制約こそが生存力を高める「エフェクチュエーション」とバーチャル経営の共通点

企業が生存能力を高めるには、まずトップである経営者が「生存」を強く意識する必要があります。また、単に意識するだけではなく、「生存を意識した意思決定プロセス」を身に着けておきたいところ。そこで注目したいのが「エフェクチューション」という考え方です。エフェクチュエーションは、不確実性が高い時代を生き抜く経営者の意思決定プロセスとして注目されています。エフェクチュエーションは単なる概念ではなく、企業の生存能力を高めるための極めて実務的な考え方です。ここでは、エフェクチュエーションの概要と実際の経営に落とし込む際のヒントを紹介します。

目次

できる経営者の思考をまとめた「エフェクチュエーション」

「エフェクチュエーション」は、起業や新規事業開発において使われる意思決定のフレームワークです。「優秀な起業家の意思決定プロセスを体系化したもの」であり、バージニア大学で教鞭をとるサラスヴァシー教授によって開発されました。また、不確実性が高い状況での効果的な意思決定を支援することを目的としています。

エフェクチュエーションの特徴を一言で表すならば「制約」です。さまざまな制約が前提にあり、そこから効果的な意思決定を行うためのプロセスを描くのがエフェクチュエーションの要諦です。この「制約」があることが、「リソースに限りがある中小企業」の経営者たちから評価されています。

制約を基本とする「エフェクチュエーション」

エフェクチュエーションは5つの原則と3つの資源によって成り立っています。以下はその概略です。

5つの原則

・バード・イン・ハンド(手中の鳥)の原則
手持ち資源、すなわち「知識」「能力」「スキル」「人脈」などを基に行動を開始するという原則です。目標から逆算して資源を集めるのではなく、手持ちの資源で何ができるかを考え、実現しうる結果をデザインするという思考です。

・許容可能な損失の原則
リスクを管理するために、許容できる範囲の損失(時間、お金、労力)などを算出し、そのラインを上回らないように行動するという原則です。要は「撤退ライン」を明確にしておくわけですね。ハイリスクハイリターンを避けて生存可能性を上げつつ、試行錯誤を重ねて徐々に前進していく……という極めて現実的な視点です。

・レモネードの原則
この原則は、アメリカのことわざ(When life gives you lemons, make lemonade.人生がレモンを与えたときには、レモネードを作りなさい。)がもとになっています。少しわかりにくいのですが、要は「予期せぬ出来事を機会として利用する」という思考を表現しているわけです。手持ちのリソースや試行錯誤の結果は、必ずしも自分の意に沿うものとは限りません。予期せぬ出来事や変更を障害とみなすのではなく、柔軟性を持ち、状況に応じて計画を調整することが重要だと説いています。

・クレイジーキルトの原則
クレイジーキルトとは、「大きさ、形、色、柄が異なる布をパズルのように縫い合わせて作られた1枚の布」です。この原則では、多様な相手(競合他社やパートナー)と柔軟にパートナーシップを築くことで、資源を拡大し、リスクを分散しながら価値を生み出すことが重要であるとしています。

・パイロット・イン・ザ・プレーン(飛行中のパイロット)の原則
飛行中のパイロットはさまざまな計器類によって常に状況をモニタリングしており、このことが飛行機の安定飛行につながっています。経営も「未来は予測できない」という前提に立ち、常に今の行動をモニタリングし、コントロールしていく意識が重要です。

3つの資源

エフェクチュエーションでは、上記5つの原則に従って行動するにあたり、まず自分が持っている資源を確認しておくことが大切とも説いています。その資源とは以下3つです。

・自分は誰か (Who I am)
経営者個人の「特質」「魅力」「強み」などを指します。事業を成功させるためには、自分の個性や独自性を理解し、それらを事業の開発や意思決定のプロセスに組み込むことが重要です。自分自身のアイデンティティを活かした独自のアプローチを生み出すことにつながるでしょう。

・何を知っているのか (What I know)
経営者個人の「学歴」「専門知識」「経験」などを指します。事業開発のスタート地点や目標設定においては、個々人が持つ知識や経験の内容や量が大きく影響します。自身が持つ知識や経験を理解することで、どのような分野・領域で有効に活動できるかを把握できるようになります。

・誰を知っているのか (Who I know)
一般的に言われる「人脈」や「コネ」「ツテ」などを表す資源です。経営者が持つ社会的ネットワーク(友人、家族、同僚、業界の専門家)などに焦点を当てています。これらの関係性は、新しい機会の創出やリソースの獲得、アイデアの共有などに不可欠です。誰を知っているかによって、事業展開の行き詰まりを防いだり、異分野への進出が可能になったりと、打ち手の数が変わるからです。

なぜ今エフェクチュエーションなのか

エフェクチュエーションが重視される理由としては、以下2つが挙げられます。

計画、予測が通用しない時代

現代のビジネス環境は、技術の急速な進化、市場の変動、消費者ニーズの多様化などにより、予測が困難で不確実性が高いものとなっています。このような環境では、従来のような長期にわたる詳細な計画に基づくアプローチが実効性を欠き、しばしば現実と乖離することがあります。エフェクチュエーションは、この不確実性を前提とし、変化に柔軟に対応できる戦略を提供します。手持ちのリソースを最大限に活用し、小さなステップで前進することで、状況の変化に応じて計画を逐次的に調整できるようにするわけです。

初手は常に外れることを想定した戦略が必須

このように不確実性の高い環境においては、最初の計画が常に成功するとは限りません。市場の反応、技術の進化、競合他社の動きなど、多くの不確定要素により、初期の計画はしばしば修正が必要になります。エフェクチュエーションは、初手が外れる可能性を前提とし、その場その場での適応や調整を重視します。

