言われたとおりに納めても、満足はされない——商売の王道は、長く付き合うこと

前の記事「深掘りだけが、不安を消す」で、不安を消すのは深掘りしかない、という話を扱いました。

では、何を掘るのか。

材料は前回と同じです。十年以上前の年末、岡本吏郎先生が自社の社員に向けて話した会議の録音です。私たちは教わる側ではなく、他人の会社の年末会議に立ち会う側として、これを聞くことになります。

その中で、先生は掘る先を一つはっきり挙げていました。

「商売の深掘りの一つはこれだよね、いい人と長く付き合うっていう体制がちゃんとできてるかどうかだよ。」

お客様です。前回の話は、ここへ続いていました。

ただ、私はこの箇所を長いあいだ読み違えていました。当たり前すぎる言葉に見えて、何も足さずに通り過ぎていたのです。

目次

商売の王道は、昔から決まっている

先生の言い方は素っ気ないものでした。商売の王道は昔から決まっている。どれだけ良いお客様をたくさん持ち、その方々と長く付き合うか。それだけだ、と。

新しい話ではありません。むしろ古すぎて、誰も口にしなくなった話です。

先生はそこを指摘します。かつては、この言葉が普通に使われていた。横の人を見て、あそこはいいお客さんが多くていいね、と言う日本語があった、と。

今はあまり聞かない。そう続きます。

そのうえで、範囲を広げます。商売の基本も、人間づきあいの基本も、人生の基本も同じだ。いい人と長く付き合うこと。そう言っています。

築くのに十年、崩れるのは一瞬

ところが、この王道には続きがあります。

誰か一人のちょっとしたミスが、積み上げたものを全部壊す。しかもそれが速い、という話です。

何が速いのか。人が誰かを「この人は駄目だ」と思った瞬間、それを別の人に伝える速さです。それに勝るものはない、と先生は言います。だから商売はあっという間に終わる、と。

王道が「長く付き合う」であるのは、悠長だからではありません。積み上げに時間がかかり、崩れるのが速いからです。速度が対称ではない。だから、続けること自体が中身になります。

満足とは、期待を超えること

では、長く付き合うために何をするのか。先生の答えは短いものでした。

「だって満足って期待を超えることだからね。」

続けて、こう言います。相手が望んだことをそのまま提出しているのは、紹介でも何でもない、と。

厳しい指摘です。注文どおりに納めることは、満足ではない。

満足は到達点ではなく、通過点である 言われたとおりに納める 期待を超える 次の課題を提示する 提供ではない 満足が生まれる 満足を終点にしない 欲求は段階的に上がるので、 同じ段に留まれば不満に変わる ※ 高さは相手の受け取り方。段を上がり続けることが、長く付き合うことの中身になる

図1 満足の三段——止まった瞬間に、その場所は不満に変わる

理由として、先生は人の欲求の話を持ち出します。マズローの五段階です。

一番下は生存の欲求。まず食べられればいい。それが満ちると、安全の欲求になる。安全でいたいと思うようになる。

それも満ちると社会的欲求です。仲間が欲しい、集団に所属したい。

次が自我の欲求になります。他者に承認され、さらに自分で自分を承認できるか。先生は、今の日本人の多くは自分を褒めるところまで行っていない、と見ています。

そしてその先に、自己実現の欲求がある。

何が言いたいのか。欲求は段階的に上がる、ということです。だから同じことをしていれば、必ず不満に変わる。

先生はラーメン屋を例に挙げます。流行っている店の一杯目と二杯目が、同じ味であるわけがない。微妙に変えている。それは大変なことだ、と。

満足は、到達点ではありませんでした。通過点です。止まった瞬間に、そこは不満に変わる。

私は、言われたことをやれば足りると思っていた

この箇所で、私は自分の過去を思い出しました。

私は長いあいだ、言われたことをしっかりやれれば良いと思っていました。求められたものを、求められたとおりに、期日までにきちんと納める。それで十分だと考えていたのです。

先生の言葉を借りれば、相手が望んだことをそのまま提出していた状態です。それが提供ではなかったと気づくまでに、時間がかかりました。

受け取って納める仕事と、課題を立てる仕事 言われたとおりに納める 要望を聞く 納める 一方向で終わる。次が生まれない 課題を立てる 実験しておく 提示する 往復する。次の課題がまた立つ 違いは能力ではなく、どちらから課題が出るかにある。 ※ 右の形に立てたのは、左を長くやったあとだった

図2 二つの道——受け取って納めるか、課題のほうを立てにいくか

今の私の型は、少し変わっています。

常に最新の技術を実験しておくこと。そして、そこから新しい課題を見つけて提示すること。お客様がまだ言葉にしていない欲求を、こちらから一緒に立ち上げにいく形です。

満足を終点にしない、と言い換えてもいいと思います。満足したところで話を終わらせず、その先の課題を置く。

ラーメン屋の話と比べると、向きが違います。店は上がってくる欲求を追いかけて味を変えている。こちらは、課題のほうを先に作りにいく。

ただ、これは自慢ではありません。追いかける側ですらなかった時期が長かったからこそ、この形になりました。言われたことをやるのは、悪いことではありません。ただ、それだけでは関係が続かなかった、というだけのことです。

