この記事でわかること
- 在家の人に説かれた教えが、施論・戒論・生天論の三つだけだった話
- 戒めも三つに絞り、あれもこれも言わないという絞り方
- 施しを「お人様のお役に立つような仕事」と言い直す意味
前回は、静けさが内に閉じる落とし穴の話を書きました。本の処方は、静けさに人を思いやる心を足すことでした。
では、思いやりを行いの言葉にすると、どうなるのか。ここで、坐禅会の録音に戻ります。
以前、同じ日の坐禅会から、息の話と、認定の話を書きました。その日の終わりに、老師がお釈迦様の話をしていました。出家していない人に説いた教えは、三つだけだった、という話です。しかも、その中の戒めまで三つに絞られていました。
出家していない人に、何を説いたか
老師は、こう話し始めます。
あのね、お釈迦様がね、悟りを開かれてね、最初は5人の出家の人たち……に法を説いたんですよね。で、ヤサっていうね、大金持ちの息子がいたんですよ。
それがお釈迦様のところに来てね、ちょっとお話を聞きたいと。
出家(しゅっけ)とは、家や仕事を離れて修行に専念することです。在家(ざいけ)とは、家庭や仕事を持ったまま暮らす人を指します。
老師は、この息子を「いわゆる在家」だと言っています。家を離れず、ふつうに暮らす人です。
経営者も、在家です。会社があり、社員がいて、家族がいる。その立場の人に、お釈迦様は何を説いたのか。
三つだけ——施論・戒論・生天論
老師によると、お釈迦様がその息子に説いたのは、三つでした。施論(せろん)・戒論(かいろん)・生天論(しょうてんろん)です。
一つ目の施論について、老師はこう説明します。
人に施しをしなさい。
二つ目の戒論は、こうです。
戒論はね、戒を守りなさい。戒もね、ぐちゃぐちゃ言わない。殺すな、盗るな、嘘つくななんですよ。
三つ目の生天論については、こう説明しています。
あの頃インドはですね、死んでね、天に生まれたいっていうのがもうみんなの希望だったんで、そうすれば必ず天に生まれますよと。
施しをする。殺さない、盗まない、嘘をつかない。そうすれば、あなたの願いはかなう。在家の人に向けた教えは、これだけでした。
戒めも、三つに絞った
もう一つ、見落としやすいところがあります。二つ目の「戒」の中身です。
この3つでいいんですよ。その他に酒を飲むなとか、それから。いろいろ10戒あるんだけどもね、あれもこれもやらない。殺すな、盗むな、嘘つくな。
戒めは、ほかにもある。老師はそれを知ったうえで、「あれもこれもやらない」と言っています。
三つの教えの中で、戒めもまた三つに絞られている。二重に絞っているわけです。
図1 三つの中に、また三つ——在家の人への教えは三つ。その中の戒めも三つに絞られていた
「お人様のお役に立つような仕事をしなさい」
老師はこの話を、少しあとでもう一度しています。そのときは、言い方が違っていました。
お人様のお役に立つような仕事をしなさい。殺すな盗むなうそつくな。って一番簡単ですよね。
一度目は「施しをしなさい」でした。二度目は、「お人様のお役に立つような仕事をしなさい」と言い直しています。
施しとは、お金や物を配ることだけではない。仕事そのものを、人の役に立つものにすること。在家の人に向けて、老師は施しをそう言い換えたのだと、私は読みました。
そして、老師はこれを「一番簡単」と言っています。
天に生まれる、は聞く人の言葉だった
三つ目の生天論は、今の私たちには分かりにくいかもしれません。
老師の説明によると、当時のインドでは、天に生まれることがみんなの希望だった。だから、そうすれば天に生まれる、と説いた。
私はここを、聞く人の願いに合わせた言い方として読みました。その時代の人が何を望んでいるかを知ったうえで、その言葉で語っている。教えを届けるための工夫です。
私の場合——方針は、少なく絞っている
私は、社員に伝える方針を、少なく絞っているほうです。
在家の人に説かれた教えが三つだけだったという話は、その置き方と同じ向きだと、私は読みました。
経営に置き換えると
会社の方針やルールは、放っておくと増えていきます。何か起きるたびに、一つ足す。それぞれには理由があります。
ただ、数が増えるほど覚えにくくなります。老師が「一番簡単」と言った三つは、裏返せば、誰でも覚えられて、いつでも思い出せるということでもあります。
