「よし来た」と、ひと言だけ——災難の逃げ道を聞かれた禅僧の答え

この記事でわかること

  • 災難の逃げ道を問われた趙州の答え「恰好(よし来た)」の意味
  • 自分から飛び降りたほうが怪我が少ない、という受け方の話
  • 引き受ける・味わい尽くす・手を考える、という三つの順番

前回は、老師が仏道に入った原点と、問いが解けるまでの歩みを書きました。同じ対談に、もう一つ忘れられない話が出てきます。

坐禅会に参加していた、ある会社の社長さんの話です。

二〇一一年の大震災のあと、この社長さんはずたずたになった道を自家用車で走って、東京で開かれていた夕方の坐禅会と勉強会に出てきました。

そして、そのあとの夕食会で、老師の隣にピタッと座ったそうです。

目次

「禅では、どう教えるのですか」

老師はこのとき、この人と直接話すのが初めてでした。どんな会社の社長なのかも知らなかった、と語っています。

その人が、こう聞いてきました。

禅では今回のような大災害に遭遇した時、どのように対処すべきだと教えるのですか。

自分の会社が被災した直後に、道を無理して走ってきて、聞いたのがこれです。

対処法を求めているというより、立つための足場を探している問いだと思いました。

趙州は、ひと言だけ答えた

老師はそのころ、ちょうど『趙州録』という禅の語録の現代語訳と解説に取り組んでいました。そこで、この語録にある問答をそのまま伝えます。

問いのほうは、こうです。

「大変な災難が押し寄せてきました。どう逃げたらよいのでしょうか」

千年以上前の中国で、僧が趙州という禅僧に投げた問いです。目の前の社長さんの問いと、ほとんど同じ形をしています。

趙州の答えは、ひと言だけでした。

「恰好」

老師はこう添えます。「恰好」とは日本語では「よし来た!」という意味ですよ、と。

すると社長さんは、こう叫んだそうです。

「ご老師、分かりました! ありがとうございます!」

そして、別のテーブルへ行ってしまった。

同じ問いに、二つの向き 「大変な災難が押し寄せてきました。どう逃げたらよいのでしょうか」 ——僧が趙州に投げた問い 逃げ道を探す ・回避策を先に考える ・自分は受け手のまま ・動き出すのが遅れる よし来た、と受ける ・来たものを引き受ける ・自分が動く側に立つ ・その場で初動が出る 趙州の答えは、ひと言——「恰好」 出典:『致知』2021年8月号(本文10ページ)

図1 同じ問いに、二つの向き——逃げ道を探すか、よし来たと受けるか

翌日、その人がしたこと

老師が後に聞いたところでは、社長さんは翌日、自家用車で帰りました。

そして、すぐさま自分と社員の家族を安全な場所に避難させた。

キャンピングカーに鍋・釜・衣類・食料を積み込み、その車に社員と泊まり込んで、再建に当たった。

さらに原発事故にも直面し、自ら太陽光発電の会社までつくった。

老師は、この歩みをこう締めます。

「恰好」が彼を救ったんです。

私がここで動けなくなったのは、答えが対処法ではなかったことです。手順も体制も、何も教えていません。渡したのは、受け方だけでした。

高いところから落ちるとき

対談では、この話につながる別の言葉も紹介されています。ある教育者の言葉として同誌が挙げているものです。

職人が高いところから落ちるとき、むしろ自分からばっと飛び降りたほうが怪我が少ない。

落とされるのではなく、自分から降りる。同じ落下でも、体の使い方が変わるという話です。

老師は、これが「恰好」に通じると言います。そして自分自身についても、こう語っています。

いろいろと壁にぶつかったとき、「恰好」を思い出すと、俄然、腰に力が入って頑張れる。

八十九歳の人が、まだ壁にぶつかると言っています。そこが読みどころだと思いました。

六十歳から、二十年歩いた

趙州がどういう人かも、同じ対談に書かれています。

七七八年に中国で生まれた人です。師である南泉のもとで、四十年にわたる厳しい指導を受けました。

そのなかで、平常心是道という公案で大悟徹底したと書かれています。平常心是道とは、ふだんのままの心がそのまま道である、という意味です。

五十七歳のとき、その南泉が亡くなります。三年の喪に服したあと、六十歳の趙州は一介の僧として行脚に出ます。

それから二十年、各地の僧と問答を交わした。同誌は、趙州が百二十歳の長寿を全うされたとも記しています。

趙州の歩み——終えてから、歩き出す 師のもとで40年 厳しい指導を受ける 57歳・師の死 三年の喪に服す 60歳・行脚に出る 一介の僧として それから二十年、各地の僧と問答を交わした 「恰好」のひと言は、この二十年の後に出てきた言葉である 修行を終えた年齢から、歩き始めている 出典:『致知』2021年8月号(本文10〜11ページ)

