前回、ERP(基幹業務システム)という計器盤の話を、ひとつの問いで締めくくりました。ERPもAIも、いまや誰でも手に入る道具になった。同じ道具を入れれば、会社は似てくる。では、差はどこから生まれるのか。今回はこの逆説を、正面から考えます。newbusiness engineeringという名前を掲げる私たち自身への、自問でもあります。
ベストプラクティスは、平均化の装置でもある
NetSuiteやSalesforceの実装を仕事にしていると、不思議な光景に出会います。業種の違う会社が、導入を終えると、どこか似てくるのです。同じ画面、同じダッシュボード、同じKPI、同じ言葉づかい。それもそのはずで、これらの道具には「ベストプラクティス」——世界中の会社から集めた最良のやり方——が組み込まれています。導入するとは、その最良の型に自社を合わせることでもある。
誤解のないように言えば、これは悪いことではありません。転記をなくし、数字を速くし、業務の抜け漏れを塞ぐ。テク02で書いた通り、計器盤としての価値は本物です。しかし、冷静に考えてみてください。最良の型は、誰にとっても最良だから、誰もが同じ型になる。技術で業務は良くなるのに、技術では他社との違いはつくれない。
生成AIの登場は、この逆説をさらに強めます。同じモデルに同じ質問をすれば、返ってくるのは同じような、もっともらしい「平均」の答えです。戦略も、キャッチコピーも、事業計画も、AIに頼れば頼るほど、世の中の平均値へと引き寄せられていく。むしろ最新であるほど、皆が同じものを使うほど、会社は似てくる。ここに、テクノロジーを名前に掲げる私たちが直視すべき逆説があります。
図1 平均化の逆説——ベストプラクティスは業務を最良にすると同時に、各社を共通の型へと引き寄せる
故きは、二層ある
では、差はどこから生まれるのか。答えは新しい場所にはありません。古い場所にあります。温故知新——故きを温ねて新しきを知る。古いことをよく調べ、そこから新しい知識や考えを見つけること。私たちはこれを、サイト全体を貫く差別化の原理として掲げています。
ただし、ここで大事なのは「故き」が二層あることです。第一層は、人類の古典。禅、易、菜根譚、スピノザ、稲盛、ドラッカー——他人が残してくれた過去です。この学びは不可欠ですが、それだけでは差はつきません。同じ本を読んだ全員が、だいたい同じ結論に着くからです。ベストプラクティスと同じ構造ですね。
差が生まれるのは、第二層——自分と自社の歴史からです。あなたがどんな家に生まれ、何につまずき、なぜその商売を選び、どの失敗を引きずり、何に理屈を超えてこだわってきたか。これは世界であなたにしかない過去であり、誰にもコピーできません。第一層で観る眼を磨き、その眼で第二層を掘る。二層が揃ってはじめて、温故知新は差別化の原理として働くのです。
自分史を書く——過去を「使える」ようにする
第二層を掘る具体的な方法が、自分史を書くことです。私は2021年、久米島で開かれた一年がかりのワークショップで、師の岡本吏郎先生のもと、自分史を書きました。そこで教わったことが、いまも軸になっています。
自分史は、引退後の思い出話でも、自慢話でもない。書くのに適した歳はむしろ40代から50代——現役のど真ん中です。なぜなら自分史を書くとは、先生の言葉を借りれば「命の対象化」だからです。自分がどういう人から生まれ、どういう体験をしてきたかを、一度自分の外に置いて、客観化して眺めてみる。すると不思議なことが起きます。客観化できた過去は、意図的に使えるようになるのです。無自覚に引きずっていた癖が、自覚的に選べる持ち味に変わる。
ワークショップでは、人間は幅のある存在だ、という哲学者フッサール由来の考え方も手がかりにしました。人間は「いま」という点だけを生きているのではなく、過去を保ちながら、未来を先取りしながら生きている、幅を持った存在だ——という見方です。だからこそ、過去(自分史)と未来(これから起こることの見通し)の両方を明快に持つ人は、いまの思考に幅と動きが生まれる。先生はそれを、人生にダイナミクスを起こす、と表現しました。自分史とは過去の側からダイナミクスを起こす装置なのです。
