この記事でわかること
- AIの案がよくできているほど、判断を預けてしまう危うさ
- 案を採るかどうかの物差しを、お客様の側に置く考え方
- 最初のゴールを持っていれば、案の一般論が見えるという話
「AIが速くしても、腹落ちは速くならない」では、AIが速くしたのは知識の段までで、人の理解と合意の速さは変わらない、と書きました。律速は、人の側に移ったという話です。
その先に、もう一つの律速があります。判断の基準です。
AIは、提案書のたたき台も、見積もりの案も、すぐに出してくれます。賢さは、いくらでも供給されるようになりました。けれども、その案を採るか、採らないかを決める基準までは、供給されません。
AIの案は、よくできている。だから危ない
私は、中小・中堅企業の基幹システムの導入を支援する仕事をしています。提案書や見積もりを作る場面で、AIに案を出させることがあります。
出てくる案は、よくできています。構成は整っていて、抜けも少ない。言葉づかいも丁寧です。
ただ、使っていて気づいたことがあります。AIの案は、一般的な話になり、個別具体が抜けてしまうことがあるのです。
どの会社に出しても通用しそうな提案書になる。それは裏返すと、目の前のお客様のために書かれていない、ということでもあります。
困るのは、案がよくできているほど、この抜けに気づきにくいことです。整った文章は、それだけで正しそうに見えます。
図1 よくできた案ほど、抜けに気づきにくい——AIの案は一般的な話になり、個別具体が抜けることがある
採らなかったときの基準は、一つだった
私はこれまで、AIが出した提案書や見積もりの案を、採らなかったことがあります。
振り返ると、そのときの基準は一つでした。お客様にとって正しいか、です。
案そのものの出来ではありません。整っているか、網羅しているか、でもありません。このお客様にとって、この提案は正しいのか。そこだけを見ていました。
こう書くと、当たり前に聞こえると思います。けれども、AIが賢くなるほど、この当たり前は手放しやすくなります。案の出来が良いと、判断を案の出来に預けてしまうからです。
判断の基準とは、案の良し悪しを測る物差しのことです。物差しが案の側にあると、よくできた案はいつも合格になります。物差しは、案の外、お客様の側に置かなければなりません。
基準は、失敗から来ていた
では、その基準はどこから来たのか。私の場合は、過去の失敗でした。
その失敗から学んだことを、私はこう言葉にしています。
ゴールを定期的に確認しないと、ゴールが動いていたりする。だから、最初のゴールを動かさないようにする。
仕事を進めていると、ゴールは少しずつ動きます。気がつくと、最初に目指していた場所とは違うところを目指している。定期的に確かめなければ、動いていることにも気づきません。
そうなると、「お客様にとって正しいか」という問いも揺らぎます。お客様にとっての正しさは、そのお客様のゴールに照らしてしか決まらないからです。ゴールが動けば、正しさの物差しも一緒に動いてしまいます。
図2 ゴールは、確かめないと動いている——正しさの物差しを、最初のゴールに固定しておく
AIの一般論は、動いたゴールと相性がいい
ここで、最初の話とつながります。
AIの案が一般的な話になるのは、個別具体を知らないからです。そして、ゴールが動いてしまった状態も、実は個別具体を見失った状態です。最初に何を目指していたのかという、そのお客様だけの事情が、途中で抜け落ちています。
だから、この二つは相性がいいのです。ゴールが動いているときにAIの案を見ると、どこかで聞いたような一般論が、かえってもっともらしく見えます。
逆に言えば、最初のゴールを動かさずに持っていれば、AIの案のどこが一般論で、どこに個別具体が足りないのかが見えます。基準があるから、案を退けることができる。基準がなければ、よくできた案に流されます。
基準は、人の側にしか置けない
稲盛和夫さんは、京セラを創業したとき、経営の常識に頼らず、人間として何が正しいかという原理原則で判断しようとしました。その話は、「会計がわからんで経営ができるか」の記事に書きました。
私が「お客様にとって正しいか」と問うとき、借りているのはこの形です。答えを外から持ってくるのではなく、判断の拠り所を先に持っておく。
AIは、答えの候補をいくらでも出してくれます。けれども、どの答えを採るかの拠り所は、使う人の側にしか置けません。そして私の場合、その拠り所は失敗から来ていました。
陥りやすい三つの思い込み
ここまでの話は、裏返すと三つの思い込みになります。
一つめは、案の出来が良ければ、判断はいらないという思い込みです。案の出来と、お客様にとっての正しさは別の物差しです。出来の良い一般論は、いちばん退けにくい案でもあります。
二つめは、ゴールは最初に決めれば動かないという思い込みです。ゴールは、決めたあとも少しずつ動きます。動かさないためには、決めることより、定期的に確かめることのほうが効きます。
三つめは、基準は立派な言葉で持つものだという思い込みです。私の基準は、お客様にとって正しいか、という短い問いでした。失敗から来た問いは、短くても判断の場で使えます。
まとめ——物差しは、案の外に置く
- AIの提案書や見積もりの案は、よくできている。ただ、一般的な話になり、個別具体が抜けることがある
- 案を採らなかったときの基準は、お客様にとって正しいか。物差しは案の側ではなく、お客様の側に置く
- ゴールは定期的に確かめないと動いている。だから、最初のゴールを動かさない
- 最初のゴールを持っていれば、AIの案のどこが一般論かが見える。基準があるから、案を退けられる
賢さは供給されても、基準は供給されません。基準を持つことは、自分の判断を人任せにしないということです。心を高める、経営を伸ばす。その前半は、こうした判断の拠り所を、自分の中に据えることでもあると私は考えています。
変わらない拠り所を持つことについては、「道具は、道の代わりにならない」にも書きました。道具が変わっても、道は変わらない、という話です。AIという新しい道具を前にして、もう一度読み返していただければと思います。
明日、一つだけやってみる
進行中の仕事を一つ選び、最初のゴールを一行の言葉にして残してみてください。AIの案を読むときは、その一行と照らし合わせてください。
よくある質問
Q1. AIの案を使わないほうがよい、ということですか。
いいえ。たたき台として使えば、時間は大きく縮みます。問題は、案の出来が良いほど、判断を案に預けてしまうことです。使うかどうかではなく、採るかどうかの物差しを、自分の側に持っておくことが大事だと考えています。
Q2. 「最初のゴールを動かさない」と、途中の変化に対応できなくなりませんか。
途中で事情が変わることはあります。避けたいのは、ゴールが知らないうちに動いていた、という状態です。定期的に最初のゴールと照らし合わせれば、動かすかどうかを、確かめたうえで決められます。そのためにも、最初のゴールは、言葉にして残しておくのがよいと思います。
Q3. 判断の基準は、どうやって持てばよいですか。
私の場合は、過去の失敗から来ていました。うまくいかなかった仕事を振り返ると、何を見落としていたかが分かります。その見落としを、次から確かめる問いにしておく。それが基準になっていくのだと思います。
出典
- 稲盛和夫さんが京セラを創業したとき、人間として何が正しいかという原理原則で判断しようとした話。詳しくは「会計がわからんで経営ができるか」の記事で紹介
このテーマで相談したい方へ
ベンチャーネットは、中小・中堅企業の基幹システム(NetSuite・Odoo・SAP)とAIの導入・定着を伴走しています。特定の製品に誘導しない立場で、自社に合う形から一緒に考えます。
