前回は、孫正義氏の「期限と数字で描き、逆算する」を読みました。
今回は、その逆で、あえて技術の話をしなかった人のスピーチです。
Google CEOのスンダー・ピチャイ氏は、2026年6月、母校スタンフォード大学の卒業式で、AIの話をほとんどしませんでした。代わりに語ったのは、技術に依らない三つのフィルターです。順序は変えません。まず私のルーツから。次に彼の想像力。最後に、私の中に何が生まれたか、です。
茶色い丘を、黄金と呼んだ日
子どもの教育は大変だ、と思っていた時期があります。
やることは尽きず、思うようにいかず、日々が対処で埋まっていく。そういうものだと思っていました。
あるとき、ふと気づきました。この子と一緒に過ごせるのは、あと8年しかない。
状況は何も変わっていません。子どもも、仕事も、時間の少なさも、そのままです。変わったのは、あと何年か、という枠の取り方だけでした。それだけで、見えている世界がガラッと変わりました。
大変なことは、大変なままです。ただ、大変さの意味が変わりました。あと8年しかないなら、この大変さは、あと8年しか味わえないものです。
これが私の「茶色い丘を黄金と呼んだ日」です。丘の色は変わっていません。呼び方を変えただけです。
経営の記事の一章目に、家庭の話を置きました。枠取りは経営の技術ではなく、生き方の話だからです。
図1 技術に依らない、三つのフィルター——楽観・難しさ・心の動き。全部を正しく選ぶのではなく、前に進みつづけるための順序
ピチャイは何を言ったか
ピチャイ氏は、最も時を超える助言は技術に依らない、と述べました。私はそこに、道具の話ばかりしてきた自分への問いを見ました。
スンダー・ピチャイ氏は、GoogleとAlphabetのCEOです。2026年6月14日、氏はスタンフォード大学の卒業式でスピーチを行い、その全文がGoogleの公式ブログに掲載されました。以下は、そこから私が自分で訳したものです。
氏はまず、周囲から「何を言わないか」という同じ助言ばかり受けたことを、自分の姓の最後の二文字にひっかけた冗談で明かします。そのうえで、こう述べます。私が学んだ最も時を超える助言は、技術に依らない。それは、あなた自身と、あなたが築きたい人生と、その人生を追うための選択についてのものだ、と。
核になる一文は、これです。人生で、決定的に成否を分ける瞬間は、ごくわずかしかない。パートナーを選ぶ、家族を持つか決める、大きな転身。それらには時間と意図が要る。しかし、大きく見えるだけの瞬間は何千とあり、その大半は成否を分けない、と氏は述べています。
そこから、三つのフィルターが示されます。
一つ目は、楽観を選ぶこと。私たちは、卒業していく世界を選べない。しかし、状況をどう枠取りするかは選べる、と氏は言います。初めてカリフォルニアに来たとき、緑豊かなはずの丘が茶色に見えた。それを口にすると、ホストの女性が静かに正した。「私たちは、黄金と呼ぶことにしているの」。氏の言う楽観は、この一言のことです。
氏はこの見方を、自分の進路にも当てています。博士課程に進むつもりでスタンフォードに来たものの、事情があって早く職に就く必要が生じ、途中で退いて修士に切り替えました。夢の終わりと見ることもできた。しかしアール夫人のおかげで、その茶色い丘を黄金として見ることができた、と氏は述べています。
二つ目は、難しいことに取り組むこと。ブラウザをつくる話が出たとき、社内では数百人の技術者が要ると言われ、氏のチームは十人ほどだった。ある意味で自分たちは素朴だったが、新しいことに向かうときは少し非合理でいるのがよい、と氏は振り返ります。そして、難しいことに取り組む選択肢があるなら、イエスと言え、と。
三つ目は、他の条件が同じなら、心が動くほうをやること。親が望むことでも、友人がやっていることでも、社会が期待することでもなく、夜遅くまで同室の友と興奮して話しつづけるようなことをやれ、と氏は述べています。
締めくくりは、こうでした。大事なのは、全部を正しくやることではない。前に進みつづける道を見つけることだ、と。
私が夜遅くまで話したいこと
私が夜遅くまで話していられることは、はっきりしています。
学ぶこと。そして学んだことを使って、未来を予測すること。
理由を並べるなら、いくらでも並べられます。経営環境が変わるから。備えが要るから。しかし正直に言えば、そこではありません。
当たると嬉しいからです。
儲かるからでも、社会のためでもありません。予測して、当たる。それが面白い。他の条件が同じなら、私はこちらを選んでしまいます。
そして、予測を試す場所も決まっています。最新のテクノロジーを、日本の中小企業の経営に実装してみたい。予測が当たったかどうかは、そこでしか確かめられません。
このシリーズも、その一部です。世界の最先端にいる人の言葉を読み、そこから何が来るかを考える。当たっているかどうかは、あとで分かります。
私がつまずいた、四つのパターン
三つのフィルターを知る前、私は何度も同じところでつまずきました。心当たりがあれば、同じ道です。
パターン1:すべての瞬間を、分かれ道だと思う
- 一つの受注、一つの採用を、会社の命運だと感じる
- 決められず、動けない
- 動いた人が、先に情報を得る
氏の言葉では、成否を分ける瞬間はごくわずかです。残りの何千の瞬間は、正しさより、進みつづけることのほうが要ります。大きく見えるだけの瞬間で縮こまると、次の一手が止まります。
パターン2:楽観を、根拠のない気分だと思う
- 「前向きに」と言われて、白けてしまう
- 状況が変わるまで、見方を変えない
- 茶色い丘を、茶色いまま見つづける
氏の楽観は、気分ではなく、枠取りの選択です。状況は選べないが、枠は選べる。同じ丘を黄金と呼ぶことで、その後の行動が変わります。
