自分の範囲は、五尺の体ではない——社員と、その家族までが「自分」になる

この記事でわかること

  • 「自分」を五尺の体の範囲だと思う誤解
  • 社長の範囲は、社員とその家族まで広がっている
  • 社長の心を整えることが、組織を整えることになる理由

前回は、因果の引き受け方の話を書きました。「俺が」という主役は当面のものにすぎない、という話です。

では、その「俺」は、どこからどこまでなのか。

坐禅会で老師が、見性(けんしょう)とは何かを説明する中で、経営者にそのまま届く例を出していました。社長であれば、社員の家族のことも考えなきゃならない、という例です。見性とは、禅でいう悟りの体験のことです。

目次

「五尺の体を自分と思っている」

老師は、まずこう話しています。

自分の行動範囲というのは、ただ単に自分の体の動きだけじゃないですよね。家族を持てば家族のことを思いやり、家族のために働いて、その一家を支えるということもやるわけですよね。

あるいは会社の社長であれば、会社の社員のことも考えて、社員の家族のことも考えなきゃならないと。

そして、こう続けます。

普通はこの五尺の体を……自分と思ってるんですよね。だけれども、そんなもんだったら、決して家族のためとか、会社の社員のためには働けないはずなんですよ。

五尺は約150センチ。自分の体の大きさのことです。

私たちは、自分とは体の輪郭の内側だと思っている。けれども、本当にそれだけなら、家族のためにも、社員のためにも働けないはずだ、と老師は言います。

範囲は、責任の及ぶところまで広がっている

老師は、さらに続けます。

社長になれば会社の社員のことも、社員の家族のことも、全て含めて自分と同じように考えなきゃいけないという風に能力は無限に広がってるんですね。

社員の家族のことも、自分と同じように考える。そうしているとき、「自分」はもう体の輪郭の中には収まっていません。

老師の言い方を借りれば、自分の範囲は体ではなく、考えている範囲、責任を持っている範囲のほうで測るものです。私はそう読みました。

「自分」は、どこまでか 五尺の体 家族 社員 社員の家族 普通の「自分」 責任の及ぶ範囲 坐禅会(2016年4月)の老師の言葉をもとに筆者が図化

図1 「自分」は、どこまでか——普通は体の輪郭の内側。実際には、責任の及ぶ範囲まで広がっている

それを「錯覚だった」と気づくこと

老師は、この話を見性の説明として出していました。

その自分だと思ってるのは誤解であり、錯覚だということを、これは錯覚だったと気がつくのを見性というだけに過ぎない。

体の輪郭が自分だ、というのは錯覚である。それに気づくことが見性だ、という説明です。

この記事は、見性そのものには立ち入りません。借りたいのは、自分の範囲を、体で測るのをやめてみるという見方のほうです。

社長の心は、社員に及ぶ

範囲が体の外まで広がっているなら、その中身も体の外に出ていきます。別の回の坐禅会で、老師はこう話しています。

まああのね、文句言わないで座ることですよ。座るとね。だってその具体的な行動だから、自分の心がだんだん落ち着いてくるでしょ。社長の心が落ち着く。

……不思議なことにね、会社のね、社員の心に影響が及ぶんですよね。あるいは取引先にも影響してくるんですよ。

社長の心が落ち着くと、社員の心に及ぶ。取引先にも及ぶ。

自分の範囲が社員まで広がっているなら、社長の心の状態は、社長一人のものではありません。範囲の中にいる人に、そのまま届いていきます。

私の場合——会議の空気と、社員の家族

私の心の状態が社員に伝わってしまった、と感じる場面を一つ挙げると、会議の空気です。

そして、私が「自分の範囲」に入っていると感じるのは、社員とそのご家族までです。老師が例に挙げた範囲と、ちょうど重なります。

老師の話に当てはめると、この二つはつながっています。社員とその家族までが「自分」の範囲に入っているなら、会議の空気は、その範囲の真ん中で起きていることです。社長の心の状態が最初に届く場所の一つだと、私は読みました。

社長の心は、範囲の中に届いていく 社長の 心の状態 会議の 空気 社員 社員の 家族 範囲が広いほど、心の状態の届く先も広い だから、心を整えることは、組織を整えることでもある 坐禅会(2016年3月・4月)の老師の言葉と、筆者自身の場合をもとにした筆者の読み

