稲盛和夫の経営講話に「経営者に求められる3つの力」というテーマがあります。学びを深めるための教材として、講話とワークシートがセットになったもので、私も繰り返し学んできました。稲盛シリーズの締めくくりに、フィロソフィ(稲盛01)・会計(稲盛02)・共に学ぶ場(稲盛03)を経営者一人の器の中で束ねる、この話を置きます。
3つの力とは何か。答えを先に言うと、①自力、②他力(従業員の力)、③他力(宇宙の力)です。3つのうち2つが「他力」——つまり経営の成否の多くは、自分以外から「応援される力」を得られるかどうかにかかっている、というのがこの講話の核心です。
図1 3つの力の構造——土台は必ず自力。その上に従業員の力、さらに宇宙の力が乗る
第1の力「自力」——まず経営者自身の力を高める
とはいえ、話は他力から始まりません。出発点はあくまで自力です。
稲盛氏はまず、事業の大前提として採算性の見極めを挙げます。製造業なら市場価格に対して十分見合う原価でつくれるか、流通業なら粗利がどれだけ取れるか。シミュレーションと検証を重ね、確信を得てから始める。さらに、粗利が取れても狭いエリアでしか展開できない事業には将来性がない——市場の発展性まで見極めよ、と説きます。思いつきや生半可な知識で事業に手を出すな、という厳しい戒めです。
その上で、経営者が磨くべき自力の中身が「経営12ヶ条」の実践です。事業の目的・意義を明確にする、具体的な目標を立てる、強烈な願望を心に抱く、誰にも負けない努力をする、売上最大・経費最小、値決めは経営……。一つひとつは短い言葉ですが、稲盛氏は、複雑に見える経営も原理を解き明かせば実はシンプルだと語っています。そのうえで、この12ヶ条は京セラ・KDDI・JAL再建で有効性が実証済みの要諦だ、と。
後半の6ヶ条まで並べてみると、経営者に求められるものの幅が見えてきます。強い意志で決める、燃える闘魂を持つ、勇気をもって事に当たる。そして、常に創造的な仕事をし、思いやりの心で誠実に、明るく前向きに素直な心で。前半が事業と数字の話だとすれば、後半は経営者の意志と人間性の話です。12ヶ条は経営技術のリストではなく、経営者という人間の全体像を描いた地図なのだと思います。
図2 経営12ヶ条の全体像——前半は事業と数字、後半は意志と人間性。地図として眺めると幅が見える
面白いのは、教材のチェックシートです。12ヶ条それぞれについて、こんな項目が並びます。「事業・組織の目的を従業員に語る機会をつくっている」「自分は従業員の誰よりも努力していると言える」「値決めは経営者が行っている」。これらを、できている・できていないの3段階で自己採点させられる。知っているかではなく、できているかを問う。稲盛01で見た知識・見識・胆識の枠組みが、そのまま設計に落ちています。最後の講話(稲盛03)で稲盛氏が戒めた「フィロソフィ読みのフィロソフィ知らず」を、この教材は構造として許しません。
第2の力「他力①」——従業員の力を結集させる
自力には限界があります。人間ひとりの能力は限られている。だからこそ経営者には、自分の片腕となるパートナーを得る力が必要になります。
稲盛氏が挙げる例が示唆的です。本田宗一郎には計数に明るい藤沢武夫がいた。松下幸之助には経理・会計を守る高橋荒太郎がいた。天才的な創業者でさえ、いや天才だからこそ、自分を支える他力を必要とした。パートナーを得られるかどうかで経営の成否は決まる、とまで稲盛氏は言い切ります。そして京セラでは、部門別独立採算のアメーバ経営を通じて、経営者と同じ気持ちで部門を任せられる「共同経営者」を育てようとしました。
パートナーとの関係の土台は、制度ではなく心です。経営者が使命感を持ち、それを伝え、自分から心を開く。移ろいやすくはかない人の心も、ひとたび結ばれれば何より頼りになる。だからこそ京セラは「大家族主義」を掲げ、稲盛氏は従業員に親兄弟と同じ愛情で接することを自らに課しました。命がけで守ってくれる従業員を求めるなら、まず自分が命がけで従業員を守る。順番はいつもこちらが先です。
図3 応援される順序——経営者が先に与え、応援は結果として返ってくる循環
