「最新技術を入れるほど、会社は似てくる」——前回(温故知新01)は、そう書いた。AIもERPも、いまや誰でも買える。道具そのものは差にならず、自社の歴史との交差点にしか存在意義は立たない。では、誰でも買えるその道具と、経営者はどう向き合えばよいのか。答えは、操作の習得ではない。「何をAIに任せ、何を人が担うのか」を決めること——つまり、役割の再設計である。本稿ではその考え方を、友村晋『2030 未来のビジネススキル19』(日経BP)と、私自身のシステム実装の現場での知見から整理したい。
操作は古びる、役割は残る
生成AIの進化は速い。半年前に覚えた操作やプロンプトの型は、モデルが一つ変わっただけで通用しなくなることが珍しくない。操作の学習は、追いかけるほど消耗する。だから、経営者がAI研修で操作方法を覚えることに、私はあまり意味を感じない。学ぶべきものは、もっと手前にある。
友村晋氏は『2030 未来のビジネススキル19』で、テクノロジーを「自分の仕事を補完するパートナーであり助手であり、あるいは秘書であり部下」と位置づけた。この比喩は示唆に富む。新しい部下を迎えるとき、経営者が最初にやるべきことは、パソコンの操作説明だろうか。違う。「あなたにはこれを任せる。ここまでがあなたの責任範囲だ」と、役割を定義することである。
AIも同じだ。経営者が学ぶべきは操作ではなく、役割を決める判断——何に、何を、どこまで任せるかの設計である。そして役割の設計は、道具が入れ替わっても古びない。
図1 操作の学習と役割の再設計——古びるものと、残るもの
AIに任せるもの
では、何を任せるか。同書は、生成AIに正解を求めるのではなく、たたき台づくりやブレーンストーミングの相手、秘書役として使うことを勧めている。実際に任せて効果が大きいのは、次のような仕事だ。
第一に、たたき台。企画書、文章、資料の初稿づくり。ゼロから一を出す時間が劇的に縮む。第二に、定型的な変換。要約、翻訳、整理、形式の変換。答えの形が決まっていて、量とスピードが物を言う領域である。第三に、選択肢の列挙。発想を広げ、抜け漏れを洗い出す壁打ちの相手。
ただし、条件がある。コンピューターサイエンスにGIGO(Garbage In, Garbage Out)という用語がある。雑な指示からは、雑な答えしか返らない。任せる側が「何が欲しいのか」を言語化できなければ、AIは力を発揮しないのだ。
つまり、任せることは丸投げではない。任せる範囲と成果物を定義する言語化の仕事が、必ず任せる側に残る。ここでも問われているのは、やはり役割の設計である。
人が担うもの——三つの領域
逆に、人にしか担えないものは何か。同書を読み、実装の現場を重ねて、私は三つに整理している。
第一に、課題の発見。時代は課題を解く力から課題を見つける力へ移る、というのが友村氏の見立てだ。AIは与えられた課題を解くことは得意だが、「何がわが社の課題か」を決めることはできない。問いを立てるのは人であり、とりわけ経営者の仕事である。
第二に、判断と責任。責任を取るのは常に人間であって、AIではない——同書がマネジメント力を論じた箇所で強調する通りである。AIの出力を採用するか否かを決め、その結果を引き受けるのは人だ。値決め、投資、撤退。経営の重い判断ほど、AIは参考意見を出せても責任は取れない。だからこそ、人をまとめる立場——上司や経営者——がAIに置き換わることはない。
第三に、一次情報。生成AIが返すのは、世に出回った情報から合成された、いわば「平均」である(前回述べた平均化の逆説だ)。一方で友村氏は、AIが記事を大量に生み出す時代ほど、自分の体で体験して得た一次情報の価値は上がっていくと説く。わが社の現場で起きたこと、顧客の生の声、失敗の記録。第二層の故き——自分と自社の歴史——は、世界のどのAIも持っていない、自社だけの一次情報である。
図2 役割の再設計マップ——AIに任せる三つと、人が担う三つ
「役割定義書」という道具
役割の再設計は、抽象論では前に進まない。ここで、私が長くERP・CRM実装の現場で使ってきた道具を紹介したい。「役割定義書」である。
システムを入れる前に、部門の一人ひとりに書いてもらう。あなたの役割は何か。どの業務を担い、何に責任を持ち、誰に何を渡しているのか。実際に書いてもらうと、必ず発見がある。本人の認識と上司の認識がずれている。誰も担っていない仕事が浮かび上がる。逆に、二重に担われている仕事も出てくる。人間の組織ですら、役割は言語化して初めて見えるのだ。
この道具が、AI時代にそのまま効く。AIという新しい「部下」を迎える前に、まず人の役割を言語化する。言語化されて初めて、「この部分は任せられる」「ここは人にしか担えない」という線が引ける。
順序が大事である。ツールの選定(外)から入るのではなく、自分たちは何を担う会社か(内)から入る。内側を掘った結果として、任せ方は自社の形になる。前回と同じ、内→外の順序だ。
図3 内→外の順序——道具の選定は、役割の言語化の後に来る
むすび——作業が移るほど、人には心と判断が残る
役割定義書の問い——「あなたの仕事は何か」——は、AI時代には「わが社で、人間は何を担うのか」という経営の問いへと広がる。課題を見つけ、判断し、責任を引き受け、一次情報を積む。どれも道具の性能ではなく、人の側の力である。
そして、判断の質は考え方で決まり、責任を引き受けるには胆力がいる。道具がどれほど進化しても、「心を高める、経営を伸ばす」——稲盛さんのこの一語が経営の背骨であることは、少しも変わらない。むしろ、作業がAIに移っていくほど、人に残るのは心と判断だけになっていく。道具は、道の代わりにならないのである。
まとめ
- 操作の学習は古びる。古びないのは「何を任せ、何を人が担うか」という役割の設計である
- AIに任せるのは、たたき台・定型の変換・選択肢の列挙。ただし任せる側の言語化が質を決める(GIGO)
- 人が担うのは、課題の発見・判断と責任・一次情報の三つ
- 順序は内→外。まず役割定義書で人の役割を言語化し、それから任せる線を引き、最後に道具を選ぶ
人にしか担えない「一次情報」は、実は日々の業務の中に眠っている。チャットのログ、商談の記録、トラブル対応の顛末——誰にも真似できない「うちにしかないデータ」を、組織の学びに変えるにはどうするか。この話は、稿を改めて書きたい。
よくある質問
Q1. 経営者はAIの操作方法を学ぶべきでしょうか。
操作やプロンプトの型は、モデルが一つ変わるだけで通用しなくなることがあります。学ぶべきは操作ではなく、何をAIに任せ、何を人が担うかという役割の設計です。役割の設計は、道具が入れ替わっても古びません。
Q2. AIには、どこまで任せてよいのですか。
たたき台づくり、要約や翻訳などの定型的な変換、選択肢の列挙——この三つは任せて効果が大きい領域です。ただし任せることは丸投げではありません。雑な指示からは雑な答えしか返らないため、任せる範囲と成果物を定義する言語化の仕事は、必ず任せる側に残ります。
Q3. 「役割定義書」は、何から書き始めればよいですか。
部門の一人ひとりに、自分の役割は何か、どの業務を担い、何に責任を持ち、誰に何を渡しているのかを書いてもらうところからです。書いてもらうと、本人と上司の認識のずれ、誰も担っていない仕事、二重に担われている仕事が見えてきます。道具の選定は、その後に来ます。
