用の構造を組み替えるほうが確実です。
つまり、こういうことになります。売上を分岐点まで戻そうとするのではなく、分岐点のほうを売上に合わせて下げる。
1本目の線——損益分岐点を、どこに置くか
損益分岐点とは、要するに収支の均衡点です。そして、この点は動かせます。
どこに置くかを決めることが、儲かる化の中身だと考えています。動かす方向は、大きく2つあります。
方向1:限界利益率を上げる
売上から変動費を引いた残りが、限界利益です。この率が上がれば、同じ売上でも固定費を回収しやすくなり、損益分岐点は下がります。
打ち手は、値決めと商品構成です。安く受けて量で回す仕事の比率を下げ、残る率の高い仕事に寄せていく。率をどう読むかは限界利益・貢献利益の物差しに整理があります。
方向2:固定費を軽くする
もう一つは、固定費そのものを減らすことです。ただし、単純に削るという意味ではありません。固定費を、なるべく変動費に置き換えるという考え方です。
仕事量に応じて伸び縮みする費用に変えておけば、売上が下がった月は費用も下がります。手段は外注、SaaS、AIの活用、雇用によらない働き手など複数あり、業務ごとに向き不向きがあります。選び方は固定費を変動費に変える4つの選択肢で、稼働の面から実装する方法は稼働を可視化し固定費を変動費化するで扱っています。
なお、自社の費用がどちらの性質を持つかは、帳簿の科目名だけでは判断できません。ここが実務の入口で、いちばんつまずきやすいところです。
決めるのは、水準そのもの
手段は上の記事群に譲ります。この記事で申し上げたいのは、その手前のことです。
損益分岐点を、どの水準に置くと決めるのか。
市場が3年で2割縮むと見るなら、分岐点も2割下の水準に置く必要があります。この見立てと決断は、外注できません。手段は任せられても、どこに線を引くかの判断と責任は、経営者の手元に残ります。
2本目の線——撤退ライン
もう1本、引いておきたい線があります。撤退ラインです。
この線が必要な理由は、はっきりしています。渦中では決められないからです。
売上が落ち始めた事業を前にすると、判断は鈍ります。ここまで投じた費用が惜しい。担当者の顔が浮かぶ。あと半年で持ち直すかもしれない。どれも自然な感情で、そして判断を先送りさせます。
だから、まだ冷静でいられるうちに決めておきます。線の要素は3つです。
- 何の指標で判定するか:売上か、限界利益か、貢献利益か
- どの水準を下回ったら撤退か:具体的な数字で
- いつ判定するか:四半期ごと、半期ごとなど、時期を先に決める
ここで強調したいことがあります。撤退ラインは、負けを認めるための線ではありません。
線が引いてあると、それまでは迷わず攻められます。どこまでやったら退くかが決まっていれば、そこに至るまでは全力で押せる。線がないほうが、かえって及び腰になります。
守りの白旗ではなく、攻めるための取り決めです。
撤退は、次の一手の原資になる
撤退すると、何が空くか。人と、時間と、お金です。
これが次の一手の元手になります。縮む市場から引いた分を、伸びる領域に振り向ける。撤退とピボット(方向転換)は、切り離せない一対のものです。
判断の助けになる問いがあります。経営学者ドラッカーが示した、「もしこれを今やっていなかったとして、今から始めようと思うか」という問いです。答えがノーなら、それは手放す候補になります。今までに投じたものを一度脇に置いて、まっさらな状態から見直させてくれる問いです。この考え方は計画的廃棄——昨日を捨てなければ、明日はつくれないで詳しく扱っています。
やめる対象は、事業だけではありません。社内で使っている仕組みやツールも同じです。作ったときは安く済んでも、動かし続けるには手間がかかります。この話は増えたツールを「動かし続ける」コストの話に整理があります。
縮む局面で会社をどう組み立て直すか、その全体像はスマートシュリンクとはをご覧ください。賢く縮んで、強く伸びるという考え方です。
よくある質問
Q. 撤退ラインを決めると、社員のやる気が下がりませんか?
線の伝え方によります。「ここまでで見切る」とだけ伝えれば、士気は下がります。
伝えるべきは、線とセットの中身です。この水準までは全力で支援すること、線に達した場合に人をどう扱うかを先に決めてあること。この2つがあれば、線はむしろ安心材料になります。事業をたたむことと、人を切ることは別の話です。ここを分けて伝えることが、いちばん大事です。
Q. 固定費を減らすと、市場が回復したとき対応できないのでは?
そのとおりで、だからこそ「減らす」ではなく「変動費に置き換える」なのです。
仕事量に応じて伸び縮みする形にしておけば、回復したときは増やせます。固定費として抱え込んだ場合と違い、増減の判断がその都度できます。波に対して、強くなる方向の組み替えです。
Q. 2本の線は、どのくらいの頻度で見直すべきですか?
損益分岐点は年に1度、撤退ラインは四半期ごとの判定を目安にするとよいと考えています。
大事なのは、業績が悪化したときに慌てて見直さないことです。悪いときに引き直した線は、たいてい甘くなります。カレンダーで決めた時期に、淡々と点検する。この運用のほうが機能します。
まとめ——線を引くのは、経営者にしかできない
儲かる化とは、売上を増やすことだけを指す言葉ではありません。損益分岐点を、市場の局面に合わせて動かすことです。
拡大期には、費用も一緒に増やして構いませんでした。売上の伸びが上回っていたからです。縮む局面では、同じやり方は通じません。売上は市場に連れて下がり、固定費は待っていても下がらないからです。
だから、2本の線を引きます。1本目は分岐点をどこに置くか。2本目は、どこまでいったら退くか。前者は日々の構えを決め、後者は判断が鈍る前に決めておく取り決めです。
どちらも、外に投げられない判断です。手段は選べても、どの水準に線を引くかは、その会社の未来をどう見るかと不可分だからです。
ただし、一つ難しいことがあります。
自社の費用のうち、どれが本当に固定費なのか。この見分けが、実務では思いのほか難しいのです。外注費は変動費に見えて、契約上は毎月一定額かもしれません。リース料も、人件費も、契約の形によって性質が変わります。長く払い続けているものほど、当たり前の風景になり、性質を問い直す機会がありません。
この仕分けが揃っていないと、そもそも分岐点が正しく描けません。線を引く前の、地味だけれど欠かせない作業です。
ベンチャーネットは、中小企業の経営を「見える化」し、「わかる化」を経て「儲かる化」へつなぐ伴走を続けてきました。線を引くのは経営者の仕事ですが、線を引くための地図を一緒に描くことはできます。
御社の費用が、いまどういう形をしているか。一度、外から並べてみませんか。
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