この記事でわかること
- 記録簿と羅針盤の違いは、問いに答えが返るかどうか
- 指標を真面目に追うほど、測られていない時間が減る
- 指標の手前に「誰のために何をする会社か」を置く
前の記事「ERPは経営の計器盤である」で、計器の性能が上がるほど、それを読む人の心が問われると書きました。仕組みは実装できても、数字をどう読むかは人に残る、と。
ただ、あの結びには続きがあります。心を磨け、と言うだけでは足りなかった。指標がある限り、人は指標のほうへ寄っていくからです。しかもそれは、ごまかそうとしていなくても起きます。
私が採算の指標に手をつけたとき、落ちたのは、測られていない側の時間でした。では、指標の手前に何を置けばいいのか。
その費用、全部でいくらですか
記録簿のままの会社を、いくつも見てきました。共通しているのは、この問いに答えが返らないことです。
このプロジェクトの費用は、全部でいくらかかっているのか。
データがないわけではありません。仕訳は切ってある。請求書も残っている。それでも、すぐには出てこない。
理由は、軸が違うからです。会計は月次で、部門別で、勘定科目ごとに記録されます。ところが「このプロジェクト」は、月をまたぎ、部門をまたぎ、社内の工数と外注費をまたいでいる。記録の軸と、問いの軸が直交している。
だから後から集めようとすると、人が手で拾い集めることになります。数日かかる。会議はその前に終わっています。
すぐに答えが出ないと分かっている問いは、だんだん誰も聞かなくなります。
聞かれなくなった問いは、消えたわけではありません。答えが出ないまま、判断の外に置かれるだけです。
採算を上げるほど、おせっかいが落ちる
では、どうすればいいのか。私が最初に手をつけたのは、アメーバ経営でした。
組織を小さな単位に分けて、それぞれが自分の採算を見る。数字を経理が締めるものから、自分たちが見るものへ移す。稲盛和夫さんが京セラで築いた仕組みです。
その中心に、時間当たり採算があります。差引売上を総時間で割った数字を、単位ごとに高めていく。
やろうとして、手が止まりました。
分母は総時間です。同じ売上なら、時間を減らせば数字は上がる。私たちの仕事は、ITのコンサルティングと導入です。時間を減らそうとしたとき、最初に落ちるものが見えました。
お客様のところで気づいたことを、その場で言う時間。頼まれてはいないけれど、直しておく時間。なぜそうしたいのかを、背景から聞く時間。
私はこれを、おせっかいと呼んでいます。見積りに入っていない。誰にも頼まれていない。それでも、この部分こそが仕事の中身だという実感がありました。
図1 分母を削ると、数字は上がる——落ちるのは、測られていない側の時間
これは、不正ではありません。正直に指標を追うほど、こうなります。
測られるものは残り、測られないものが静かに減っていく。指標を入れるとは、そういうことでした。
心を磨け、では届かなかった
前の記事で私は、計器を読む心が問われると書きました。そこに嘘はありません。ただ、心の問題として置いた時点で、手を打てなくなっていました。
心構えを説いても、指標はそこにあり続けます。工夫すればするほど、削れる場所が見つかる。個人の心がけで押し戻せる力ではありませんでした。
そこで私は、順番を変えました。指標は捨てずに、その手前に別のものを置きました。
置いたのは、問いです。われわれの顧客は誰か。われわれの事業は何か。ドラッカーがマネジメントの出発点に据えた問いでした(P.F.ドラッカー『経営者に贈る5つの質問』上田惇生訳)。
自分たちは誰のために、何をする会社なのか。それを先に決める。そのうえで、決めたことが実現しているかを測る指標を選ぶ。
この順序にすると、削ってよい時間と、削ってはいけない時間が分かれます。おせっかいが定義の側にあるなら、それは削れない。むしろ、それが減っていないかを見なければならない。
図2 決める順序と、返ってくる道——先に定義、あとで指標。測った結果は、また定義に返る
五つの質問そのものは別の記事で書きました。ここで効いたのは、それを指標の手前に置いたことです。
論語と算盤、と言われます。稲盛さんの仕組みも、京セラフィロソフィと時間当たり採算が両輪でした。私が学んだのは、最初の順序と、そのあとの往復でした。定義を先に決める。測って返ってきた数字が、また定義を問い直す。
三つの誤解
私自身、三つの誤解を通ってきました。
一つめは、道具を入れれば羅針盤になる、という誤解です。
- システムは動いている。帳票も出ている
- それなのに、会議に出てくる数字はいつも先月のもの
- 「じゃあ後で調べます」が繰り返される
原因は、記録の軸と問いの軸が直交していることでした。乗り越えるには、道具を入れる前に、自分が普段どんな問いを立てているかを書き出すことです。答えが返らない問いこそ、設計すべき軸です。
二つめは、指標を決めれば人が動く、という誤解です。
- 指標を掲げた。数字は改善していく
- しかし、気づいたことを言う時間が減っていく
- 頼まれていないけれど直しておく時間も減っていく
原因は、分母を削るのがいちばん確実に数字を上げる方法だからです。乗り越えるには、指標を捨てるのではなく、手前に定義を置くことです。
三つめは、正しいデータが一箇所に揃わないと始まらない、という誤解です。
- 表計算で集計している。本当はいけないと分かってはいる
- 統合が終わるまでは、何も始められないと思っている
- そのまま何年も経っている
