前回は、自分と自社の過去を一つずつ思い起こす追想が、次の飛躍への跳躍台になる、という話で終わりました(温故知新02)。あなたの跳躍台は、あなたの過去の中にある、と。
すると、当然、次の問いが出てきます。その跳躍台は、どちらを向いているのでしょうか。
過去を温ねる、と言うと、どうしても懐古的な響きがついてまわります。昔はよかった、という話に聞こえてしまう。けれども私は、温故知新をそうは受け取っていません。過去を温ねるのは、次に何が来るかを読むためです。今回は、その読み方にはっきりとした型を与えてくれた一冊を、手がかりにします。
進歩は、直線ではない
その一冊は、田坂広志さんの『使える弁証法——ヘーゲルが分かればIT社会の未来が見える』(東洋経済新報社)です。2005年に出た本ですから、もう二十年前になります。
この本は、ヘーゲルの弁証法を五つの法則として説きます。今回は、そのうちの一つに絞ります。「事物の螺旋的発展」の法則。田坂さんは、こう書いています。
物事が発展するとき、それは、直線的に発展するのではない。螺旋的に発展する。
螺旋、つまり螺旋階段です。普通の階段はまっすぐ登って折り返しますが、螺旋階段は柱の周りを回りながら登っていきます。
ここからが面白いところです。螺旋階段を登る人を横から眺めれば、その人は上へ登っていくように見えます。ところが真上から見下ろすと、柱を一周して、さっきまでいた場所に戻ってくるように見えるのです。
つまり、こういうことが起きます。
「進歩・発展」と、「復活・復古」が、同時に起こる。
進んでいるのに、戻っている。戻っているのに、進んでいる。一見矛盾したこの眺めが、本書の出発点です。
図1 螺旋階段の二つの眺め——横から見れば登っており、真上から見れば戻っている
ただし、単なる復古ではない
ここで、大事な念押しが入ります。田坂さんは、はっきりこう書いています。
「螺旋的発展」とは、単なる「復活」や「復古」ではない。
真上から見ると同じ場所に戻ったように見えても、横から見れば、必ず一段、登っている。必ず、何かが進歩している。この一段を見落とすと、螺旋的発展は「昔に戻ろう」という復古の話にすり替わってしまいます。
本書が挙げるのは、たとえばネットオークションです。競り、つまり売り手が買い手を集めて値段を吊り上げる方式は、市場が「いちば」と呼ばれていた時代からありました。ところが市場が広域化して合理化が進むと、競りは非効率な方式として姿を消します。それが、インターネットの登場で復活した。
では、昔の競りに戻っただけかというと、違います。街角の市場の競りは、せいぜい数百人が相手でした。ネットオークションは、原理的に世界中の数百万人を相手にできる。地球の裏側の人とも、一瞬で取引が成立する。この違いが、田坂さんの言う「一段、登った」ことの中身です。
同じ構図の例が、本書にはいくつも並びます。御用聞き、集団購入、手紙の文化。いずれも懐かしいものが、便利になって戻ってきた例として挙げられています。
消えたものには、意味がある
ここまでは現象の観察です。私が本当に使えると思ったのは、この先でした。なぜ、いったん消えたものが戻ってくるのか。
田坂さんは、ヘーゲルの言葉を引きます。「存在するものは、合理的である」。そして、こう読み替えます。現実に世の中に存在したものには、必ず意味がある、と。
私たちは、何かが消えたとき、無意識にこう考えます。存在理由がなくなったから消えたのだ、と。ところが、そうではない。消えたのは表面の姿であって、意味そのものが消えたわけではない。時代が変わって相対的な重要度が落ちたから、見えなくなった。それだけだ、というのです。
では、重要度はなぜ落ちるのか。合理化と効率化のためです。合理化を進めるとき、優先されるのは重要度の高い機能のほうで、低いほうは後回しになり、やがて消えていく。
そして、ここが肝心です。
「重要度の高い機能」が実現され、普及した後は、消えていった「重要度の低い機能」に復活の機会がやってくるのです。
高いほうが十分に満たされてしまえば、重点は残りのほうへ移らざるをえない。だから復活する。復活は気まぐれではなく、順番なのです。
だからこそ、と田坂さんは続けます。何かが消えていったとき、存在理由がなくなったのだと片づけるのではなく、消えていったものの意味を深く考えてみるべきだ、と。なぜなら、そこから未来が見えてくるからです。
図2 復活のメカニズム——合理化で重要度が落ちて消え、その合理化が満ちると復活の機会がやってくる
私の現場で、戻ってきたもの
理屈としては分かる。では、自分の現場ではどうだったか。ここを確認しないと、読んだだけで終わってしまいます。
思い当たったのは、お客様ごとの個別対応でした。
システムを入れるとき、私たちは業務を標準化しようとします。例外を減らし、型に寄せる。そのほうが速く、安く、間違いも減るからです。個別対応は真っ先に削る対象になります。
ところが、削りきれませんでした。得意先が大手で、その会社のルールに従わなければ取引ができない。いったん消したはずの個別対応を、元に戻すことになります。
このとき、昔と同じ姿に戻ったのかというと、違いました。戻したときには、表計算ソフトではなく、一つの基幹システム(会計や販売や在庫を一つにまとめて動かすシステム)の中の業務フローとして設計し直しています。個別対応は復活したけれど、載っている土台は統合されていた。
