前回の「会計がわからんで経営ができるか」では、会計を経営の中心に据える稲盛実学を学びました。数字は過去の記録ではなく、いま経営の舵をどう切るかを教えてくれる計器である——それが実学の核心でした。しかし、ここでひとつの疑問が残ります。その計器を読めるのが経営者ひとりだけなら、会社は経営者ひとりの目と器を超えて大きくなれないのではないか。
数字を、全員のものにする。この問いに稲盛和夫が出した答えが、アメーバ経営です。『アメーバ経営 ひとりひとりの社員が主役』(日本経済新聞出版社、2006年)。京セラを支えてきたこの仕組みの設計図を、考案者自身が初めて体系的に解説した一冊です。今回はこの本を、「全員参加の経営はどう設計されているか」という視点で読んでいきます。
仕組みの前に、理念があった
意外に思われるかもしれませんが、本書が最初に語るのは採算表の話ではありません。創業まもない京セラで起きた、若手社員たちの直談判の話です。将来の待遇保証を求める彼らとの話し合いは自宅にまで持ち込まれ、三日三晩に及びました。技術者としての夢を実現するために会社を起こした稲盛は、このとき考え抜いた末に気づきます。会社には、自分の夢の実現以上に大切な目的がある、と。
こうして定められたのが、京セラの経営理念「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」でした。本書によれば、これを境に経営者と従業員は、対立する労使ではなく「同じ目的のために努力を惜しまない同志」になっていきます。
順序に注目してください。アメーバ経営という精緻な仕組みは、理念の後に生まれています。まず自社の内側で「何のために経営するのか」が定まり、そのうえで仕組みが設計された。内から外へ、という順序です。仕組みだけを外から持ち込んでも機能しない理由は、実はこの誕生の経緯にすでに現れています。
三つの目的——設計思想を読む
本書はアメーバ経営の目的を三つ挙げます。これがそのまま、この仕組みの設計思想です。
第一が「市場に直結した部門別採算制度の確立」。創業間もない頃、経理を担った恩人・青山政次さんが、数カ月遅れの原価を集計してくれました。それに対し稲盛は「こんな過去の数字では役に立ちません」と言ってしまい、後悔したというエピソードが語られます。市場価格が刻々と下がる電子部品の世界では、数カ月前の原価は経営の役に立たない。必要なのは「現在の数字」であり、それも市場の変化が現場まで伝わる形の数字だ、という発見です。
第二が「経営者意識を持つ人材の育成」。会社をビジネスとして成立しうる最小単位(アメーバ)に分割し、そのリーダーに経営そのものを任せる。管理される人ではなく、経営する人を組織の中に増やしていく仕掛けです。
第三が「全員参加経営の実現」。損益計算書は会計の素人には読めません。そこで、家計簿のようにシンプルな採算表をつくった。誰もが読める数字にしたからこそ、誰もが経営に参加できる——全員参加は掛け声ではなく、帳票の設計から始まっているのです。
図1 アメーバ経営の三つの目的——三つの目的は独立ではなく、経営理念という土台の上に設計されている
時間当り採算——数字を全員の言葉にする
仕組みの心臓部が「時間当り採算」です。売上から(労務費を除く)経費を差し引いた「差引売上」、つまりそのアメーバが生み出した付加価値を、部門の総時間で割る。この一つの数字に、「売上を最大に、経費を最小に」という原理原則と、時間の重要性への意識が凝縮されます。
もうひとつの鍵が、社内売買です。工程ごとに分かれたアメーバは、原価ベースの引き渡しではなく、自分たちの利益を乗せた売値で互いに売買します。だから、お客様からの値下げ要求は、営業だけの問題ではなく、社内の売買価格を通じて最終工程から最初の工程まで伝わっていく。市場の風が、組織の末端まで吹き抜ける構造です。
細部の設計にも思想が宿っています。割り算の分母は、製造に直接かかった時間ではなく、その部門の「総時間」です。稼働していない時間も採算に効いてくるから、現場の一人ひとりが自然と時間の重要性を意識するようになる。一方で本書は、パートタイマーを増やして社員を減らせば見かけ上の「時間当り」は向上するが、そのような安易な理由での多用は許されない、と釘を刺すことも忘れません。指標には必ず抜け道がある——それを設計者自身が知り抜いているのです。