図2 趙州の歩み——終えてから、歩き出す

前回書いた話と、形が同じでした。修了の証を受けたあとに、本当の答えが来る。趙州も、師を見送ったあとから歩き出しています。

ひと言で人を動かせる言葉は、そこまで歩いた人からしか出てこないのだと思います。

手を考える前に、味わう

私は基幹システムの導入を支援する仕事をしています。

この仕事には、まずい知らせが必ず来ます。移行したデータが合わない。本番直前に仕様の穴が出る。現場が動かない。

そういう連絡を受けたとき、私はすぐ手を考えていました。どう切り抜けるか、誰に謝るか、いつまで延ばせるか。

いまは、順番を三つに分けています。

  1. 現実をまず引き受ける
  2. その状況を味わい尽くす
  3. そのあとから、手を考えていく

「恰好」は一つ目にあたります。ただ、それだけでは足りませんでした。

抜けていたのは、真ん中です。引き受けてすぐ手に飛ぶと、目の前で何が起きているのかを見ないまま動くことになります。

味わい尽くすというのは、我慢することではありません。何がどう詰まっているのか、誰が困っているのか、そこに留まって見る時間のことです。

回避から入ると、こちらは受け手のままです。引き受けてから入ると、動く側になります。同じ三十分の会議でも、出てくる案が変わりました。

もう一つ持ち帰ったのが、ひと言しか渡さないという伝え方です。

私は、味わう前に説明で埋めようとします。手順書を渡し、体制図を見せ、前例を並べる。相手より先に、自分が落ち着きたいのだと思います。

あの社長さんは、ひと言で立ち上がって帰っています。渡すものが少ないほうが効く場面があるのだと思いました。

ただし、ひと言で足りるのは、受け取る側にすでに問いがあるときです。問いのない人にひと言渡しても、たぶん何も起きません。

まとめ——逃げ道ではなく、受け方

  1. 答えは対処法ではなかった。趙州が渡したのは手順ではなく、受け方のひと言でした
  2. 自分から飛び降りたほうが、怪我が少ない。落とされるか自分で降りるかで、体の使い方が変わります
  3. ひと言で効く言葉は、歩いた人から出る。趙州は六十歳から二十年歩いています

心を高める、経営を伸ばす。高めるというのは、来たものを引き受ける向きに自分を置くことなのだと読みました。

次回は、同じ対談の別の場面を読みます。自分の中には何もないとは、どういう言い方なのか。

明日、一つだけやってみる

まずい知らせを受けたら、すぐに手の話から入らないようにしてみてください。まず引き受け、何がどう詰まっているかを見てから、手を考えてください。

よくある質問

Q. 「恰好」は、我慢して受け入れることですか。

違うと読みました。我慢は受け手のままの姿勢です。

「よし来た」は、来たものを自分の側に引き取る言い方です。同じ出来事でも、引き取れば次の一手が自分のものになります。

Q. 精神論に聞こえます。実務では何が変わるのですか。

変わるのは、案の出どころだと思います。

引き受けたあと、すぐ手に飛ばずに状況を味わい尽くす。その時間を取ってから出てきた案は、現場で起きていることに合っています。

対談で紹介された社長さんも、やっていることは家族の避難と社員の寝場所の手配という具体的な段取りです。姿勢が変われば、段取りの中身も変わるのだと読みました。

Q. 部下に「よし来た」と言わせるのは、無理がありませんか。

言わせるものではないと思います。あの社長さんは自分で受け取って、自分で叫んでいます。

私にできるのは、まずい知らせを持ってきた人に、こちらが先に手の話から入らないことくらいだと考えています。まず引き受け、状況を一緒に見る。順番はそれからです。

出典

  • 『致知』2021年8月号「修養の道、限りなし」(特集「積み重ね 積み重ねても また積み重ね」)本文10〜11ページ。対談形式
  • 「大変な災難が押し寄せてきました。どう逃げたらよいのでしょうか」「恰好」は、同誌が『趙州録』の問答として紹介しているもの
  • 同誌は、引用した『趙州録』の言葉について『心に甦る「趙州録」』(春秋社)および『生きる力になる禅語』(致知出版社)を参照したと注記しています(本文17ページ下部)
  • 「恰好」を「よし来た!」と訳す説明、および「『恰好』が彼を救ったんです」は、老師の発言として同誌に載っているもの
  • 職人が高いところから落ちる話は、同誌がある教育者の言葉として紹介しているもの。そのお名前は本記事では記載していません
  • 趙州の生年、南泉のもとでの四十年、「平常心是道」の公案での大悟徹底、五十七歳での師の死、六十歳からの行脚と二十年、百二十歳の長寿は、同誌の記述による
  • 「平常心是道」の語意の説明は、一般的な意味をもとにした筆者の補足であり、同誌の語句ではない
  • 引用はすべて、同誌のスキャン原本を400dpiで展開して字句を確認した(本文10・11ページ)
  • 社長さんのお名前・社名・業種・地名は、本記事では記載していません。被災の記述は同誌に載っている範囲にとどめ、状況の掘り下げはしていません
  • 老師の実名は、本記事では記載していません
  • 本記事は『致知』の対談のみを素材としており、坐禅会の録音および『禅の正門』は使用していません
  • 本記事は特定の宗教/宗派を評価するものではありません。記述はすべて同誌に載った発言と、同誌が紹介している語録の内容です

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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