この記事でわかること
- 学ぶことを「リタイアした後」に回さない意味
- 現役のうちに学ぶと、学びと仕事が押し合う理由
- 後回しでも仕事を捨てるのでもない、「できる形で」学ぶ置き方
前回は、腹が立つことの話を書きました。怒りはなくならないが、続かなくなる、という話です。
その最後に、次は「現役」の話だと書きました。学ぶ時期についてです。
坐禅会の世話人の方が、二つの別の年に、ほとんど同じことを言っていました。学ぶことを「落ち着いてから」に回しがちな経営者にとって、耳の痛い言葉です。後回しにするのでも、仕事を捨てるのでもない。現役のまま、できる形で学ぶ、という話でした。
では、なぜ現役のうちなのか。
「坐禅はリタイアした後、ゆっくり」
ある年の暮れの集まりで、世話人の方はこう話しています。
やっぱりあのビジネスをやってらして、しかも現役で……やって、その方たちが禅をやるってことはね、稀有ですよ。
そして、こう続けます。
ほとんど忙しくて、そんな禅、坐禅はリタイアした後、ゆっくりやりましょうって、リタイアした後やった禅は悪いとは言いませんが、やっぱり現役で今の時代と切り結んでいる人がやることが一番大事なんですよね。
そうでなかったら世の中変わりませんよ。
現役で、今の時代と切り結んでいる人。世話人の方が「一番大事」と言ったのは、そういう人が坐禅をすることでした。
世話人の方が話しているのは、坐禅のことです。この記事では、それを学び全般に広げて読みます。
「悪いとは言いませんが」
この言葉には、一つ留保がついています。リタイアした後の禅は、悪いとは言わない。
実は、別の年の坐禅会でも、世話人の方は同じ留保をつけていました。
定年退職後、座禅でも好きだったっていう、これはそれでいいと思うんですけどね。
否定しているのではありません。順番の話をしているのだと私は読みました。リタイアした後に学ぶのもよい。けれども、それだけでは、いちばん大事なところに間に合いません。
仕事を捨てて打ち込む、のも違う
では、現役のうちに、仕事を脇に置いてでも打ち込めばいいのか。世話人の方の答えは、違いました。
その別の年の坐禅会では、仕事を捨てて修行に打ち込む人の話が出ています。世話人の方は、それについてこう言っています。
あの、それは私はすごく無責任だと思う。
さらに、こうも言います。
だからやっぱりそれぞれ皆さんのできる形でのやり方っていうのをね。
現役のまま、できる形で。仕事から離れて学ぶのでもなく、仕事が終わってから学ぶのでもない。仕事をしながら学ぶ、ということです。
この坐禅会を始めた理由もそこにあった、と世話人の方は話しています。長く泊まり込む修行には、仕事を持つ人はなかなか参加できない。それなら、現役の人が通える形をつくろう、という話でした。
図1 学ぶ時期の、三つの置き方——後回しでも、仕事を捨てるのでもなく、現役のまま
なぜ、現役のうちなのか
世話人の方が挙げた理由は、「そうでなかったら世の中変わりませんよ」の一言です。ここから先は、私の読みです。
現役のうちに学ぶと、学んだことを試す場所がある。明日の会議がある。来週の判断がある。学んだことが、すぐ現実とぶつかります。
ぶつかれば、分からないことが出てくる。分からないことが出てくると、また学ぶ理由ができます。学びと仕事が、互いを押し合う。
リタイアした後の学びには、この押し合いがありません。静かに深められる良さはありますが、試される場所が少ない。「今の時代と切り結ぶ」とは、この押し合いのことを言っているのだと私は読みました。
私の場合——いま学んでいるのは、AI
私がいま学んでいることを一つ挙げると、AIです。目的は仕事のため。
世話人の方の言葉に当てはめると、これは「現役で、今の時代と切り結んでいる」学び方に近いのだと思います。学んだことを、仕事の中で試す場所があるからです。