講話には「従業員をやる気にさせる7つの要諦」も添えられています。従業員をパートナーとして迎え入れる、仕事の意義を説く、ビジョンを高く掲げる、フィロソフィを語り続ける、自らの心を高める……。
なかでも二つ目の「従業員に心底惚れてもらう」は、読むたびに厳しさを感じる要諦です。己ばかりを愛していたのでは、誰も惚れてくれない。己を空しくし、自己犠牲を払い、従業員のことを最優先に考える。そこまでやってはじめて、心は返ってくるというのです。順序の話は、ここでも変わりません。
3Kの粉まみれの現場で、夜な夜な従業員を集めて研究の意義を語った創業期のエピソードは、「仕事の意義を説く」ことの原点といえるでしょう。
第3の力「他力②」——宇宙の力を得る
そして3つ目が、稲盛経営のもっとも稲盛らしい部分——「宇宙の力を得る」です。
要点は2つ。善きことを思い、善きことを行うこと。そして人格を高め、自然を味方につけること。怪しげな話に聞こえるかもしれませんが、稲盛01で紹介した「他力の帆」のたとえを思い出すと腑に落ちます。世の中には物事を善き方向へ導く流れがあり、純粋で美しい心で張った帆だけがその追い風を受けられる。動機が善であり、私心がなければ、事は成る。逆に、邪な心で成功を追えば、一時うまくいってもやがて破綻する。稲盛氏は80年を超える人生の経験から、これを法則として確信していました。
「宇宙の力」を得るための実践は、結局のところ日々の生き方に還ってきます。感謝する、謙虚である、利他の心で判断する。つまり第3の力とは、特別な何かではなく、人格を高めつづける力のことなのです。
まとめ:経営とは「応援される力」を得る営み
3つの力を並べてみると、美しい構造が見えてきます。
- 自力——採算を見極め、経営12ヶ条を実践し、まず自分が誰にも負けない努力をする
- 他力(従業員)——心と心の信頼関係でパートナーを得て、全従業員の力を結集させる
- 他力(宇宙)——善きことを思い行い、人格を高めて、見えない追い風を味方につける
私はこれを「応援される力を得る」ことだと理解しています。従業員から応援され、世の中の流れから応援される。ただし順番を間違えてはいけません。他力は、自力を尽くした者にしか吹かない風です。誰にも負けない努力をし、私心なく従業員の幸せを願う経営者のもとにだけ、人の力と天の力が集まってくる。
自分は今、応援される経営者だろうか。チェックシートに向かうたび、この問いを突きつけられる気がします。
これで稲盛シリーズは一区切りです。「心を高める、経営を伸ばす」(稲盛00)から始まり、フィロソフィ・会計・盛和塾・3つの力と歩いてきました。そして、すべての道が「心を高める」「人格を高める」に還ることを見てきました。すると残る問いはひとつ。心は、どうやって高めるのか。稲盛氏自身がその答えを求めた先——禅、易、東洋哲学——へ、次の哲学カテゴリで分け入っていきます。まずは坐禅の話から始めましょう。
よくある質問
Q. 3つの力のうち、まず何から手をつければよいですか。
自力からです。他力は、自力を尽くした者にしか吹かない風です。具体的には二段構えで、まず今の事業が採算的に成り立つかを検証すること。粗利が十分に取れるか、そして市場に発展性があるか。そのうえで、経営12ヶ条のうち自分に足りない項目を見つけ、実践に移すことです。順番を飛ばして他力だけを求めても、構造は成り立ちません。
Q. 片腕となるパートナーが社内に見当たりません。どうすればよいですか。
探すというより、育てるものだと考えたほうが近いはずです。京セラは部門別独立採算のアメーバ経営を通じて、経営者と同じ気持ちで部門を任せられる人材を育てようとしました。土台になるのは制度ではなく心です。経営者が使命感を持ち、それを伝え、自分から心を開く。人の心は移ろいやすいけれども、ひとたび結ばれれば何より頼りになる、というのが稲盛氏の実感でした。
Q. 「宇宙の力」は精神論に聞こえます。実務として何をすればよいのでしょうか。
日々の生き方に還る話です。感謝する、謙虚である、利他の心で判断する——実践の中身はそれだけで、特別な行を積むわけではありません。動機が善であり、私心がなければ事は成る。逆に、邪な心で成功を追えば、一時うまくいってもやがて破綻する。第3の力とは要するに、人格を高めつづける力のことです。
