前回、『アメーバ経営』を設計図として読みながら、最後にひとつの問いを残しました。稲盛和夫が求めた「現在の数字」は、日々のデータがリアルタイムに流れ込むERPの上では、どこまで現在に近づくのか。今回はその問いに、私たち自身の仕事——NetSuiteの実装——から答えていきます。理論編(書籍02)に対する、実装編です。
採算表は、コックピットの計器だった
稲盛は、経営の数字を飛行機のコックピットの計器盤にたとえました。あらゆる経営数値が経営の実態をそのまま映し出す——その中心の計器が、時間当り採算表です。
思い出してください。若き稲盛は、数カ月遅れで届く原価集計を前に「こんな過去の数字では役に立ちません」と言ってしまい、恩人に対して後悔しました。そこから、月次で全部門の採算が見える仕組みを自力でつくりあげた。月末で締めて一週間以内に月次の損益が出る——月次決算自体が珍しかった時代に、驚異的な速さです。日々の実績も、翌日には日報として現場に届く。ただしそれを支えていたのは、社内に経営管理部門を置き、採算表を作りつづける仕組みでした。計器盤の思想と、それを支える組織の重さ。この二つはずっとセットだったのです。
平成25年、私たちも採算表をつくった
ここで、自社の古い引き出しをひとつ開けます。手元に「部門別採算表 verⅠ」と題した、平成25年(2013年)9月の日付が入ったExcelのひな型が残っています。私たちの事業を8つの部門に分ける。売上高から始まって、外注費やウェブ維持管理費といった売上原価、役員報酬から雑費までの販管費を経て、営業損益・経常損益まで落とす。共通費を各部門に配る欄まで用意した、当時なりに本気の設計でした。「verⅠ」という名前に、これから育てていくつもりだった意気込みが残っています。
しかし、ひな型をつくるところまでは、誰でもできるのです。問題はその先でした。毎月、会計の試算表から数字を拾い、部門ごとに振り分け、共通費を配り、8部門分の表を埋めつづける。数字が揃うころには月が替わっていて、目の前の商売はもう次の局面に進んでいる。稲盛が味わった「過去の数字」の壁に、規模こそ違え、私たちもぶつかっていました。計器盤の思想に共感することと、計器盤を回しつづける仕組みを持つことは、まったく別の問題なのです。
これが、私たちがERPに向かった出発点です。「会計がわからんで経営ができるか」という言葉を知識として知ることと、自社で毎月それを回しつづける仕組みを持つことのあいだには、深い谷があります。その谷を、根性ではなく設計で渡る——古い自社の採算表を振り返ってから新しい道具を語る、順序はここでも、内から外へ、です。
図1 手作業の採算表からERPの計器盤へ——転記と手集計をなくすことで、「過去の数字」が「現在の数字」に変わる
NetSuiteにアメーバを載せる——設計の勘所
では、書籍02で読んだ設計思想を、NetSuiteの上にどう置き換えるのか。機能の話ではなく、考え方の対応関係を押さえます。
第一に、ひとつの事実。アメーバ経営の前提は、誰が見ても同じ数字です。NetSuiteは受注・請求・仕入・経費・入金までを単一のデータベースに記録します。営業の数字と経理の数字が食い違わないのは、転記という工程そのものが存在しないからです。ダブルチェックで数字の正しさを守った京セラ会計の精神を、データベースの構造で下支えするイメージです。
第二に、アメーバの単位。すべての取引に部門のタグを付ければ、会社を小集団に「分割」できます。2013年の私たちがExcelの列でやろうとしたことを、今度は取引の発生と同時に行う。部門をまたぐ仕事は社内の振替として記録すれば、社内売買の考え方もそのまま表現できます。
第三に、時間。時間当りの分母は総時間でした。プロジェクトや部門ごとに働いた時間を記録すれば、差引売上を総時間で割った「時間当り」が、月末を待たずに更新されていきます。
そして第四に、計器盤そのもの。各リーダーのダッシュボードに自部門の採算と時間当りを表示すれば、毎朝それを見てから一日を始められます。ここで忘れてはいけないのが、アメーバ経営が「実績を眺める仕組み」ではなく「予定と実績を突き合わせて回す仕組み」だということです。月初に自分たちの意思を込めた目標(予定)を立て、月中は進捗を追い、月末に実績と突き合わせて反省し、翌月の手を打つ。この月次のサイクルを、ERPでは予算・予定の登録と予実対比という形でそのまま計器盤に載せられます。針の現在値だけでなく、目指す高度との差が常に見える——これが計器盤という言葉の本当の意味です。