つまり全員参加とは、精神論ではありません。「誰でも読める数字(時間当り)」と「市場に開かれた小集団(社内売買)」という二つの設計によって、参加ができるようになっているのです。
図2 時間当り採算の仕組み——市場の変化が社内売買を通じて末端まで伝わり、各アメーバの成果は誰でも読める一つの数字に集約される
仕組みだけでは、動かない
さて、本書のいちばん誠実なところは、この見事な仕組みの弱点を、考案者自身が率直に語っている点です。
典型が、アメーバ間の値決めです。社内売買の売値をどう決めるかで、各リーダーのエゴは正面からぶつかります。お客様から大幅な値下げを求められたとき、それをどの工程が吸収するのか。安易に「私のところはこの値段にしましょう」と譲れば自部門の採算が壊れて経営が成り立たず、全員が突っ張れば会社全体が壊れる。だから本書は、アメーバ間の値決めは、各部門の仕事をよく知る経営トップが、公正・公平に決めるべきものだとします。そしてリーダーには、自部門のエゴを超えて全体の調和を考える利他の心、すなわち経営哲学(フィロソフィ)が不可欠だと説きます。アメーバ経営は、フィロソフィをベースとしてはじめて機能する——本書の結論はここにあります。
つまり、採算制度という仕組みと、フィロソフィという哲学は、車の両輪です。片方だけを真似た会社でアメーバ経営がうまくいかないのは、両輪の片側を外して走ろうとしているからです。
そう考えると、アメーバ経営とは「経営者を育てる学校」を会社の中に埋め込んだ仕組みだ、とも読めます。小さな単位の経営を任され、毎月の時間当りで結果と向き合い、値決めの葛藤の中で利他を学ぶ。リーダーたちは仕事そのものを通じて、数字と哲学の両方を学びつづける。学習する組織は、研修室ではなく、日々の採算の現場でつくられていくのです。
そしてこれは、時間当り採算表が単なる管理帳票ではないことも意味します。数字を公正に扱い、エゴを抑えて全体を思う——採算表に映る数字は「経営を伸ばす」ための計器盤であると同時に、それを読む一人ひとりが「心を高める」修行の場でもある。ここでもやはり、「心を高める、経営を伸ばす」は分かちがたく結びついているのです。
図3 仕組みと哲学の両輪——採算制度(仕組み)とフィロソフィ(哲学)がそろってはじめてアメーバ経営は機能する
まとめ——設計図として読む
- アメーバ経営は、仕組みより先に理念が生まれた。「何のために経営するのか」(内)が定まってから、仕組み(外)が設計された。
- 設計思想は三つの目的に集約される。市場に直結した部門別採算制度、経営者意識を持つ人材の育成、そして全員参加経営の実現。
- 心臓部は「時間当り=差引売上÷総時間」。誰でも読める数字と、市場に開かれた社内売買が、全員参加を可能にしている。
- ただし仕組みは片輪にすぎない。値決めに現れるエゴを超えるには利他の心が要り、アメーバ経営はフィロソフィをベースとしてはじめて機能する。
最後にひとつ、実務家として気になることを残しておきます。本書が描く時間当り採算表は、社内に経営管理部門を置き、経営数値を正確かつタイムリーに現場へ返しつづける仕組みに支えられていました。では、いまこの仕組みをつくるなら? 日々の受注・生産・経費のデータがリアルタイムに流れ込むERPの上に、「時間当り」を載せてみる。稲盛が求めた「現在の数字」は、どこまで現在に近づくのか。次回はこの理論編を土台に、アメーバ経営をNetSuiteで実装するという、私たち自身の独自領域に踏み込みます。
よくある質問
Q. アメーバ経営の三つの目的とは何ですか?
市場に直結した部門別採算制度の確立、経営者意識を持つ人材の育成、全員参加経営の実現の三つです。三つは独立ではなく、「全従業員の物心両面の幸福」を掲げる経営理念という土台の上に設計されています。
Q. 時間当り採算とは何ですか?
売上から労務費を除く経費を差し引いた「差引売上」=付加価値を、部門の総時間で割った指標です。家計簿のようにシンプルで誰もが読めるからこそ、会計の素人を含む全員が経営に参加できます。
Q. アメーバ経営はなぜ仕組みだけでは機能しないのですか?
社内売買の値決めで、各リーダーのエゴが正面からぶつかるからです。値決めは経営トップが公正・公平に決め、リーダーには全体の調和を考える利他の心=フィロソフィが要る。採算制度と哲学は、車の両輪です。
