前回の「なぜ、経営者は学びつづけなくてはいけないのか」では、頭の中の地図——メンタル・モデル——は必ず古くなる、と書きました。では、地図を描き直すとき、何から手をつければいいのか。私は、その手前にもう一つ問いがあると考えています。自分はいま、世の中をどのレンズで見ているのか、という問いです。
今回から数回にわたって、師と仰ぐ経営コンサルタント・岡本吏郎先生が、月次の音声コンテンツ「マンスリーCD」に残した講演を訪ねます。素材は、先生が2016年の秋に、ある業種の経営者の勉強会で行った約2時間の講演です。テーマは、拍子抜けするほど地味です。当たり前。しかし聴き終えると、自分のレンズが一枚ずつ磨かれていくのがわかります。
当たり前に考えることは、難しくない
講演の序盤で、先生は聴衆にこんな質問を投げます。ゴルフを全くやったことのない人が、ルールだけは知っている前提でゴルフを始めるとしたら、当たり前に考えて何をやるか。三つ挙げてほしい、と。
実際にゴルフをしている人にこの質問をしたところ、最初に返ってきた答えは、上達用のギプスをはめる、だったそうです。先生自身の答えは、素振りの練習、パターの練習、下半身を鍛える。それを聞いたゴルフ経験者は、言われてみればそうだ、と認めたといいます。
英語の勉強でも同じです。先生は自分が英語を始めるにあたって、聞こえるようになる練習、単語の暗記、文法の暗記という三つの柱を立てました。加えて、耳ができるまでは喋る練習をしない、と決めます。日本人が英語を喋る練習をしても、駄目を拡大させるだけだから、というのが理由です。さらに、始める前に約1年の準備期間を置きました。本気でやりたくなるまで待つことと、何をやめるかを決めること。その二つに1年をかけたのです。
当たり前に考えることは、難しくない。先生の話はそこから始まります。難しいのは、それを実際にやることです。多くの人は当たり前を飛ばして、道具や近道から入ってしまう。先生は、今の日本社会そのものが自明性を喪失している、と言います。自明性とは、考えるまでもなく明らかなこと。それが失われている時代だからこそ、当たり前はそのまま武器になります。
図1 講演の3本柱と本記事の位置——レンズ編は「自明性」のうち、ものの見方にかかわる部分を訪ねる
一枚目のレンズ——大枠で見る
講演の本題は、ビジネスの自明の確認から始まります。その一つ目が、大枠です。
「まずはビジネスってのは大枠から考える。これは鉄則であります」
先生は講演の中で、ある業界について、消費者を所得の階級に分けたとき、どの層が財布からその業界にお金を使っているかを、統計で示してみせました。私には、数字の細部よりも、その見せ方そのものが学びでした。個別のノウハウや成功事例を検討する前に、まず自分の商売が世の中のどこに位置しているのかを、統計の大枠でつかむ。それだけで、打ち手の妥当性がまるで違って見えてきます。
たとえば教育のように、豊かな層が圧倒的にお金を使う分野は、一見おいしそうに見えます。しかし、おいしいとわかればみんなが参入するので、競争は激しくなる。大枠が良いからうまくいく、という単純な話ではありません。先生も「あくまでも、大枠はこうだよって話をしている」と釘を刺します。
それでも、大枠を知らずに戦うのと、知って戦うのとでは大違いです。「大枠にはまった方が不器用でもそれなりにできる」と先生は言います。枠から外れた戦い方は、よほど器用に組み立てないと難しい。自分は枠の中で戦っているのか、外で戦っているのか。それを知っているだけで、判断の土台が変わります。
二枚目のレンズ——分布で見る
二枚目のレンズは、世の中の分布です。
先生は、世の中の成功事例がいつ駄目になるかを予測するのを趣味にしている、と言います。「大体マスコミが表彰するものにろくなものはござらんというのが当たり前ですよね」。経済誌が、すごいぞ、と特集した会社が、しばらくして凋落していく。そういう例を先生はいくつも見てきたそうです。報道は物語になりやすいものを選びます。物語と実態は、別物です。
多くの経営者が知っている20対80の法則にも、先生は容赦がありません。「ほぼほぼ20対80の法則に合うものってのはないです」。20対80の法則というのは、そういう傾向があるという話であって、上位20%の話とは違う、と先生は整理します。アメリカの統計では、10%以上の上位顧客が売上の80%を上げるのは、かなり強力なブランドに限られていたといいます。実際には、「ほんの少しのお客さんがほとんどの売り上げ上げてくれる。これが現実です」。