こうして経営会議の意味が変わります。集計結果を報告し合う場ではなく、すでに全員が見ている数字を前に、予定との差をどう埋めるかを議論し、リーダーの考え方を磨く場へ。稲盛が「生きた教育の場」と呼んだ会議の本来の姿に、近づけるのです。
図2 NetSuiteの上のアメーバ経営——単一のデータベースに部門タグで記録することで、分割・社内売買・時間当りが日次の計器盤になる
ERPに載らないもの
ここまで読むと、ERPを入れればアメーバ経営が完成するように聞こえるかもしれません。それは違います。書籍02で確認した通り、アメーバ経営は仕組みと哲学の両輪でした。ERPが実装できるのは、仕組みの側の半分だけです。
値決めを思い出してください。お客様からの値下げをどの部門が吸収するか。システムは各案の採算を瞬時にシミュレーションしてくれますが、どの案が公正かは計算してくれません。共通費をどう配るのが公平か、応援に入ってくれた部門の時間をどう扱うのが筋か——設定画面のすべての選択肢の裏に、実は哲学の問いが潜んでいます。そして、パートタイマーを増やして社員を減らせば見かけの時間当りが良くなる、というあの誘惑も、数字が速く見えるようになるほど強くなる。計器の性能が上がるほど、それを読む人の心が問われるのです。
だから、順序を間違えてはいけません。理念と哲学を欠いたままERPを入れた会社は、精巧な計器盤を積んだまま、行き先のない飛行機になります。計器盤は「経営を伸ばす」ための道具であり、その針をどう読み、どこへ飛ぶかを決める心を磨くこと——「心を高める」こと——は、最後まで人間の仕事として残る。ここでも両者は、分かちがたく結びついています。
図3 ERPに載るもの、載らないもの——実装できるのは仕組みの側の半分だけで、値決めの公正や数字を読む心は人が学びつづけるしかない
まとめ——計器盤を持ち、読む心を磨く
- 時間当り採算表は、もともと「経営の計器盤」の思想。ただしそれは、経営管理部門が採算表を作りつづける仕組みに支えられていた。2013年の自社の部門別採算表も、同じ「過去の数字」の壁にぶつかった。
- ERP(NetSuite)は、単一のデータベース・部門タグ・時間記録によって、分割・社内売買・時間当りを日次の計器盤に変える。稲盛が求めた「現在の数字」に、実務としてもっとも近づける道具である。
- しかし実装できるのは仕組みの側だけ。値決めの公正、配賦の筋、見かけの改善への誘惑に勝つ心——哲学の側は、リーダーが学びつづけるしかない。
- 計器盤を持つこと(経営を伸ばす)と、針を読む心を磨くこと(心を高める)。両方が揃って、はじめて飛べる。
最後に、次への問いをひとつ。ERPもAIも、いまや誰でも手に入る道具になりました。同じ道具を入れれば、会社は似てきます。では、差はどこから生まれるのか——次回は「最新技術を入れるほど、会社は似てくる」という逆説から、自社の歴史と技術の交差点を探しにいきます。
よくある質問
Q1. アメーバ経営はERP(NetSuite)でそのまま実現できますか?
実装できるのは仕組みの側だけです。単一のデータベースと部門タグ、時間の記録によって、部門別採算や時間当りを日次の計器盤にすることはできます。しかし、値決めの公正さや配賦の筋、見かけの改善への誘惑に勝つ心といった哲学の側は、リーダーが学びつづけるしかありません。
Q2. ERPを入れると、経営の数字はどう変わりますか?
転記という工程がなくなり、入力がそのまま記帳・集計になります。受注・請求・経費・時間がひとつの台帳に記録されるため、部門別の採算や時間当りが月末を待たずに日々更新され、「過去の数字」が「現在の数字」に変わります。
Q3. 時間当り採算をERPに載せる際の勘所は何ですか?
四つあります。第一に、すべての取引をひとつのデータベースに記録すること。第二に、全取引に部門タグを付けて、会社を小集団に分割すること。第三に、部門ごとに働いた時間を記録し、時間当りを算出すること。第四に、予算・予定を登録し、予実対比を各リーダーの計器盤に載せることです。予定と実績を突き合わせて回すことが要です。