全部を言うより、芯だけを言う。お釈迦様が在家の人に三つだけを説いた話は、経営者が方針を立てるときの一つの手本になると、私は考えます。
図2 方針の、二つの置き方——起きるたびに足すか、芯だけを言うか
「細かいルールは要らない」という話ではありません
ここは、二つの点で誤解されやすいところです。
一つ目。ほかの戒めを否定する話ではありません。老師は、戒めがほかにもあることを知ったうえで話しています。私はこれを、まず芯を守るという話として読みました。細かい決まりが不要だ、とは言っていません。
二つ目。宗教の戒律を、そのまま会社に持ち込めという話でもありません。この記事が借りたのは、教えを三つに絞り、その中もさらに絞るという置き方です。
まとめ——芯だけを言う
- 在家の人に説かれた教えは、三つだけ。施しをする、戒を守る、そうすれば天に生まれる
- 戒めも、三つに絞った。殺すな、盗むな、嘘つくな。ほかは「あれもこれもやらない」
- 施しは、仕事の言葉で言い直せる。お人様のお役に立つような仕事をしなさい
心を高める、経営を伸ばす。芯が短いほど、毎日の仕事の中で思い出せると、この言葉を読み直して思いました。
では、受け取る側は、話をどう聞けばいいのか。次回は、坐禅会の接心の録音から、話の聞き方について語られた言葉を取り上げます。
明日、一つだけやってみる
自社の方針を並べ、芯だけを短い言葉で言うなら何になるかを書き出してみてください。数は決めなくて構いません。
よくある質問
Q. 施論・戒論・生天論とは、何ですか。
坐禅会での老師の説明では、施論は人に施しをすること、戒論は戒を守ること、生天論はそうすれば天に生まれると説くことです。お釈迦様が在家の人に説いた三つの教えとして紹介されていました。
Q. 会社の方針は、三つに絞るべきですか。
この記事は、数を決めているわけではありません。老師の話から借りたのは、あれもこれも言わず、芯だけを言うという考え方です。何個にするかは、会社ごとに違ってよいと思います。
Q. 宗教的な話として受け取るべきですか。
老師は仏教の話としてこれを語っていますが、この記事が借りたのは、教えを短く絞り、聞く人の言葉で伝えるという見方です。用語を外しても、見方は残ります。
出典
- 坐禅会(2017年11月)の録音記録。「あのね、お釈迦様がね、悟りを開かれてね、最初は5人の出家の人たち……に法を説いたんですよね。で、ヤサっていうね、大金持ちの息子がいたんですよ」「それがお釈迦様のところに来てね、ちょっとお話を聞きたいと」は老師の発言(録音の45:29〜45:48前後)
- 同じ録音の「人に施しをしなさい」「戒論はね、戒を守りなさい。戒もね、ぐちゃぐちゃ言わない。殺すな、盗るな、嘘つくななんですよ」「この3つでいいんですよ……あれもこれもやらない。殺すな、盗むな、嘘つくな」は老師の発言(46:05〜46:37前後)
- 同じ録音の「あの頃インドはですね……そうすれば必ず天に生まれますよと」「お人様のお役に立つような仕事をしなさい。殺すな盗むなうそつくな。って一番簡単ですよね」は老師の発言(51:43〜52:21前後)
- 「いわゆる在家」は、同じ録音の老師の発言(45:48前後)の字句
- 三つの教えの名称は、文字起こしでは聞き取りが崩れている(「世論・海論・小天論」など)。仏教で一般に使われる「施論・戒論・生天論」の表記にそろえた
- 話し手は、会に出席していた筆者が確認した(2026年9月)
- 引用は録音の文字起こしから。言いよどみや、意味が取れない部分は「……」で省いた
- 同じ録音のうち、この話の間に出てくる事件・企業についての発言は使用していない
- 社員に伝える方針を少なく絞っている、という記述は筆者自身のものです
- 本文中に人名として記したのはお釈迦様・ヤサ(いずれも老師の話に出てくる歴史上の人物)のみです。坐禅会の関係者・老師のお名前は記載していません
- 本記事は特定の宗教を評価・推奨するものではありません
関連記事
- 自分だけ静かになって、何が悪いのか——空見という、平安の落とし穴
- 息は、何も要求しない——老師が「一番いい先生」と呼んだもの
- 認定すると、認定が目的になる——「許された俺」が残る、という老師の疑問
