この記事でわかること
- 理念は新しく書かず、やってきたことを言葉にすればよい理由
- 事業が先に動いたら、理念のほうを書き直してよいという考え方
- 理念づくりがうまくいかない四つの型
前回、現在地と未来との距離を測る話を書きました。測り方は、見える化・わかる化・儲かる化の三段階でした。
ただ、あれは一人でもできる作業です。
同じことを組織で回そうとすると、まず必要になるものがあります。この会社は何をしようとしているのか、という共通の言葉です。共有ビジョンと呼ばれるものです。
では、それをどう作るのか。
無理に作る必要はありません。新しいことを書く必要もありません。
私は八年前に一度作り、去年それを書き直しました。その往復で分かったのが、これでした。
見えていなかったのは、自分にもだった
八年前、私が理念を明文化しようとした理由は、ひとつでした。
何をしようとする会社なのかを、見えるようにしたかったのです。
このとき、見えていなかった相手は三方向ありました。社員に対して。顧客に対して。そして、自分自身に対してです。
理念の話は、たいてい「経営者には見えているが、社員に伝わらない」という前提で語られます。浸透という言葉自体が、上から下へ届けるという発想の上に乗っています。
私の場合は違いました。自分の中でも、固まっていなかったのです。
やっていることはあり、売上も立っていました。ただ、何をしようとしている会社なのかと聞かれると、答えられない。そういう状態でした。
見える化とは、データを集めて経営の現状が見えるようにすることです。理念でやろうとしたのも同じでした。頭の中にあるものを、外に出す。
順番としては、自分に見せるのが先で、伝えるのはそのあとです。
外の人に、聞いてもらう
一人で書き出す方法もありますが、私は外の人に頼みました。
ブランドづくりの専門家の方です。その方の本を読んで、この人に頼もうと思いました。
まずヒアリングを二、三回受けます。こちらが話し、相手が聞く。それをもとにたたき台が起こされてきます。
そこから磨き込みを二、三回。最後にデザインを入れて完成です。往復は全部で五、六回でした。
図1 理念ができるまでの往復——五、六回の行き来で、頭の中にあるものが形になる
やってみて分かったのは、聞かれると出てくる言葉がある、ということです。
一人で机に向かうと、言い慣れた言い回しから出られません。そこに他人が入って、なぜですかと聞いてくる。答えようとして、初めて言葉を探すことになります。
出てきた言葉は、新しいものではありませんでした。すでに自分の中にあって、外に出ていなかっただけです。
理念が古びたのではない、事業が先に動いた
八年のあいだに、会社の事業は三度変わりました。
最初はSEOでした。検索から見込み客を集める仕事です。次が営業とマーケティングの自動化。そしていまは、ERPとAIで経営そのものの自動化を伴走する仕事になっています。
扱う技術も、話す相手も、売るものも変わりました。
そうなると、八年前に作った冊子と、いまやっていることがずれてきます。書いてある言葉が間違っているのではありません。ただ、いまの自分たちを説明しきれなくなる。
ここで多くの会社が、理念のほうを守ろうとします。私もしばらくそうでした。
けれども順序を確かめてみると、逆でした。
理念が古びたのではありません。会社のほうが先に進んだのです。事業が動いて、言葉が遅れた。だとしたら、直すべきは言葉のほうです。
だから書き直しました。
面白いのは、書き直した文書に二十年前の使命がそのまま残っていることです。革新による価値創造によって、高利益率の知識創造企業を生み出す——創業時の一文です。いまの使命は、まったく違う言い方になっています。
同じ文書の中に、古い言葉と新しい言葉が並んでいる。それを見たとき、これでいいのだと思いました。
三度変わって、残ったもの
では、何も残らないのか。そうではありませんでした。書き直しの作業をしていて、変わっていないものが一本あることに気づいたのです。
テクノロジーを使って自動化を進める。それで空いた分を、冒険できるリソースとして確保する。そして停滞せずに、時代に合わせて進化していく。
言葉にするとこれだけです。
図2 三度変わったものと、変わらなかったもの——扱う技術は入れ替わり、やり方だけが残る
どの時代も、やっていたのはこれでした。自動化そのものが目的だったことは一度もありません。自動化は、余白を作るための手段です。
書き直した文書には、こういう一文があります。自動化・デジタル化で生まれた余白が、イノベーションの原資になる。