これが、私にとっての「一段、登った」の実感です。田坂さんの言葉を借りれば、表面的な復活の陰で、新たな価値が付け加わっていた。
ただし、正直に書いておきます。この復活は、私たちの側の事情で起きたのではありません。取引先の要求で戻されたのです。
本書が説明する反転は、内側から起きます。合理化が極点まで進んだから、こんどは反対側へ振れる、という順序です。私の現場で起きたのは、外からの要求による復元でした。復活は起こる。けれども、それが来るタイミングを自分で選べるとは限らない。これは、私が現場で足した一行です。
だからこそ、次に何が戻ってくるかを先に読めていれば、外から言われて慌てて戻すのではなく、こちらの設計として組み込んでおけます。
二つの「故き」と、螺旋
ここで、このシリーズが繰り返してきた二層の話に戻ります。
温故知新の「故き」には二層あります。第一層は人類の古典、第二層は自分と自社の歴史でした(温故知新01)。今回の話を、この二層に当てはめると、役割がきれいに分かれます。
第一層が教えてくれるのは、螺旋という型です。進歩は直線ではない。消えたものには意味がある。復活には順番がある。私が自分で発見できるものではありませんでした。
第二層が教えてくれるのは、中身のほうです。自分の会社で、何がいつ、なぜ消えたのか。これは自社の歴史を掘った人にしか分かりません。ベストプラクティスの一覧表には載っていない情報です。
型だけあっても、当てはめる材料がない。材料だけあっても、読み方が分からない。二つが揃ってはじめて、次に何が復活するかが見えてきます。ここでも順序は内から外へです。
なお、この考え方は西洋哲学の専売特許ではない、と田坂さん自身が書いています。東洋思想にも古くから同じような世界観が存在している、と。易の考え方にも通じる話です(哲学03)。ただし、これを温故知新と結びつけているのは私の受け取り方であり、本書に温故知新という言葉は出てきません。
図3 二層の「故き」と螺旋——第一層が型を、第二層が中身を受け持ち、二つ揃ってはじめて次が読める
まとめ——過去は、前を向いている
- 進歩は直線ではなく螺旋を描く。横から見れば登っており、真上から見れば戻っている。進歩と復活は、同時に起こる。
- ただし単なる復古ではない。戻ってきたものには、必ず何かが付け加わっている。その「一段」を見落とすと、昔はよかった、という話になってしまう。
- 消えたものには意味がある。存在理由が失われたのではなく、重要度が落ちただけ。だから、高いほうが満たされれば復活の機会が回ってくる。
- 私の現場では、削った個別対応が戻ってきた。ただし表計算ソフトではなく、基幹システムの業務フローとして設計し直された形で。
- ただし復活の時期は選べないことがある。だからこそ、先に読んでおく意味がある。
はじめの問いに戻ります。過去という跳躍台は、どちらを向いているのか。前を向いています。自社が何を捨ててきたかを思い出す作業は、懐かしむためではなく、次に何が戻ってくるかを読むためのものだからです。
そして、これは自分の判断の履歴と向き合う作業でもあります。あのとき何を大事にし、何を切ったのか。それを一つずつ確かめることは、心を高める、経営を伸ばす(稲盛00)という統一軸の、前半にまっすぐつながっています。
あなたの会社でも試してみてください。この五年で、効率のために手放したものは何だったでしょうか。手放したときは正しかった。では、いまも正しいでしょうか。
もっとも、田坂さんは、新しいものを古い眼鏡で見る過ち、という言い方もしています。戻ってきたものを昔と同じものだと思い込んだ瞬間に、付け加わった一段が見えなくなる。同じ道具を入れても差がつかないのはなぜか——その入口だった話は温故知新01に書きました。螺旋の型を手にしたいま、読み返すと見え方が変わるはずです。
よくある質問
Q1. 螺旋的発展というのは、結局「昔に戻る」ということですか?
いいえ、違います。田坂広志さんの『使える弁証法』は、螺旋的発展は単なる復活や復古ではない、とはっきり書いています。真上から見れば元の場所に戻ったように見えても、横から見れば必ず一段登っており、何かが進歩しています。復活したものには、必ず新しい価値が付け加わっています。この一段を見落とすと、懐古趣味と区別がつかなくなります。
Q2. 自社で「次に何が復活するか」を読むには、何から始めればよいですか?
自社が何を捨ててきたかを思い出すことからです。効率化や標準化のために後回しにした機能、やめた慣習、削ったサービス。それを書き出し、なぜ捨てたのかを一つずつ確かめてください。捨てた理由が「重要度が低かったから」であって「意味がなかったから」でないなら、それは戻ってくる候補です。他社の事例集ではなく、自社の履歴の中にしか答えはありません。
Q3. 復活する時期まで予測できるのでしょうか?
正確な時期までは読めません。私自身、いったん削った個別対応が戻ってきた場面では、こちらの判断ではなく取引先の要求がきっかけでした。復活が起こること自体は型で読めますが、そのタイミングを自分で選べるとは限りません。だからこそ、候補を先に把握しておく意味があります。外から言われて慌てて戻すのと、あらかじめ設計に含めておくのとでは、負担がまるで違います。
