DR02の最後に、ドラッカーが生涯をかけて問うたものを見ていく、と予告しました。実は「問うた」という言い方は、比喩ではありません。ドラッカーが晩年、経営者への贈り物としてまとめた小さな本のタイトルは『経営者に贈る5つの質問』。膨大な著作を遺したマネジメントの父が、最後に手渡したのは、体系でも理論でもなく、たった5つの問いでした。序文を書いたフランシス・ヘッセルバインの言葉を借りれば、シンプルな質問ほど答えるのは難しい——。この本の使い方を間違えると、5分で読み終わる本になります。正しく使うと、何年もかけて向き合う道具になります。今回は、その「使い方」の話です。
なぜ答えではなく、問いなのか
5つの質問はこうです。①われわれのミッションは何か。②われわれの顧客は誰か。③顧客にとっての価値は何か。④われわれにとっての成果は何か。⑤われわれの計画は何か。
見た瞬間、「そんなことは分かっている」と感じた方が多いはずです。まさにその感覚こそ、ドラッカーが警戒したものでした。本書でドラッカーは、ある大病院の救急室でミッションを検討したときの話を紹介しています。最初に出てきた答えは「健康」。もっともらしい答えです。しかし間違いでした。病院が扱っているのは健康ではなく病気だからです。検討を重ねた末に辿り着いたミッションは「患者の安心」。すると現状調査で意外なことが分かります。患者の大半は「お子さんは風邪です。引きつけを起こしましたが、心配することはありません」と伝えるだけで安心できた。ただしそのためには、運び込まれた患者を一分以内に診なければならない——ミッションが決まった瞬間、現場の行動基準まで一気に決まったのです。
最初の「健康」で止まっていたら、何も変わりませんでした。もっともらしい答えを急ぐことが、いちばんの敵。だからドラッカーは答えを渡さず、問いを渡したのです。ちなみにミッションの表現について、ドラッカーは「Tシャツにプリントできる簡潔なものに」とまで言っています。長い美文の経営理念より、行動に直結する短い一句なのです。
なお①のミッションは、日本の経営者には馴染みのある言葉に置き換えられます。後述する国永秀男氏は講義で、ここでいう使命とは経営理念や社是・社訓のことだと明言した上で、一つ条件を付けています。使命は自分たちにとって価値があると同時に、顧客にとっても価値がなければならない。提供している価値と顧客の求める価値が一致していなければ、業績はなかなか上がらない——。つまり①は、壁の額のためではなく、②以降の問いと噛み合って初めて意味を持つのです。
図1 5つの質問の全体図——一方通行ではなく、⑤から①へ戻りつづける円環である
あなたが顧客を選ぶのではない——ドラッカー本人の第一声
この5つの中で、経営者が最初につまずくのが②「顧客は誰か」です。ここに、私たちの学びの系譜に連なる一次エピソードがあります。ドラッカー教授から直接指導を受けた数少ない日本人の一人、国永秀男氏(ドラッカー塾トップマネジメントコース)。氏は毎年、ドラッカー教授を訪ね、自らのコンサルティングで出会った経営課題をぶつけていました。あるとき氏が「どうやって顧客を選ぶべきなのか」と自分の考えを添えて尋ねると、ドラッカーの第一声はこうだったといいます。あなたが顧客を選ぶのではない。顧客があなたを選ぶのだ。これをまず忘れてはいけない——。
問いの向きが、一瞬で反転しています。「誰を選ぶか」を考え抜いた上で、なお「選ばれる存在になっているか」を問わなければならない。国永氏は講義で、誰を顧客に選ぶかを決めること、そしてその顧客から選ばれることの両方を説きます。選ばれるためには、選んだ顧客の求めているものを明らかにし、提供するしかない——まさに往復運動です。
図2 選ぶ⇄選ばれるの往復——問いは一方向に答えて終わるものではない
③「顧客にとっての価値は何か」も同じ作法です。国永氏の教えは徹底して実践的で、価値は顧客に直接聞く、と言います。なぜ選んでくれたのか、他と違う理由は何か。まだ満たされていない欲求はあるか。この二つを聞くだけで、自社の強みと次の一手が顧客の口から出てくる。そして④の成果では、うまくいったことの上にもっとうまくいくものを築く——事業は強みの上に強みを重ねて卓越性に至る、という原則が語られます。DR02で見た「強みの上に築く」が、ここでも背骨になっています。
