前回は、差別化は狙って作れない、という話を書きました。生存ポイントを知り、当たり前を積み重ねた先に差がついてくる。しかし、その積み重ねをどれだけ続けても、ある地点から先へ進めなくなることがあります。岡本吏郎先生は、2016年の講演の最後に、その壁の正体を一つの実験で示しました。イルカの話です。
芸をすれば、餌がもらえる
先生が紹介したのは、ある学者がイルカを使って行った学習の研究です。
まず学習1。芸をやったら餌がもらえる、という学習です。犬に手を出させて餌をやる、あれと同じ仕組みだ、と先生は説明します。イルカは頭がいいので、すぐに覚えます。芸をやったら、餌がもらえる。因果関係を一つ覚えれば、それでうまくいく世界です。
私たちが日々やっていることの多くも、これです。この施策を打てば売上が上がる。この資格を取れば評価される。この手法を導入すれば効率が上がる。原因と結果を一本の線で結び、その線をなぞって成果を出す。仕事の大部分は、この学習1で回っています。
そして学習1は、うまくいっている限り、疑う理由がありません。
餌が、出なくなる
ところが、研究は次の段階に進みます。学習2です。
先生の説明では、学習2とは「言われたことをやったら餌がもらえないという学習」です。あるイルカに、これを試します。イルカはこれまで、芸をやれば餌がもらえていました。今回ももらえると思っている。ところが、ある時点から全くもらえない。
その試行が7回、8回と続いても、餌は出ません。イルカは、がっくり来ている様子だったといいます。ここが、私にはいちばん身に覚えのある場面です。今まで通りにやっているのに結果が出ない。やり方が足りないのだと思って、同じことをより一生懸命にやる。しかし出ない。
図1 学習1と学習2——同じ努力の量ではなく、段そのものが違う
15回目に起きたこと
ここからが、この話の核心です。
先生の記憶では、13回目か14回目の試行のとき、お休み時間にイルカが笑ったそうです。本当かどうかはわかりませんが、と先生は断っています。
そして15回目の試行。イルカは、連続で五つの、今まで見せたことのない芸をやりました。そのうちの二つは、その種類のイルカが、人間の目の前では一度もやったことのない芸だったといいます。
イルカは何を学んだのか。新しい芸を学んだのではありません。芸をやれば餌がもらえる、という枠組みそのものが違う、と学んだのです。これまでのやり方が通用しないなら、やり方を探す場所を変えるしかない。イルカはその段に移りました。先生は、ここでイルカは学習2を身につけた、と言います。
面白いのは、順番です。イルカは行き詰まってから跳んだ。餌が出つづけていたら、新しい芸は永久に出てこなかったはずです。学習2は、うまくいっているときには起きません。
私はここに、このサイトで何度も書いてきたことと同じ構造を見ます。以前の記事で、行動を修正するシングル・ループ学習と、前提そのものを問い直すダブル・ループ学習について書きました。呼び名は違いますが、指しているものは近い。行動を変えるのか、行動を選んでいる枠を変えるのか。この二つは、努力の量ではなく段が違います。
図2 実験の経過——うまくいかない期間があって初めて、枠の外側へ跳んだ
私たちは、どちらをやっているか
先生は、聴衆にこう問いかけます。皆さんが普段ビジネスでやっていることは、学習1ですか、学習2ですか、と。
そして自分で答えます。「多くの人がやってんのは学習1です。これをやったら得をする。これ以外のことをやってないんです」。自分も含めてです、と先生は付け加えました。
続く一言が、私にはこたえました。「これをやり続けても、やはり人間の活動は限界がきます」。
限界が来る、という言い方が正確だと思います。学習1が間違っているわけではありません。得をすることを積み重ねるのは、当たり前で、正しい。ただ、それを続けているだけでは、いつか天井に当たる。そのときに必要なのは、より多くの学習1ではなく、段の違う学習です。
問題は、学習2を狙って起こせないことです。イルカは、餌が出なくなって初めて跳びました。私たちも同じでしょう。うまくいっているうちは、枠を疑う理由がありません。
だからせめて、行き詰まったときに何をするかは選べます。同じことをより強くやるのか。それとも、自分がなぞっている線そのものを疑うのか。
先生が、答えを言わなかったこと
この講演には、もう一段の話が出てきます。学習1、学習2のさらに上に、学習3という段がある、というのです。
しかし先生は、そこで手を止めます。学習3については、残念ながら自分もうまく説明できません、と。理由を二つ挙げました。概念があまりに抽象的すぎること。そしてもう一つ、自分自身ができないから、というものです。自分ができることであれば言語化できる、と先生は言います。
さらに先生は、学習2についても、具体例を挙げるのを控えます。ここで自分が具体例を挙げてしまうと、むしろ回答を引っ張って誘導してしまうことになるから、というのが理由でした。だから、皆さんが自分の仕事に戻って、自分にとっての学習2とは何かを考えてほしい、と締めくくります。
私は、この二つの「言わなかった」に、先生の姿勢がいちばん表れていると思います。できないことをできると言わない。答えを配らない。学習2は、外から与えられた正解をなぞった瞬間に、学習1に戻ってしまうからです。
図3 答えを配らない理由——正解を受け取った瞬間に、それは学習1になる
まとめ——自分にとっての学習2は何か
整理します。学習1は、やれば得をすることを覚え、繰り返すこと。学習2は、その枠組みそのものが違うと学ぶこと。イルカは、餌が出なくなり、行き詰まった先で跳びました。そして私たちの仕事の大部分は、学習1で回っています。
学習1を否定する話ではありません。当たり前を積み重ねるのは正しいことです。ただ、それだけでは限界が来る。来たときに、より強く同じことをやるのか、段を変えるのか。その分かれ目に、経営者としての力量が出ます。
稲盛和夫の「心を高める、経営を伸ばす」という言葉を、私はこの文脈でも読みます。経営を伸ばす手を打ちつづけても、心を高める側が止まっていれば、いつか天井に当たる。段を上げるのは、手ではなく、その人の側です。
先生に倣って、私も答えは書きません。あなたの仕事において、学習2とは何でしょうか。この問いを持ち帰っていただければ、この記事の役目は果たせたと思います。
次の記事では、同じ講演からもう一つ、私たちが段を上げられない理由に触れます。できない、と言っているものの多くは、実はしない、と決めただけのものだ——という話です。
よくある質問
Q1. 学習1と学習2は、何が違うのですか?
学習1は「これをやったら得をする」という因果関係を覚えて繰り返すことです。学習2は、その因果関係が成り立つ枠組みそのものが変わったと学ぶことを指します。努力の量ではなく、段そのものが違います。学習1をどれだけ積み重ねても、自動的に学習2にはなりません。
Q2. 学習2は、意識して起こせるものですか?
狙って起こすのは難しい、というのが講演の見立てです。イルカも、餌が出なくなって行き詰まった先で跳びました。うまくいっているうちは枠を疑う理由がないからです。ただし、行き詰まったときに同じことをより強くやるのか、枠を疑うのかは選べます。
Q3. なぜ岡本先生は、学習2の具体例を挙げなかったのですか?
具体例を挙げると回答を誘導してしまうから、と講演内で述べています。学習2は、外から与えられた正解をなぞった時点で学習1に戻ってしまいます。だから聴き手が自分の仕事に戻って考えることを促し、自身も説明できない段については、できないと明言して踏み込みませんでした。
