稲盛和夫といえば「利他の心」「敬天愛人」といった哲学の人、というイメージが強いかもしれません。しかし稲盛経営にはもう一つの顔があります。それが『稲盛和夫の実学——経営と会計』に凝縮された、徹底的にシビアな「数字の経営」です。
「会計がわからんで経営ができるか」。本書はこの一喝のような思いを込めて書かれました。前回、フィロソフィという「心」の話をした直後に会計の話をするのは、脈絡がないように見えるかもしれません。しかし哲学と会計——一見正反対に見える両輪が、実は同じ一つの原則から生まれていることが、この本を読むとよくわかります。シリーズ第1回で「数字は、経営者の心を映す鏡」と書いた、その中身が今回のテーマです。
会計は「後追いの伝票処理」ではなく、コックピットの計器
多くの経営者にとって、会計は事後処理です。伝票を税理士に渡せば決算書は出来上がる、知りたいのは利益と税金の額だけ——そんな感覚の経営者は今も少なくないでしょう。
稲盛氏はこれを真っ向から否定します。会計の数字は、飛行機のコックピットに並ぶ計器と同じ。操縦士が計器を読めなければ目的地に着けないように、経営者が数字から経営の実態を正確に読み取れなければ、的確な判断は下せない。だから決算書のすべての数字は、一切の操作が加えられていない、会社の実態を映す唯一の真実でなければならない——これが稲盛会計学の出発点です。
バブルに踊って過剰投資を重ね、崩壊後は不良資産を隠して取り繕う。稲盛氏は日本企業のそうした姿を、会計を軽視した経営の末路として厳しく批判しました。京セラや第二電電(現KDDI)がバブルに踊らされず堅実に成長できたのは、この会計思想があったからだと述べています。
原点は「経理素人」の、なぜなぜ攻撃だった
面白いのは、この会計学が専門家の理論からではなく、素人の疑問から生まれたことです。
27歳で京セラを創業したとき、稲盛氏は貸借対照表すら読めませんでした。だからこそ、経営の常識に頼らず、すべてを「人間として何が正しいか」という原理原則に照らして判断しようと決めます。会計についても同じです。ベテランの経理部長に「なぜ、こんな伝票を使うのか」「経営の立場からはこうなるはずだが、なぜ、会計ではそうならないのか」と、納得するまで食い下がりました。
「とにかく会計ではそういうことになっているんです」という答えを、稲盛氏は決して受け入れませんでした。経営者の問いに答えられない会計に意味はない、と。数年後、その経理部長は「社長の言っていることは、会計の本質を突いているのではないか」と気づき、態度を一変させます。やがて二人のやりとりから、京セラ独自の会計思想がまとめられていきました。
これは前回まで見てきた「二層の故き」でいえば、まさに第二層の営みです。教科書(常識)を鵜呑みにせず、自分の実践の中で一つひとつ検証し、自分の会計学を紡ぎ出す。稲盛会計学とは、会計の世界における温故知新——「なぜ」を訪ねて本質を知る——の記録なのです。
象徴的なのが減価償却の話です。税法の法定耐用年数ではセラミック成型機は12年償却。しかし硬いセラミック粉末を練り続ける機械は、実際には5〜6年しかもちません。ならば税務上不利な「有税償却」になっても、実態に合わせた自主耐用年数で償却する——京セラはそう決めました。使えない機械の償却を続けるのは、費用の先送りであり、実態を偽ることだからです。
図1 自主耐用年数——常識(法定)より実態を取る。帳簿は会社の実態を映す計器だから
常識や慣行ではなく、本質に照らして「何が正しいか」で決める。哲学の人・稲盛の面目躍如といえる判断です。
経営の要諦は驚くほどシンプル——「売上最大、経費最小」
では、その会計思想から導かれる経営の原則とは何か。稲盛氏の答えは拍子抜けするほどシンプルです。売上を最大に、経費を最小に。利益とはその差として結果的に生まれるものであって、追いかけるものではない、と。
そしてもうひとつが「値決めは経営」。価格設定は、お客様が喜んで買ってくれる最高の値段を見極める行為であり、経営者自身が担うべき経営の生命線だという考え方です。
本書ではこの土台の上に、7つの原則が展開されます。キャッシュベース経営、一対一対応(モノ・お金の動きと伝票を必ず対応させる)、筋肉質経営(中古品で我慢する、投機はしない)、完璧主義。そしてダブルチェック(人に罪をつくらせない仕組み)、採算向上、ガラス張り経営です。
注目したいのは、この7原則のいくつかが、露骨に「心」の言葉で語られていることです。ダブルチェックの目的は不正の摘発ではなく「人に罪をつくらせない」こと。ガラス張り経営が守るのは、経営者自身が誘惑に負けない環境です。数字の規律は、人間の弱さへの深い理解の上に設計されている——ここに稲盛会計学の独自性があります。
アメーバ経営——全員が数字で考える組織
この会計思想を組織の隅々にまで行き渡らせる仕組みが「アメーバ経営」です。
会社を小さな採算単位(アメーバ)に分け、それぞれが「時間当り採算」——付加価値を労働時間で割った数字——で自分たちの採算を管理する。これにより、経営者だけでなく現場の一人ひとりが「売上最大、経費最小」を自分ごととして考えるようになります。
ただし稲盛氏は、この制度は仕組みだけ真似しても機能しないと釘を刺しています。時間当り採算制度は「魂を入れないと生きない」。つまり、数字の背後にフィロソフィ——公明正大であること、全員の幸せのために働くこと——が共有されていて、はじめて機能するのです。
まとめ:哲学と会計は同じものの両面
『実学』を読むと、稲盛経営の全体像が見えてきます。
図2 哲学と会計の構造——「人間として正しいか」という同じ根から、心と数字の両面が生まれる
- 会計はコックピットの計器——実態を映す正確な数字なくして、経営判断はできない
- 常識ではなく本質で判断する——「会計ではそうなっている」を疑い、人間として正しいかで決める
- 数字に魂を入れるのがフィロソフィ——仕組みと哲学は車の両輪で、どちらが欠けても機能しない
「心を高める」哲学と、1円単位まで実態を追う会計。この二つは矛盾しません。どちらも「物事の本質に照らして、正しいことを貫く」という同じ原理原則の現れなのです。数字に強い経営者になりたければ、まず会計の本質を問い直すこと。稲盛氏の一喝は、今の私たちにもそのまま突き刺さります。
次回は、この哲学と実学を一人で抱え込まず、経営者同士が「共に学ぶ」場をつくった話——盛和塾です。36年つづいた道場が遺したものを見ていきます。
よくある質問
Q. 会計は税理士に任せておけば十分ではないのですか?
稲盛氏は真っ向から否定しています。会計の数字は飛行機のコックピットの計器と同じで、経営者自身が読めなければ的確な判断は下せません。伝票処理の代行と、経営のための会計はまったく別物です。
Q. 「売上最大、経費最小」だけで、本当に経営できるのですか?
利益を直接追いかけない、というのがこの原則の核心です。利益は売上と経費の差として結果的に生まれるもの。そしてもう一つの柱が「値決めは経営」——お客様が喜んで買ってくれる最高の値段を見極めることは、経営者自身の仕事です。
Q. アメーバ経営を導入すれば、数字に強い組織になりますか?
仕組みだけ真似しても機能しない、と稲盛氏自身が釘を刺しています。時間当り採算制度は「魂を入れないと生きない」。数字の背後にフィロソフィ——公明正大さ、全員の幸せのために働くこと——が共有されて、はじめて生きる仕組みです。
