前回(テク11)、AIが速くしたのは知識の段までで、腹落ちの速度は変わらないという話を書いた。作る工程が速くなるほど、確かめ、納得し、決める工程が律速として浮かび上がる。そこで最後に、道具の側の歴史に潜りたいと予告した。
ERPというシステムのルーツは、700年におよぶ会計の歴史の中にある。会計や販売や在庫を一つにまとめて動かす基幹システムのことである。
今回はその道筋をたどる。田中靖浩さんの『会計と経営の七〇〇年史——五つの発明による興奮と狂乱』(ちくま新書)を手がかりにしながら、道具を深く使うための温故知新である。
難問が、発明を呼んできた
この本を読んで、いちばん腑に落ちた一節がある。
画期的な発明が現れる背景には「新たな難問」が存在します。その難問を解決すべく「新たな発明」が登場するのです。
会計の歴史は、この繰り返しだった。誰かが賢いことを思いついたのではない。困った人がいて、その困りごとが道具を呼んだ。順序はいつもこちらである。
物語は、700年前のイタリアから始まる。当時のヨーロッパは、東方に憧れる側だった。そこへ東方との交易が持ち込まれ、商売が一気に複雑になる。
難問はこうだ。離れた拠点で動く商売を、どうやって一つの儲けとして把握するのか。
答えが簿記だった。メディチ銀行は各地に支店を持ち、それぞれに任せながら、簿記によって全体を一つの計算にまとめた。分けて任せることと、まとめて把握すること。この両立を可能にしたのが記録の技術である。
その技法をヨーロッパ中に広めたのが、ルカ・パチョーリという数学者の書いた『スンマ』という本だ。もともとは数学の百科事典で、簿記の説明はそのうち27ページぶんにすぎない。それでも1494年にヴェネツィアで出版されると、商人たちの注目を集め、技法が各地に広がるきっかけをつくった。今でいう複式簿記の記録が、ここから世界に出ていく。
図1 700年の流れ——難問が呼んだ五つの発明。スペインだけが発明ではなく警告を残した
発明しなかった国がある
大航海時代のスペインは、新大陸の銀を手にし、太陽の沈まない帝国と呼ばれた。領土も富もあった。それでもこの国は、経営難に陥っていく。
著者の筆致は、ここで容赦がない。イタリアは銀行と簿記を生んだ。ではスペインは何を発明したか——とくになにも発明していない、と書く。
理由は能力ではない。態度である。
おカネや会計を「いやしいもの」「めんどくさいもの」として敬遠する空気が、この国にはあった。国を率いた親子もまた、会計を嫌った。だから拡大する領土と支出を管理する仕組みをつくれなかった。自分の財務がどうなっているのかを知らないまま、走り続けたことになる。
残された教訓を、著者はこう言い切る。会計嫌いのリーダーが率いる組織は危ない。
700年の物語の中で、この章だけは発明ではなく警告として記録されている。そして中小企業の現場を見てきた私には、これがいちばん現代的な章に思える。
難問が変わるたび、道具が増えた
以降の物語は、舞台を移しながら同じ構造をくり返す。
オランダの難問は、資金だった。東インドへの遠洋航海には、大型船も港湾設備も現地の拠点も要る。巨額で、しかも長期の金が必要になった。短期の借入では回らない。
答えが株式会社である。出資者から集め、儲かったときだけ配当を返す。この仕組みによって、会社を持つ人と経営する人が分かれた。所有と経営の分離という、資本主義の転換点がここで生まれる。あわせて株を売買する場——証券取引所も誕生した。
フランスの難問は、信用だった。浪費を重ねた王政の財政は、もはや誰も金を貸してくれないところまで来ていた。
このとき財務総監を務めていたのが、スイスから招かれた銀行家ネッケルである。改革が進まないことに業を煮やした彼は、とんでもない手に出た。国家の決算書を公開したのだ。国は大騒ぎになり、やがて革命にまで進む。著者は、この一件こそが決算書の情報公開——ディスクロージャーのはじまりだと述べている。
イギリスの難問は、時間だった。鉄道は、線路を敷き終えるまで収入を生まない。巨額の先行投資が要る。それでも株主には配当を出さなければ、出資が集まらない。
答えが減価償却だった。設備の費用を、使う年数に分けて計上する。この登場と普及によって、会計は収入から支出を引く現金主義から、収益から費用を引く発生主義へと進化していく。ここで一つ、経営者が知っておくべきことが確定した。会計上の利益は、現金の収支と一致しない。
アメリカの難問は、規模だった。鉄道会社はM&Aで巨大化し、複数の会社が一つの企業体として動くようになる。そこから連結決算——グループ全体を一つとして決算する仕組みが生まれた。
同じ頃、鉄道会社の郵便配達係から身を起こしたカーネギーが、原価計算を武器に出世していく。何にいくらかかっているかを掴んだ者が勝つ時代が来た。