私自身、書いてみて初めて見えたものがあります。会社の妙なこだわりの由来。捨てられずにきた事業の意味。あの失敗が、実はいまの強みの入口だったこと。その中身はナラティブ01と実践07(私の学びの年表)に譲りますが、ひとつ確かなのは、掘る前と後では、同じ道具の使い方が変わったということです。
交差点に、存在意義が立つ
ここでテク02の話とつながります。2013年、私たちは手作業の部門別採算表で「過去の数字」の壁にぶつかりました。あの失敗の記憶があったからこそ、後にNetSuiteに出会ったとき、それは単なる商材ではなく「あのとき越えられなかった谷を渡る橋」に見えた。だから実装のしかたに、思想が乗った。自社の歴史と最新テクノロジーの交差点に、他社が真似しようのない自社の存在意義が立った——小さいながら、これが私たちの実例です。
これはあなたの会社にも、必ずあります。あなたの会社の「2013年の採算表」にあたる引き出しは何でしょうか。理屈を超えて捨てられずにきたもの。いちばん手痛かった失敗。そもそも、なぜこの商売を始めたのか。この三つを紙に書き出してみるだけでも、第二層の発掘は始まります。道具の選定より先に、まずこの問いです。
順序を間違えてはいけません。内→外、です。差別化しようとして外の競合を分析し、空いている場所を探すのではない。まず内側を掘る。掘った結果として、そこから出てきたものは構造的に他社に真似できない。差別化は目的ではなく、内を掘ったことの結果なのです。そしてこの「内を掘る」作業は、自分の弱さや失敗と向き合う作業でもあります。つまりそれ自体が「心を高める」修行であり、その掘った土台の上に、テクノロジーという「経営を伸ばす」道具が立つ。ここでも、あの二つは分かちがたく結びついています。
図2 二層の「故き」と最新技術の交差点——同じ本と同じ道具では差はつかず、自分にしかない第二層が交差点を固有のものにする
図3 内→外の順序——内を掘る(心を高める)ことが先にあり、道具との交差(経営を伸ばす)を経て、差は結果として生まれる
まとめ——古い引き出しから、新しい経営へ
- 最新技術は業務を良くするが、違いはつくらない。ベストプラクティスは最良の型であると同時に、共通の型でもある。生成AIは平均化をさらに強める。
- 差別化の原理は温故知新。ただし「故き」は二層あり、第一層(人類の古典)だけでは同じ結論に着く。差は第二層(自分と自社の歴史)から生まれる。
- 第二層を掘る方法が自分史。命の対象化——過去を客観化すれば、無自覚な癖は自覚的に使える持ち味に変わり、思考にダイナミクスが生まれる。
- 順序は必ず内→外。内を掘ること自体が心を高める修行であり、その土台の上で道具が経営を伸ばす。差別化は目的ではなく、結果である。
最後に、ひとつの救いを添えておきます。「自社には誇れる歴史なんてない」と思われた方へ——掘る価値があるのは、輝かしい過去だけではありません。失敗も、遠回りも、捨てられなかった妙なこだわりも、掘れば交差点の材料になります。そもそも、過去そのものは変えられなくても、過去の捉え方は変えられる。次回は、この「過去は捉え方で変えられる」という話に進みます。
よくある質問
Q1. なぜ最新技術を導入すると、会社は似てくるのですか?
ERPなどの道具には「ベストプラクティス」——世界中から集めた最良のやり方——が組み込まれており、導入とはその型に自社を合わせることだからです。最良の型は誰にとっても最良なので、誰もが同じ型になります。生成AIも同じ質問には平均的な答えを返すため、頼るほど各社の戦略は世の中の平均値へ引き寄せられていきます。
Q2. 差別化のためには、何から始めればよいのでしょうか?
外の競合分析ではなく、まず内側を掘ることからです。理屈を超えて捨てられずにきたもの、いちばん手痛かった失敗、そもそもなぜこの商売を始めたのか——この三つを紙に書き出すだけでも、第二層の発掘は始まります。内を掘った結果として出てきたものは、構造的に他社に真似できません。
Q3. 自分史を書くのに適した時期はありますか?
引退後ではなく、40代から50代——現役のど真ん中です。自分史を書くことは過去の客観化(命の対象化)であり、客観化できた過去は意図的に使えるようになります。無自覚に引きずっていた癖が、自覚的に選べる持ち味に変わるのです。
