「準備ができていない」——ゲイツの警告を、自分のルーツから読む

前回は、アモデイ氏の「技術の思春期」を読みました。力が先に来て、成熟が追いつかない時期、という見立てでした。

今回は、同じ隙間を「準備」という言葉で語った人の文章です。

Microsoft共同創業者のビル・ゲイツ氏は、この移行期に対して、私たちは準備ができていない、と書きました。順序は変えません。まず私のルーツから。次に彼の想像力。最後に、私の中に何が生まれたか、です。

目次

準備ができていなかった、あの移行期

私が「準備ができていなかった」と思うのは、スマートフォンへの移行です。遅れました。お客様の、そのまた先にいるお客様の要望が、すでにスマホ中心になっていた。それなのに私は、PCに固執してしまいました。

この遅れの厄介なところは、遅れている場所が自分の目の前ではなかったことです。打ち合わせはいつもどおりに進み、話も通じます。変わっていたのは、そのお客様が相手にしている人たちの側でした。

気づく機会がなかったのではありません。見ようとしていた場所が違ったのです。私は道具の側を見ていて、その道具を使う人の、さらに向こう側を見ていなかった。

準備ができていないとは、情報が足りない状態のことではありませんでした。情報は来ていた。それを自分の前提に合わせて読んでいた。それが私の移行期です。

準備の時間は、どこへ消えたか 以前(PCのとき) 人が道具に合わせる 覚える・値下がりを待つ・業務に組み込む 仕事が大きく変わるまで、時間がかかった いま(AIのとき) 道具が人に合わせる すぐ いまある端末で、話し言葉で動く 準備の時間は、道具の側に吸収された だから「準備」は、待つのではなく、決めることになる

図1 準備の時間は、どこへ消えたか——人が道具に合わせた時代と、道具が人に合わせる時代の差

ゲイツは何を言ったか

私はこの文章に、自社の移行期を重ねました。

氏は現在、ゲイツ財団の会長です。2026年8月26日、氏は自身のサイトGates Notesに長文の論考を公開しました。題名は「The turbulent AI era is here. The choices we make now are critical.」。私の訳では、動揺のAI時代が来た、いま下す選択が決定的だ、です。以下は、私が自分で訳したものです。

氏はまず、こう述べます。最善の状況であっても、この新しいAI時代への移行は、人類史で最も動揺の大きい時期の一つになる、と。そして続けます。残念ながら、いま私たちはその準備をしていない。指導者や専門家や地域社会が課題に十分向き合っている証拠は見当たらない。AI時代への入り口を和らげる計画は存在しない、と。

準備の時間が消えた理由も、氏は書いています。PCが来たとき、仕事が大きく変わるまで20年かかった。ソフトを開発し、価格が下がり、人が使い方を覚えて業務に組み込む必要があったからだ。一方AIは、すでにある端末の上で動き、自然言語を使う。私たちが適応する必要はない、AIのほうが私たちに適応できるからだ、と。

私が目を留めたのは、氏の提案の二つ目です。AIとロボットが進歩するにつれ、人だけがやることを、あらかじめ取り分けておくことになる。氏はその領域を「Human Reserved」と呼び始めた、と書いています。私はこれを「人間に残す領域」と訳しました。

氏はこの言葉を気に入っている理由を、自然保護区にたとえます。建物や道路を造れる場所でも、失うものが大きすぎるから造らないと選ぶ場所のことだ、と。

氏は別の箇所でも、線引きについて述べています。AIコンパニオンや教育の影響を論じ、こうした心理社会的な問題はどこに線を引くべきかが不明確だ、とした結びです。どこに線を引くことになるにせよ、それは私たちの決定であり、意図をもって下されるべきだ、と。

私の会社の「人間に残す領域」

私が「これは人間に残す」と決めている仕事は、一つだけです。営業の対面。

理由も一つです。人間同士の対面のやり取りは、テキストの情報よりも、受け取れる情報が全然多い。会って話せば、文字にならないものまで届きます。第1章で私が見落としたのも、その側でした。

ここから先で、氏と私は順序が逆になります。氏は守るほうから線を引く。失うものが大きすぎるから造らない、という自然保護区のたとえのとおりです。

私は、試すほうから引いています。営業の対面だけを残すと決めて、それ以外は全部AIでできるかを、まず試したい。AIファーストです。残すものを先に並べて守るのではなく、渡してみて戻ってきたものが人間の仕事だ、という順序です。

どちらが正しいという話ではありません。制度を設計する人は、一度渡したら戻せない領域を扱うので、守るほうから引くしかない。小さな会社は違います。渡してみて、違えば戻せる。戻せる規模であることが、中小企業の数少ない有利な点です。