パターン3:技術の話に、逃げる
- 道具の操作や導入の話で、日々が埋まる
- 「何のために」「何が心を動かすか」を後回しにする
- 気がつくと、技術に依らない問いに答えていない
技術の会社のトップが、卒業生にAIの話をしなかった。この事実が、私には一番効きました。技術の話は、三つのフィルターの下流にあります。
パターン4:難しいほうに、イエスと言わない
これは、私の失敗です。
かつて私は、ある外資系ソフトのパートナーとして事業を組み立て、2020年の上場までの絵を描いていました。
絵は描けました。数字も並びました。しかし、私自身がそこにアクセルを踏み切れませんでした。結局、辞めました。
氏は「難しいことに取り組む選択肢があるなら、イエスと言え」と言います。私は、選択肢があったのに、イエスと言わなかった側です。
似たことは、別の場面でもありました。ある製品でどこまでできるかを検討しすぎて、動きが遅くなった。ノーコードやローコードは自分で手を動かしたのに、フルスクラッチに踏み出す勇気は出なかった。
ノーコードは書かずに、ローコードは最小限の記述で、システムをつくる手法です。フルスクラッチは、ゼロからつくることです。
踏み出せなかった理由は、第6章で書きます。
図2 成否を分ける瞬間は、ごくわずか——何千の瞬間と、時間と意図が要る数回を、見分ける
ドラッカーが「間違いを犯さない者の欠点」と呼んだもの
三つのフィルターは、個人の生き方の話に見えます。しかし古典に当てると、人を選び、人を動かす話でもあります。
もう一つ、私が飛び込んだ話をします。
シャインマスカットの事業に投資しました。誘っていただいたご縁があり、農業のことは何も分からないまま、信じて出しました。
いまも続いています。続けたからこそ、見えてきたものがあります。ITと農業のあいだにあるギャップを、AIがつなぐ。そこに価値がある。
それが形になれば、社員のモチベーションも上がるはずです。人も集まるはずだと、私は思っています。
まだ集まってはいません。集めたい、という話です。
ドラッカーは『現代の経営』で、こう述べています。
優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである。一度も間違いをしたことのない者、それも大きな間違いをしたことのない者をトップレベルの地位に就かせてはならない。……
(P・F・ドラッカー『経営の哲学』上田惇生編訳、ダイヤモンド社より)
『経営の哲学』には、こうもあります。
企業はその存続のために、最も有能にして最も教育のある最も献身的な若者を引き入れなければならない。そのためには、キャリアや、生活の保障や、経済的な報酬では不十分である。ビジョンと使命を与えなければならない。……
(同じく『経営の哲学』所収、『現代の経営』からの抜粋)
ピチャイ氏の「難しいほうを選べ」「心が動くほうをやれ」は、卒業生への助言でした。ドラッカーは同じことを、会社の側から言います。難しい仕事と、心が動く使命を用意できる会社にだけ、優れた人が集まる。私の会社は、それを用意できているか。そこが問われます。
絶望し、そして欲望が生まれる
世界の最先端にいる人の言葉を読むと、私はまず絶望します。そして、その絶望から欲望が生まれます。
なぜ、あのとき踏み切れなかったのか。
いまなら、はっきり答えられます。別人だからです。
能力の問題でも、度胸の問題でもありませんでした。あの事業に、私は夢中になり切れなかった。それだけです。あれは営業に特化した事業でした。マーケティングは営業を要らなくする、という考え方のほうが、私にはしっくりきます。
そしていま、AIが来ました。ここでなら、想像力が活きるかもしれない。夢中になれるかもしれない。そう思っています。
ただ、不安もあります。私は、巨大なAI企業の手のひらの上で踊っているだけなのかもしれない。
その答えは、まだ出ていません。
ギャップは、埋めるべき欠損ではなく、燃料です。次の記事「ギャップは、埋めるものではなく、燃料である」で、この距離の測り方を扱います。
そして問いは、シリーズの出発点に戻ります。なぜ、経営者は学びつづけなくてはいけないのか。技術に依らない問いには、学んだ自分でしか答えられないからです。
あなたが夜遅くまで話したいことは、何ですか。よければ、その話を聞かせてください。塾長としてではなく、同じ丘を黄金と呼びたい同志として。
よくある質問
技術の会社のCEOが、なぜAIの話をしなかったのですか?
氏は、最も時を超える助言は技術に依らない、と述べました。人生と選択の話は、技術が変わっても変わらないからです。本記事は、その姿勢そのものを一次資料から読んでいます。
三つのフィルターは、経営に使えますか?
私は、判断の順序として使っています。まず枠取り(楽観)、次に難しさ、最後に心の動き。技術の選定は、この三つの下流に置きます。
「難しいほうを選べ」は、無謀を勧めているのですか?
氏は、新しいことに向かうときは少し非合理でいるのがよい、と言いつつ、難しい仕事が人を集めると述べています。無謀ではなく、人を集める難しさです。
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出典
- Sundar Pichai「Read Sundar Pichai’s 2026 commencement address at Stanford University」(blog.google・2026年6月14日掲載・スピーチ全文)。引用は筆者訳
- P・F・ドラッカー『経営の哲学——いま何をなすべきか』上田惇生編訳、ダイヤモンド社(『現代の経営』からの抜粋)
