「よし来た!」——坐禅会の老師・窪田慈雲が教える、大難の受け方

前回、「心を高めるために、坐禅をする」と書き、禅の三大目的——定力・見性・人格の完成——を見ました。今回はその実例集です。

主役は、窪田慈雲老師。山田耕雲老師(『禅の正門』の著者)の三雲禅堂を継いだ、坐禅歴70年の在家禅の老師です。盛和塾メンバーのために開かれた「心を高める坐禅の会」で、指導にあたってこられました。私が参加してきた坐禅会の、あの老師です。

老師がブログ「BEYOND DEATH(誰も死ぬことはない)」に綴った記録には、坐禅会に通う経営者たちの驚くべき実話が残されています。坐禅が経営の危機に何をしてくれるのか——これほど具体的な証言はめったにありません。

目次

老師の原点:「弟はどこへ行ったのか」

まず、老師自身の物語から。窪田老師は12歳のとき8歳の弟を病気で亡くし、16歳の夏、もう一人の弟をやはり8歳で水の事故で亡くします。月明かりの中、母と無言で弟の亡骸を自転車で運んだ光景——なぜ8歳で人生を終える不合理を神仏は許すのか、彼らは死んでどこへ行ったのか。この問いが、17歳での参禅の出発点でした。

面白いのは、その後です。安谷白雲老師に「坐禅をして見性すれば解決します」と言われ、壁に向かって息を数えるだけの修行を始めます。しかし、これで深刻な人生問題が解決するのかと馬鹿らしくなって逃げ帰る。翌月また参加しては、また逃げ帰る。それが何ヶ月も続いたといいます。

しかし老師は振り返ります——わからないなりにも数ヶ月坐り続けたその力が、「坐禅は続けるべきである」という貴重な判断に自分を導いてくれたのだ、と。坐禅の力は、まず「続ける」という判断そのものに現れる。疑いながらでいい、坐り続けること。ここに最初の教えがあります。

実話①:3.11の夜、寸断された道を東京へ

2009年、山田耕雲老師の娘・下村満子氏が「心を高める坐禅の会」を開設し、窪田老師が指導を引き受けます。稲盛氏の「心を高める経営」の根底は坐禅であるべきである、という信念からでした。その2年後、東日本大震災が起きました。

坐禅会のメンバーに、福島で東京電力の下請け会社を営む佐藤順英社長がいました。地震と津波と原発事故の大混乱のさなか、佐藤氏はその月の坐禅会への出席を決意し、ズタズタに寸断された道を縫い、夜通し車を走らせて東京にたどり着きます。

坐禅会後の食事の席で、佐藤氏は老師の隣に座り、静かに尋ねました。禅では、今回のような大災害に遭遇したとき、どう対処すべきだと教えるのか——。

老師が紹介したのは、唐代の趙州和尚の短い問答でした。「大変な災難が押し寄せてきましたが、どう逃げたらよいでしょうか」という問いに、趙州はただ一言、恰好(こうこう)と答えた。日本語にすれば「よし来た!」です。

逃げ方を尋ねた者に、「逃げるな、正面から受けよ」と答える。それを聞いた瞬間、佐藤氏は「わかりました!」と叫んで立ち上がったといいます。

翌日、佐藤氏は福島へ戻ります。家族と社員の家族を安全な土地へ移し、自分はキャンピングカーに鍋釜と食料を積んで寝泊まりしながら、社員とともに会社の再建の陣頭に立ちました。辞めていく社員を引き留める余裕もない中、毅然と指揮を続ける社長の姿に、社員の心は一つになっていく。さらに原発の危険を目の当たりにした佐藤氏は、バイオマス発電の会社まで立ち上げ、震災からわずか数年で再建を成し遂げました。その間も、月一度の東京の坐禅会には通い続けていたそうです。

老師は言います。経営の相談には一度も乗っていない。自宅でも続けていた坐禅の力が、危機に際しての不退転の勇気を導き出したのだと。

大難が来たとき——二つの受け方 大難(災害・危機) 逃げ道を探す(凡夫の反応) 「よし来た!」(趙州の答え) 逃げ方を探しつづける 心は波立ちつづける 判断が歪み、苦しみが続く 正面から受ける——覚悟が定まる 心が静まり、打つ手が見える 危機が事業の進化に変わる 実例: 佐藤社長は寸断された道を夜通し走って坐禅会へ。 「よし来た!」を聞いた翌日、福島へ戻り再建の陣頭に立った。

図1 大難の受け方——「逃げ道を探す」と「よし来た!」では、その後が分かれる

実話②:全社員と面談したら、会社が一変した

もう一つの実話は、坐禅の会の発足に真っ先に協力した千田利雄社長の話です。

千田氏はある会社の経営を委託されて社長に就任しましたが、社員の態度も行動もすべてが不満で、当初は細部にわたって指示・命令・監督する日々でした。ところが坐禅会に毎月通い、自宅でも毎日坐り続けて数年——ある日、社員一人ひとりの考えを聞いてみようという気持ちが自然に湧いてきます。

役員から始め、幹部、一般社員、新入社員に至るまで、時間無制限で、互いに納得するまで対話を続けました。そしてある日、老師にこう報告します。全社員との面談が終わり、会社は一変しました。私はもう何の文句を言う必要がなくなりました——と。