背景にあるのは、分布の形です。所得でも売上でも、「平均とは全然意味がない」。世の中の実際の分布は、べき乗則になるからです。小学校のクラスの身長のような閉ざされた世界では、平均を中心にした正規分布が成立します。しかし開かれた世の中では、少数がきわめて大きく、多数が小さい、偏った分布になる。平均を前提に考えるか、べき乗則を前提に考えるか。同じ数字を見ても、レンズが違えば結論が変わります。
図2 二つの分布のレンズ——平均が意味を持つのは閉ざされた世界だけで、実際の世の中は偏っている
三枚目のレンズ——普遍で見る
三枚目のレンズは、普遍と特殊の区別です。
先生は、明治時代に出た名著、本多静六の『私の財産告白』の解説を自ら書いたことに触れ、そこで「一般解と特殊解」という表現を使ったと語ります。世の中の多くの人は、派手な特殊解の物語に翻弄されます。その一方で、収入の一定割合を貯金しつづけるといった一般解を、こんなのできないよ、とやらない。しかし先生は、そちらのほうが絶対に簡単だと言います。凡人にもできる簡単なことを、人は難しいと言うのです。
「重要なのは普遍性の方です」と先生は言います。「当たり前というのは、普遍性であります」。天下の大勢は普遍性で動く、とも。派手な特殊事例に目を奪われ、その真似から入ると、根本のほうがやられてしまいます。
先生は、情報の見方についても普遍のレンズを示します。起きていないことこそ大事だ、と。「起きてないことがいっぱいあるんです」。起きたことは、苦労しなくても報道が教えてくれます。起きていないことは、自分で情報を集めないと見えません。ここに、経営者の情報リテラシーの分かれ目があります。
そして先生は、こうした当たり前を積み重ねる人がどこに行き着くかを、はっきり示します。「上位5%ってこれはっきり言いますが、難しくありません。100人に5人ですよ。20人に1人です」。周りのほとんどが、当たり前をやらないからです。だからこう呼びかけます。「トップ5%になりましょうよ、一緒に」。私はこの言葉に、教える側と教わる側ではなく、同じ側に立って歩く先生の姿勢を感じます。
図3 三枚のレンズ——大枠・分布・普遍。見方を整えてから、決め方に進む
まとめ——レンズを磨いてから、地図を描く
この講演から私が受け取ったレンズは三枚です。大枠で見る。分布で見る。普遍で見る。どれも、聞けば当たり前です。しかし、当たり前のレンズを外したまま最新のノウハウを追いかけると、物語に翻弄され、特殊解の真似で消耗することになります。
人の一生は情報収集と判断実行の繰り返しだ、と先生は言います。判断の質は、情報の量ではなく、レンズの質で決まります。そしてレンズを磨く営みは、結局のところ、心を高めることと地続きです。稲盛和夫が残した「心を高める、経営を伸ばす」という言葉が指すのも、経営の判断がその人のものの見方から離れられない、ということだと私は受け取っています。
では、磨いたレンズで世の中を見たあと、何を決めればいいのか。同じ講演で先生は、差別化・立地・関係性という、打ち手の側の当たり前についても語っています。次の記事では、その決め方を訪ねます。差別化は、狙って作るものではない——という逆説から始まる話です。
よくある質問
Q1. 「大枠で見る」とは、具体的に何をすることですか?
自分の商売が世の中のどこに位置しているかを、統計などの大きな枠組みでつかむことです。個別のノウハウや成功事例を検討する前に、市場全体の中での自分の位置を確認します。大枠にはまっているかどうかで、同じ打ち手でも結果が大きく変わるためです。
Q2. 20対80の法則は、間違いなのですか?
傾向としては存在しますが、法則として当てにするのは危険だ、というのが岡本先生の指摘です。実際の顧客分布はもっと偏っていることが多く、ごく少数の顧客が売上の大半を支えるのが現実です。比率の思い込みではなく、自社の実際の分布を調べてみることを先生はすすめています。
Q3. 変化の速い時代に、当たり前を学ぶ意味はありますか?
あります。当たり前とは普遍性のことであり、世の中の大勢は普遍性で動くからです。流行の特殊解は賞味期限が短く、真似から入ると根本を損ないます。周りのほとんどが当たり前を実行しないからこそ、続けた人が上位に行ける、というのが講演の結論の一つです。