問いを、一人で答えない
さて、本題の「学び方」です。5つの質問のいちばん危険な使い方は、社長が一人で読み、一人で答えを書き、額に入れて終わることです。救急室の例を思い出してください。最初の答え「健康」は、賢い人が一人で考えても出てくる種類の答えです。「患者の安心」に辿り着いたのは、検討という時間と対話があったからでした。
国永氏のドラッカー塾が、5つの質問を1日で教えず、12回のコースとして役員と共に問い直す設計になっているのは、まさにこのためでしょう。書籍01と学習03で見てきた通り、本音や答えは待っていても出てきません。問いは、場に置かれて初めて磨かれます。経営者の仕事は、うまい答えを言うことではなく、この5つの問いが定期的に立ち上がる場を社内につくり、自分も一人の学ぶ者としてそこに座ることです。
そしてこの問いには、もう一層あります。ドラッカーが生涯、出会う人々に投げかけつづけた個人への問い——何によって憶えられたいか。本書の第2版では、ヘッセルバインの研究所がこの問いに「次世代リーダーの育成によって憶えられたい」と答える場面が出てきます。組織の「われわれのミッションは何か」と、経営者個人の「何によって憶えられたいか」。国永氏の講義でも、この二つは対で扱われます。組織の使命だけを問うと、借り物の美辞麗句になりやすい。個人の問いだけだと、事業に接続しない。内側の問いから始めて、組織の問いへ広げる——このサイトの背骨である「内→外」の順番が、ここでも生きてきます。
図3 二層の問い——個人の「憶えられたいか」から始め、組織の「ミッション」へ広げる
まとめ
- ドラッカーが最後に経営者へ手渡したのは、理論ではなく5つの問い。①ミッション②顧客③価値④成果⑤計画
- もっともらしい答えを急ぐことが最大の敵。救急室のミッションは「健康」ではなく、検討の末の「患者の安心」だった
- あなたが顧客を選ぶのではない、顧客があなたを選ぶ——顧客は誰かは、選ぶ⇄選ばれるの往復
- 価値は顧客に直接聞く。成果は強みの上に強みを築く。計画は決めて、修正しつづける
- 5つの質問は一人で答えない。個人の「何によって憶えられたいか」と対にして、役員と共に問い直す場をつくり、経営者自身もそこで学ぶ
答えではなく問いを遺した、というドラッカーの選択は、学習01で確認した「なぜ経営者は学びつづけなくてはいけないのか」への答えにもなっています。環境が変われば、5つの問いの答えは変わる。だから一度答えて終わりではなく、問いに立ち返りつづけるしかない——学びが円環になるのは、問いがそういう性質のものだからです。答えを問い直しながら、心を高める、経営を伸ばす(稲盛00)。その営みを役員と共にやり続ける組織こそ、私たちの目指す「学習する組織」です。まずは次の役員会で、②だけでも問うてみませんか。われわれの顧客は、誰か。
よくある質問
Q. 5つの質問は、どの順番で取り組めばよいですか。
①のミッションから順に問うのが基本です。ただし一方通行ではありません。答えは環境とともに変わりつづけるため、⑤の計画まで進んだら、また①に戻ります。5分で読み終える本としてではなく、何年もかけて定期的に立ち返る道具として使うことが、本書の正しい使い方です。
Q. 「顧客は誰か」は、何から考え始めればよいですか。
まず、誰を顧客に選ぶかを具体的に決めることからです。そのうえで、その顧客から選ばれているかを問います。国永秀男氏がドラッカー本人から受けた第一声が示す通り、顧客があなたを選ぶという向きを忘れてはいけません。選ばれるためには、選んだ顧客の求めているものを直接聞いて明らかにするしかありません。
Q. 5つの質問を、社内でどう使えばよいですか。
社長が一人で答えを書いて終わりにしないことです。救急室の例で最初の答え「健康」が間違いだったように、もっともらしい答えは一人でも出せます。検討と対話の場に問いを置いて初めて、「患者の安心」のような本当の答えに辿り着きます。役員と共に、定期的にこの5つの問いが立ち上がる場をつくることが、経営者の仕事です。