条件が一つあります。残すと決めた一本を、試している間もぶらさないことです。ここを曖昧にすると、AIファーストは、ただの全面移行になります。

私がつまずいた、四つのパターン

移行期の「準備」で、私は何度も同じところでつまずきました。

パターン1:準備を、待つことだと思う

  • 「もう少し落ち着いてから」と様子を見る
  • 道具が成熟するのを待つ
  • 待っている間に、取引先の前提が変わる

図1のとおり、準備の時間は道具の側に吸収されました。ゲイツ氏の言う準備は、待つことではなく、線を引くことです。

パターン2:全部を渡すか、全部を残すかで考える

  • 「AIに任せられる仕事」を一括で決める
  • 残す理由を言葉にしない
  • 現場は、こっそり自分で線を引く

氏の「人間に残す領域」は、理由つきの線引きです。経済上の理由、技術的にはできてもすべきでないという理由、場所による違い。理由が言えない線は、守られません。

パターン3:線を引いたら、動かさない

  • 一度決めた境界を見直さない
  • 道具が変わっても、担当が同じまま
  • 残した仕事の中身が、いつのまにか変わっている

氏は、この領域は時間とともに変わると書いています。引き直す日を決めておかないと、線は消えます。

パターン4:分からないものの前で、腰が上がらない

  • 分からないから調べない、調べないから分からない
  • 忙しさが、手をつけない理由として都合よく使える
  • 決めていないのに、決めたつもりになっている

私のつまずきはこれでした。テクノロジーファーストというか、分からないことに、なかなか腰が重くて、進められませんでした。

パターン1から3は線の引き方の失敗ですが、これだけは線を引く前の失敗です。厄介なのは、止まっていることが外から見えない点です。怠けているのではなく、分からないものの前で体が動かないだけです。分からないものは、放っておくともっと分からなくなります。

「人間に残す領域」を決めるとき、何を見るか 経済上の理由 仕事を変えにくい人が 大勢いる仕事 人間性の理由 技術的にはできても 機械にやらせるべきでない 場所による違い 国や地域で 線の位置が変わる 私の会社では、何を人間に残すか 理由つきで線を引き、引き直す日を決める ゲイツ氏は、この領域は時間とともに変わると書いている

図2 「人間に残す領域」を決めるとき、何を見るか——ゲイツ氏が挙げた例を、自社の線引きに置き換える

ドラッカーが「マネジメントに対する挑戦」と呼んだもの

準備の話は社会の話に見えますが、古典に当てると、一つの会社のマネジメントの話でもあります。

ドラッカーは『マネジメント』で、こう述べています。

組織は社会環境のなかに存在する。それは社会の機関である。したがって、社会自体の問題の影響を受けざるをえない。

(P・F・ドラッカー『経営の哲学』上田惇生編訳、ダイヤモンド社より)

同じ本でドラッカーは、社会の問題は社会の機能不全であり、それは組織、とくに企業のマネジメントに対する挑戦である、とも述べています。さらに、故意であろうとなかろうと、自らが社会に与える影響については責任がある、これが原則である、と(いずれも『経営の哲学』所収、『マネジメント』からの抜粋)。

ゲイツ氏の警告は社会に向けたものでした。ドラッカーはそれを、一つの組織の責任に引き戻します。私の会社が誰かの仕事を機械に渡すなら、その責任は私にある。「人間に残す領域」を決めることは、この責任を引き受けることでした。

絶望し、そして欲望が生まれる

世界の最先端にいる人の言葉を読むと、私はまず絶望します。そして、その絶望から欲望が生まれます。

ゲイツ氏の「準備ができていない」を読んで、最初に来たのは焦りでした。AI時代に取り残されてしまった、という焦りです。絶望と言ってもいい。

その焦りは、いまも消えていません。消えないまま、ギャップを埋めるように動く。分からなくても動く。いまの私はそこにいます。

パターン4のとおり、私は分からないものの前で腰が重くなる人間です。その私が動くのは、待っていても分かるようにはならないと、分かったからです。

もう一つ、理由があります。この連載で読んできた人たちは、誰も様子を見ていません。読み違えたときに失うものを承知のうえで、AIが世界を変えるほうに全部を賭けている。少なくとも私にはそう見えます。私も同じようにします。

ただし、営業の対面という一本だけは残す。残す一本を決めたうえで、残り全部を賭ける。第3章の順序は、そういう意味です。

動いた先でギャップが消えるとは思っていません。一つ埋めれば、その先にまた差が見えます。だからギャップは、埋めるべき欠損ではなく、燃料です。次の記事「ギャップは、埋めるものではなく、燃料である」で、この距離の測り方を扱います。

そして問いは、シリーズの出発点に戻ります。なぜ、経営者は学びつづけなくてはいけないのか。準備の時間が道具に吸収された今、線を引く力だけが、学びで残るからです。

あなたの会社で、人間に残す仕事は何ですか。よければ、その話を聞かせてください。塾長としてではなく、同じ線を引き直す同志として。

よくある質問

「準備ができていない」とは、AIを止めるべきだという意味ですか?

違います。ゲイツ氏は、AIの進歩を世界的に減速させる信頼できる計画があれば支持するだろうが、そうはならないと思う、と書いています。準備とは、止めることではなく、線を引くことです。

「人間に残す領域」は、大企業や国の話ではありませんか?

氏は制度の話として書いています。しかし線を引くときに見るものは、一つの会社でも同じです。むしろ小さな会社ほど、一人の仕事の線引きが会社全体の形を決めます。

何から手をつければいいですか?

私の順序は、残す仕事を先に一つだけ決めて、それ以外はいったんAIに渡してみることです。私の場合は営業の対面が、その一つです。渡してみて、うまくいかなければ戻します。戻せる規模であることが、小さな会社の強みです。

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  • なぜ、経営者は学びつづけなくてはいけないのか

出典

  • Bill Gates「The turbulent AI era is here. The choices we make now are critical.」(gatesnotes.com・2026年8月26日公開)。引用は筆者訳
  • P・F・ドラッカー『経営の哲学——いま何をなすべきか』上田惇生編訳、ダイヤモンド社(『マネジメント』からの抜粋)
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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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