図2 社長の心は、範囲の中に届いていく——会議の空気は、その最初の場所の一つ

組織に置き換えると

組織づくりというと、制度や仕組みの話になりがちです。評価の制度、会議の進め方、情報の流し方。

どれも大事です。けれども、老師の話を借りれば、その手前にもう一つあります。社長が、自分の範囲をどこまでと思っているか。

体の輪郭までだと思っていれば、社長の心の状態は「自分の問題」で終わります。社員とその家族まで範囲に入っていると思えば、心を整えることが、そのまま組織の仕事になる。

坐ることが組織づくりにつながるというのは、たぶんこの意味なのだと私は考えます。

「全部背負い込め」という話ではありません

誤解されやすいところが、二つあります。

一つ目。社員とその家族の人生を、社長が全部背負い込め、という話ではありません。老師の言葉は「考えなきゃならない」です。範囲に入れて考えることと、一人で抱え込むことは別です。しんどいときは、一人で抱え込まないことも大切だと私は考えます。

二つ目。社員の私生活に踏み込め、という話でもありません。範囲に入れるとは、その人たちの暮らしが、自分の判断の先にあると知っておくことです。踏み込むことではなく、想像しておくことだと私は読みました。

まとめ——範囲を、体で測らない

  1. 普通は五尺の体を「自分」だと思っている。けれども、それだけなら人のためには働けない
  2. 実際の範囲は、責任の及ぶところまで広がっている。社員の家族のことまで、自分と同じように考える
  3. 社長の心は、その範囲の中に届いていく。心を整えることは、組織を整えることでもある

心を高める、経営を伸ばす。自分の範囲を体で測らないことは、心の側の話であり、組織の側の話でもあると、この言葉を読み直して思いました。

知っていることと、行ったことがあることは、何が違うのか。次回は、その話です。

明日、一つだけやってみる

明日の会議の前に、参加する社員とその家族までを自分の範囲に入れて考えてから、席についてみてください。背負い込むのではなく、考えに入れるだけです。

よくある質問

Q. 「五尺」とは、どのくらいですか。

一尺は約30センチなので、五尺は約150センチです。ここでは自分の体の大きさを指す言い方として使われています。

Q. 範囲を広げると、責任が重くなりすぎませんか。

老師が言っているのは、範囲に入れて考えることです。すべてを一人で背負うことではありません。範囲が広いほど、一人で抱えず、人の手を借りることも必要になると私は考えます。

Q. 宗教的な話として受け取るべきですか。

老師は見性の説明としてこの話をしていますが、この記事が借りたのは、自分の範囲を体ではなく責任で測るという見方です。用語を外しても、見方は残ります。

出典

  • 坐禅会(2016年4月)の録音記録。「自分の行動範囲というのは……」「会社の社長であれば、会社の社員のことも考えて、社員の家族のことも考えなきゃならないと」「普通はこの五尺の体を……」「社長になれば……自分と同じように考えなきゃいけない」「これは錯覚だったと気がつくのを見性というだけに過ぎない」は老師の発言(録音の07:36〜09:01前後)。書籍の付録を読み上げたあとの、老師自身の説明の部分
  • 坐禅会(2016年3月)の録音記録。「文句言わないで座ることですよ」「社長の心が落ち着く」「社員の心に影響が及ぶんですよね。あるいは取引先にも影響してくるんですよ」は老師の発言(55:36〜56:13前後)
  • 話者はいずれも、会に出席していた筆者が確認した(2026年9月)
  • 文字起こしでは「見性」が「検証」と表記されている。同じ説明の文脈から「見性」と判断して表記した
  • 引用は録音の文字起こしから。言いよどみや、意味が取れない部分は「……」で省いた
  • 「見性」「五尺」の説明は、筆者の補足です
  • 会議の空気、社員とそのご家族まで、という記述は筆者自身のものです
  • 本文中に坐禅会の関係者・老師・世話人の方のお名前は記載していません
  • 本記事は坐禅会の録音のみを素材としています
  • 本記事は特定の宗教を評価・推奨するものではありません

関連記事

  • 悪い因果は背負う。いい因果は分け合う——普通とは逆の、責任と成果の置き方
  • 認定すると、認定が目的になる——「許された俺」が残る、という老師の疑問
  • 八つの前提を、自分に点検する——一つでも腑に落ちなければ、全部が不徹底
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

目次