心は、こちらだけが読まれている

話は後半で、商売の成り立ちそのものに移ります。

先生の見立てでは、商売は非対称性でしか成り立ちません。ここでの非対称性とは、持っているものが両者で違う、という意味です。

かつては物の非対称性がありました。あるところに物があり、あるところにはない。だから商売になった。

それはもう終わった、と先生は言います。次に来たのが情報の非対称性でした。「ある人は知ってたある人は知らないから商売になるんでしょ。」

ところが、それも均されていきます。みんながまんべんなく知る時代になる。

では何が残るのか。ここで話が反転します。

「今度は逆の情報の非対称性だよね、こっちの心は読まれて、こっちは向こうの心が読めないってことが起きるんじゃない。」

三つの非対称性と、最後に残るものの向き 物の非対称性 あるところにあり、ないところにない → もう終わった 情報の非対称性 知っている人と知らない人がいる → 均されていく 心の非対称性 残る。しかも向きが一方通行になる こちら 相手 逆向きには読めない ※ 面倒だと思った心は伝わるが、相手の心はこちらから見えない

図3 非対称性の反転——最後に残るものは、こちらに不利な向きで残る

人の心には、まだ非対称性が残っている。しかもそれは、こちらに不利な向きで残ります。

「ちょっとでも面倒くさいなと思った瞬間、全部読み取られる。」

面倒だと思ったことは、伝わってしまう。電話でも伝わる。こちらの心は読まれ、相手の心は読めない。

先生は、この差はこれから広がると見ていました。社会が成熟するほど、高いレベルで要求されるようになる、と。

対処法として挙げられたのは一つだけです。相手と向き合って、読めるようになること。小手先の技術ではない、と念を押しています。自分の手元ばかり見て仕事をしている人には、仕事を預けられない——そこまで言い切っていました。

王道をめぐる、三つの誤解

私自身がつまずいたところを含めて、三つ挙げます。

一つめは、良いお客様とは大きなお客様のことだ、という誤解です。

これは規模の話ではありませんでした。原文は、商売の基本も人間づきあいの基本も人生の基本も同じだ、と言っています。同じ基準で並ぶのは、取引の大きさではなく関係の質のほうです。

前の記事の言い方を借りれば、掘る対象がお客様に変わっただけです。深く掘るという行為は変わりません。

なお、私は別のところで「差別化は狙って作れない」とも書きました。矛盾して見えるかもしれませんが、あれは差別化を狙うなという話であって、関係を築くなという話ではありません。狙った差別化の代わりに何をするのか。その答えの一つが、ここにあります。

二つめは、満足させれば関係は続く、という誤解です。

これが私のつまずきでした。クレームが出ていないので問題ない、同じ品質を保てていれば十分だ、と考えていたのです。

原文は逆です。欲求は上がるので、同じことをしていれば必ず不満になる。満足は状態ではなく通過点で、留まった瞬間に評価は下がりはじめます。

三つめは、積み上げた関係は簡単には崩れない、という誤解です。

長い付き合いだから多少のことは許される、という感覚が入り込むことがあります。年数とともに初期の丁寧さが薄れ、小さな不手際を報告せずに処理してしまう。

ですが、築くことと崩れることの速度は対称ではありません。十年かけたものが一度で終わる。これは脅しではなく、王道が「続けること」でしか成り立たない理由そのものです。

王道は、続けることでしかない

十年以上前の年末に語られた話でしたが、内容はほとんど古びていませんでした。むしろ、情報が均されきった今のほうが効いてきます。

良いお客様をたくさん持ち、長く付き合う。そのために、満足を終点にしない。そして、相手の心を読めるようになる。

技術で解決する話が一つもありません。だから、続ける以外に方法がない。

心を高めることと経営を伸ばすことは同じ方向にある、というのがこのサイトの出発点です(稲盛哲学は、この一語に帰結する)。相手の心が読めるようになるというのは、まさに心を高める側の作業に見えて、実際には売上の立ち方そのものを変えていきます。

私はまだ、この途中にいます。言われたことをやれば足りると思っていた期間が長かったぶん、取り戻している最中です。

では、その「良いお客様」とは誰なのか。付き合い方の話をしてきましたが、相手が誰かという問いには、まだ触れていません。次の記事「答えではなく、問いを遺した」で、その問いを扱います。

よくある質問

Q1. 良いお客様とは、具体的にどういうお客様ですか。

規模ではなく、長く付き合える相手のことです。

原文は、商売の基本も人間づきあいの基本も人生の基本も同じだ、と言い切っています。判断の基準を売上の大きさから関係の持続に置き換えると、日々の優先順位が変わります。大きな取引を優先していた時間が、続いている相手との接点に回ります。

Q2. 期待を超え続けるのは、現実的に可能ですか。

毎回超えようとすると疲弊します。追いかけるのではなく、こちらから次の課題を提示するほうが続きます。

相手の欲求が上がるのを待って対応する形だと、いつも後手になります。まだ言葉になっていない課題を一緒に見つけにいく形なら、満足の更新が仕事そのものになります。そのためには、手元に実験の蓄積が要ります。

Q3. 情報が均されていく時代に、何を売ることになるのですか。

残るのは、人の心の非対称性です。

原文は、商売は物か情報の非対称性でしか成り立たず、物はもう終わり、情報も均されていくと言います。最後に残るのが心ですが、それは一方通行です。こちらの心は読まれ、相手の心は読めない。読めるようになる以外に方法がない、というのが結論でした。

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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