そして最後の一歩が、シカゴ大学で踏み出される。会計学教授のジェームズ・マッキンゼーが、新しい講座を立ち上げた。従来の決算書に書かれているのは「過去の実績」にすぎない。しかし経営者が知りたいのは「これからどうすべきか」である。彼は「経営者よ、未来を見ろ!」と宣言し、予算制度を中心に据えた管理会計を教えはじめた。
会計はここで、記録の技術から、未来を決めるための道具へと踏み出したことになる。
図2 難問が、発明を呼ぶ——左を知らずに右だけを受け取ると、答えは面倒に変わる
答えだけを買おうとする現場
ここで、700年の話をいったん自分の現場に引き戻したい。
システム導入の現場でいちばんよく聞くのは、この声である。
「Excelでできるのに、なんでこんな面倒なシステムを入れないといけないんだ」
言っているのは、たいてい真面目な人だ。手を抜きたいわけではない。今のやり方で回っているのに、なぜ手数を増やすのかが腑に落ちていない。それだけである。
私はこれを、反発だとは思っていない。理由が渡っていないというサインだと受け取っている。
考えてみれば、700年の発明はどれも、生まれた瞬間は面倒な手続きだったはずだ。帳簿を細かくつけること。設備の費用を何年にも分けること。会社をまたいで決算をまとめること。どれも、必要に迫られていない人から見れば、手間が増えただけに見える。
難問を知らない人にとって、答えは面倒でしかない。
逆に言えば、その面倒がどんな難問への答えなのかさえ渡れば、面倒は必要に変わる。答えだけを買った会社と、理由ごと受け取った会社の差は、そこから開いていく。
ERPは、700年の発明を一つに載せた
ここまで並べてくると、ERPというシステムの正体が見えてくる。
著者は本書で、会計の発展を「簿記・株式会社・証券取引所・利益計算・情報公開」の五つの発明に整理している。ERPが載せているのは、ほぼこの五つである。
取引を記録する。出資と持分を管理する。費用を期間に配分して利益を計算する。グループをまとめ、外へ開示できる形にする。ばらばらの機能に見えるものは、どれも700年のどこかで、誰かの難問への答えとして生まれたものだ。
五つのうち証券取引所だけは、会社の中ではなく外側に——市場として残った。残る四つは、いまERPの中に収まっている。
ERPの特徴は、それらを一つのデータベースに載せたことにある。部門ごと、拠点ごと、国ごとに分かれていた記録が、同じ土台の上で更新される。
これは、メディチ銀行が簿記でやろうとしたことと構造としては同じである。分けて任せながら、全体を一つとして把握する。難問は変わっていない。道具だけが700年ぶんの進化を遂げた。
図3 ERPが一つに載せたもの——700年の発明のほとんどが、一つのデータベースに収まっている
このサイトで繰り返してきた三段階でいえば、ERPは①見える化の到達点にあたる。何があるかを、一つの場所で見えるようにする。ただしそこから先——②わかる化と③儲かる化は、道具の側にはない。
むすび——道具は買えるが、理由は買えない
- 会計の歴史は「難問→発明」の繰り返しだった。賢い思いつきが先にあったのではなく、困った人が先にいた
- 発明しなかった国もある。スペインの教訓は能力ではなく態度——会計嫌いのリーダーが率いる組織は危ない
- ERPは、700年の発明のほとんどを一つのデータベースに載せた道具である
- 「Excelでできるのに」という声は、反発ではなく理由が渡っていないというサインだ
- 難問を知らない人にとって答えは面倒でしかない。理由が渡れば、面倒は必要に変わる
道具は買える。しかし、その道具がどんな難問への答えだったのかという理由は、買えない。理由を受け取るには、自社がいま何に困っているのかを、自分の言葉にするしかない。それは数字の作業ではなく、経営者の仕事である。心を高める、経営を伸ばす。ここでもまた、原点に戻ってくる。
では、一つに載せた記録を、経営者はどう読むのか。ERPを計器盤として使うという話は、稿を改めて書いた通りである。
よくある質問
Q1. 会計の歴史を知ることが、ERPの導入にどう役立つのですか。
各機能が「どんな難問への答えとして生まれたか」が分かります。原価計算も連結決算も、歴史を外して眺めると面倒な機能にしか見えません。逆に、自社がいまどの難問を抱えているかが見えれば、必要な機能はおのずと絞られます。
Q2. 中小企業にもERPは必要でしょうか。
規模ではなく、難問の有無で決まると考えています。拠点や部門や取引が増えて、記録がばらけはじめたとしたら、それは700年間くり返されてきた難問と同じ形です。逆に、その難問がまだ生まれていないうちに道具だけを入れても、使われないまま終わります。
Q3. 会計が苦手な経営者は、何から始めればよいですか。
簿記の勉強からではなく、「何を見たいのか」を書き出すことからをおすすめします。スペインが残した教訓は、知識不足ではなく態度の問題でした。見たいものが決まれば、必要な数字も道具も、後から決まっていきます。