図2 現役の学びは、仕事と押し合う——試す場所があるから、次に学ぶ理由が生まれる
経営に置き換えると
経営者は、学ぶことを後回しにしやすい立場です。目の前の仕事が多い。落ち着いたら学ぼう、と思う。けれども、落ち着く日はなかなか来ません。
もう一つ、気をつけたいことがあります。社員の学びも、「落ち着いたら」に回していないか。
繁忙期が終わったら研修を。新しい仕組みが入ったら勉強会を。そうしているうちに、学びはいつも仕事の後ろに並びます。世話人の方の言葉を借りれば、それでは、今の時代と切り結べない。
組織が学ぶとは、たぶん、仕事をしながら学ぶ形を持っているということなのだと私は考えます。
「リタイア後の学びはだめ」という話ではありません
ここには、誤解されやすい点が二つあります。
一つ目。リタイアした後に学ぶことを否定する話ではありません。世話人の方自身が、悪いとは言わない、それでいい、と二度も留保をつけています。
二つ目。仕事を脇に置いてでも学べ、という話でもありません。むしろ逆で、仕事を捨てて打ち込むのは無責任だ、と世話人の方は言っています。できる形で、現役のまま、が要点です。
まとめ——現役のまま、できる形で
- 学ぶことを「リタイアした後」に回さない。現役で今の時代と切り結んでいる人が学ぶことが、一番大事
- リタイア後の学びは否定しない。順番の話であり、留保つきの言葉
- 仕事を捨てるのでもない。現役のまま、できる形で学ぶ
心を高める、経営を伸ばす。現役のまま学ぶことは、心の側の話であり、今の経営の話でもあると、この言葉を読み直して思いました。
では、うまくいったときには、どうするか。次回は、いいことが起きたら、分け合う、という老師の言葉の話です。
明日、一つだけやってみる
「落ち着いたら」に回している学びを一つ書き出してください。そのうえで、仕事を止めずに今週置ける、できる形を一つ考えてみてください。
よくある質問
Q. 忙しくて、学ぶ時間が取れません。
世話人の方が勧めているのは、仕事を止めて学ぶことではなく、できる形で学ぶことです。坐禅会でも、長い泊まり込みではなく、仕事を持つ人が通える形がとられていました。
Q. 学ぶことは、仕事に直結していないといけませんか。
そうは言っていません。この記事が借りたのは、学んだことを試す場所がある時期に学ぶ、という見方です。私自身がいま学んでいるものは、仕事のためです。ただ、学びが仕事に直結していなければならない、とは世話人の方も言っていません。
Q. 宗教的な話として受け取るべきですか。
坐禅会での話ですが、この記事が借りたのは、学びを現役のうちに置くという見方です。用語を外しても、見方は残ります。
出典
- 坐禅会(2019年12月)の録音記録。「現役で……やって、その方たちが禅をやるってことはね、稀有ですよ」「リタイアした後やった禅は悪いとは言いませんが、やっぱり現役で今の時代と切り結んでいる人がやることが一番大事なんですよね」「そうでなかったら世の中変わりませんよ」は世話人の方の発言(録音の11:23〜11:59前後)
- 坐禅会 冬の接心(2018年2月)の録音記録。「それは私はすごく無責任だと思う」「それぞれ皆さんのできる形でのやり方」「定年退職後、座禅でも好きだったっていう、これはそれでいいと思うんですけどね」などは世話人の方の発言(44:32〜47:21前後)
- 引用は録音の文字起こしから。言いよどみや、意味が取れない部分は「……」で省いた
- いま学んでいるのはAIで、仕事のためである、という記述は筆者自身のものです
- 本文中に坐禅会の関係者・世話人の方のお名前、ご経歴は記載していません
- 本記事は坐禅会の録音のみを素材としており、書籍は使用していません
- 本記事は特定の宗教を評価・推奨するものではありません
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