原因は、データがどこにあるかを問題だと考えていることでした。乗り越え方は次の節に書きます。
どちらの状態にあるかは、次の五つで見分けられます。
| 観点 | 記録簿のまま | 羅針盤になっている |
|---|---|---|
| 数字が届く時点 | 締めたあと | 問うたとき |
| 出てくる単位 | 部門・勘定科目 | 案件・顧客・プロジェクト |
| 答えの出ない問い | だんだん誰も聞かなくなる | 次の問いを生む |
| 指標との関係 | 指標が目的になる | 定義が先、指標は手段 |
| 表計算の位置 | 逃げ場(結果が戻らない) | 計算の場(結果は正本へ戻す) |
表計算はあってもいい
三つめの誤解は、私自身が考えを改めたところです。
以前の私は、表計算との併用を認めていませんでした。基幹システムを入れるなら、表計算からは離れるべきだと考えていた。
いまは、あってもいいと考えています。
前提が変わったからです。かつて表計算がまずかったのは、そこへ逃げた先がサイロになるからでした。画面では出ない形の問いに答えるために、人は表計算へ行く。行った先で計算した結果は、共有されないまま個人の手元に残る。
いまは、AIエージェントがつなぎます。集計や整形は対話で頼める。ダッシュボードが担っていた役割も、対話の側へ移りつつあります。インターフェースが画面から対話に変わる中で、以前はだめだと言い切っていたことも、変わっていく。
問うべきなのは、データがどこにあるかではなく、問いに答えが返るかどうかでした。
ただし、条件が一つあります。表計算で計算した結果は、正本に戻すことです。計算の場としての表計算は構わない。しかし結果が戻らなければ、それは結局サイロです。ここを外すと、以前の問題がそのまま帰ってきます。
もう一つ、私自身の変化があります。以前は数字に違和感があっても、なんでこうなるんだろう、で止まっていました。
いまは対話を通して、続けて何を見ればいいか、選択肢が広がるようになりました。
まだ途中です。全部でいくらかという問いに、即座に答えが返る状態には至っていません。それでも、問いが消えずに残るようにはなりました。
まとめ——論語と算盤
- 記録簿のままの会社では、答えの出ない問いが、だんだん誰にも聞かれなくなる
- 時間当たり採算の分母は総時間。削れば数字は上がる。落ちるのは測られていない側の時間
- これは不正ではない。真面目に指標を追うほど起きる
- だから心構えではなく、指標の手前に定義を置く。誰のために何をする会社なのかを先に決める
- 表計算はあってもいい。ただし計算結果は正本に戻す
稲盛和夫さんは「心を高める、経営を伸ばす」と説きました(稲盛和夫『心を高める、経営を伸ばす』)。私はこの二つを、並んだ二本の柱だと思っていました。いまは、順序があり、そのあと往復するものだと考えています。何のための商売かを決めるのは、心の側です。それが実現しているかを測るのが、経営の側です。
数字を追うことと、数字にならないものを守ること。順序を間違えたときだけ、この二つは対立して見えました。
では、数字にならないものは、どうやって組織に残すのか。おせっかいの中で誰かが得た気づきは、その人の中にしかありません。
明日、一つだけやってみる
「このプロジェクトの費用は全部でいくらか」と社内に聞いてみてください。答えが返るまでの時間で、自社の記録が記録簿か羅針盤かが見えてきます。
よくある質問
Q1. 記録簿と羅針盤は、何が違うのですか。
データの量でも、新しさでもありません。問いに答えが返るかどうかです。
このプロジェクトの費用は全部でいくらか、と聞いたときに数日かかるなら、それは記録簿です。仕訳も請求書も揃っているのに答えが出ないのは、記録の軸と問いの軸が違うからです。逆に、単位が案件や顧客で切られていて、聞いたときに答えが返るなら、それは羅針盤として働いています。
Q2. 指標を入れると、現場が萎縮しませんか。
萎縮というより、測られていないことが静かに減っていきます。
しかも、それは真面目にやるほど起きます。指標を上げようと工夫すれば、削れる場所が見つかる。見積りに入っていない時間から先に落ちていきます。誰も悪意を持っていません。だから、心構えを説いても止まりません。指標の手前に、何のための商売かの定義を置くしかないと考えています。
Q3. 表計算を使い続けているのは、遅れているということですか。
遅れではありません。前提が変わりました。
かつて表計算がまずかったのは、逃げた先がサイロになるからでした。いまはAIエージェントがつなぎ、対話がインターフェースになりつつあります。私自身、以前は併用を認めていませんでしたが、考えを改めました。ただし条件が一つあります。計算した結果は正本に戻すことです。戻らなければ、結局サイロのままです。
出典
- P.F.ドラッカー『経営者に贈る5つの質問』上田惇生訳。指標の手前に置いた問いは、この本による
- 稲盛和夫『心を高める、経営を伸ばす』
関連記事
- ERPは経営の計器盤である——アメーバ経営をNetSuiteに載せる
- 「会計がわからんで経営ができるか」——『稲盛和夫の実学』に学ぶ数字の哲学
- 答えだけを買っても、使えない——ERPのルーツは会計700年の歴史にある
- 稲盛哲学は、この一語に帰結する——「心を高める、経営を伸ばす」
このテーマで相談したい方へ
ベンチャーネットは、中小・中堅企業の経営の見える化から、基幹システムとAIの実装、定着までを伴走しています。数字で判断できる経営の仕組みづくりを、一緒に考えます。