余白を何に使うかは、そのときどきで変わります。だから事業が変わる。しかし、余白を作って冒険に回すやり方自体は、二十年変わっていません。
変わったのは扱うもので、変わらなかったのはやり方でした。
理念に書くべきなのは、後者だと思います。扱うものを書けば、事業が変わるたびに書き直しになります。
うまくいかない四つの型
理念が浸透しないという相談を受けることがあります。うまくいかない型を、私がつまずいた場所も含めて四つに分けました。
一、作ること自体が目的になる
きれいな言葉ができた時点で、仕事が終わった気になる。お披露目の場がいちばん盛り上がり、あとは静かになる。
明文化は達成感の大きい作業だからです。形が手元に残るので、そこで目的が果たされたように感じます。
見える化は三段階の一つ目です。そこで止まれば、肚に落ちることも、商売につながることも起きません。
二、配って終わりにする
全員に配り、サイトにも載せる。ところが日々の判断とつながる場面が設計されていない。経営者だけが、ときどき読み返している。
配布と掲載は、浸透させたように見えるからです。届けることと、使われることは別だという区別が、作った直後にはつきません。
これは私の話です。作った冊子は配り、Webに載せ、自分で見返していました。それ以上の仕組みは作らなかった。作ることに力を使い切っていたのだと思います。
三、新しいことを書こうとする
これまでにないことを書かねばと考える。他社の理念を集めて、言い回しを探しはじめる。やってきたことと、書いた言葉がずれる。
理念という言葉が、日常より一段高いものを要求しているように感じさせるからです。
すでにやってきたことを言葉にするだけで足ります。書けないとしたら、見直しが足りていないのだと思います。
四、事業が動いたのに、理念を守ろうとする
事業は変わったのに、掲げている言葉は数年前のまま。現場が、うちの理念は実態と違うと感じている。
理念は変えてはいけないもの、という前提が強いからです。そのため、ずれたときに直す対象が、いつも現場のほうになります。
守るべきものと、書き直してよいものは違います。
明日、一つだけやってみる
これまでやってきたことを、時期ごとに数行で書き並べてみてください。そのうえで、扱うものが変わっても変わらなかったやり方を、一行で探してみてください。
よくある質問
理念について、よく受ける問いが三つあります。
理念やクレドは、作ったほうがいいのですか
無理に作る必要はないと思っています。
ただ、何をしようとする会社なのかが自分自身にも見えていないなら、明文化する意味はあります。作るかどうかより、いまそれが見えているかが先の問いです。
理念は一人で作れますか
作れるとは思いますが、私は外の人に聞いてもらいました。
聞かれると出てくる言葉があります。一人だと、言い慣れた言い回しの内側から出にくいのだと思います。
一度作った理念は、変えてはいけないのですか
事業が動いたなら、書き直してよいと考えています。
私は八年後に書き直しました。理念が古びたからではなく、会社のほうが先に進んだためです。言葉が追いついていなかったのです。
少しずつ、言語化する
理念を作らなければと焦っている方に、八年やってみて言えることがあるとすれば、これです。
無理に作る必要はありません。
新しいことを書く必要もありません。
過去を見直し、現実を見つめる。その結果として訪れる未来を、少しずつ言語化していく。それだけです。
過去を見直すとは、やってきたことを並べ直すことです。現実を見つめるとは、いま何で食べているかを正確に見ることです。その二つをやると、この先どちらへ行くのかが、うっすら見えてきます。見えた分だけ書けばいい。
一度で完成させる必要もありません。私の場合は八年かかって二度目です。おそらく三度目もあります。
言葉ができたあとには、それをどう語るかという問題が待っています。作った本人が語ると、たいてい空回りします。私も勉強会という形でやってみて、半年もちませんでした。その話は別の記事に書いています。
あなたの会社は、何をしようとしている会社ですか。それはいま、誰に見えていますか。
まずは、これまでやってきたことを見直すところから。新しいことを書く必要はありません。
出典
- 本文の創業時の使命と、余白がイノベーションの原資になるという一文は、去年書き直した理念の文書による
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