なぜこんなことが起きるのか。老師はもう一つの趙州の問答を引きます。罪深い身をどう救えばよいかと訴える老婆に、趙州は「自分以外のすべての人が天国に生まれますように、そして自分は永久に苦海に沈みますようにと、心より祈れ」と教えた。自分だけ助かりたいという欲心を、利他の祈りに転じよ、というのです。

その覚悟ができたとき、自分ではどうにもできないと思っていた環境が好転しはじめる。なぜなら自分と環境は一体(自他一如)であり、心が変われば環境がそれに従って変わるのが宇宙の法則だから——老師はそう説きます。稲盛氏が説いた、善きことを思い善きことを行えば宇宙の力を得るという教え(稲盛04)と、寸分違わず同じことを、禅は千年以上前から言っていたわけです。

心が変われば、環境が変わる——自他一如の循環 ①経営者の心が変わる ②行動が変わる (聴く・対話する) ③社員の心が変わる ④環境・業績が変わる 自他一如 自分と環境は一体である 実例: 千田社長——指示・命令をやめ「聴く」に変わったら、会社が一変した

図2 自他一如の循環——心が変われば、行動・社員・環境が順に変わっていく

「人間は死なない!」——老師が70年かけてたどり着いた答え

老師自身の生死の問いには、続きがあります。26歳のとき、坐禅会の席で誰かが「人間は死んだらどうなるのでしょうか」と質問した瞬間、山田耕雲老師が間髪を入れず大声で「人間は死なない!」と言い放った。その一言に脳天を打ち砕かれた窪田老師は、それから何十年もこの問いと格闘します。

43歳、ロンドン駐在中。ストレスの極みで疲れ果てて降りた地下鉄のホームで、轟音とともに電車が入ってきた瞬間、「自分」がどこかへ吹き飛んでしまう体験をします。鞄を提げた手はある、階段を降りる足はある、なのに肝心の自分がどこにもいない——。そして70歳のころ、独参の指導中に突然「不生!」という言葉が身体を突き抜けます。自分はもともと生まれていなかった。生まれたことがなければ、死ぬことはないのは当たり前——。17歳から抱えてきた疑問が、ここで氷解したといいます。

答えは思想でも慰めでもなく、体験としてやってきた。53年かかっています。禅の答えの出方とは、そういうものなのでしょう。

一つの問いを、53年——窪田慈雲老師の道のり 二人の弟を8歳で亡くす 「彼らはどこへ行ったのか」 12歳・16歳 17歳 参禅開始。「こんなことで」と 逃げ帰っては、また坐る 耕雲老師の一喝 「人間は死なない!」 26歳 43歳 ロンドンの駅で 「自分」が消える体験 「不生!」が身体を突き抜け 17歳からの問いが氷解する 70歳 疑いながらでも、坐りつづけた53年が答えを連れてきた

図3 窪田老師の53年——一つの問いを、坐りつづけて解いた年表

まとめ:坐禅は問題を消さない。問題を受ける人間を変える

窪田老師と坐禅会の実話が教えてくれるのは、こういうことだと思います。

  1. 続ける力が判断を導く——わからないなりに坐り続けたことが、人生の岐路での「正しい判断」を連れてくる
  2. 大難は「よし来た」と受ける——逃げ道を探す心が苦しみを生む。正面から受けた佐藤社長は、危機を事業の進化に変えた
  3. 心が変われば環境が変わる——指示命令をやめて聴く人に変わった千田社長のもとで、会社は勝手に一変した

坐禅は、災害を消してはくれないし、社員を入れ替えてもくれません。変わるのは、それを受ける経営者の心だけです。しかし自他一如——心が変われば、環境は必ずそれに従う。「心を高める、経営を伸ばす」という因果を、これほど鮮やかに実証した人たちが、あの坐禅会にいたのです。

考えてみれば、唐代の趙州の一言が、千年以上を越えて2011年の福島で一人の経営者を立ち上がらせました。故き(古典)を温ねるとは、教養を飾ることではなく、こういう瞬間のために備えることなのだと思います。

最後に、窪田老師が今も心に刻むという恩師・安谷白雲老師の言葉の趣旨を記して結びます。来る不幸はすべて引き受け、逃げる幸福は追いかけない——。経営者の覚悟として、これ以上の言葉があるでしょうか。

ここまでが、坐禅——「内」を修める道の話でした。次回は目を「外」へ向けます。変化しつづける世界の構造を、どう読むか。易は「人生の構造」を読む地図である、という話です。

よくある質問

Q. 坐禅を疑いながら続けても、意味はありますか。

あります。窪田老師自身、馬鹿らしくなって何ヶ月も逃げ帰りつづけた人でした。それでも、わからないなりに坐り続けた力が、続けるべきだという貴重な判断を導いたと老師は振り返ります。疑いながらでいい、坐り続けることです。

Q. 経営の危機に、坐禅は具体的に何をしてくれるのですか。

問題そのものは消してくれません。変わるのは、危機を受ける経営者の心です。3.11の翌日に福島へ戻った佐藤社長について、老師は経営の相談には一度も乗っていないと言います。自宅でも続けていた坐禅の力が、危機に際しての不退転の勇気を導き出した——これが実話の示す効用です。

Q. 社員が変わらないと悩んでいます。何から始めればよいですか。

千田社長の実話が一つの答えです。指示・命令・監督をやめ、新入社員に至るまで納得するまで聴く人に変わったとき、会社は一変しました。自分と環境は一体(自他一如)——社員を変えようとする前に、自分の心を整えることから始まります。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

目次