エフェクチュエーションは中小企業の生存戦略である

こうしてみるとエフェクチュエーションは、「成長戦略」ではなく「生存戦略」としての意味合いが強いのかもしれません。また、どちらかといえば大企業よりも中小企業にフォーカスしています。その理由は、下記2つです。

大企業にはない中小企業の強み

1つ目の理由は、「オーナー経営者の個人的な資質・性質・ネットワーク」に注目している点です。エフェクチュエーションでは、「経営者個人のもつ資質や性質」「ネットワーク」も資源としており、こうした資源を前提として5つの原則を定義しています。中小企業は「ビジネス上の目標が、経営者の個人的な動機や資質と強く関係している」ことが多いです。一方で、大企業に比べて非官僚的で柔軟性が高いため、意思決定や方向転換が早いという特徴があります。これら大企業にはない中小企業特有の強みを「3つの資源」や「5つの原則」に組み込んでいることから、中小企業にマッチした考え方であると言えます。

中小企業のイノベーションは「あるもの」から生まれる

2つ目の理由は、大企業と中小企業のイノベーションプロセスの違いを反映していることです。

大企業では、0→1を生み出す際に、まずあるべき姿(1)を想定します。さらに、1に向かって新たな資源を発掘・調達しながら、リサーチと実験を重ねつつ市場参入を行います。つまり、1から逆算して行動するわけです。これは「コーゼーション」と呼ばれる意思決定フレームワークです。

一方で、リソースに限りがある中小企業は、コーゼーションを完遂することが困難なこともあります。1を想定したとしても、リソースが無いので0から動き出せない、もしくは失敗の可能性が極めて高い状態になってしまうからです。

一方で、1を想定せずに0ベースで状況を整理し、「現時点で保有している資源をいかに組み合わせるか」という出発点に立てば、クリティカルな失敗を回避しつつ経験を積むことができるでしょう。つまり、中小企業がイノベーションを成立させるためには、エフェクチュエーションを体現せざるを得ないのです。このことからも、エフェクチュエーションは「持たざる者の生存戦略」と言えるわけです。

バーチャル経営とエフェクチュエーションの共通点

このエフェクチュエーションですが、バーチャル経営に極めてよく似た考え方であると感じています。なぜなら、次のような共通点があるからです。

バーチャル経営も制約を前提とした戦略である

バーチャル経営の要諦は大資本を持たない企業が固定費を増やさずに、さまざまな経営資源を効率よく使いながら生存力を高めることです。

これは、エフェクチュエーションの基本理念である「制限のあるなかで、手持ちの材料をうまく組み合わせながら生存力を高める」という点と共通しています。

3つの資源を見つめる=自己と価値の本質化

エフェクチュエーションが定義する「3つの資源」を洗い出す過程は、言い換えれば「自己が生み出せる価値(仕事)」の本質化です。バーチャル経営は仕事の廃棄と本質化がテーマのひとつであり、この点も共通していると考えられます。

クレイジーキルトの原則と「バーチャル社員」「価値共創」

クレイジーキルトの原則は、「敵味方関係なく、パートナーシップを組めそうな人(企業)と積極的に付き合う」と言い換えられます。バーチャル経営では、身分や肩書によらず、本質的な能力を持った人材(バーチャル社員)とのパートナーシップが根底にあります。また、
アライアンスによる価値共創も掲げており、パートナーシップに関しても共通しています。

許容可能な損失と「バーチャルチーム」「rk戦略

生存戦略としての考え方にも共通点があります。バーチャル経営では、The PODsモデルと時間当たり採算を組み合わせた「バーチャルチーム」において、撤退条件を明確にしつつ小規模なチームを作ることを推奨しています。また、生存戦略として「rk戦略」の考え方も取り入れています。特に「r戦略(手数を増やしてニッチを獲得する戦略)」は、エフェクチュエーションの理念と非常によく似ています。

両利きの経営に落とし込むことも可能

さらにエフェクチュエーションには、「両利きの経営」との共通点も確認できます。

エフェクチュエーション+コーゼーション=両利きの経営?

両利きの経営は、「探索と深化」という2つのプロセスが経営の両輪となり、生存力を高めるという考え方です。この「相反する2つの要素」を両輪とするという点で、エフェクチュエーションと似ているかもしれません。

一般的にエフェクチュエーションとコーゼーションは、真逆の意思決定プロセスと考えられがちです。しかし、試行錯誤の結果、2者が連続する可能性もあります。例えば、新規事業の立ち上げにおいて、エフェクチュエーションから出発し、市場・製品・顧客を獲得できたとしましょう。次のステップとして、小さく手堅く成功した再現性のある事業を膨らますために、コーゼーションを実行する、というプロセスは想像に難くありません。

両利きの経営でいうところの「探索」がエフェクチュエーションに、「深化」がコーゼーションに該当すると考えれば、よく似た考え方であると言えます。

まとめ

ここでは、エフェクチュエーションの基本構造とバーチャル経営との共通点などについて解説しました。エフェクチュエーションは中小企業にとって、極めて実践的な生存戦略になりうる考え方です。弊社が提唱するバーチャル経営との共通点も多く、手持ちの資本をいかに効率よく、低リスクで運用していくかという点で学ぶべきことが多いと感じました。

エフェクチュエーションに限らず、生存戦略の実現には、モニタリングやトライ&エラーを効率化するツールが欠かせないものです。エフェクチュエーションの実行においても、ICT活用が必須になるのは間違いないでしょう。ERPやCRM、MAといった企業向けITツールを基礎としながら、SEOやABMといったデジマ施策をいかに使いこなすかが鍵になりそうです。

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この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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