「うちのお客様は、幅広いんです」
「御社のお客様は、どんな方ですか」
そう尋ねると、多くの経営者がこう答えます。
「うちは幅広いですよ。いろんな業種の方に来ていただいています」
悪い答えではありません。むしろ、誰のことも大切にしてきた証でもあります。間口を広く、来る人は拒まず。長く商売を続けてきた会社ほど、自然とそうなります。
ただ、ひとつだけ立ち止まって考えてみたいことがあります。
その「幅広い」は、考え抜いた末にたどり着いた答えでしょうか。それとも、昔からの付き合いが積み重なって、いつのまにかそうなっていた——という結果でしょうか。
この問いに、すぐ答えが出ない。もしそうだとしたら、それはあなたの会社の弱さではありません。ほとんどの会社が、同じところに立っています。
なぜ「全員」では、戦略にならないのか
ベンチャーネットが経営を学び直すなかで、何度も引き戻された問いがあります。
ドラッカーの「われわれの顧客は誰か」という問いです。
ドラッカーは、企業の目的をたった一言で定義しました。「顧客の創造」です(『現代の経営』)。利益でも、売上でもなく、顧客をつくること。そして、その顧客が誰なのかによって、事業そのものが決まる、と言いました。
ここが、最初のつまずきどころです。
「顧客は誰か」と聞かれて「全員です」と答えるのは、一見すると優しさに見えます。けれど裏を返せば、誰に向けて何を提供するかを、まだ決めていないということでもあります。
たとえば、ある人は「安くしてほしい」と言い、別の人は「高くてもいいものがほしい」と言います。両方に応えようとすると、事業は引き裂かれます。安さを求める人を選べば、安さで戦う事業になる。質を求める人を選べば、質で戦う事業になる。
つまり、顧客を選んだ瞬間に、提供すべきものが決まるのです。
「全員」と答えることは、この大事な意思決定を、まだ入れていないということ。考え抜いた結果がたまたま今と同じ顧客だったとしても、そこに「決めた」という一手が入っているか。それだけで、会社の足腰はまるで変わってきます。
顧客を決めることは、事業を決めること
ドラッカーは、こうも言っています。「われわれの事業は何か」に答えるには、まず「われわれの顧客は誰か。どこにいるか。彼らにとっての価値は何か」を問わなければならない、と(『マネジメント』)。
事業が先にあって、顧客が後から来るのではありません。順番は逆です。顧客を定めることが、事業を定めることなのです。
そして、ドラッカーはこの意思決定を、論理だけでは導けないものだと言いました。データを並べれば自動的に答えが出る、という種類のものではない。最後は勇気のいる決断であり、だからこそ経営者にしかできない仕事だ、と。
ベンチャーネットが、この問いから受け取ったことが、もうひとつあります。
「あなたが顧客を選ぶのではない。顧客があなたを選ぶ」という考え方です。
これは、矛盾しているように聞こえます。顧客を決めるのは自分なのに、選ぶのは顧客だ、と言うのですから。けれど、こういうことだと受け取りました。
こちらが顧客を定めたら、次にやるべきは売り込むことではない。その人たちから「選ばれる状態」をつくることだ、と。
ドラッカーは、マーケティングの理想を「販売を不要にすること」と表現しました。売り込まなくても、自然に選ばれる。そこまで顧客を理解し、応えきる。それが、顧客を決めたあとに待っている本当の仕事です。
顧客を絞ることは、相手を狭めることではありません。選んだ相手に、深く応えるための覚悟です。
顧客を「全員」と置くと、自社の力は四方に散らばり、どこにも深くは届かない。顧客を一つに「決める」と、同じ力が一点に集まり、選んだ相手に深く届く。
顧客は、絞るほど見えてくる
とはいえ、「絞る」と聞くと、不安になるのが普通です。客を減らすようで怖い。せっかくの間口を、自分から狭めるなんて——。
その不安は、もっともです。実際、顧客を絞り込む決断には、痛みが伴います。今までのお客様の一部に、別の道を選んでもらうことになるかもしれません。
それでも、絞ることには、絞った人にしか見えない景色があります。
顧客は、業種や会社の規模だけで分けるものではありません。「どこにいるか」「いつ必要とするか」でも定義できます。たとえば「車で三十分以内の距離にいる人」と決めれば、すぐ駆けつけられることが強みになります。遠くの大きな競合には、できないことです。
「誰が決めて、誰が払い、誰が使うのか」を分けて考えることもできます。同じ商品でも、選ぶ人と、お金を出す人と、実際に使う人が違うことは珍しくありません。そのそれぞれが、別の「顧客」です。
そしてもうひとつ。今すでに、長く付き合ってくれている顧客がいるなら、その人たちこそが答えを教えてくれます。なぜ、買い続けてくれているのか。何を価値だと感じているのか。それを聞いたことがあるでしょうか。
ドラッカーは、既存の顧客だけを見ていると会社は没落する、とも警告しました。だから、まだ顧客になっていない人——「非顧客」にも目を向けよ、と。変化は、いつも自分の見えていない側から始まるからです。
顧客は誰かを、突き詰めて考えるほど、提供すべきものがくっきりと見えてきます。これは、絞ることをためらっているうちは、決して手に入らない視界です。
ただ、ここには落とし穴もあります。「絞れた」と思った瞬間が、いちばん危ない。自分にとって都合のいい絞り方を、正解だと思い込んでしまうからです。
あなたの会社の顧客は、誰ですか
ここまで読んで、こう感じた方もいるかもしれません。「では、ベンチャーネットの顧客は誰なんだ」と。
正直に言えば、ベンチャーネット自身、この問いに完璧な答えを出し終えたわけではありません。事業のかたちが変わるたびに、問い直し続けています。それでも、問いから逃げないことだけは、続けてきました。
ドラッカーの問いを学んだとき、いちばん戒めになったのは「自分の都合のいいように解釈してしまうことの危うさ」でした。問いを、自分が答えやすいかたちに丸めてしまえば、もう問いではなくなります。
だから、あらためてお返しします。
あなたの会社の顧客は、誰ですか。
「全員です」「幅広いです」と答えたくなったとき、その奥に「まだ決めていない」が隠れていないか。一度だけ、立ち止まって覗いてみてください。
その問いに向き合うことが、戦略の最初の一歩になります。
一緒に、問い直してみませんか
顧客を問い直す作業は、ひとりではなかなか進みません。自分の会社のことは、いちばん見えにくいからです。長く中にいるほど、「うちはこういう会社だ」という思い込みが、視界をふさいでしまいます。
だからこそ、外からの問いかけが効きます。
ベンチャーネットは、ドラッカーの問いを自社で実践しながら、中小企業の経営者とともに「われわれの顧客は誰か」を考える伴走を続けています。答えを差し出すのではなく、一緒に問いを深める相手として。
顧客を絞るとは、具体的にどういう市場の選び方になるのか。その実践は、[勝てる市場をどう選ぶか]の記事でも触れています。あわせて、なぜ今あらためて経営を見直すのかについては、[序章]もご覧ください。
「うちの顧客は、本当は誰なんだろう」。そう思い始めたときが、いちばんいい入口です。


