取り込むたびに、半分が戻ってくる——ERPの前作業が、負のループの入口になる(前編)

この記事でわかること

  • ERPへのデータ取込が止まる原因の多くは、「参照の順番」「範囲のずれ」「文字と形式」の3つにまとまる
  • 現行のデータを写すのではなく、新しい業務で使う形に整えてから入れる、という進め方
  • 生成AI(Claude)に任せる作業と、人が決めなければならない判断の分け方

ERPは経営の計器盤である、と以前の記事で書きました。けれど、計器盤の針が正しく動くかどうかは、そこに入れる数字しだいです。そして数字を入れる手前には、誰の目にも留まらない作業が山のように積まれています。

いま私が手がけている、ある会社のNetSuite移行も、そこで止まっていました。何が、取込を止めていたのか。

目次

取り込むたびに、半分が戻ってくる

基幹システムを入れ替えるとき、最初の大仕事はデータの移行です。取引先、商品、仕入先、単価。今のシステムからCSV(表の形をした文字だけのファイル)で書き出し、NetSuiteに取り込みます。

この会社では、以前の段階で取込が何度も試されていました。担当の方によれば、1,000件を取り込むと500件がエラーで戻ってくる。それが繰り返されていたそうです。

数字で見ると、もっとはっきりします。取引先の親子関係の設定は、自分自身を親に指定した行などで、7千行あまりがすべてエラーでした。商品も4千件あまりが、仕入先を見つけられずに止まっていました。

エラーが戻るたびに、元のデータを直す作業が生まれます。しかしこの作業は、どれだけ繰り返しても売上を1円も生みません。

エラーの多くは、3つだった

以前の取込の記録を整理すると、ばらばらに見えたエラーの多くは、3つの原因にまとまりました。

原因何が起きていたか例
参照の順番参照される側が、まだ入っていない仕入先より先に商品を入れようとする
範囲のずれマスタごとに、移す対象がずれている商品が指す仕入先が、仕入先の一覧にない
文字と形式新しいシステムが読めない文字や書き方記号・改行・文字化け、先頭の0が消える

1つ目は、入れる順番の問題です。NetSuiteでは、商品が仕入先を、子の取引先が親の取引先を参照します。参照される側が先に入っていなければ、取込は通りません。

2つ目は、範囲の問題です。商品が指している仕入先が、移す予定の仕入先の一覧に入っていなかった。マスタごとに、移す範囲がそろっていなかったのです。

3つ目が、いちばん根の深い問題でした。文字コード(文字をコンピューターが扱う番号の決まり)が合わず、取引先名に付けていた記号が読めない。セルの中の改行や文字化けで、列がずれる。Excelで編集すると、6桁の商品コードから先頭の0が消える。メールアドレスの欄に、メモが書き込まれている。地区名の書き方が、都道府県の「県」の有無などでそろっていない。

記号やメモの多くは、現場が運用のために工夫した跡です。たとえば取引先名の記号は、請求書をFAXで送る先か、代金引換か、といった合図になっていました。人が読む分には困りません。困るのは、機械に渡した瞬間です。この会社でも、移行でいちばん大きな課題は文字コードに起因するデータの手直しだ、と確認しています。

実は私は、このシリーズのために、生成AIとERPの活用事例を世界から約200件集めました。そのうち文字コードに触れていたのは2件だけで、しかもERPへの取込を扱ったものではありませんでした。この移行でいちばんの課題になったところが、ほとんど語られていないのです。

前作業を消すか、残すか——2つのループ 前作業が残ると(負のループ) 取込のたびにエラー 直す作業が増える 数字が遅れ、信用されない Excelに戻り、誰も使わない 前作業が消えると(正のループ) 取込前に検査して通る 入力の手間が減る 数字が早く、正しくなる 使う人が増え、運用が楽に 分かれ目は、ERPに入れる手前の作業を消せるかどうか

図1 前作業を消すか、残すか——取込の手前の作業が残ると、直す手間が増えて誰も使わなくなる。消せれば、使うほど運用が楽になる

写すのではなく、整えて入れる

では、どう進めるのか。私がこの会社にご提案しているのは、「今のデータを写す」のではなく「新しい業務で使う形に整えてから入れる」という進め方です。

今のシステムの項目を、NetSuiteに1対1で写すことはしません。新しい業務で使わない項目は移さない。NetSuiteに標準で備わる機能で持てるものは、そちらに置き換える。取引先名の記号のように、項目の外に隠れていた運用のルールは、きちんと項目にする。移さない項目も、書き出したデータは保管して、あとから見られるようにしておきます。

そのうえで、流れを6つに分けています。

  1. 今のシステムから、決めた条件で書き出す
  2. 事前チェックで、文字・形式・参照先・重複を検査する
  3. エラーの一覧をもとに、元のデータを直す
  4. NetSuiteの項目と値に変換して、取り込む
  5. 件数と金額を、今のシステムの帳票と突き合わせる
  6. この流れを、テスト用の環境で2回以上通し、時間を計る

要になるのは2と3です。これまでは、取り込んでからエラーを知っていました。これからは、機械で見つけられる問題は、取り込む前に洗い出します。1回の取込で半分が戻ってくる状態を、取込の前に終わらせるのです。

取り込む前に、全部を洗い出す ①書き出す 条件を決めて ②事前チェック 文字・形式・参照 ③元を直す 値の判断は人 ④変換・取込 決めたルールで ⑤突き合わせ 件数と金額 ⑥2回以上 リハーサル 通るまで取込前にくり返す Claudeで作る道具に任せる 文字・形式・参照先・重複の検査 決めたルールどおりの変換 何度でも同じ結果を出す 人が決める どの取引先・商品を移すか 記号やメモが何を意味していたか 差異が説明できるか、稼働してよいか 検査と変換は道具へ。値の意味と範囲の判断は人に残す

図2 取り込む前に、全部を洗い出す——検査と変換は道具に任せ、何を移すか・値が何を意味するかは人が決める

Claudeに任せるところ、人が決めるところ

事前チェックと変換の道具は、これからClaudeを使って作ります。

検査の中身は、決まりごとの積み重ねです。この文字は新しいシステムで読めるか。メールの欄にメールアドレス以外が入っていないか。この商品が指す仕入先は、仕入先の一覧にあるか。同じ番号が2回出てこないか。人が目で追えば膨大な時間がかかる確認を、何度でも同じ結果で繰り返せる。ここは道具の仕事です。

一方で、道具に決めさせてはいけないことがあります。取引が途絶えた取引先を、新しいシステムに入れないのか、無効の状態で入れておくのか。取引先名に付いていた記号が、何の合図だったのか。直せないデータを変換ルールで吸収するのか、元を直すのか。どれも、その会社が商売として下す判断です。

だから役割は、はっきり分ける案にしています。値の判断と修正は、お客様。検査の道具と手順、変換、取込は、私の側。道具は、判断に必要な材料を一覧にして返すところまでです。

AIに任せれば、前作業は全部消える。そう考えたくなる気持ちはわかります。けれど道具で消せるのは、判断の手前にある確認の作業だと、私は考えています。判断そのものは残ります。残った判断に、人が時間を使えるようになる。それが、前作業を消すということなのだと思います。

前作業を消すことは、経営そのものである

稲盛和夫さんは、経営の基本を「売上を極大に、経費を極小に」と言いました。利益とは「その差であって、結果として出てくるものにすぎません」とも言っています(稲盛和夫オフィシャルサイト「思想」より)。

ERPは、その差を正しく測るための計器盤です。けれど、計器盤に数字を入れるために人が何日も費やしているなら、その時間はそのまま経費です。しかも、売上を1円も生まない経費です。

前作業が残ったままERPを入れると、負のループが回る。私はそう見ています。取込のたびに直す作業が増え、数字が遅れ、信用されなくなる。現場はExcelに戻り、やがて誰もERPを使わなくなる。生産性を上げるために入れたはずの道具が、生産性を下げてしまうのです。

反対に、前作業を消せれば、ERPの運用は使うほど楽になっていきます。数字が早く正しく出れば、それを見て判断する人が増える。心を高める、経営を伸ばす。その「経営を伸ばす」の足元は、こうした地味な作業を1つずつ消していくことにあります。

まとめ——前作業を消してから、測る

  • ERPへの取込が止まる原因の多くは、「参照の順番」「範囲のずれ」「文字と形式」の3つにまとまる。とくに文字と形式は、移行でいちばん大きな課題になった
  • 今のデータを写すのではなく、新しい業務で使う形に整えてから入れる。使わない項目は移さず、隠れた運用のルールは項目にする
  • 機械で見つけられる問題は、取り込む前に事前チェックで洗い出す。検査と変換はClaudeで作る道具に任せ、値の意味と範囲の判断は人に残す
  • 前作業を消すことは、「経費を極小に」の具体である。残せば負のループ、消せば正のループが回る

この移行は、これからが本番です。後編では、テスト環境でのリハーサルを通して、実際に何が消えて、何が人の手に残ったのかを書きます。

明日、一つだけやってみる

自社でいちばん最近、CSVを取り込んだときのことを思い出してください。エラーで戻ってきた件数と、その理由を1回分だけ書き出してみる。理由が「参照の順番」「範囲のずれ」「文字と形式」のどれに当たるかを分けるだけで、次に消す作業がはっきりします。

よくある質問

Q1. ERPへのデータ移行で、エラーが繰り返されるのはなぜですか?

多くは3つの原因にまとまります。1つ目は、参照される側のマスタが先に入っていない「参照の順番」。2つ目は、マスタごとに移す対象がずれている「範囲のずれ」。3つ目は、読めない記号や改行、先頭の0が消えるといった「文字と形式」です。取り込んでからエラーを知るのではなく、取り込む前に検査すると、繰り返しを断ち切れます。

Q2. 生成AI(Claude)に、データ移行をすべて任せられますか?

任せられるのは、文字・形式・参照先・重複の検査や、決めたルールどおりの変換です。どの取引先や商品を移すか、昔の記号やメモが何を意味していたかといったことは、その会社が商売として下す判断なので、人が決めます。

Q3. 今のシステムのデータを、そのままNetSuiteに写してはいけないのですか?

写すことはできますが、使わない項目や現場の癖まで一緒に持ち込むことになります。新しい業務で使う項目だけを選び、標準の機能で持てるものは置き換え、項目の外に隠れていたルールは項目にしてから入れる。そのほうが、移す前に整えるデータが減り、稼働後に使わない項目を抱えずに済みます。

出典

  • 稲盛和夫オフィシャルサイト「思想」。「売上を極大に、経費を極小に」と、利益についての言葉はこのページによる
  • 生成AIとERPの活用事例は、このシリーズのために世界から集めた約200件の一覧による
  • 移行の件数とエラーの内容は、私が手がけている移行案件の記録による(会社名は伏せている)

このテーマで相談したい方へ

ベンチャーネットは、中小・中堅企業の基幹システム(NetSuite・Odooほか)の導入と定着を伴走しています。特定の製品に誘導しない立場で、データ移行の手前の作業から一緒に考えます。

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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